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止まない雨に打たれる



偶々、非番で暇をしていた同田貫と万屋へと買い出しに出ている時の事だった。


『うわ、雨…?』


まだ降り始めたばかりだからか、小さな水滴がぱらぱらと降ってくる程度だった為、大した影響は無かったが、頼まれていた買い物ももうすぐ終わるからと次の店へと急ぎ足で向かった。

そうして買い物を続けている内に次第に雨脚は強まり、ぱらぱらと小さな雨粒が落ちてくるだけだったものが小雨へと変化していき、気付いた時にはザアザアと弱い雨が地面を覆い濡らしていたのだった。

最後に外に在る出店で予定していた買い物を終えたところでその雨脚の強さに気付き、本丸までの帰り道を急ごうとしたが、思ったよりも降ってきた雨に途中で見付けたとある店の軒先で雨宿りをする事に。

春の季節故に不安定である気候のせいなのであろう。


「ただの通り雨だろ…。こんなのすぐに止むだろうさ。それまで、少し此処で雨宿りさせてもらおうぜ?」


ほんの小雨だが、少し濡れてしまった衣服を叩(ハタ)きながらそう零した同田貫。

そんな彼に賛同し、コクリと緩く頷く。

雨は降ってはいるが、穏やかなものだ。

これなら、大して濡れる事もなく本丸に帰る事が出来るであろう。

風が少し出てきたり、通り過ぎるどころか逆に強まって止まないとなった場合は、考え直さねばならないだろうが。

それならそれで、今居る場所を変えるなり、何処か中で待たせてくれるような店を探すなりするだけだ。

雨の降る景色を見つめ、ふと思った。

私の中では、何時も雨が降っているな、と…。

しかし、私の中で降る雨は、これ程優しく穏やかなものでないが。

そんな事を考えていると、彼も同じような事を考えていたのか、以前私が話した話の事を持ち出してきた。


「そういえば…アンタの心情風景では、何時も雨が降ってるんだとかって言ってたよな…。」


ぽつり、静かに零された台詞に、「…うん。そういや、ちょっと前にそんな事言ったね。」と彼の顔の方も見ずに返した。

その返事の仕様に、彼は何も咎める事無く、ただ穏やかな声音で話を続けた。


「なら…アンタの心情風景では、こんな風に雨が降り続けてんのか…?」
『ううん…。私のは、こんな穏やかで優しいものじゃないよ。』
「…そうなのか。」
『うん。』


お互いに相手の顔も見ずに目の前の景色を眺めながら話す光景は、傍から見たらきっと酷く滑稽に見えるのだろう。

滑稽でなくとも、何とも情けなく寂しい距離感だと見えるだろう。

でも、それで良いのだ。

私達には、この距離感が丁度好い。


「でも、こうして二人同じ場で一緒に雨に降られてんなら、アンタの中ででも一緒に打たれているのと変わらないんじゃねーかな。」


ふと、少しだけ此方の方を振り向いた同田貫。

気怠げな声に穏やかさと優しさを乗せてそう呟いたかと思うと、雨で濡れた私の前髪へと触れた。

そして、柔らかな手付きで前髪に付いていた雨粒を払う。

ぶっきらぼうに見えて、実に優しいその行動と言動に、私は知らぬ間にじわじわと絆されていたのだ。

この男は、そういう男(刀)なのだ。

恐らく、私が同田貫へと抱いている気持ちと傾きかけている気持ちに気付いているのだろう。

否、きっと、その事に彼は気付いている。

だが、敢えて気付かぬ振りをして、見て見ぬ振りをするのだ。

私がはっきりと直接口に出して言葉にするまでは。

しかし、私は酷く臆病者だ。

それでいて、実に後ろ向きがち思考な性格だ。

故に、怖気付いて口にする事を躊躇っているのである。

きっと、ずっと、この気持ちは口に出す事は無いであろう。

街道を行き交う人が傘を差して通り過ぎていく。

途切れた雲間の隙間から僅かに射し込んだ陽の光が、視界の先に映った。

もう少しすれば、目の前を濡らしていくこの雨も止む事だろう。


「…もし、まだアンタの中で雨が降り続けてんのなら、俺も一緒に降られて濡れてやるよ。そしたら、二人仲良く一緒に濡れ鼠だってな…?無様極まりねぇ滑稽そのものだが、悪い気はしねーし、面白そうだ。」


(ずっと鳴き止まない冷たい雨に、わざわざお前が濡れようとする必要は無いんだよ…?)


素直にそう口に出来たら良いのに。

素直にそう言えたのなら楽なのに…。

穏やかに視界を遮る雨を見つめたまま、小さく言葉を返した。


『…わざわざ雨に濡れたがるとか、何それ?そんなの、まるで水浴びに喜ぶ犬みたいだよ…?』


小さく笑って、その裏側に潜んだ感情を態とらしく誤魔化した。

すると、彼は穏やかに細めた目を向けてこう言うのだ。


「俺は、アンタと一緒なら、雨に降られようが何処に居まいが構いはしねぇんだよ。…だから、アンタが雨に濡れてんのなら、俺にも濡れさせろ。」


心の内で小さく叫んだ声は、言葉は…きっと、この雨が洗い流してくれるだろう。

だから、どうか、“気付かない”ままでいて。

光に痛みを覚えて、奥底に閉じ籠った私の本心に触れないでいて。

傷だらけでいようとも綺麗で美しいお前を汚したくはないから…。

背を向けたまま、見て見ぬ振りのままでいて。

穏やかな雨は、まだ鳴き止まない。

こんな雨、早く止んでしまえば良いのに。

態と素っ気無い振りをしたりする私の事を嫌がりもせず、自ら近寄って来ようとする距離感に、どうしても一線を引いて退いてしまう私は戸惑ってしまうだけなのだ。


「なぁ。」
『…何?』
「アンタってさ…俺の事好きなんだよな?」
『………好きだけど、それがどうした?』
「いや、特にどうって事はねーんだけどよ……。何時か、で良い。アンタの名前を知りたいんだ。」
『…!…私の名前って、それって…もしかして本名…真名の事?』
「嗚呼…。規則として、原則教えちゃならねーってのは知ってる。だから、何時かで良い…アンタの“本当の名前”ってのを知りてぇんだ。」


…そんなの駄目に決まってる。

規則で決められているからだとか、そんな理由じゃない。

単純に、お前に真名を教えたら…それがきっかけでお前の事を縛ってしまいそうだからだ。

真名を知られたら、その名を知った者がその者の名を握る事になる。

故、本来ならば、縛られるのは私自身となるのだ。

だが、彼の場合は異なるだろう。

彼が私の本当の名を知ってしまった時、彼は本当の意味で私という力に縛られるのだ。

それだけは、嫌なのだ。

お前を付喪神として縛り使役するのは…。

お前は自由で在るべきだ。

だから、教える事は出来ない。


『…………もし、そんな時が来るのなら、ね…。その何時かが来たなら、教えてあげるよ。…大したものじゃない、ごくフツーにありふれたものだけどね。』


そう小さく笑って、然り気なく嘘を混ぜて言った。

否、きっと何時になっても教える事は無いだろう。

ふ…っ、と笑みを零して小さく笑った同田貫。

雨が止むのをただ待つだけというのも面倒だと言いたげに徐に頭を掻いた彼は、大きな欠伸を一つ漏らして伸びをした。


「あー…雨、止まねぇかなー……。」
『早く止むと良いねぇ…。』
「まぁ、暫く待っても止まないようなら、もう少し弱まった頃を見計らって強行突破して帰るか…?そうすっと、今より濡れて帰る事になっちまうが。」
『別に良いよ、それくらい。少し濡れたくらいじゃ風邪引かないし、寒けりゃ風呂入るなり服着替えたりするなり何なりすれば良いだけだしね。』
「んじゃ、もうちょっと待っても止む気配無けりゃ、それでいくか…。」


ずっと立ちっ放しで待っているのも疲れてきた。

店先の軒下という事もあり、屈み込むのもどうかと思って、少し後ろに下がって閉められた店の入口の壁に凭れ掛かる。

ただ前を見つめるだけにも飽きてきて、ふと足元の辺りへと視線を投げ、俯いた。

そしたら、不意に黒い足元…彼の靴が近寄ってきた。

気付いて、其方の方へと顔を上げると、一瞬視界に黒が降ってきて訳が分からなくなった。

目を瞬かせて惚けていると…その一瞬後、彼が悪戯っぽく目を細めて笑い、こう口にしたのだ。


「この季節、まだ雨に濡れりゃ冷えて冷たくなってるかと思ったが、案外温いもんなんだな…?アンタの唇、温いっつーよりも、少し熱いくらいか?」


不意打ちも良いところだと罵ってやりたいくらいだった。

しかし、不意に奪われた唇と彼からの口付けという衝撃に思考が混乱し、正常に機能しなくなっていたのだ。

無意識に赤くなったであろう頬が変に火照って熱い。


「雨宿りしながら、何処のとも知れぬ店の軒先でこっそり蜜を交わし合うってのも…悪くないんじゃねーの?」


そう言って悪い顔で笑んだ同田貫は、他人の意志なんて聞かずに「もっとアンタと口吸いがしたい。」と言って、私にその身を寄せ、在る筈の境界線をあっさり踏み越えてきて強請るのだった。


執筆日:2019.03.12