時に、廊下を歩きながら光忠と雑談をしていると、ふいに立ち止まり、黙り込んだ光忠。
「どうかしたか?」と首を傾げていたら、己の方へと伸びてきた黒い手袋。
唐突に触れられた頬にビクリと肩を揺らす。
何故か、一撫で二撫でなでなでされ、「何だ、どうしたんだ?」と戸惑っていると、またまた唐突にグッと口許に指が来たと思ったら、親指を押し込められた。
そして、そのままグイッと横に開かれる。
「あが…っ!?」となりつつ、「ちょっとぉ…!?」と非難の声を上げた。
何なんだ、本当に。
「何がしたいんだ、お前は?」と目で訴えかけていると、漸く口を開いた光忠。
「…主の犬歯って、何だか鋭いよね。右も左も。」
『何なんらよ…いきなり。』
「主と話してる時、いつも気になってたんだけど…改めて見ると、やっぱり尖ってるよね。」
『気になるのは解ったが、いきなりは止めてくれ。あと、口に指突っ込むのも。反応に困る。』
「あぁ、ごめんね。けど、何か気になっちゃって…。何で尖ってるの?」
『知らん。生え変わった時生えたのがそうなってるらけら。』
「そっか。そう言えば、人は歯が生え変わるものなんだっけ。」
『うん。生まれた時から生える歯が乳歯と言って、大人へと成長する為に抜けて生え変わるのが永久歯と言ってね。私の場合、その永久歯が生えたら、全部乳歯の時より大きいのが生えちゃってさ。おまけに、何故か犬歯が鋭くなっちゃったんら。』
「へぇ…、そうなんだ。」
『子供の頃、猫が好きで、よく真似事やってたからかな?とか思ってる。今れも猫好きらけろ。らから、何か猫っぽいんかな〜って!まぁ、私自身に猫っぽいとこがあるのは事実らが…。』
「確かに、それとなく猫っぽいような気はしてたかな?何だか獣みたいだよね、主の歯。」
『あはは…っ、まぁな〜。自慢じゃないけろ、よく噛み切れるぜ?それこそ、光忠が言う獣みたいにな!…ってか、いつまれ指突っ込んれる気ら?いい加減外してくれない…?引っ張られてるの、地味に痛いんらけろ。』
「あっ、ごめん!」
『いや、まぁ、良いんだけどさ…。』
いつまでも突っ込まれたままだった指を指摘してやると、慌てて外した光忠。
呆れた視線を向けていると、労るように、僅かにじんじんする片方の口端を擦られた。
実に複雑だ…。
本当に無意識だったようで、何度も申し訳なさそうに謝ってきた。
別に怒ってないから良いと制して、漸く落ち着く。
彼は、私に触れる度、「人間は柔らかくて、すぐに傷が付いてしまいそうだ。」と零すくらいだ。
光忠は、まだ顕現してから日が浅いせいか、人の身としての扱いに慣れていない。
それ故に、出陣した後の傷が多く、怪我を追う率が圧倒的に高い。
まだ練度が低いのも、そのせいなのだろうが。
…と、いつの間にか考え込んでしまっていると、再び口許へと突っ込まれた親指。
「あのー、さっきの話、聞いてましたか?」と問いたくなり、視線を上げる。
すれば、彼は自ら指を下の歯に押し付け、「ちょっとだけ噛んでみて?」なんて言ってきた。
いや、何のプレイだよ、コレ。
やだよ。
何でお前の指噛まなきゃなんないの?
意味解んないんですけど。
それら全てを飲み込み、辛うじて、「は…?」という言葉だけを返した。
しかし、彼は変わらず指を押し付け、「良いから、噛んでみて?痛くないから。」と繰り返した。
いや、痛くないかは別としてだな…。
さっきから君、何なのよ…?
全くもって解らない。
取り敢えず、噛まねば抜いてくれる気配が無いので。
手袋着用してるんだし、しゃーないかと諦め、がじりと一噛み。
丁度、犬歯が当たる位置である。
どれだけ鋭いのか確かめたくなった、という感じなのだろう。
しかし、なかなか抜いてくれる気配が無いので、もう一噛み二噛み、がじがじと噛んだ。
ジ…ッと上目遣いに見遣り、「これで満足か?」と視線のみで訴えた。
すると、
「うん…。やっぱり鋭いね。獣みたいだ。」
そう呟いた。
そうして、漸く抜かれた指には、数分間は私の口内にあったせいで、しっかりと私の唾液が付いてしまっていた。
手袋をしているとは言え、唾液が染み込んでしまった部分は色濃く変色し、蛍光灯の光が当たってテラテラとしていて、何だか艶かしい。
何か、見てはいけないもの見てる気分になってきて、思わず視線を逸らした。
自分の物だから余計にだ。
『あの…その、私のせいじゃないから、こう言っちゃうのは変なのかもだけど…。何か、ごめん。手袋汚して。』
「え…?」
『だって、私の唾液付いちゃったし、汚なくなっちゃったし…。』
「あぁ…これ。別に、主が気にするような事じゃないよ?僕が勝手にやって付いた事だから。それに、主の唾液が汚ないなんて思ってないよ。だから、安心して?」
『いや、それもちょっと可笑しい。』
「ん…?」
『あぁ…もう、良いや。』
何だかどうでも良くなってきて、投げやりになる。
特にこれといった用事はもう無いようなので、執務に戻る事にし、光忠とはそこで別れる事にした。
その後、一人となった彼が、彼女の唾液が付着した指先を愉悦そうに見つめ、ひっそり口付けるように口に含んでいたのは、誰も知らない。
執筆日:2017.10.11