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優しい眼差し



誘われた映画館先で、今日観る映画のタイトルを聞く。


『“動物達の愛と奇跡の物語”…。これが、今日私達が観る映画なの…?』
「嗚呼…何で動物モノなのかは、俺が選んだ訳じゃないんで知らないからな。チケットを買ったのは、俺じゃない。俺は、貰ったというより、ただ押し付けられたというだけだ…。まぁ、恋愛モノじゃないだけマシだがな。」
『ふ〜ん…。まぁ、私も、あんまり恋愛モノは好きじゃないから良いけど。逆に、動物モノは好きだし。どんな内容の映画なんだろう…?館内のCM見る限りは、何か有名な映画監督が関わってるらしいけど…ドキュメンタリー系の映画なのかな?それか、タイトルに“奇跡の〜”ってあるくらいだから、感動系だったり…?どっちにしろ、どんな話か解んないから、ちょっと楽しみ…!』


映画の上映時間を確認して、観ている間に飲む為のドリンクを館内の売店で購入する。

それぞれ好きなジュースを選んで、割り勘で支払う。

その時、今なら期間限定の割引セールを行っているという、館内販売中のポップコーンの広告が目に入った。


『あ…っ、見て。ポップコーン、今なら半額割引セールだって…。それも、期間限定、本日映画鑑賞のお客様のみ限定だってさ。』
「へぇ…。欲しいのか…?」
『いや、普段なら、一人で食べ切れないからってのと、量が多いから食べ飽きちゃうかな、ってので買わないんだけど…。今日は、一人じゃないし、せっかくなら試してみても良いかなぁ…?って思って。廣光は、どう思う…?』
「…別に、良いんじゃないか?たまには。俺も同じ理由で、あまりポップコーンは買う方じゃないし…。買うか。」
『買っちゃう…?なら、一番ちっちゃなサイズで分け合いっこしよ!一番小さなタイプでも、結構な量あるし。二人でなら、たぶん食べ飽きちゃう事もなく食べ切れるでしょ…っ!』


何時もとは違う楽しみ方で楽しめるとあって、ちょっぴりはしゃぎ気味で話す璃子。

その様子に、彼も満更でもないようで、少しだけ口角を上げて笑みの形を作る。

二人は、仲良くポップコーンを分け合いっこしながら、映画を鑑賞する事に決めたようで。

取り敢えず、一番人気のキャラメル味のポップコーンを購入して、案内通りのシアターへ向かい、指定されたお互いの席へと座る。


『映画、楽しみだね…!』
「そうだな…。」
『感動系過ぎて、泣いちゃったらどうしよう…っ。もし、感動し過ぎてボロ泣きしちゃったら、ごめんね。』
「アンタ、映画で感動したら、泣くタイプなのか…?」
『うん。私、結構涙もろいタイプでさ。感受性が高いって言うのかな…?何か、感動するとすぐ泣いちゃうタイプでね。テレビのバラエティーでもアニメでも、何かブワッと来たら泣いちゃってる…。たぶん、涙腺緩いんだろうな、私。昔は、そこまでなかったんだけどなぁ〜…。』


ついポツリと零された、どうでも良さそうな彼女の情報。

だが、彼女の事をずっと探し、彼女の幼少期などの話も一切知らなかった彼は、興味深げに耳を傾けた。

上映が始まる前に、携帯をマナーモードへと切り替え、音を消しておく。

いざ、映画の始まりだと会場が暗くなり照明が落とされれば、お互いに口を閉じマナーに従って黙った。

話の内容は、それ程感動系ではなく、生きる動物達の命の重みや生命の輝きといった事をメインとしたテーマで、そんな内容と同時に、環境保全などの環境問題の事を訴えかけた内容で、非常に考えさせられる映画であった。

しかし、過酷な環境でも生き続ける動物達に焦点を当てた内容なだけあって、生きていく意味という事がどういう事かを伝える映画でもあった。

上映時間は一時間半弱で、エンドロールを最後まで見終わった後は、何だか色々と複雑な気持ちになった二人。

エンドロールが切れ、照明が再び点くまでの数秒間、暫しボーッとシアターを見つめ固まっていた。


「…映画、終わったな。」
『うん…。何か、凄かったね。』
「嗚呼…。だが、動物モノと言うだけあって、ちゃんと動物達の視点において話の流れを構成してあったから、良かったと思う。シリアスな一面もある中、動物達が戯れたりとほのぼのとするシーンもあったしな。」
『うん。ホワイトタイガーの赤ちゃんがわちゃわちゃと戯れてるシーンとか、めっちゃ可愛かったし、癒されたよね?荒んだ心が洗われた感じだわ…。』
「荒んだ心が洗われる、って…アンタ、今まで何があったんだ…?というか、ちょっと目潤んでないか?」
『まぁ、色々とあったんだよ…。あ、それよか、やっぱ目潤んでる?さっきラストの部分で、ちょっとグッと来ちゃったんだよね〜。あはーっ、やっぱ私、感動系には弱いわ〜。すぐ、うるっと来ちゃって…歳かしら?あはは…っ!』
「それ言ったら、俺はどうなるんだ…?俺も、アンタと歳は一緒だぞ。」
『あ、そうだったね。ごめん。』


少しだけ飲み残したジュースを飲み上げ、空っぽのポップコーンのカップも一緒に、シアターの出口脇に居るスタッフへと手渡す。

出てきたら、館内は、今は人気タイトルが上映中な期間であるせいか、休みの日という事もあって、人が多くなり混んでいた。


『何か、来た時より人増えたね?』
「休みの日だからじゃないか…?あまり人が多いのは、好きじゃないが。」
『言うと思った。まぁ、かく言う私もそうだけど。今、何時だっけ…?スマホ、バッグに仕舞ったまんまだったな…。何処行った?』
「えっと…今の時間は…、十二時半過ぎか。」
『丁度、お昼時だね。何か食べに行く…?お昼の時間だし、お腹減ったっしょ?』


スマホをバッグから取り出した璃子が、廣光の方を向いて言う。

時間を確認し終えた彼は、スマホを閉じながら、首を縦に頷く。


「そうだな…。下の階のフロアにでも降りて、フードコートでも見るか。」
『よーし、そうしよーうっ。んじゃ、早速行きますか…!』


人混みの中、先頭に立っていく彼女が先を歩いていく。

人に紛れてしまわぬ前に、彼はパシッと自らの手を伸ばして、掴んだ。

彼に手を掴まれた彼女は、一瞬、キョトンとして立ち止まる。

そして、無言で彼を見上げた。


『…どしたの?』
「いや…先に行くな、と思ってな…っ。ただでさえ、人が多い…離れたら、人混みの中に紛れてしまいそうだったから、咄嗟に掴んでしまったんだ。気に障ったのなら、悪い…。」
『嗚呼、それでか…。良いよ?手ぐらい繋いでも。今更、“きゃーっ、恥ずかしぃーっ!”っていう、歳でもないし。お互いにはぐれないよう防止として、手繋いでおこっか。』


遠慮がちに掴まれていた手を、しっかりと握り返して、照れくさそうに笑む璃子。

そんな彼女を見て、彼女に対し、変な遠慮は要らないと思った彼は、思考を改め、真っ直ぐに向き合う事にする。

目を細め、何時になく優しげな眼差しを向ける廣光は、穏やかな表情をしていた。

彼女へと向ける感情は、果たして、人としての愛情なのか、恋情なのか。

眼差しを受ける彼女自身は、まだ気付かない。


フードコート内の飲食店でお昼を済ませた彼女等は、もう少し一緒に居ようかという事になり、近くの店をぶらぶらと見て歩き回った。


『おっ、あのお店、お洒落で落ち着いた感じで良いんじゃない…?』
「そうだな…。」
『何のお店なんだろう…。雑貨屋さんかな?気になるなぁ…。でも、一人だと入りづらいかな…?』
「なら、また次に逢う時、一緒に行ってみるか…?」
『え…っ?良いの…?』
「嗚呼…。だから、また予定が空いて、アンタに逢えるってなったら、連絡しても良いか…?」
『い、いけ、ど……寧ろ、また逢ってくれるんですか?ってくらいなんですけど…。』
「逢いたいから、こうしてアンタに訊いているんだが…。アンタは、俺と逢うのは、嫌か?」
『い、いいえ…っ!?逆に、誘ってもらえて嬉しいですけど…!?』
「なら、良いだろう…?」


自然な流れで、ナチュラルに次の逢う約束を取り付ける廣光。

自然な流れ過ぎて、逆に落ち着かない彼女は、戸惑いの声を上げた。


『え…何か、めっちゃ場違いな相手じゃない?私…っ。そこんとこ、大丈夫?』
「…それ以上、何か言うなら、その口塞ぐぞ。」
『あ、はいっ、すいません…!もう黙ります…っ!』


あまりにも不釣り合いな相手に、彼女は少しテンパっていた。

まるで、デートへと誘われるみたいな其れは、慣れなさ過ぎるシチュエーションである。

よって、璃子の頭の中では、大運動会が繰り広げられていた。

動揺度MAXであり、心臓がどうにかなりそうであった。


『今なら、飛び降りバンジーで宙へ飛べるわ…。うん、私、鳥になれそう。』
「なぁ…アンタ、さっきから大丈夫か…?」
『ん!?全っ然大丈夫だよ…っ!?オールオーケー、通常運転ですぜ…!!』
「…いや、たぶん大丈夫じゃないだろ…。」


うっすら顔を赤らめさせつつ、視線を右往左往させた璃子は、精一杯の嘘を吐く。

しかし、すぐにバレる嘘で、彼からは呆れの視線を貰うのだった。


―次の休みの日。

約束していた場所で待ち合わせ、合流した二人は、また顔を逢わせていた。

もう数回逢わせた為か、段々と慣れてきた様子の璃子は、彼と親しげに言葉を交わし、笑みを浮かべる。

徐々に親密度を上げていく廣光は、最早付き合っているであろうレベルに見える程、彼女へ寄り添っていた。

だが、しかし、まだ二人は付き合っていない。

そんな様子に、焦れに焦れる外野の或る人物達が、彼女等の後をこそこそと隠れて追っていた。

元刀で伊達組の三人組である。

今日のプランは、ぶらぶらと街を歩きながらの探索コースなようで、二人仲良く街並みを眺めながらゆっくりと歩いていた。

まず初めに寄った処は、先日見付けたお店だ。

外観しか見ていなかった店内へと足を運び、棚に並ぶ様々な雑貨を時折手に取ってみたりして眺める。

ただ雑貨を見て楽しむだけの、女性が楽しむだけの店なんて、男性の彼はつまらないだろうか。

ちょっと不安になって、チラリ彼の方を見てみたら、意外と楽しんでいるようで、特に不満は無さそうであった。

他にも、ネットで検索して出てきた気になるお店や、猫をモチーフとした雑貨を専門に取り扱った店に立ち寄ったりして、ゆったりと充実とした時間を過ごす。

一時休憩の場として、偶々見掛けたカフェに寄り、のんびりとお茶をしたりもした。

そうやって、二人は親睦を深め、互いの距離を縮めていき、また逢う約束を重ねるのだった。

その日の逢瀬の刻を終えると、また新たな約束を。

その逢瀬の刻を終えたら、また新たな約束を結ぶ。

そうして、何度目かの逢瀬を重ねた或る日。

二人は、また新たな約束を交わしていた。


『次は、何処へ行こうか…?お互い、学生とフリーターだから、出来れば、あまりお金が掛からないような処が良いよね…。本屋巡りは、この間行ったし…何処が良いかな?あんまし、友達ともこうやって外に出歩いたりしてこなかったから、良い処知らないなぁ…。』
「博物館…。」
『え……?』
「今度、近くの博物館で刀の展示会があるんだ…。それなりの数の刀達が、あちこちから一堂に集められて展示されるらしいんだが…興味あるか?」
『刀の展示会かぁ…っ。良いね…!私、実は昔っからそういうのが好きで、子供の頃から憧れてたの!其処に行けば、有名な武将達が扱ってた刀を間近で見る事が出来るんだよね?うわぁ…っ、それすっごい行きたい…っ!!』
「なら…此方の方でチケットを手配しておく。チケットが手に入ったら、日程を連絡する。それで良いか?」
『勿論です…っ!ふっふふ〜っ、今から行くのが楽しみだなぁ〜っ!』


にこにこと嬉しそうに笑う璃子は、期待に胸を踊らせる。

その隣で、廣光は神妙な表情を作っていたのだった。


執筆日:2018.10.17