『……っはあぁ〜…、疲れたぁー…。』
此処のところスケジュールの大半を占めて詰まっていた仕事を漸く粗方片付け終えて、ようやっと息を吐けると躰を伸ばしながら凝り固まった筋肉と関節の節々を解し歩く。
今回の仕事は思った以上に根詰めてやんないとならなかった所為もあって、結構しんどかったところもちょいちょいあったが、まぁまぁそれなりの結果を残す事が出来たとあって満足している。
それ以外の日常的な事でも、其処まで悲観するような辛い事も無かったと思うので、まずまずな日々を過ごせていたのではないかと思っている。
結論から言うと、ここ最近は割と平和且つ平凡な日常を送れていて大した不満は無かったという事だ。
「其れって意外と良い事で嬉しい事なんじゃないか?」ってのが、ここ最近の自分の生活を振り返って思った感想である。
我ながらなんて小さな事に悩み一喜一憂してんだ、って話ではあるのだけどね。
でも、ま、何にも無いってのがある意味一番平和で大事だからさ。
あんまり小さな事は気にすんなって話だよね。
(…って、何自己完結的に内心で一人語りしてんだ、っつーねぇ…。やっぱ疲れてんのかな、俺……。とりま、一旦部屋戻ったら机の上に置いてたモン片して一休みしようかな…?ちょっとの間だけ仮眠取りたい………地味に目ぇ疲れた。)
使い過ぎて充血して若干しぱしぱしてきた目を擦ってフラフラと力無い足乗りで自室を目指す。
(あ゙ー…そういや、そろそろ政府から定期連絡でメール届く頃だっけ…?部屋戻ったら休む前に先にPC確認しないとな……。はあ゙ー…っ、めんど……………ッ。)
お役所勤めだからしょうがないかと割り切って、切れかけてた仕事モードに切り替えようと大きく溜め息を吐いて部屋の入口の障子戸に手をかけた。
ついでに思わず独り言も漏れちゃうけど、誰も気にしないでと小さく願って溜め息と共に吐き出す。
『さぁーて、最後に確認作業やって何も変わんなかったら即PC落として寝よう。うん、寝よう。私は眠い。至極眠い。むちゃくちゃ眠い。私は眠いんだー、目がやばいんだぁ〜、だから私を寝かせろ。』
何か最後命令形みたいになってたけど気にしない。
どうせ誰も聞いてないし、独り言だし。
そう思って障子戸を引いて部屋の中へ入ろうと思ったら…。
「よぉ、主。お疲れさん。だいぶ疲れてるみてぇだな。顔が何時も以上に死んでんぞ。」
まさかのたぬさんがいらっしゃった。
あ、でも、近侍にしてたから、いつの間にか自分の部屋に居ても可笑しくはないのか…。
“虚しい独り言は聞かれちゃったけど、たぶん今疲れて疲労と睡魔が天元突破しちゃって感覚麻痺ってるから大丈夫だろ。”っていう、精神全然大丈夫じゃないだろうツッコミが脳内に呼び起こったけど、きっと大丈夫だろうと信じたい。
じゃないと俺の精神は死ぬ、ともう既にぐちゃぐちゃな一人称をどうにかしたい。
そんな些末な事をぼんやり眠気で馬鹿になった頭で考えてたら、たぬさんが近侍らしくちゃんとした台詞を返してきた。
「此れ、この書類、適当に纏めといたから後で見といてくれ。あぁ、あと先日の戦績報告書と遠征結果の報告書も書き終わったから置いとくぞ。一応口頭でも伝えてた通りの内容だが、何か不備有りそうだったら言ってくれ。今日日課鍛刀で使った資材も以下の通りだ。あとそれから…政府からの定期連絡は俺がさっき確認しといたんで。内容は特に変化無し。“現状、今のところ敵勢力との差は依然して変わらず、今後も油断無きよう任務に務めよ”…との事だ。まぁ、何時も通りの内容だったわ。俺からの事務的な報告は以上だ。」
『…ひぇ…っ、ウチのたぬさんがマジ優秀過ぎて禿げるんだけど…。』
「あー、いやまぁ…近侍だしな。これくらいやって当然のこったろ。」
『俺の近侍がマジちゃんと近侍してて神ってる…。つか、そもそもが神様だったな。崇め奉る対象だったわ。こりゃ拝まねば…ありがたやありがたや……っ。』
「其れ、マジでやめろ。変にムズって気色悪ぃから…ッ。てか、本当に大丈夫かアンタ?」
『ごめん。』
たぬさんにドン引かれたので即やめて謝る私は今きっと物凄く疲れてるんだろうと思う。
じゃないと、急に拝み始めるとかなんて奇行に走ったりしない筈なんだわ。
あれ…物理的に疲れてても、精神的にはそんな疲れてるつもりなかったんだけどなぁ。
身体的な方の問題なのかな…?
だって、まぁ…寝てない訳だし。
ちょっと根詰めてた所為でずっと起きっぱの状態だった訳ですし、おすし。
そりゃ疲れてても当たり前だろ展開だよ。
…って、また脳内で自己完結的に一人語りという名の言い訳してたよ、マジで大丈夫か俺!
全然大丈夫じゃねーわ自分しっかりしろ…っ!
『嗚呼、やばい…さっきから脳内会議でうるさいくらいボケとノリツッコミが繰り返しとる…。』
「は、え…?」
『あ。や、何も無い。気にせんといて…。』
「あ゙ー、あ゙ー。」と言葉にならない呻き声を上げながら頭を振っていると、突然たぬさんが此方に向かって両手を差し出してきた。
意味が解らず、盛大に首を傾げて「…うん?」と疑問符を飛ばして見返していれば。
「ん。」
と更に両手を広げて、あたかも「お出で」と言わんばかりのポーズを取ってきた。
其れでも私は意図が上手く汲み取れず首を捻っていたら、催促するように「ん…!」と強く短く発せられ、戸惑うように手を伸ばしたらその手を取られて強く引かれた。
引かれた躰は力の方に引っ張られてたぬさんの方に傾いていった。
小さな衝撃の間に瞬きをすれば、次に目を開いた時にはたぬさんの腕の中であった。
つまり、私は今たぬさんの胸に抱かれている図な訳である。
…何で?
素朴な疑問且つ現状を問うに正しい疑問だった。
『え…………ごめん、何で……?』
「アンタが疲れてるだろうと思って。…充電ってヤツ?」
『…………………え?』
「アンタの充電が切れる頃だろうから、こうして回復してやってんだろ。…まぁ、冗談はさておいてだがな。」
『え…?どっからが冗談だったのかが既に解ってないんだが………?』
「要するに、だ…!俺は、不器用なアンタに代わるガス抜き係ってヤツだよ。」
『へ…?ガス抜き……?』
「おう。」
もぞりと彼の胸元に寄り掛かるみたいになっていた体勢を直して、少しだけ彼から身を離すようにして顔を上げて問う。
見つめると、彼は先と変わらぬような態度で返した。
「アンタは器用そうに見えて、その実は不器用過ぎる程に不器用だ。おまけに要領も悪ぃ。」
『うぐぅ…ッ!的確に核心を突くどころか抉ってくるスタイル……ッ。反論の余地が無い上にめっちゃ刺さるわ…。』
「そんなアンタだから、自分じゃ気付かねぇところで溜めに溜め込んで抱え込んじまう…。その溜め込んだガスを定期的に抜いてやれんのが、アンタを常日頃見てきてる俺だって事さ。アンタの事は、常に見てるからな…。主として、大事な奴として。」
『………えぇっと、その……、有難うございます……?』
「何でそこ疑問系なんだよ…!」
取り敢えず、私を癒してくれようとしていたらしい事が解って大人しく彼に身を委ねるように力を抜いたら、ぐいっと身を引っ張られて彼の胸に寄り添う形となった。
そして、逞しい腕に抱かれて背中をぽんぽんと優しい手付きで叩いてくる。
何だろう…何でか解らないけども、そんな風に優しくされると昔より随分と緩くなってしまった涙腺が簡単に緩んできてしまうような気がして、情けなく歪んでしまいそうになる顔を見られたくなくて彼の肩口に押し付けるようにして隠した。
すると、何も言わないけども察してくれたたぬさんが私の後ろ頭を優しく撫でてくれた。
そうされると余計に緩んだ涙腺に拍車がかかるのだが。
不可抗力にも泣いてしまいそうになるのだが。
まぁ…其れが目的である彼としては、そうなってくれる事が本望なのでしょうけども。
結局、堪え性が無いというか、あっという間に緩んでしまった涙腺のせいで彼の上着の肩口を濡らしてしまう事になるのだった。
『ぅ゙えぇ〜……何なんだよ、もぉ〜…………っ。』
「おーおー…泣きたい分だけ泣け。…こうやってアンタのガス抜き出来んのは、俺か御手杵、初期刀の加州か初鍛刀の前田くらいだろうからなぁー…。」
『ゔゔぅ〜…………っ。』
ぽんぽんと叩かれるリズムが心地好くて、緩んだ涙腺から次々と涙が溢れていく。
行き詰まった訳ではなかったが…思うようには上手くいかない現状に悩んではいたから、余計に今受ける優しさが沁みた。
「おーい、主ぃ〜って、あれ…?正国も居たのか。何やってるんだ…?」
「溜め込みやすい主の為のガス抜きだよ。」
「嗚呼ぁ〜…そういや、そろそろそんな時期だったかぁ…。」
「まぁ、今回は此方から自主的にだがな。」
「う〜ん…主は不器用だからなぁ〜。下手したら自分が限界になるまで溜め込むから、俺達が適度に抜いてやらないといけないもんな。人の感情ってのは難儀なモンだよなぁ…。」
何か用があって訊ねてきたのか、ぎねがひょっこりと現れて部屋へとやって来た。
そうして緩やかに会話をしていく。
「ははは…っ、何だかそうしてると凄く仲良く見えるな〜。正国の事“好きだー!”って感じに抱き付いてるみたいだ。」
「お前なぁ…茶化すなら他所に行け。」
「んえぇ、酷ぇ…。俺はただ万屋に行ってた面子が美味い菓子買ってきたっつーから、其れを教えに来ただけなのに…。」
本人を他所に流れる緩い会話に、少しだけ気分が落ち着いてきていると、ふと頭に何かの重さと感触が乗っかってきた。
その何かの正体はすぐに解った。
「落ち着いたら一緒に菓子食おうなぁ〜。岩融達が美味い菓子買ってきたからさ。歌仙達が美味い茶を煎れてくれるって。ゆっくりで良いから、後で来てくれよな〜。んで、正国とも揃って皆で一緒に食おうぜ。」
『…んぅ゙う、……そんなに優しくするなぁ〜………っ。』
「へへへへ…っ、主の髪の毛柔っこいな。」
「遊ぶな。」
不意打ちでぎねにも頭を撫でられて、せっかく止まりかけてた涙腺がまた緩みかけてぽろりと溢れる涙。
くそぅ…っ、何だってこんなに調子を狂わされるんだ…!
でも、ぎねの温かくて大きな手に撫でられる感触は気持ち良くて、荒んでた気持ちを凪いでくれるみたいで抗えなかった。
『ゔゔぅ〜…っ、そんなに優しくしないでぇ〜………!』
「はいはい、大丈夫だからなぁ〜?ちゃんと落ち着くまで待つからなぁ〜!」
『ん゙ぇ゙ぇ………優しさが痛い…沁みる……。』
「荒み過ぎだろ、アンタ。」
優しく介護されてる内に、お茶の用意が出来たと知らせに来た清光や、それに引っ付いてきた前田や薬研達初期組がこっそりと私の様子を見に来ていたらしく、私の情けない面と様子はすぐに皆にバレてしまうのであった。
だが、そんな私でも変わらず受け入れてくれる皆が優しくて大好きだ。
執筆日:2019.08.29