ふっ、とした時に少しだけ屈み込み、下を向いた主の頬から首筋辺りに手を伸ばした。
脈略も無く触れた其れに、ちょっとだけ驚いたような主が、同時に触れた意図に疑問を抱いて首を傾げて伸ばした俺の手を掴んだ。
『何…?たぬさん。』
「……いや、何も用は無ぇんだけどよ…。」
『そうなの…?』
己の手を掴んだ主の其れに触れられて、同じものなのに、随分と小さくて全く違う別物のようなものに感じた。
にぎにぎ、と緩く少しだけ強弱を付けて俺のものと一緒なようで違う其れを握る。
顔のすぐ側でにぎにぎと感触を確かめるみたいにする俺を、主は不思議そうな目で見つめた。
『…何々、どしたん…?』
「いや…別に……。アンタの手って、意外とやわこいんだな…って。」
『う〜ん、…それ言ったら、逆にたぬさんのはちょっと固いね。刀振るってるからかなぁ…?…っふふ。』
「それに…思ってたよりも小せぇ。」
『反対に、たぬさんのは大きいよね。私の手がすっぽり収まっちゃうくらいに。』
「あと…、少し冷たいような温いような温度だな。」
『たぬさんのは、ちょっと温度高めであったかいね。』
特に意味は無い、中身の空っぽな会話をゆるりとした空気で遣り取りする。
その間、主の手はずっと握ったままだ。
主自身は、特に何も言わない。
俺も、後は何も言う事無く触れ続ける。
次第に謎に微妙な空気感に堪えられなくなった主が、擽ったそうに表情を崩して笑った。
『…っふふ、何かよく解んないけど擽ったいんだけど…?コレ、何時まで続くの?』
「んー……っ、特に意味も理由も考えて無かったから何時までとか知らねぇ。」
『何ソレ…?ふふふ…っ、何か変に擽ったい。』
「………………。」
そうやって笑った顔が何だかやけに強く印象に残ったから、僅かに目を細めてその浮かべられた笑みを見つめ返す。
にぎにぎ握っていた手を漸く離して、もう一度主の頬へ手を伸ばした。
傷だらけの手で頬を撫ぜたら、カサカサとした肌が当たって煩わしいと思うだろうに、主はその手に自ら頬を寄せて…大倶利伽羅の奴がこっそり庭の裏手で可愛がってた猫みたいに擦り寄ってきた。
「…掌と同じですべすべだな…アンタの肌。」
『たぬさんのは、ちょっとカサついてる…?所々、肌がささくれだった感じがするかな。』
「当たって痛かったか…?」
『いんにゃ…?これくらい慣れてるから平気だよ。自分でもケアし忘れたりすると、同じ感じになっちゃったりするし。』
「…そうか。」
すりすり、すりすり。
猫を撫でる時みたいな手付きで主の頬を撫でる。
ある程度気が済むと、頬から場所を少しズラしただけの耳の辺りをさわさわと触れる。
手や頬と違って敏感なところなのか、さっきよりも擽ったそうにした主はちょっとだけ肩を竦めて身を捩らせた。
『ん……っ、んん゙ぅ゙。ちょ…っ、さっきから擽ったいんだってば…。何なのよ、もぅ〜…っ。』
「……何だか解んねぇが、アンタの反応が面白いから戯れてる。」
『何じゃソレ。ワテで遊ぶなや。』
耳周りを擽るのを止めて、両の手で主の頬を掴んでみた。
むにむにと柔く形を変える頬を包み込むようにして、横に引き伸ばす。
そしたら、むにょんと伸びた顔が絶妙に面白くて、つい吹き出して笑ってしまった。
『おい、にゃにひゅんらよ、たにゅひゃん…。やめりょよ〜っ。』
「…っはは、すげぇ間抜けな顔…!」
『はにゃひぇっへばぁ〜…っ。もぉ…っ、ひほにょはおれあひょぶにゃあ……!』
「あ…?何言ってんか解んねぇよ。“他人の顔で遊ぶな”、ってか…?」
『そうにゃよ…。いいはべんはにゃへや。』
「へーへー、悪かったよ。だから、んな怒んなって。後で、美味い菓子でも歌仙に頼んで作ってもらうからよ。」
『いや、ソレ、結局他人任せやん…。歌仙完全とばっちりやん。アカンやん。絶対俺が怒られる流れやぞ、お前。ふざけんなよ、マジで。彼奴、下らん諍(イサカ)いに対してはマジ面倒くせぇんだから…。』
理不尽な事で怒られるのは勘弁だと、目尻を吊り上げてムスリと不機嫌そうに表情を変えた主に、取り敢えず変に拗れる前に謝っとく。
ついでに摘まんで伸ばした頬にまた触れて擦るように撫でた。
やっぱり、男の俺とは違うからか、全体的にやわこい。
もにゅもにゅと形を変える柔らかさが癖になる程には…。
『もぉ〜……まだ続くのか、コレ?何時まで続けんだよ〜…っ。…むむむぅ、こうなったら此方も仕返しだ…!えいっ!!』
「んむ…っ。……アンタも触んのかよ。俺のなんて触って楽しいか…?」
『へっへへぇ〜…っ、触り合いっこだ!』
「……………。」
『たぬさんのも意外と伸びますねぇ〜…。ぎねのには負けるけど。』
「は?何の話だよ。…って、おい、やめりょはなひぇ。」
『っふ…!たぬさん、言葉上手く喋れてないよ!可っ笑しい…!!あっはっは……っ!!』
今度は反対に主が俺の顔を弄くり遊び始めて、勝手に一人笑い出した。
主の笑った顔を見ると、何故だか腑の奥というか…胸の辺りがホッと安堵するような温かな気持ちになる。
この笑みをずっと守れるように、俺は強く在ろうと思うんだ。
「……確かに、こいつぁむず痒くてしょうがねーな。変に擽ったくて仕方ねぇ…。」
『でしょ…?さっきまでの俺の気持ちが解ったか…!』
「おーおー、解ったからよ。そろそろこの手離してくれや。変な気起こす前にさァ…?」
『変な気って…どんな気だよ?』
「さぁなー…知らぬが仏ってヤツじゃねぇか?」
『何その適当感…っ?回答の仕方が雑過ぎるだろ……!』
大雑把に適当に誤魔化してはぐらかした本当の言葉の意味を、アンタは知らなくても良い。
穢れを知らないアンタを、俺の勝手な邪な感情で汚したくはないから。
ピクリ、遠くで存在を呼ばれて其方を見た主。
どうやら何かが出来たからと呼ばれたようだった。
恐らく、時間帯的にも八ツ時の誘いか何かだろう。
俺は、主の手を掴んでいた手を解いた。
周りの奴等に、主と俺がこんな遣り取りをしていたなんて下手に知れて、主が変に思われるのも嫌だからだ。
主には気付かれぬようにと、そっと距離を取った。
今の一瞬の間に抱いちまった、人としての感情に気付かれねぇように…。
そうやって、一瞬の内だけ自分の意識に傾いていたからだろうか。
再び主の手が俺の手を取った事に、反応が遅れた。
気付いた時には、俺の硬い武骨な掌の片手は、主のすべらかで柔らかな其れに包まれていた。
『歌仙がね、八ツ時用に、春の季節に合う美味しい甘味を作ってくれたんだって…!今日は和菓子だって、あつきが教えてくれた!やた……っ!!』
「…え?あ…お、おぅ…っ。」
『んふふ…っ、わざわざ頼むまでもなかったね…?』
さっきまでの遣り取りで交わした会話の続きだろう。
主が小さく悪戯っぽく笑った。
そんで、そのまま俺の手を引いて歩いていく。
『早く行こ…っ!歌仙とあつきが一緒になって作ったなら、文句無しの絶品なお菓子だろうから。あ、勿論、みっちゃんが作ったお菓子も最高に美味いんだけどね?どちらも甲乙付け難いくらいにべらぼうに美味いんだから。はぁ〜っ、今日はどんな驚きが待ち受けてるのかな〜…?華やかなタイプなのか、それとも控えめな可憐なタイプなのか…。お菓子の見た目すらにも拘る面子だからね…今から楽しみで仕方ない!』
「……腹に入っちまえば、見た目がどうだろうと関係無ぇだろ…。味が付いてて美味けりゃ、其れで良い。」
『おんま…っ、ソレ絶対歌仙の前で言うんじゃねーぞ…?殺されると思うから…っ。殺されるまでいかなくとも、半殺しは覚悟しといた方が良いかも。絶対無事では帰れない事だけは保証する…。』
「どんな保証だよ、ソレ…っ!!ほぼ意味無ぇじゃねーか!?」
『うん。だから、前以て忠告しといてあげたの。死にたくなけりゃ、余計な事は言わず黙っといた方が良いよ…ッ。』
「……アンタ、過去に一体何やらかしたんだよ…。」
『あはははは……っ。たぬさんがウチに来る少し前の事さね………気にしなさんなや。』
曖昧に笑って誤魔化された内容も気になるが、今は触れないでおこうとしよう。
時折、突飛として目の前を弾けさせる主に手を引かれ、俺は密かに口角を上げた。
執筆日:2019.03.30