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××と勘違って逝ってしまった



『―私はね…きっと、この世に必要とされていない部類の人間なんだよ。』


主は必死に繕ったような笑みで笑って言った。


『…だから、私なんて人間は居ても居なくても変わらない、空気のような人間なんだ。誰かの影みたいな、何の役にも立たないであろう、何処にでも代わりになるような存在は幾らでも居るんだって部類の人間さ。』


無理矢理作ってるみたいな笑顔を浮かべて笑った。


『なら…何の役にも立たない、役立たずで愚図で泣き虫で非力な無力極まりない穀潰しにしかならない私なんて、要らない存在だよね?………生きていてもしょうがない、塵屑とも変わらない価値の無い奴なんて、居なくなってしまった方がよっぽど世の中の為になるんじゃないかなって思うんだよね…。』


“そんな事ない”、そう言葉をかけてやりたかった。

だけど…そんな薄っぺらい上っ面だけを理解したみたいな軽い言葉は相応しくない、そんな言葉じゃ、今の思い詰めるに思い詰め過ぎてしまった主には届きもしないって解ってた。

そう思って、何も言えなかった。

何も言えないから、黙ったまま主の側に寄り添ってやる事しか出来なかった。

だけど…あの時、何か一つでもマシな言葉をかけてやれてたなら、こんな事にはならなかったんだろう。


「―貴本丸の主を勤めていた審神者殿ですが…残念な事に、先日、現世へ帰還中の間にて、急逝の為死亡との連絡を受け、急ぎ報告の元参上致しました。原因は窒息死によるものと判明。…自殺によるものでの死亡、との事です。」


突然の事に、皆理解が追い付かなかった。

或る日、主が現世に行ったまま帰ってこないと心配に肝を冷やしていた時の事だった。

唐突に訪れてきた一人の政府の役人が、開口一番そう宣ってきたのだ。

そんな冗談でもない嘘、誰が信じるかと皆が皆してソイツを疑った。

縁起でもないくだらない冗談は止せと怒り狂った奴が、ソイツに殴りかかったりもしていたと思う。

殴りかからずとも、此れでもかと相手を睨み付けて牽制していただろうと思う。

それでも、俺は何も出来なかった。

何の反抗も抗議の意思も見せれなかった。

“そんな出鱈目な嘘なんか信じるもんか!主を勝手に隠してどっかにやったのはお前等だろ…!!”

そんな言葉すら発する事も叶わなかった。

だって、俺は解ってしまっていたから…。

あの時の主は必死の必死で、崖の淵に縋り付いているだけという程にも限界で、今にも脆く崩れ去りそうになっていたのだと。

そして、そんな状態であったにも関わらず、無理に笑わせてしまった挙げ句に何の言葉もかけられずに死に追いやってしまったのだと。

まだ年若き女性で、此れからが本当に楽しみある人生を送る筈だった人なのに…。


「…ど…して……置いていったの…、ど…して…俺、何で………、嗚呼…………ッ。」


後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。

俺は泣き崩れる間も無く膝を折って地に崩れ落ちた。

側に誰かが来て、“しっかりしろ”だとか“気を確り持て”みたいな事を言って支えに来てたようだったけど、俺には何も聞こえてなかった。

―俺は、また主を生かす事が出来なかった。

“また、主を死なせてしまった。”

二度も持ち主である主を死なせてしまう刀だなんて、最早呪われてるんだ。

なら、いっそ消えて居なくなってしまった方が、周りの者が楽になるのではないか?

俺は思い至ってしまった。

―嗚呼…あの時の主は、そう言いたかったんだじゃないか、って…。

まともに保てなくなった正気に理性の箍(タガ)が外れて、意識が遠退く。

付喪神として器にこの世に降ろされた中身が歪んでしまえば、器は決壊するしかなくなり、ただの荒神となる。

つまりは、闇堕ち…。

二度も主を生かす事の出来なかった呪われた刀なんて、もうこの世に居座るべきではない。

さっさと折って炉にぶち込むなり破壊するなり、何なりしてくれ。

主の居ない世界になんて、未練は無い。

主の居なくなってしまった世界なんて、生きてても死んでるも同然だ。

政府の人間は、このまま主の居ないままの本丸に残り解体を待つか、他所の本丸の審神者の元に引き取られるかの選択肢を…考える事の余地を与えた。

だけど…そんなの、もう俺には関係無い事だった。

主が居ない本丸なんて寂しいだけの虚ろな空間だと。

誰も俺が堕ちゆくのを止めようとはしなかった。

もしかしたら、止める間も無い早さで堕ちていったのかもしれないけど。


「……やだ…、主が居ない世界なんて………主…っ、どう…して……………、」


言葉が途切れた。

喉が潰れたか、もしくは斬られたか。

反転した澱んだ視界で視線を動かして、視界に映ったものを見つめた。

苦しげな表情をしながらも、必死に己の感情と闘う葛藤を滲ませた顔で刀を振るう陸奥守だった。

視界がぶれて暗転していく。


(堕ちた俺を始末するのが…俺の次に主に信頼されてた彼奴で良かった………。)


安定の奴が泣き叫んでるらしき声が聴こえた気がした。

あーあ…彼奴との約束、守れないままだったなぁ。

彼奴、甘ちゃんだから…俺が居なくなった後、大丈夫かな…?

まぁ、もうどうでもいっか…。


黒く滲んだ世界に光が射す。

必死に生きようとした命をいとも簡単に擲った主の命が報われる事を祈って、目を閉じる。

己の内に在る鋼が折れる音がした。


―命に嫌われていると勘違って逝ってしまった審神者の、初期刀の末路。


執筆日:2019.07.04