小腹が減ったからと、作業の片手間に薬研から貰った(半強制的に受け取った)お菓子を開封して口に咥えるようにして食べていた。
ちなみに、その薬研から貰ったという物は、何かカルシウムとかビタミンとか栄養がいっぱい詰まった野菜たっぷりのスティック状のビスケットだった。
私は本丸に居る皆と比べて圧倒的に栄養が足りていないからと、半ば無理矢理に受け取らざるを得なかった代物である。
薬研曰く。
「今の大将見てっと、見てる此方が心配になるくらい痩せてるからな。もっと食って太れ。いや、肥えろと言った方が適切だな。其れくらい、今の大将はやばいから。端的に言うとヒョロ過ぎる。もうちょい自覚してくれ。んで、もっと飯食ってくれ。栄養が偏り過ぎてる。そんなんじゃ、ウチの弟達にド突かれただけでぶっ倒れちまうぞ。取り敢えず、腹減ったりしたら此れでも食っといてくれ。単なる菓子よりずっとマシだからよ。」
…だ、そうだ。
ま、マジかよ。
今の俺、そんなにヒョロいのか…。
た、確かに、つい最近体重計ったらだいぶやべぇラインにまで体重落ちてたけど。
そんなにか…?
若干内心では思ってはいた事だが、改めて指摘されると何となくちょっと気にし出してしまった。
故に、半強制的ではあったものの、有難く受け取った栄養たっぷりのお菓子をもぐもぐと口にしている。
そうして作業に没頭していると、内番仕事に出ていたたぬさんが審神者部屋に戻ってきた。
本日の近侍はたぬさんで、今日は内番で畑当番も兼ねてやっていた。
「終わった…。仕事はちゃんとやったぞー。」
『おー、お疲れぇー。』
「ったく…俺は美術品でもなけりゃ農具でもねえってのに。次は戦に出してくれよなァ。」
『んー。善処するー…。まぁ、周りとのバランス見て考えるけど。』
「其れは其れで構わねぇけどよ…。てか、アンタさっきから何食ってんだ?」
『んー…?薬研がくれた野菜スティックビスケット。』
「何でんなモン食ってんだ?」
『小腹が減ったから。』
「ふーん…そうかよ。」
PCの画面と睨めっこしながら答えると、たぬさんは相変わらずな気怠げな様子で受け返す。
畑仕事は順調に終わったようで、作業を終えた事で近侍の仕事に戻ってきた様子だった。
短い遣り取りを終えると、すぐ脇の空いたスペースにどっかりと腰を据えたたぬさんが首から提げていた手拭いを外した。
そして、何の気無しに徐に訊いてきた。
「なぁ。」
『何ぃー?』
「アンタが食ってる其れ…俺にも一本くれよ。」
『へ…?』
珍しい事もあるもんだと思ったと同時に、そういえば今食べてるのは甘い系のお菓子ではなかったなと思い直す。
作業の片手間に食べていたのを口に咥えたまま、後ろに置いていた食べかけでない方のビスケットの入った袋を取ろうと振り向く。
その一瞬、不意に視界に黒いものが横切って、何かが口許を浚っていった気がした。
思わず瞬きをすると、気が付いたら私が咥えていた食べかけのビスケットの半分をたぬさんが持っていっていた。
私は其れを呆然と見遣って固まる。
「…ごっそさん。」
『………。』
たぬさんが何でも無いようにそう言ったが、私は今しがたの衝撃から回復するのに時間がかかって何も動けず何の反応も返せなかった。
たぬさんは気にせず、そのまま言葉を漏らした。
「ん…まあまあな味だな。まぁ、不味くはねぇか。」
あっさりとすぐに食べ終えたのか、そんな感想を漏らしたたぬさん。
ペロリと唇に付いた塩味を舐めるその様を、振り返る途中で後ろ背に手を付いた中途半端な形で呆然と見遣る。
そんな私の状態に気付けないでいるたぬさんは、今ので満足したのか、すっくと立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「何か喉渇いちまったから、茶ァ取ってくるわ。お茶飲んだらまた戻ってくっから。」
『………あ、あー…うん。宜しく頼んまぁーす……。』
後ろ背にひらひらと手を振って出て行く彼の背を見送ってから、遅れたように動作を取り戻した私は、取り敢えず口の中に残っていた分のビスケットを咀嚼する。
そうして口の中にあった分を飲み込んで、今しがたの一通りの遣り取りを振り返って一人悶えるように顔を覆い隠して畳の上を転がった。
『ぅわぁああああ…っ!?い、いいい今の何?今の何ぃ…!?ナチュラル過ぎんだけど、どういう事なのぉおお………ッッッ!??』
彼の起こした奇行とも言える行動にプチパニックを起こして、絶賛語彙力刀解中である。
どうしていきなりそんな事をしでかしたのかが解らず、変に考えてしまう乙女心が邪魔な思考を横切らせてまともな精神を保っていられない。
『…ちょ……っもう、何でそういう事するかなぁ〜…ッッッ!』
遅れて照れを自覚してしまった顔が火照ってきて熱い。
『もぉ〜………っ、何でそう……ッ!お前って奴はそういう奴だよなぁ〜……ッ!!』
「え……何、主どうしたの?床に転がってるけど…何かあったの?」
たぬさんと入れ違いに来たんだろう。
私の休憩用のお茶を持ってきてくれた清光が入口に立って首を傾げていた。
『ふえぇ〜…っ、深くは聞かないでぇ〜……!』
「え。何々、どうしたのよ本当…?」
『ゔ〜っ、たぬさんの馬鹿ぁ〜………ッ!!無自覚か何か知らないけど、そういう事軽々しくしないでよ阿呆ぉ〜…ッ!』
「ちょっと、マジで何があったのよ…。」
『聞かないでぇ………っ、俺が羞恥心で死ねるから……………ッッッ。』
「え………ちょっと、マジで何があったんだってば。ねぇったら…っ!」
『ふぐぇ…っ。』
私がこうなった事情を詳しく知りたがる清光に詰め寄られるも、ただ羞恥に悶え転がるだけの私は固く口を閉ざして呻くだけだった。
その頃、たぬさんは厨へ向かう途中の廊下で擦れ違いのぎねとこんな会話をしていたのだった。
「あれぇ…?正国、主んとこに戻ったんじゃなかったのかぁ〜?」
「あ?あ゙ー、喉渇いちまったからお茶取りに行こうと思ってたんだよ。何か用だったか…?」
「いや?そんなんじゃないけど。主ん処行ったら一時此方には来ないだろうなぁ〜と思ってたからさ。…ところで、正国何か口もごもごさせてるけど、何か食ったのか?」
「んぁー、まぁ…主が食ってたヤツをちっとばかしな。」
「ふ〜ん。なぁ、其れって美味いのか?」
「まあまあ。」
「へえ〜…じゃあ俺も何か気になるし、正国が食べたってヤツ貰いに行こーっと。」
「おー。」
そうして何も知らないままのぎねが一度封じかけようとした話のネタを訊いてきて、再び爆発するのだった。
「おーい。なぁ、主ぃー。さっき正国が主から貰ったって菓子貰いに来たんだけど、まだあるかぁー?」
『ごっふ…ッッッ!!………何で今封印しかけた事をほじくり返すかな、お前はァ〜……ッ!?』
「うええ…っ!?お、俺、今何か悪い事したか…!?」
「あ゙ー、気にしないで。というか、今少しの間放っておいてあげて…。ちょっとした恋煩い的なもの患ってるだけだから……。っていうか、此れでまだ付き合ってないんだから焦れったいよねぇ〜。早くくっついちゃえば?って思わない?」
「え…恋わずら、…つ、付き合う……?っていうか、主大丈夫か…?何か顔真っ赤になってっけど……。」
『放っとけぇ…っっっ!!』
「うーっす。戻ったぜ……って、何やってんだ?アンタ…。」
『……今程戻ってきて欲しくはなかったと思ったよ、この阿呆ぅ…………ッ。』
「は?」
『この無自覚天然タラシが…っ。』
「はあ?」
『戦馬鹿の天然野郎めぇ………ッ!』
「おい、さっきからいきなりどういうこった。喧嘩なら買うぞ、コラ。」
「………此れで気付かないってのも大変だよねぇ〜……お互い苦労するね。まぁ、応援はしてるからさ。ガンバ。」
「は…?いや、アンタもさっきから何なんだよ…。」
全くと言って良い程気付いていないだろうたぬさんに、「お疲れ。」の意味を込めてアンニュイな笑みを浮かべて肩ポンした清光。
其れにさえも訳が解っていないたぬさんは、ひたすらに困惑な表情を浮かべていた。
今胸の内で暴れくり回るこの感情が、決して恋煩いなんて可愛らしいものではないと思いたい、複雑な乙女心な今日この頃である。
執筆日:2019.09.20