▼▲
凍り付いた雪が溶けるように



春の嵐、とでも言うのだろうか。

暖かな日射しの射す縁側にて、びゅわっと一際強い風が吹き、自身と隣を歩く彼女の髪を浚っていった。

自身としては、男の身故に髪も短く、大して煩わしいとは思わなかったが…女の身の彼女からしてみれば、少々煩わしかったようで。

大部分は括ってはいるものの、結い切れずに余った横髪や額に垂れていた前髪が風で煽られぐしゃぐしゃになり、せっかく綺麗に結い上げていた髪も何だかボサボサになってしまい、ぶすくれていた。


「…今の、随分強い風だったなぁ。」
『うぇ〜…髪の毛ぐしゃぐしゃぁ…。せっかく整えてたのに、やだなぁ…っ。』
「んな、御手杵みてぇな情けない声出すなよ…。髪くらい、後で部屋戻った時に幾らでも整えられるだろ?」
『女の子は、常に見た目を気にしたがるものなんですぅー。』
「…言う程、アンタ見た目を気にしてる訳でもねぇだろ。」
『まぁ、私なりの適度には…?みっちゃん程気を配ったりはしてないよね。』
「そらまぁ、解っちゃいるけどなー。…にしても、もうじき春かぁ…。今日風が強いのも、春の嵐ってヤツになるんだろうな。」
『春ねぇ…。季節的には春になっても、私的には嬉しくないですね。だって…気候が暖かくなりだす=花粉が飛び始める。花粉症患ってる身としては憂鬱でしかないじゃん。おまけに、こんなに風強いって事は、其れだけ花粉もたくさん飛んでるって事だよね…?嗚呼、嫌だ嫌だ…っ!』


スギ花粉がどうの、ヒノキ花粉がどうのと恨めしそうに宣う彼女が、「クシュンッ!」とくしゃみを漏らしてずびりと鼻を啜らせる。

元々は刀であって、人の身は得ていようとも人ではない俺達に花粉症なんてものは当て嵌まるのか解らないが、辛そうにしているのを見てる分からしてみれば、なりたくはないなとは思う。

暴風並みの強風が吹いて、縁側と部屋を仕切る障子や戸がガタガタと揺れる。

風が吹いていく方向に目を向けた先で映した景色に、ぽつり、思った事を零した。


「…何もかもが枯れ果て、冷たい風が吹き荒び寂しい季節が終わりを告げるように、アンタの中の冷たくて寒かった季節も終わりが見えてくるだろうよ…。」
『え………?』


不意に口にした言葉の内容に、彼女がふ…っと此方を振り向いた。

少し先の方へ目を向けたまま、彼女に対し言葉を続ける。


「ほら、ちょっと先の景色を見てみろよ。もう次の季節の花が小さく芽吹こうと息衝いてる。もうじき、この場所にも春が来るな…。ここ数日の日中、外はあったけぇ日射しが照らし始めて暖かくなりつつある。もう春はすぐ其処まで来てるぜ。」


一瞬だけ風が弱まり、さわり、まだ少し冷たいが暖かい風が肌を撫ぜた。

速い風に雲が流れて、少しだけ陽を隠した翳りで影の差した彼女の顔へ振り向き、口にする。


「…だから、アンタにもちゃんと春は来るからよ。そろそろ前向いたらどうだ…?まぁ、まだ不安だってなら、何時だって肩貸すし、寄り添ってやるからよ。」


彼女の頼りなく細い薄いひ弱な掌を見つめながら、なるべく優しげであるように音を唇に乗せる。

アンタが誰よりも優しく、それでいて酷く傷付きやすく脆い奴だって事は知ってるから。

だからこそ、俺が導いてやるんだ。

間違った道に進まないように、暗き闇の底な道に堕ちてしまわないように。

そっと、陰から…。

優しさを求める癖して、悲しい程その優しさに酷く怯え怖がるアンタの心根を傷付けないよう。

孤独は厭な癖に、一人になりたがろうとする卑屈で臆病なアンタを一人きりにしない為に。

どうか、俺の手を取って離さないでくれ。

そしたら、こんな寂しい場所でアンタを一人きりになんてさせないから。


「ほら、俺の手を取れよ。」


キョトンとした風に見えて、目の奥では此方の様子を窺っている彼女の目の前へ、自身の掌を差し出す。

俺の意図を掴み兼ねているのか、小首を傾げて問うてきた。


『何処に行くのさ…?』
「さぁ…何処だろうな?少なくとも、今よりはずっと明るく愉しい場所だぜ。」


暖かな光の照らす下、彼女の手を取って連れ出す。

このまま、舞台の上なんて処に上がれたら…。

其れは、きっと、素晴らしい舞台が仕上がるんだろう。

舞踊(ダンス)なんて小洒落たものが似合わない俺とワルツを、人生(刃生)という名の舞台で踊ろう。

無様だって不器用だって良い。

二人が一生懸命踊って愉しかったなら、其れが俺達のワルツになるのだから。


執筆日:2019.03.11