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紅と赤



『ッ…!いって……っ。』


ふとした瞬間にある事で、其れは誰にでもよくある事だ。


「…!どうした?」
『あ、や…大丈夫。大した事じゃないから…っ。』
「隠すな。良いから、何で痛いなんか言ったか言え。」


よくある事だから、そんなに反応する事でもないと思ったのだが…やけに酷く反応して促すから、切れた指先を見せた。

ただ、書類を仕分ける作業をしていたら、紙の端に当たって切れただけだ。

日常生活を普通に過ごしている中で、時折こうして手を切ったりする事がある。

偶々、其れが今起こっただけなのだ。

そんな大袈裟に反応するまでもない。


「…切れてるな、小せぇ傷だが。」
『あー…まぁ、紙弄ってたからね。これくらい、よくあるよ。今時期はまだ空気が乾燥してるからねぇ…ケアすんの怠ってたから、切れちゃったんだな。うん、でも、大した事ないから。』
「貸してみろ。」
『いや、これくらい放っておいても大丈夫だって。気になるなら、其処ら辺に置いてた絆創膏取ってくれれば自分で貼る……っ、』


傷の具合を見せる為、切れた指先の患部を彼の目の前に差し出し見せてやると、瞬間、彼の目の瞳孔が細まり光った。

差し出していた腕の手首を取られて、真っ直ぐに彼の口許へと運ばれる。

運ばれたのは、紙で僅か小さく切れて血の出た自身の指先。

ぱくり、咥えられた人差し指の患部を彼の舌先がちろりとなぞった。

じわり、滲み出ていた血液が彼の舌先に舐め取られていく。

正しい方法とは言えないが、簡素的な軽い消毒を行った彼は直ぐに口から離した。


「…ほらよ。治ったぜ。」
『え……っ?』


突き返された指先を見てみたら、先程は切れていた筈の人差し指の傷口が無くなっていた。

嘘みたいに無くなっていた。


『え…、え………?どうなってんの?コレ…ッ。』
「簡単な事だろ。俺が何時も言ってる事だ。んな傷、唾付けときゃ治るって。ま、俺達、審神者と契約した奴にしか出来ない遣り方っつーの…?これくらいの小せぇ傷なら、力のある奴の体液交換的なヤツで治せるって話さ。」
『へぇ…マジか。噂ぐらいは耳にしてたけど、実際やった事も無いし、試した事も無かったからどうなるとか知らなかったや。』
「……まぁ、あんまお勧めは出来ねぇ遣り方だがな…。」
『ほぇー…っ、凄いな。嘘みたいに治っちゃった…!全然痛くないし、本当に凄い。』
「アンタ達人間は、脆いからな…。小せぇ傷でも、病気やら感染症やらで油断出来ねぇ。だから、ちょっと怪我したってだけでも、ちゃんと手当てしろよ?」


すっかり傷の無くなった手を労るように柔く擦ってきた彼。

その声は酷く優しげで、少し不思議に思った。

だがしかし、その時の彼の目は異常だったのだ。

彼の方を見ていなかったから気付かなかった。

彼女の切れた指先から滲み出た紅い血を見た時から、彼の目の奥の色が赤く染まっていた事に…。

彼は、ひっそりと彼女を見つめながら、口の中に残る鉄の味を味わった。

欲して止まず、微かな一滴でも舐めてみたいと思っていた、彼女の血の味を。

堪らなく恍惚する感情にそっと蓋をして、昂る鼓動を抑えた。

ぺろり、彼は舌舐めずりをした。

その刹那、自身の唇が彼女と同じく乾燥して切れていたのか、血の味がした。

だが、先程とは違って、何も昂る事はない。


(…不味いな…。やっぱり、此奴の血の方が何倍も美味ぇ。)


自身の血の味と彼女の血の味を比べ、心の内で舌打ちをした彼は僅かながらに表情を顰める。


『どういう理屈かはよく解んないけど…傷治ったし、ありがとう。おかげで、地味に痛い思いしなくて良かったよ。』
「おぅよ。この後も気を付けて仕事しな。」
『うん…っ。』


彼女が彼の方を見て、緩く笑って感謝の言葉を述べた。

その言葉に対して、彼も緩やかな笑みを浮かべて返す。

表面上は、どちらも穏やかな空気を纏っていた。

しかし、彼だけは違ったのだった。


(嗚呼…また此奴の血を味わえる時が来ねぇかなぁ…?誰よりも格別で甘い、紅い血を……。)


醜く歪む彼の内の感情がうっそりと嗤った。


執筆日:2019.04.13