一年前…とある本丸が始まり、一人の人間と一振りの刀から一つの物語が始まった。
或る梅雨時期の雨降る季節の頃だった。
水無月の始まりの日に、一人の審神者が時の政府の元へ訪れた。
『此度、本日付けにて審神者に就任致しました。猫丸と申します。まだまだ未熟極まりない、無知な新参者ではございますが…日々努力・精進して参ります故、どうぞ宜しくお願い致します。』
―時は西暦二〇一八年、年号を平成、月日を六月一日…。
本拠地を陸奥国に置く。
一人の審神者が、歴史改変を目論む歴史修正軍から正しき歴史を守る為、新たに参陣し戦乱の世に身を投じた。
審神者名を猫丸とし、初期刀を加州清光とする。
紅色の鮮やかな鞘を携えて、黒い外套を風に靡かせた青年が細長い瞳を煌めかせて彼女の隣に控える。
「俺、扱いづらいんだよねー。だーかーら、上手く扱ってね?」
彼の鮮やかな赤が、彼女の仄暗い色をした瞳を覗き込んだ。
戦力を増やす為、この本丸で初めての鍛刀が行われた。
そして、一振りの小さく短い刀が出来上がったのである。
鍛錬所に小さな少年の姿をした神様が舞い降りた。
「前田藤四郎と申します。藤四郎の眷属の末席に座す者です。大きな武勲はありませんが、末永くお仕えします。」
最初に揃うべき戦力となる二振りが揃った事によって、この本丸は本格的に動き始めたのである。
次に本丸に加わった刀も、彼と同じ短刀、同じ刀派の者だった。
「薬研藤四郎だ。名前はこうだが兄弟達と違って、俺は戦場育ちでな。雅な事はよく分からんが、戦場じゃ頼りにしてくれて良いぜ。ま、仲良くやろうや大将。」
気前の良い、頼りがいのある一振りがまたとなく増えた。
彼等を筆頭にして、幣本丸には次々と仲間が増えていった。
「僕は小夜左文字。貴方は…誰かに復讐を望むのか……?」
「乱藤四郎だよ。…ねぇ、ボクと乱れたいの?」
「オレは愛染国俊!オレには愛染明王の加護が付いてるんだぜ!」
「僕があの、五虎退です。あの…退けてないです。すみません。だって、虎が可哀想なんで……。」
「ぼくは、今剣!よしつねこうのまもりがたななんですよ!どうだ、すごいでしょう!」
始まりの刀である赤い彼を除いて、小さな者達が総じて集まったこの空間こそが、彼女と彼等の本丸開始しての第一歩となった。
初日に集まった彼等と彼女の最初の触れ合いは、まず食事の時間であった。
元は刀に宿る付喪神と言えど、今は人の身を得た身。
仮の器であれど、人間と同じように食べて・遊んで・眠る事が何よりも大切である。
勿論、刀であるが故、戦場にて戦う事こそ本命であり、それこそが存在意義の根底ではあるものの…せっかく自身で動き喋れる器を手にしたのだ。
出来れば、可能な限り、戦う武器である彼等に許された時間の限り、出来得る事全てを学び、そして経験させてあげたいものである。
そう祈り、願いを捧げて、薄ら暗い自身の履歴など一旦は内に包み隠し、蓋をしてぎこちない笑みを浮かべた…審神者成り立ての彼女であった。
初日はとにかく、何もかも遣る事成す事全てが初めてで、互いに手探りで物事を突き進めながら事をこなした。
食事を用意するも、唯一人間の見本・手本となる彼女自体が料理が苦手でまともな物を作れないとの事で、政府御用達の万屋に寄り、簡単に作れる物を用意したのである。
卓上に並んだ物は、審神者自ら握った握り飯各種とインスタント物の味噌汁、チンするだけの出汁巻き卵、小皿に盛られたほうれん草のお浸し、気持ち程度に添えられた沢庵だった。
『いやぁ〜…こんな物しか用意出来なくてごめんね。私、家事とか料理するのは苦手でさ。一先ずは、初めての食事という事で和食にしてみました。殆どが出来合い物で、手作りした物は唯一お握りとお浸しぐらいだけど…お口に合えばどうぞ。』
「慣れない料理は、今後料理が得意そうな刀が来た時にでも教わる(若しくは修行させてもらう)事にするよ。」と苦笑いを浮かべた彼女を他所に、彼女手ずから握って作られた握り飯を皆大いに喜んで食したと言う。
その後、すぐにこの本丸で言う料理番となる者達が顕現された為、食事事情での問題は解決されるのだった。
しかし、彼女の作る料理の味を知る者は最初に揃っていた面子である彼等のみであり、誰が作ったどの御飯が一番好きかと問われれば…真っ先に審神者である彼女、猫丸が作った握り飯との答えが出るという話はまた今度する事にしよう。
―時は過ぎ去り、季節は巡り、本丸の巡りも早一年が経とうとしていた。
最初からこの本丸に居た古参組である彼等からしてみれば、この本丸を率いてきた彼女が此れまでどれ程の苦労を重ねて今日というこの日まで頑張ってきたのか、という事は言わずとも知れた事だろう。
故に…彼女が審神者に就任して丁度一周年を迎えるかという記念すべき節目の日に、めいっぱいの感謝と労いの意を込めて贈り物を用意しようとの計画が持ち上がった。
勿論、此れを提案したのは、古参組である彼等であった。
「やっぱり、感謝って事で…定番の花束は外せない気がするんだよな〜。」
「ですが、ただ一つの花束を用意する、というだけでは華々しさに欠けますし…何より、盛り上がりに欠けるような気がします…。」
「なら、この際いっそ…色んな種類の花を贈るってのはどうだ?定番の贈り物とされる花以外も含めて。」
「それなら…いっそ皆でそれぞれ個別に花束を作るってのは、どう…?それぞれの花に合わせた意味も込めてとか……たぶん、主は喜ぶと思う。」
「良いですね…僕は有りだと思いますっ。」
「花言葉か〜…オレ、そういうのよく分かんねぇや。」
「あ…っ、ぼ、僕…前に歌仙さんからお花についての図鑑や本を幾つか貰いました…!ので、其れを上手く活用していけば良いんじゃないでしょうか……?」
「それ良い…!ナイス、五虎退!早速準備に取り掛かろう…っ!!」
「それじゃあ、ボクは、ラッピングに使えそうな綺麗な包装紙とかリボンとかを集めてくるねっ!」
「あるじさまがよろこんでくれるように、きれいなおはないっぱいそろえましょう…っ!!」
「そうと決まれば、準備開始だぁー!」
彼女が審神者就任一周年を迎える前日、古参組の者達を中心に密かに会議が行われ、決まった事項は各々にこっそりと内密に伝えられた。
彼女に知られないように、こっそり驚かそうと飛びっきりのサプライズを用意する為に、本丸中の皆が一丸となって動く。
それには、最近来たばかりの刀であるとかないとかという小さな期間の差はお構いなしだ。
皆が一緒に一つの目標の為に動き、頑張るのである。
彼等刀剣達が彼女の就任一周年を祝う為に皆がこぞって揃って密かに行動していたなどとは、全くもって知らない彼女は知る由も無かった。
知らぬ間に事は順調に運ばれ、迎えるは当日となっていたのだった。
就任一周年の節目を迎える当日、当人である猫丸は政府催しの行事が立て続けに続いた影響で根を詰めていた事により、少々体調を崩していた。
“体調を崩していた”とあると大した事のように聞こえるが、実際はそこまではなく、不調と言えど今朝起きた時から頭痛が酷いというだけで…実質は、その額に熱冷まシートを貼り付けているだけなのであった。
しかし、常の万全ではない為、些か覇気が足りない事は瞭然であった。
だが、少し体調が優れないというだけで執務を怠るという事が出来ないのがお役所勤めの審神者であり、悲しい現実でもあった。
そんな中、計画は確実にその身を結ぼうとしており、実行されようとしていた。
頭痛に苛まれながらも、執務室のパソコンに向かってひたすら文字をカタカタと打ち込む作業を続けていた猫丸。
其処へ、ふと戸の外から入室を求める声が掛けられた。
「主君…!主君にちょっとお話があるのですが、今宜しいでしょうか?」
『うんー、良いけど…どうかしたぁー?』
「あ、えと…、ほんのちょっとお時間を頂ければと思うのですが…一度、お部屋の中へ入っても大丈夫でしょうか…?」
『うん…?部屋で直接話したいって事なら全然どうぞー。ちょっと書類やら何やらで散らかってるけど…好きなように座ってくれて構わないから。』
「有難うございます。では、失礼致します。」
部屋の前で片膝を付き、声を発したのは前田藤四郎だ。
縁側と繋がる廊下とを仕切る障子戸を静かに開けば、幾らか散らかった部屋の内部を見渡す事が出来る。
提出用の書類をまとめている作業中なのか、背を向けたまま応じた彼女の後ろ姿は、少しばかり草臥れて疲労しているのだろう事が目に見える様子だった。
「気休めにしかならないかもしれませんが…少しばかりの休憩をとお茶をお持ちしましたので。良かったら、どうぞ。」
『うあ〜、ありがとぉ〜…っ!本当気が利くなぁ、ウチの子は…。』
「なぁに、ぶっ続けで仕事してる大将に、疲れてるだろうからってちょっとばかし労ってやろうと用意しただけさ。ほれ、大将の好きな茶菓子も持ってきてやったぞ…?片手間でも良いから取り敢えず食っとけ。疲れた脳味噌にゃ、甘味が一番だからな。」
『糖分んンンンン〜〜………ッ!!今、丁度脳内糖分切れしてたから、最っ高に嬉しい&助かるぅ〜…!!』
「邪魔にならないよう、此処に置いておくね…。」
『マジあざっす…!!超感謝するわ……!』
「差し支えなければお聞きしますが…仕事の方の進捗は如何ですか?」
『んー…まぁ、ぼちぼちと言ったところですな…。此処のところイベント続きだったもんだから、通常任務の方があまりこなせていなくてねー。ま、それも少し前に通常運転に戻せたんだけど。』
「頭痛の方はどうだ?大将。…少しは好くなったか?」
『…うーん、何とも微妙なところだね。たぶん、起き抜けの時よりかは好くなったんじゃない?今は梅雨時期でもあるから、雨のせいもあるんだけどね。』
「主さん、偏頭痛持ちだもんねぇ〜。」
『それな。』
取り敢えずは程良いところまで作業を終わらせたのだろう。
データを保存して作業の手を止めた彼女がくるりと此方を向いた。
すかさず、後ろ手に隠していたそれぞれの花束を彼女の目前に晒し出した。
当然に驚く猫丸は、キョトンと惚けた顔を晒した。
『…、え………?いきなり皆どうしたの…?つか、この花束、どうしたの………?』
呆然と驚く彼女の様子に満面の笑みを乗せて一斉に口々に告げた。
「審神者就任一周年、おめでとう!!主…っ!」
「審神者就任一周年、おめでとうございます!!主君…っ!」
「審神者就任一周年、おめでとう!!大将…っ!」
「審神者就任一周年、おめでとう。主…っ。」
「「審神者就任一周年、おめでとう!!主さん…っ!」」
「審神者就任一周年、おめでとうございます!!主様…っ!」
「さにわいっしゅうねん、おめでとうございます!!あるじさま…っ!」
きらきらと光る何かが飛び散ったかのように目の前が耀いて見えた瞬間だった。
瞬きを繰り返し見つめる先には、色とりどりの綺麗で鮮やかな華々が視界を彩っていた。
『………確かに、今日で一周年を迎える日ではあったけども…。いつの間にこんな……?』
「えへへ…っ、主には内緒で驚かせたくて……!どう…?吃驚したでしょ?」
ニカリと八重歯を見せて笑う清光が照れくさそうに言った。
未だ呆然と驚きが抜けないままそれぞれの花束を受け取った彼女は、遅ればせながら感謝の台詞を口にした。
『皆…有難う……っ。大好き…!』
疲れていた表情を和らげていった彼女が見せた本心からの気持ちと笑顔。
その目には、嬉しさからかうっすらと泪も浮かび潤んでいた。
感情のまま、花束を片手で抱えながらに彼等を胸に抱き寄せる。
口下手な己では上手く言葉じゃ表現出来ないから、代わりに態度と行動でその気持ちを表す。
其れが、彼等と彼女との関係であった。
「こんのすけも広間の方で待ってるよ…?他の皆も俺等と一緒で、主の事御祝いしようって準備して待ってる。…色々立て続けにあって溜まってた事も分かるし、仕事すんのも大切だってのも分かってる。でも…仕事も良いけど、こういう日ぐらいは仕事そっちのけで羽目外して楽しんじゃっても許されるんじゃない?だって、今日は“俺達が初めて主と出逢った日であり、この本丸が始まった日でもある”んだから。」
『………へへへっ、そうだね。俺が審神者となった日であり、清光達と始まった日でもあるんだもんね…っ。』
「さぁさ…っ。泪は拭いて、行きますよ…!」
「今感動するのも悪かないが…本番はまだまだ此れからだぜ、…たぁーいしょ?」
『…っふふふ、そうだったね。それじゃ、仕事は一旦置いといて…広間へ行きますか…!』
可愛らしくも綺麗な刺繍の施されたハンカチを差し出され、其れで眦に浮かぶ泪を拭った。
「御手をどうぞ、主君。共に参りましょう…っ。」
小さくも紳士な彼に手を引かれ、今日という“彼等との出逢いと始まりの日”を祝うのであった。
―六月一日、審神者就任一周年を記念して捧ぐ。
加筆修正日:2020.04.09