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旧き記憶



ホットプレートまでは、ブレーカー的に危ういかもしれないという事で揃えられなかったので、お好み焼きはフライパンでの調理だ。

言い出した身だからと一緒に生地を作った璃子は、光忠と二人で狭い台所に立っていた。


『何か、すみません…っ。お好み焼きの生地も多めに作る事になっちゃって…。』
「良いんだよ。どうせ、伽羅ちゃんも鶴さんも、たくさん食べるからね。たこ焼きだけじゃ物足りないだろうなって思ってたから、丁度良かったよ。」
『鶴丸さんも、たくさん食べる方なんですね…。見た目細いんで、少食な方かと思ってました。』
「ふふふ…っ、アレでも結構食べるんだよ?鶴さんって。あの細い身体の何処に入っていってるのかってぐらいに。」
『へぇ…意外だ。』


部屋の方で、たこ焼きの焼ける準備を進める男二人の様子を覗き込むようにして頭を傾けた璃子。

その横で、彼は、何処か懐かしむように笑んで言う。


「…こうして、二人一緒になって台所に立つの、何時振りだろうね…。」
『え……っ?』
「おーいっ、たこ焼き焼く準備、整ったぞーっ!」
「たこ焼きの方の生地、出来てるなら持ってきてくれ。先に焼いてる。」
『あっ、はーい…!もう出来てるんで、今そっちに持っていきますねーっ!』


光忠が何かを呟いた途端、部屋の方の面子からお声がかかる。

お好み焼きの方の作業をしていた璃子は、手を止め、そちらの方へ首だけを振り向かせて返事をした。


『あっ、すみません…っ。今、何か仰られてました…?』
「…ううん、ただの一人言だよ。だから、気にしないで?」
『そう、ですか…。』


呼ばれた彼女は、一言告げて、たこ焼きの生地の方のボウルを持っていく。

彼は、その後ろ背を黙って見つめた。


たこ焼きの生地を二人の元へと渡した後は、もうたこ焼き器の中に生地を流し込むだけであった。

二人がたこ焼きを焼けるだけ焼いて、その合間に、光忠が台所で焼いてきたお好み焼きを各人数分に切り分けて、皿に乗せて渡す。

食べるのが遅く、熱いのが苦手な猫舌の璃子は、次々と皿の上の物が増えるが、アフアフと舌の上で転がして熱を逃がしつつ、ゆっくり食べ進めていくのみだ。

ある程度生地を焼き終えた光忠も、途中から輪に混じり、一緒になってたこ焼きを焼いていく。

タコ入りである本物のたこ焼きを焼いていたのは最初の内だけで、入れるタコが無くなると、すぐに変わり種の具材を中に入れて焼いていった。

そうこうして、全ての生地を落とし焼き、ほとんどの量を男三人が食べ上げていったのだった。

恐らく、作った内の三分の二くらいは、廣光と鶴丸の胃に収まったであろう。

食べ切れず余っていた分の生地も焼き切り、この分は、廣光の晩御飯としてでもなるだろうという事で、皿にまとめて乗せられ、ラップを掛けられた。

お腹も膨らんで心も満たされた後、帰る支度をした璃子は、当初の予定通り、家へ帰る事とした。

今回ばかりは、何時も送ってもらってばかりな故に、徒歩で駅まで歩き、電車での帰宅である。

最後まで送ると言って渋った彼が、玄関先まで旧友という彼等を連れて見送りに出てきた。


「…本当に、送らなくても良いのか?」
『大丈夫だって…!何時も送ってもらってばかりなんだから、たまには自分の足で帰るよ。』
「だが、なぁ…っ。」
『もぉ〜…っ、それ以上続けたら、またさっきの繰り返しじゃん…!たかが自宅に帰宅するくらい、気楽に考えなよっ!また数日後には逢えるんだからさ…?』


未だ渋る様子を見せる廣光に、彼の背後に並んで立つ二人は苦笑を浮かべる。

しつこい様子の彼を安堵させる為に、彼女は顔に笑みを浮かべると、首から下げたネックレスを掴み、態と見せ付けるようにして見せた。


『ほら…っ、廣光から貰った御守りのコレ、ちゃんと付けてるからさ…?安心しなって。この間の事故りかけたのも守ってくれたヤツなんだから…!』
「あれ…っ?それって、伽羅ちゃんの持ってたヤツじゃ…。」
「というか、君…事故りかけた、って……っ。」
『あはは…っ。まぁ、もし、詳しいお話を聞きたいのでしたら、長谷部さんか粟田口先生にでもお聞きください。どちらとも、その時に関わった方ですので…。』


最後まで渋りに渋った彼には、その話を持ち出して、無理矢理説き伏せる。

ついでに、むぎゅっとハグして逢えない数日分の充電を溜めておく。

こうしておけば、いざ離れた後でもそんなに寂しくならないだろう。

いざ身を離そうとして、ガッチリと抱き締められてなかなか離してもらえなかったのは、言うまでもないが。

同じ場に居た旧友二人は、イチャコラの様を見せ付けられるが如く見せられ、げんなりとするのだった。


廣光等と別れ、電車で自宅へと帰還した璃子は、無事何事も無く帰り着く。

帰宅してすぐ、璃子は母親へ一応の報告をした。


『ただいま、母さん…。あのね、一つお知らせしたい事が出来たから、お知らせしたいんだけど…良い?』
「おかえり…。うん、帰って早々何かよく解んないけど、何…?」
『突然かもしれませんが…私、彼氏出来ました。』
「えっ。」
『彼氏っていうのは、何時ぞやの体調崩して寝込んだ時に家にお見舞いに来てくれたあの子、大倶利伽羅廣光君ね。』
「え…っ?」
『今回泊まってた友達ん家っつーのも、その廣光君家のお宅だったんだけど…。一週間後も、また泊まりに行く予定だから。今、伝えたい事はそれだけ。以上。』


伝えたい事を一方的に伝え終わった璃子は、「じゃっ。」と片手を上げて自室へと去る。

片や、娘の突然の告白を受けた母親は、呆けた面で娘の去っていく姿を見送るのだった。


―その日、璃子は、何時もの不思議な夢を見た。

これまで見てきた幾つかの夢から推測して、彼の家で見たもの以外全ては、誰かの視点を通して見てきたものであろう。

誰の夢なのだろうか。

はたまた、“誰の記憶”なのだろうか。

彼女はまだ解らぬまま、其の過去の記憶の夢に意識を泳がせる。

今夜、夢に映った情景は、空気の乾いた薄ら寒気のするような場所に居る夢だった。

視界の端に、彼の仲間と思しき、軍服のような制服に身を包んだ少年達の姿が映る。

その少年達は、白と黒と全くの正反対のコントラストな服を身に纏いながら、ニヤリと笑んだ眼差しで前方を見つめる。

小さな刃物を携えて。

ギラリと凶暴な光を目に宿す彼等は、体勢を低く構え力強く足を踏み込むと、前方へと突っ込んでいった。

この薄ら寒い場で、何が始まろうとしているのだろうか。

夢を客観的な視線で見遣りながら、彼女は思う。

その時、視点として見遣っていた彼の身に、肌に刺さるような鋭い何かを感じた。

其れが殺気だと気付いたのは、視点が見遣った視線の先を見たからだった。

彼の視線の先には、見た事が無いようなおぞましい異形の者達が居た。

骨と刃のような物で構成された、蜘蛛みたいな姿をした其れは、口許でくわえた刃をカタカタと音鳴らした。

気持ち悪いの一言だった。

身の毛もよだつ異形の存在に、璃子は身を震わす。

蜘蛛のような異形の横でフヨフヨと宙に漂っていた骨だけの異形が、彼へ向かって躍り掛かってくる。

だが、彼へと近付く前に、彼とは別の者から刃を降り下ろされていた。

一刀両断にされる、骨だけの異形。

紫の裾と金の装飾がひらり、戦迅に揺れた。

カチリ、構えられた彼の刀が、視界の端に映る。

其の刀には、何時の日か見た、龍の姿が踊っていた。

敵が居る方角へ駆け込み、強撃な一撃を振り落とす。

蜘蛛のような異形は、跡形も無く姿を消した。

刀を払った横で、まだ戦っている仲間の姿が目に映る。

振り返った視界の先で、黒い燕尾が銀色の刃を振り翳して、巨大な敵の異形をほふる。

耳をつんざく異形の断末魔が辺りに響いた。

其の向こうで、白き衣を翻した鶴が、烏帽子のような物を被った骨の尻尾の長い異形を斬り伏せる。

仕事は終わったと、刀を鞘に納める彼等。

彼等の顔や服には、敵と戦って付いた鮮血が赤く彩っていた。

戦を終えた彼等が、一言二言、言葉を交わす。

無事を確認する言葉だろうか。

彼等の話す声の音は、聞こえない。

彼等は、其の身のまま、先の道へと進む。

進んだ先で、また先程見たような異形の者達と遭い、刀を振り翳す。

此れは、戦場での記憶の夢であった。


目が覚めて、璃子は、何処か見覚えのあった彼等の事を思い出そうと過去の記憶を手繰り寄せた。

だが、あまりにも旧く、深い処に眠った記憶は、簡単には思い出せそうにはなかった。

ズキリ、と頭の奥深く芯の部分が痛む。

心の底の部分が、何故かやけに酷く締め付けられたのだった。


―一週間後の金曜日の午後、彼女は再び彼の元へと来ていた。

約束の逢瀬の日である。


『こんにちはーっ。て、言っても、もう夕方だから…どちらかというと、こんばんは、なのかもしれないけど。』
「…待ってたぞ、ずっと。」


玄関のドアを開けた先で、恋人となって日の浅い彼が、待ち焦がれていたとばかりに出迎える。

逢えた挨拶に仲睦まじくハグを交わす二人。

気分は、既に新婚のような空気だ。

初々しくも熱々な二人は、身を離すと、すぐに本日の近況報告をする。


「今日は、貞の奴が来てる。一応、明日になれば帰っていく予定だ。今日一晩だけ泊まっていくとの事らしい。アンタにずっと逢いたがっていたぞ…。」
『それは嬉しいなぁ…っ。漸く噂の貞君とご対面出来るんだね…!あ…っ、忘れない内にコレ、渡しとくね。母さんから、強制的に持っていくよう持たされた煮物。嫌いじゃなかったら、夕飯に食べて?』
「わざわざ差し入れまで貰えるとはな…。ありがたく受け取らせてもらおう。」
『私お手製のじゃなく、母さんが作った物で申し訳ないけども。』
「それでも、俺は差し入れを貰えて嬉しい。アンタの家の家庭の味が知れるからな…。」


嬉しそうに微笑む彼に、璃子はちょっとだけ考えた。


『…私も、少しは料理出来るようになった方が良いかな…。』
「別に、無理にアンタが学ぶ必要は無いが?」
『いや、やっぱ差し入れ一つでそんなに喜ぶなら、私もちょっと料理の勉強した方が良いかなって思えてきた…。だって、何か悔しいから…っ。』
「アンタの食べる飯は、俺が作ってやるから、アンタはそのままで居ろ。」


此処で、思わぬ台詞が飛び出してきて固まる璃子。

何なのだ、ソレは。

まるで、プロポーズみたいな台詞ではないか。

固まった末に彼女が零した感想は、酷いものだった。


『…何、なの?その台詞…っ。まるで、私の胃袋は既に掴んだぜ!みたいな…っ。』
「実際にそうだろう?」
『た…っ、確かに、廣光の御飯は超絶べらぼうに美味いですけど…っ!ガッツリ胃袋掴まれちゃってますけど…っ!!』
「そういう事だ。解ったなら、さっさと部屋に入れ。貞が待ってる。」


相変わらずのスンッとした様子で受け答えた廣光は、さっさと背を向けて先を歩いていく。

悔しい彼女は、「ぐぬぬぅ…っ!」と呻きを漏らしながらも後へと続いていった。


執筆日:2018.10.27