暖かな陽日の届く縁側を宛も無くぽてぽてと歩いていると、ふと何かの塊が前方の辺りに転がっているのに気付いた。
何なのだろうと首を傾げて覗いてみると、転がっている塊と思っていたものは主だった。
咄嗟に血相を変えて、縁側に横たわる彼女の元へ駆け寄り、声をかける。
「主…ッ!どうした!?何があったんだ…っ!?どっか痛いのか!?悪いのか!?…っおい、しっかりしろってぇ……ッ!!」
『…んにゃ……?』
顔を青くして最悪の状況を頭に過らせた御手杵は、必死の様子で呼びかけ、横たわっていた彼女の身を抱き起こした。
彼の呼びかけに意識を覚ましたようで彼女が緩慢な動作で目を開くと、ホッと安堵すると同時に何処か場違いな起き抜けの如き声を漏らした様子に内心首を捻った。
そういえば、塊と思って覗いた時の彼女は、縁側で丸くなって眠る猫同様そっくりに丸くなっていたような…?
ゆっくりと頭をもたげた彼女の身を支えてやりながら、疑問に思った事をそれとなく口にしてみた。
「なぁ…何でアンタこんな処で転がってたんだ?どっか悪かったとか、そんなんだったのか?」
『んぅう……っ。ぅ…?んにゃぁ、ただ縁側ポカポカしてて暖かかったから、日向ぼっこしてたらうとうと眠くなって…ちょっと寝てただけだよ…。』
「え………?」
『…ん゙、ぅみ゙ぃ……っ。』
返ってきた思わぬ回答に一瞬思考を停止させた御手杵は、呆けた様子で彼女の事を見つめた。
そんな彼を他所に、主である彼女は呑気にくあり、と欠伸を構した。
途端に脱力する御手杵。
「何だよ…焦って損したじゃんか……ッ。さっきはマジで焦ったってのにさぁ…。」
くしくし、と眠気眼を擦る彼女を恨めしそうに見つめた彼。
盛大に脱力すると共に、これでもかという程の大きな溜め息を吐いた。
「…確かに、今日あったかいし、春の陽気に当てられて眠くなるって気持ちも解るけどさ…。こんな処で寝てちゃ駄目だろ?一瞬何かあって倒れてんのかとばかりに思っちまったんだぞ…?」
『んー……それはごめんだにゃあ…。鍛刀やら何やらで力使ったら、何でか無茶苦茶眠くなっちゃって……っ。春になってあったかくなったのもあるんだと思うぅー…。』
「“春眠暁を覚えず”…とかってヤツの事か?」
『うん…そぉー。』
んにゃんにゃと眠たげに言葉を返す彼女の様子に、つい思ってしまった彼はちょっとした事を提案する。
「上に何にも掛けないままこんな処で寝たら、幾らあったかくなってきたっつってもアンタ風邪引いちまうぞ…?そんなに眠いんなら、俺に寄り掛かって寝ろよ。主が直に床に転がってるのは流石にどうかと思うしな…。俺を枕代わりに使ってくれて良いぜ?俺に引っ付いてりゃ、何にも掛けないまま転がってる時よりも温いだろうからさ。」
『ん……じゃあ、ちょいと場所お借りして…。』
「ほい、どうぞ。アンタ昼寝用特等席だぞ〜!…なぁ〜んて。」
軽く冗談のつもりで言ってみたら、意外にも言葉の通りに収まった彼女に呆然としてしまった御手杵。
早速彼の胸元に頭を預け、うとうとと舟を漕ぎ出した主は安心し切ったように眠り始める。
眠過ぎて思考力が低下している模様だ。
次第に完全に寝入ってしまった彼女を懐に抱いたまま縁側の柱に凭れ掛かる御手杵は思った。
(主って、こうして見ると本当猫みたいな奴だよなぁ〜…。)
文字通り、言葉通り、眠くなったら何処ででも寝る。
一応、寝れるスペースが有ればとの事らしいが…あまりどっちも変わらないと思うのは、気のせいだろうか。
胸元でくぅくぅ…っ、と安らかに寝息を立てて眠る彼女の頭に触れ、ユルリと撫でる。
其れは、時折近寄ってきてくれる猫を撫でた時の感触と同じなのであった。
猫の毛並みと同じように柔らかい髪を梳いて撫でる。
触り心地の悪くない感触である。
「……あ〜あ…っ。俺も眠くなっちまったから、このまま一緒に寝よっかなぁ〜…。」
春の穏やかな陽気があまりにも心地好くて、自身の目蓋も重くなっていく。
彼も、彼女を胸に抱いたまま、その場に横になった。
そして、彼女の温もりと日溜まりの暖かさにすよすよと眠りに就いたのだった。
―数刻して、彼と彼女の存在を探す者達がそれぞれに彼等の元にやって来て、ぽつりごちる。
「…全く、君だけならまだしも、主も一緒だったとはね…っ。」
嘆きの混ざった溜め息を吐いた歌仙は額を覆った。
其れを横から野次馬のように面白がって言葉を漏らした者達が口を開く。
「ははは…っ、随分と気持ち良さげに眠ってるじゃねーか。」
「嗚呼…二人共、とてもぐっすり深く寝入っているようだ。」
「いやぁ〜、此処まで行動そっくりじゃなくても良いんじゃないですかねぇ〜…?」
「まぁ、飼い犬と飼い主は似るって言うモンなぁ〜…っ!」
「鶴さん…。仮にも主に対して失礼だよ?」
「いや、言い得て妙だとは思うがな…。」
「お…っ?まさかの伽羅も鶴爺派か?」
「いやはや…今日の縁側は温いものなぁ。つい寝てしまいたくなるのも頷ける。」
「三日月、それはあなただけではないのですか…?」
「あなや。なんと、俺だけか…?」
「どうでも良いが…このまま寝かせたままで良いのか?風邪を引いてしまう前に、起こすか移動させた方が良いのではないか?」
こそこそと小声で言い合う彼等は、本当は声を大にして騒ぎたい。
野次馬根性なところは、誰の心情の中にも潜んでいるものである。
「おーいっ、御手杵の奴見なかったかぁー?…って、んだよ…。こんな処でサボってやがったのか?どんだけ良いご身分なんだ、この野郎…っ。」
「ッイデ…!!……いってぇ〜なぁ、何すんだよいきなりぃ〜…っ。蹴るこたないだろぉ〜…?」
「御手杵、お主が内番をサボってこんな処で油を売っていたからだぞ…?」
「この天下三名槍の正三位様をほったらかして縁側で主と居眠りたぁ、良いご身分じゃねーか。ぁ゙あ゙ん…?」
「おい、日本号…っ、主の御前なのだぞ。言葉遣いには気を付けろ…っ。」
共に内番を組まれていたが、待てども待てども来ない相方を探してやって来たのだろう、日本号が不機嫌そうにメンチを効かせて凄む。
思い切り頭を蹴り起こされた御手杵は、蹴られた後頭部を抱えて蹲った。
「主ー!主ぃー…っ!?どちらにいらっしゃるのですかぁーっっっ!!」
「あまり大声を出すな、へし切長谷部。主が起きてしまうだろう?」
「何だと貴様…?後からこの本丸に来た分際で偉そうに口出しをするな…ッ!!」
「嗚呼、ハイハイ、君達喧嘩しないの…!君達ってば、何かとぶつかり合っては喧嘩するんだから…良い加減仲良くしなよね?」
主の事で顔を合わせればいがみ合う二人の間に入り仲裁する燭台切。
苦労が絶えない苦労人である。
「おーい、薬研…!そっちに薬研居ねぇかー?秋田と五虎退が庭で走り回ってる内に転けて、足擦り剥いちまったっらしいんだけどぉー、手当て頼めるかぁー…っ?」
「おう…っ!ちょいと待ってな!今行くー…っ!!」
「すまぬが、主殿は此方に居られるであろうか?拙僧、今後の出陣について新たな策を練りたく、より良い案は無いだろうかと主の部屋へ行ってみたのだが、居られぬようだったのでな…。」
「嗚呼、丁度良かった。山伏、すまないが…うっかり春の陽気に当てられて縁側で寝てしまった主を部屋まで運んでおいてはくれないかい?生憎、僕はこれから万屋へ買い出しに行かなくてはならなくてね。悪いんだが、僕の代わりに頼まれてはくれないか…?」
「え?拙僧が、で御座るか…?其れは、一向に構わぬのだが…っ。」
「あれっ?主さん、またこんな処で寝ちゃったんですか…?もうっ、風邪引くから駄目だって言ってるのに聞かないんだから…っ。仕方のない人ですね…!僕、先に行ってお布団敷いてくるから、兄弟は主さんをお願いね…っ!」
「あ、嗚呼…っ、任されよ…!!」
軽々と抱えられ運ばれる彼女は未だ夢見心地の世界だ。
眠っている彼女の周りが、いつの間にか喧騒に包まれている事には気付かないのである。
執筆日:2019.03.30