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繋ぐ縁



「何の予定日か…って、そりゃ色々でしょ?籍とか出産とか結婚式とか…。」
「飛躍し過ぎだ、馬鹿っ!!何でいきなりソコまで飛ぶんだ!?まだ付き合い始めたばかりだと言っただろう…!!」
「え……っ!?あれだけ仲良くしていながら、まだ手出してなかったの…っ!?逆に驚きだよ!!」
「いや、寧ろ、そんな早々に手を出す奴が居るか…っ!!相手に失礼だろう!!」
「うわ、今時何言っちゃってんの、伽羅ちゃん…っ!あれだけお付き合いしてたなら、もうとっくの昔にくっついてて、やる事やっちゃって致してる頃だよ!?寧ろ、まだ付き合ってなかった事に驚きだよ!!伽羅ちゃんの意気地なし…っ!!おたんこナスめっ!!」
「誰がおたんこナスだ、誰が…ッ!!」
「やぁやぁ、どうも、ウチの伽羅坊が世話になってるなぁ〜。あ、俺は五条鶴丸と言う。伽羅坊とは、古くからの友人というか、腐れ縁ってヤツだな!まっ、宜しく頼むぜ。」


逢って早々、口喧嘩を始める二人は、大層仲が宜しいようで。

激しく言い合う二人を他所に、二人の口論なんて無かったようにするりと出てきた鶴丸が、初めて顔を合わせたであろう彼女へ自己紹介をし始めた。

彼女自身も、もうこの空気に慣れてきたのか、ナチュラルに受け答える。


『あ、ども…初めまして。此方こそ、廣光にはお世話になっております…。ええと、正確に言えば、昨日からお付き合いをさせて頂いております、花江璃子と申します…っ。どうぞ、宜しくお願いします…。』
「こりゃ、驚いた…っ!君達、随分前から懇ろだって聞いてたんだが…っ、昨日からか!!はははっ、こいつはめでたい話じゃないか…!今夜は皆で集まって、盛大に祝わなくっちゃな!!酒もたくさん用意して、皆で祝杯を挙げるとしよう…っ!!」
『あ、いや…私、お昼食べたら帰りますけど…っ。』
「何だと…っ!?もしや、まだ手を出されてないからって、もう伽羅坊に愛想を付かしたのか…!?」
『えっ?いや、違…っ。』
「だぁ…っ!もう良いから、頼むから放っておいてくれ…!!」


あまりにも外野の彼等がうるさい為に、思わず大きな声で叫んだ廣光。

常日頃は、ウィスパーボイスで会話する廣光であるが、彼等に対する以外では、こんなに大声を出したりする事なぞ無いだろう。

心の底からの叫びであった。

彼の全力の叫びもあって、一時的にその場は静けさを取り戻す。

何とも言えない微妙な空気が漂った事で、一番最初に騒ぎ出していた光忠がボソリと小声で「ごめん…。」と謝った。

鶴丸も、無駄に驚かせていた表情を引っ込め、真顔で続けて謝る。

何とも騒がしい面子である。

偶然、居合わせてから漸く大人しくなった彼等に対し、未だ若干眉根を寄せたままながらも廣光は口を開いた。


「…で、アンタ等は何の用で此方の方にまで来てたんだ…?まさかじゃないが…また他人ん家に勝手に上がり込む気だったんじゃないだろうな?」
「いや…今回は、ただの偶然だよ?偶々、此方のスーパーの方が安いからって、鶴さんとお昼の買い出しに向かってたところなんだよ。お昼って言っても、ちょっと遅めの時間になるけど。僕等、昨日は夜遅くまで鶴さん家で飲んでてね。それで、ちょっと遅くまで潰れちゃってたというか…っ。」
「まぁ、そういう訳で、朝飯兼昼飯になる物を作ろうとしたら、冷蔵庫を見たら空っぽでな!ロクなモンが入ってなかったっつー事で、現在進行形で買い出しへ向かってたという訳さ。」
『…まさかの同じ理由での買い出し…。』
「シンクロ率も良い加減にして欲しいところだな…。まぁ、俺達は、一応朝飯は食ってる身だが。」


結局、向かう場所は同じ、目的も同じ、という事で一緒に行く事と相成った一行。

並びは、二人一組、元々組んでいた二人組で歩いていた。

ふと疑問に思ったのか、廣光は、前方を歩く光忠達二人組へ問いかけた。


「ところで、アンタ達は、何を作るつもりで買いに来たんだ…?」
「ん?鶴さんがタコパしようって言い出してきたから、たこ焼き作る材料だよ。変わり種っていうか、タコ以外でも色々入れようと思ってたから、ソレ用の具材のチーズとかウインナーとかも買おうと思ってるけど。」
「チョコレートを入れたりするのも、なかなかイケるぜ…?ちょっぴり甘い、スイーツ感覚!」
『嗚呼…そういや、学生の時、何か友達とワイワイやってた事あったなぁ〜…姉ちゃんが。』
「うん…?君、お姉さんが居るのかい?」
「まぁ、チョコレート入れるなら、ソレ用に何にも入ってないただの生地作らなきゃね…。あ、間違っても、ロシアンルーレット的な激辛の物は入れたりしないでよ、鶴さん…?前ソレやって、長谷部君ぶちギレさせて、大変な事になったんだから。」
『え…まさかの長谷部さん、光忠さん達とお知り合いな感じですか…?というか、ぶちギレるって何があったんすか…?』
「嗚呼。彼奴は、此奴等と同じ会社の仲間だ。その上、昔っからの見知った仲でね…。どうも、変に繋がった縁だ。…ぶちギレた時の件については、まぁ、お察しの通りだ。」
『マジで何があったの。逆に気になるんだけど…。マジギレする程のモンが入ってたっつー事は話から解るけど、鶴丸さん、貴方本当にたこ焼きに何入れたんですか…?』


思ってもいなかったところで、彼の名前を耳にし、驚く璃子。

世間とは狭いものだが、何とも不思議な繋がりである。


「あ、そうだ…っ。此処で逢ったのも縁だし、せっかくだから、僕達とお昼一緒に食べない?」
「何で、そうなるんだ…。」
「おっ、ソレ良いなぁ…っ。乗った!」
『確かに、何だか楽しそうで良さげですね…?』
「おい、璃子…っ。」
『だって、どうせメニュー何するか、まだ決まってなかったでしょ…?だったら、せっかく誘われてるんだし、ご一緒しちゃった方が良くない?』
「アンタなぁ…っ。此奴等に付き合うとロクな事が無いぞ…?」
『まぁまぁ、たまには、誰かと仲良く一緒に集まって食事するっていうのも、悪くないと思うよ…?』
「………はぁ…っ、好きにしろ…。」


光忠の提案に乗っかった彼女に、批難の目を向ける廣光は面倒くさそうに愚痴垂れた。

その横で、彼女等の会話を聞いていた光忠達はポカン…ッ、と口を開いた。


「璃子ちゃん…伽羅ちゃんには普通に喋るんだね…。」
『え……?』
「俺達には、まだ敬語だが…伽羅坊とは、素の喋り方なんだな…。」
「何か…凄いナチュラルにだったけど、本当、いつの間にそんな仲にまで発展したの?僕と逢った、ついこの間までは、まだ敬語口調だったよね…?」
『えっと…コレには、ちょっとした事情があるというか、何というか…。』


そうこう話している内に、一行は目的のスーパーへと辿り着き、必要な材料を手分けして買いに行く。

分担して材料を集めるという話になって、何故か一緒になった廣光と光忠二人。

もう片方のチームは、璃子と鶴丸という謎の組合せな二人である。


「何で、俺がアンタと二人なんだ…。」
「鶴さんが勝手に決めてこうなっちゃったんだから、仕方ないよ…っ。というか、鶴さんが、先に璃子ちゃんを連れてさっさか行っちゃったしね…。」
「奴が、彼奴に変な真似をしないか不安だ…っ。」
「うん…まぁ、そうだよねぇ…っ。鶴さん、璃子ちゃんに何もしないと良いんだけど…。」


不安になる一方、話の向こう側の二人はどうなっていたかというと…特に心配されるような事は何も起きておらず、至って普通にたこ焼きの具材になる物を見ていた。

二人は、海鮮コーナーの一部で並ぶ、タコの足の切れた物が入っているパックを手に取り眺めていた。


『たこ焼きの中に入れるタコって、切った足だけの物で良いですよね…?タコばかりを具材に使う訳じゃないですし。』
「嗚呼、たこ焼きに使うんだったら、それぐらいが調理するには丁度良いだろう。後は、コレを一口大くらいに切れば、中に入れやすくもなるし、食べやすくもなるだろ。」
『うーん…。でも、廣光…たこ焼きだけでお腹いっぱいになるのかな…?あの子、結構食べる子だから、たこ焼きぐらいだけじゃ、あんまりお腹溜まらない気が…。』
「はは…っ。君、伽羅坊の事、よく解ってるじゃないか。付き合い始めたばかりだと言ってはいたが、雰囲気的なものは、そうは感じられなかったな…。」
『まぁ…本当のお付き合い的なものは、昨日からですけど…それらしきお付き合いは、その前からしてましたからねぇ…。軽く一ヶ月前くらいからですかね…?我ながら、思い出してみて笑えてきますよ。彼と逢ってから、気付けばいつの間にかそんなに経ってたんだな、と。それで、付き合い始めたのが昨日って、端から見たら遅いですよね…私達。地味にウケる。』
「だが…そうやって、君等は、漸く想いを通じ合わせる事が出来たんだろう?良い話じゃないか。」


彼女の言葉に、鶴丸が穏やかな笑みを浮かべて頷く。

その頷きに、手元のパックを見つめていた璃子が彼の方へと視線を向ける。

彼は、彼女の方を見つめながら言葉を続けた。


「君達二人というのは、出逢うべくして出逢ったんだろう…。そして、めでたく結ばれた。だったら、その縁を大切に、これからを二人で紡いでいったら良いんじゃないか…?」
『…結ばれたって言っても、結婚とかそんな大それたモンじゃなく、ただ想いを交わし合った、というだけですがね。』
「それでも良い話なのは、変わりないじゃないか…。伽羅坊は、あんな奴だ。他人と馴れ合わないのを良しとして、人との関わりに壁を築いてきたような不器用な奴だったのが、今じゃ君と共に在ろうとくっ付いてる。しかも、ベッタリだ。見てる此方が胸焼けしそうになる程、君にお熱さ。あんなに頑なに馴れ合わなかった伽羅坊がな…彼奴が成長している様子を見れて、俺は嬉しいよ。」
『…随分と親しい間柄なんですね、鶴丸さんって。』


彼女が、不意にポツリ、とそう呟く。

彼は、目を細めて言った。


「まぁな…。彼奴とは、随分と昔から連るんでる仲さ。そりゃもう、彼奴が生まれる前から知ってるような間柄でな…。君の事も、似たようなモンさ。」
『え………っ?』


一瞬、最後に言われた言葉の意味が解らず、問い返す。

彼は、彼女の方を見つめたまま、呟いた。


「…伽羅坊の事、宜しく頼むよ。」


遠き日の面影を見つめて、彼は微笑む。


その後、合流した一行は、買った品々を手に持って廣光宅に集まる事に。

流石に、独り暮らしの彼の家にたこ焼き器は無い故、比較的近所である鶴丸宅から持ち寄られる事となった。

ついでに言うと、たこ焼きだけでは足りないだろう廣光の為に、お好み焼きも作るメニューに追加された。

最早、タコパではなく、粉モンパーティーである。


執筆日:2018.10.26