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不器用な言葉



少し時間の掛かるルートだったが、一般街道を通り、一時間と少し程度で璃子の住んでいる地元まで辿り着いた。

途中、休憩を挟んだりしたものの、意外にも道が空いており、思っていたよりも早くに着く事が出来た。

平日の真っ昼間だったという事も幸いしているのだろう。

スイスイと駆け抜ける事が出来たのだった。

地元に入り、少し走ったくらいで、もうだいぶ家にも近付けただろう。

そう思った璃子は、インカム越しに運転する彼へと伝えた。


『あの…っ、もうだいぶ家の近くまで来たので…この先を少し行ったら、コンビニが見えてくると思うので、其処で降ろしてもらえたら結構です…!』
「良いのか…?せっかく此処まで来たんだ、最後まで送っていくぞ?」
『いえ、此処まで送って頂いたからこそですよ…っ。これ以上、送ってもらうのは、流石に申し訳ないです。』
「…此処まで来たんなら、最後まで送るのと大差無いだろう。」
『そ、それでもです…っ!』
「はぁ…っ、解った。其処のコンビニで降ろせば良いんだな…?」


小さく呆れた溜め息を吐いて、進路を左側へと取り、バイクを傾ける。

言われた先のコンビニの駐車場スペースに入ると、スピードを落として車体を停止する。

暗に着いたぞ、との意を込めて後ろを見遣った廣光。

降りても大丈夫だと理解した彼女は、後部座席から降り、被っていたヘルメットを外した。

やっと、謎の緊張から解放されるのだ。

慣れない窮屈さからも解放され、ホッと息を吐いた璃子は、ヘルメットを外した拍子でふるふると緩く頭を振った。

無意識なのだろうが、その様子が、猫のようだと思った事は内緒だ。

耳に付けていたインカムも外し、二つまとめて彼へと返す。

席の下に入れていた荷物を取り出し、半身程距離を空けて、彼の傍らに立つ。

それから、背筋をピンと伸ばして、口を開いた。


『わざわざ遠い処まで送って頂き、どうもありがとうございました…っ。この御礼は、後日、きちんとさせて頂きますね。』
「…別に、わざわざ礼をされる程の事はしてないがな…。」
『いやいや、何言ってるんですか…!此処までお世話になっておきながら、何も返さないなんて失礼じゃないですか!そんなの、人としても恥ずかしいですし、何より、私の気が済みません…っ。ですから、ほんの気持ち程度の事でも御礼させてください。』
「はぁ……っ。アンタって奴は、一々面倒くさいな。相手が気にするなと言えば、気にしなければ良いのに…。」
『あ、あはははは…っ。(面倒くさいって言われた…地味にへこむ……っ。)』


彼の言葉に軽くショックを受けていると、彼女から受け取ったヘルメットとインカムを片手でまとめて持ち、もう片方の空いた手で服のポケットに入れていたスマホを取り出した廣光。

すると、ソレを徐に彼女の前へと差し出した。

軽く俯き、彼の足元を見ていた璃子の視界に、突如ソレが入り込む。

驚いた彼女は顔を上げ、目の前にある彼の顔を見つめた。


『ぇ……?あの、一体…?』
「連絡先。」
『は?』
「礼の代わりと言っちゃ何だが…アンタの連絡先、教えろ。また今度何か遇った時、すぐに連絡取れるようにな。」
『え………。』


思ってもみなかった言葉に、呆然と見つめる璃子。

固まってなかなか動かない彼女に、痺れを切らして眉間に皺を寄せた彼は、差し出すスマホの手を揺らした。

早くしろ、という事である。

其処で慌てて自身の鞄に仕舞っていた携帯を取り出すと、画面をタップし、自分のアドレス画面を表示させる。

それを、彼がよく見えるように差し出し、その画面を見た彼が自分のスマホの画面をタップし、素早い動作で打ち込んでいく。

慣れた手付きで文字を早打ちすれば、打ち終わったのか、「ん。」と返事が返される。

一通りの作業は終わったんだな、と思って画面を元に戻していると、不意に、ピコンッとメールが来た事を告げる通知が届いた。

開いてみると、彼のアドレスらしき文字の羅列と番号が記されていた。


「確かに、アンタのアドレスは登録した。俺のも登録しといてくれ。何かあれば、連絡する。」
『はぁ…。』
「じゃあな。もう倒れたりなんかするなよ…?」
『あ…っ。えと、色々とありがとうございました…!』


空になった後ろの席の荷物入れに彼女が着けていたヘルメットとインカムを入れ込み、上げていたヘルメットのカバーを下げ、地を蹴る廣光。

アクセルを回すと、彼は背を向けて走り出す。

恐らく、元来た道を戻って家へと帰るのだろう。

彼女は、頭を下げて今出来る精一杯の礼をした。

彼の姿は、あっという間に見えなくなって、道行く車の影に消えていった。

璃子は、彼との出逢いと別れに、不思議な余韻を感じながら帰路に着く。

今度こそ、ちゃんと自宅へと帰宅した璃子は、帰って早々休む暇無く、再び説教を受ける羽目になるのだった。

連絡が出来なかったのには複雑な理由があったからなのだが、ある意味、それを口に出来ない事にもどかしく歯痒い思いになるのであった。


―自宅に帰宅して数十分後…。

説教より解放されて、無駄にくたびれたと自分の部屋へ行き、布団に倒れ込んだ璃子。

何だか色々と有り過ぎて、精神的に疲れてしまった彼女は、一先ず着替えようと、昨日から着ている下着を脱いで、新しい物と着替える。

やはり、衣服を綺麗な物に着替えるだけでも気分が違う。

一応、シャワーを借りて汗は流していたが、同じ下着のままであるというのは、居心地が悪いものである。

ついでに、ユルい部屋着へと着替えて、衣服特有の窮屈さからおさらばする。

少しだけすっきりして、脱いだ下着を洗い場に持っていこうと立ち上がると、部屋へ入ってから枕元に投げていたスマホがピコンッと音を鳴らした。

見ると、先程登録したばかりのアドレスからのメッセージだった。

メッセージには、こう書かれていた。


“いきなり連絡してスマン。此方の方面にはあまり来た事が無かったから、せっかく来たなら、何か美味い物でも食べてから帰ろうかと思ったんだが…よく考えたら、此処の名産物とか色々と知らなくてな。取り敢えず、今道の駅らしき場所にまで来てるんだが…何かオススメとかあるか?あったら、教えてくれ。
追伸、ちゃんと家まで無事に帰り着けたか…?”


馴れ合わなそうな彼からしたら、何だか意外な内容の文面だった。

だが、最後の一文を見ると、“実は根は真面目で優しい人”と言っていた彼の友人の言葉は、正しかったようだ。

ほんのちょっとだけ微笑ましく思えた璃子は、持ち上げかけた下着を床に下ろし、返信の言葉を打ち始める。


『ご心配、ありがとうございます。無事、自宅へと帰還する事が出来ました…、っと…。後、何を書こう?』


返信の続きに何を書こうか、迷う。

取り敢えず、地元での有名な特産物や名産品を書いておけば良いだろうか。

買い換えたばかりで、覚束ない手付きでノロノロとスマホを弄る。


“食べ物なら、蜜柑が名産品かな…。道の駅なら、食事処があると思うから、其処の海の幸を食べてみたらどうでしょう?ウチの地元は、海が近くて魚も獲れる港町だけど、山もすぐだから美味しい蜜柑も作ってる町なんだよ。”


面と向かって直接口で話す訳ではないからか、少し砕けた口調になってしまった。

だが、「彼とは歳が一緒だし、メールくらい気軽な感じでも良いよね?」と思い、そのままの文章でメールを送信した。

届くのに少し時間が掛かるだろうと、スマホをポッケに入れ、床に置いた物を再び手に持ち、立ち上がる。

下着を洗い場に持っていった後、喉が乾いたなと台所へ飲み物を探しに行くと、お尻の方に仕舞っていたスマホが揺れた。

画面を見てみたら、彼からの返事が届いていた。


“教えてくれてありがとう。まだ昼には早いかもしれんが、それ程早い訳でもないし、どっちかと言えば近いから、このまま食ってから帰る事にする。腹も減ってるしな。メニューは、アンタに言われた魚を食う事にする。丁度、特盛の海鮮丼があったんで、それを頼むつもりだ。ついでに、土産として蜜柑も買って帰る事にする。蜜柑は、家で食ってみる。”


何だか、さっきから意外としか言えない文面が、彼からのメールで踊っている。

特盛メニューに目を付ける時点で、彼はよく食べる子なのだろうか。

そういえば、今朝食べた彼が作ってくれた朝御飯は、結構朝からしっかりとしたメニュー且つ量だった気がする。

自分は、朝は少食な方な為、あまり彼処までしっかりとした食事は摂っていない。

おまけに、今はどちらかというと不規則な生活をしているせいで、まともな食事を摂っていない。


(きちんと三食食べるようにした方が良いよなぁ…。考えたら、自分、めちゃくちゃ不健康な生活してるわ。起きる時間も寝る時間もバラバラだし。不健康生活の代表格なスタイルだわ…。もうちょい見直して、まともな生活するよう心掛けよう…。)


遠い目をして自身を省みた璃子。

ちょっとだけ反省して、今後の生活スタイルを見直そうと考えるのであった。


―時は、午後過ぎ…。

彼女を地元へ送ったついでに、その地方で昼食を終えて帰ってきた彼は、お土産を手に携えていた。

アパートの階段を上り、自身の借りる部屋の階まで辿り着くと、視界を向けた先…玄関先の前で誰かが待っていた。


「……意外と遅かったね。何処に行ってたかは知らないけども。」


彼の友人である、光忠だった。

光忠は、彼の部屋のドアの前で腕を組み、後ろ背に凭れ掛かって立っていた。


「俺が何処へ行こうが勝手だろう。…と、何時もなら言うところだが、単に彼奴を家の近くまで送ってやっただけだ。腹が空いたから、ついでに昼飯も済ませてきたというだけに過ぎん。」
「まぁ、十中八九そうだろうとは思ってたけどね…。君が今言った“彼奴”って、今朝君と逢った時一緒に居た彼女の事だよね?どういう事なのかな…?」
「土産で蜜柑買ってきた。アンタも食うか…?」
「僕の話を遮るな。というか、今はそんな事どうでも良い。」


彼が帰宅した事を知ると、少し不機嫌さを滲ませた低い声で問うてきた。


「彼女とは、一体どういう関係なの?どうして、彼女は僕達の事を憶えてないの…?」
「…………。」
「ねぇ、何か知ってるのなら答えてよ…っ。彼女は誰なの?本当に主なの…?」
「…部屋で話す…。だから、今すぐ其処を退いてくれ。アンタが邪魔で鍵が開けられない。」
「あ…っ、ごめ……っ。」


急いでその場を退いた光忠は、彼が部屋に入れるよう横にずれる。

部屋の鍵を出した彼が、黙って鍵穴へと差し込み、ドアを開ける。

ドアを開けて自身が先に入った先で、入口で覗き込むようにして立っていた光忠に、「入ってこい。」と顎で指し示した。

さっきまでの威勢はどうしたのか、些か不安げな顔を浮かべて、彼の部屋へと足を踏み入れる。


「話す前に言っておくが…これから話す事は、全て俺の憶測に過ぎない。何が本当の域を出ているかは、まだ不明だ。それを踏まえた上で話すが、何を聞いたとしても、彼奴の事を責めるような真似はしないと約束しろ。」
「………うん、解ったよ…。ある程度の覚悟は出来てる…。」
「なら、話してやる…。昨日と今日で知った、彼奴の事を。」


金の睛が、ひたと見据えた。


執筆日:2018.10.05