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寄り添う意味にはきっと



何だか朝起きてから不調だった。

だけども、軽い風邪引き始めの症状だろうと思って、大して気にも留めていなかった。

そしたらば、案の定悪化したのか、やけに躰が冷えてきて思い切りくしゃみをぶちかましてしまった。

其れも、仕事中の書類作成時に盛大に…。

「ゔぅ゙…っ。」と小さく唸って、近くに常備していたティッシュ箱を手に取り鼻をかむ。

嗚呼、もうやだやだ…。

変にゾクゾクと来る寒気に、ちり紙をゴミ箱にちん投げた後にて腕を擦る。

そうすると、近侍を務めていた彼が察したのか声をかけてきた。


「どうした?主…風邪でも引いたか?」
『う〜ん…かもしんない。昨日の夜結構冷えてたからかな…寝冷えしたのかも…。ゔえぇ…。』
「大丈夫かよ?」
『ん゙〜、たぶん大丈夫だろうけど…ちょっと肌寒いかな。』
「何かあったけぇ飲み物でも飲むか?」
『うーん…そうする〜…。』


そう私が覇気無く答えたからだろう、気の利く彼は「ちょっと待ってろ。」と短く告げて部屋を出ていった。

不器用そうに見えて、本当たぬさんは器用な人だ。

今の短い遣り取りだけで此方の意図を汲んでくれるのが、元気のない今は非常に有難い。

にしても、妙に冷えるな…。

書類作成を続けながらも、治まらない寒気に躰を縮こまらせながら思った。

うーぬ…あんまりにも肌寒いから、何か上に羽織ろうかな。

そう考えて、手短にあった膝掛けを肩に羽織って作業を続行する。

うん、此れならさっきよりもマシになって良いや。

単略的な思考に納得し、再び作業に戻る。

まだ冷たいままの指先と足先に、此れで少しはマシになってくれれば良いなと願って彼の戻りを待った。

程なくして、盆に温かいお茶を持ったたぬさんが部屋へと戻ってきた。

聡い彼だからか、部屋に戻ってすぐ私が上に何か羽織っているのを見て気付く。


「ほらよ、茶ァ持ってきてやったぜ。」
『わぁ〜、ありがと〜っ。』
「アンタそんなに寒いのか…?」
『んー…何かちょっと前から寒気してきちゃって。妙に冷えるんだよなぁ…?』
「まぁ、あんま無理はすんなよ。悪けりゃ薬研んとこ行け。」
『うん。たぶん大丈夫だよ。季節の変わり目にはよくある事だから…ちょっと風邪気味になってるだけ。』


そう片付けて、彼が持ってきてくれた温かいお茶を手にする。

柔く湯気が立っている事から、煎れて間もないのだろう事が解る。

適度に冷ましてから口を付け、ホッと息を吐いた。

その間、たぬさんは黙って自分の分のお茶を啜っていた。

お茶を飲んで温まったところで、止めていた作業を再開する。

此れを終えれば、今日の書類作業は終わる。

後は何時もの日課任務を順にこなしていくだけだ。

そう頭の中で今後のスケジュールを組み立てていた。


―暫く経った頃だろう。

お茶の効果もすっかり切れたのか、再びゾクゾクとした寒気が襲ってきた。

でも、あとちょっともすれば目の前の仕事は終わる。

時折鼻を啜りながら、不調を無視して片付けた。

そのせいなのか、終わった瞬間一気に疲れと色んなものが押し寄せてきて身震いを起こした。

心なしか、さっきよりも悪化してないか…?

半ば嫌な答えに思い至り、思わず眉間に皺を寄せた。

そんな私の様子に気付いたたぬさんが、黙って私の額の方へと手を伸ばしてきた。

急な事に吃驚した私は、其れに大袈裟に肩を揺らした。


『うわ、何…っ!?』
「…熱…はねぇな。」
『えぇ…そりゃ無いけど…寧ろ逆に低過ぎて寒いんだけど。』
「嗚呼、確かに何時ものアンタよりかは低めだな…。」
『あの…熱あるのか確認したかったのは解るんだけど、いきなり何も言わずにすんのは止めてくれ。せめて一言言って…。』
「悪い。」


自身の額の温度と比べていたのだろう、前髪の下から差し入れられていた手を退けられ、その熱が残り香みたいに額に残る。

その体温が己の其れよりも明らかに高くて、心地好いくらいだった。

やはり、最初に不調を感じた時よりも悪化してしまったのだろう。

底冷えするような寒さが躰の内側から襲ってきて、思わず憚らずに首を竦めて腕を擦った。


「…寒ぃのか。」
『うん…さっきからめちゃくちゃゾクゾクする…。ゔぅ゙…っ、何かめちゃんこ寒いぃ…!』
「今日の気温、普通に二十五度以上あんぞ…?」
『ゔー…っ、普通の体調な皆は暑いんだろうけど、今の私は寒いんだよぉ〜。うわ最悪…コレ完っ全に風邪だわ、もう…。最早初期症状とかじゃないわ。すげぇ寒気する。俺の体温どうなってんの…。』


あまりに寒そうにしたからなのか、顔を顰めて此方を見た彼が徐に内番着の上着を脱いで私に投げてきた。

其れを顔面でキャッチした私は「わぷ…っ!」と情けない声を発した。


「んな寒ぃんなら此れでも着てろ…っ。今の今まで着てたから温いし、少しはマシになんだろ?俺は暑ぃし、下にもまだ着てっから。」
『あ、有難う…。』
「ったく…んな悪くなる前に仕事切り上げとけっつーの。無理して体調崩してたら元も子もねぇじゃねーか。仕事は逃げねぇし、言えば俺も手伝うし、もっと周りを信用してみても良いんじゃねえの…?」
『ゔ…っ。ご、ごめん…。次からは気を付ける。』
「そう言って気を付けられた事、いっこもねぇけどな。」
『おぅふ…っ、ごもっともです……ッ。』


彼から頂いた何とも痛いご指摘に、ただただ苦笑を浮かべて「ははは…っ。」と乾いた声を漏らした。

其れに呆れて溜め息を吐いたたぬさんは立ち上がって、障子戸に手を掛け此方を振り向く。


「取り敢えず、俺が薬研に話通してくっから…アンタは此処で大人しく待ってろよ。」
『はぁ〜い、解りましたぁ〜…。』
「たぶん薬くれるだろうから、其れ受け取ったら飲んで寝とけ。今日はもう演練も出陣も無しだ。アンタは仕事休んで大人しく寝ろ。」
『うぃっす…。』


そう部屋を出ていく手前、語気強めに言われ、大人しく従う事にした。

一先ず、少しでも寒さを和らげる為、投げて寄越された彼の上着を有難くお借りして袖を通してみるとするか。

着てみたら、完全男物で体格の良い彼が着る物のせいか、其れなりに身丈的には近いと思っていたが身幅的には大きくて、袖先が余って手が隠れ、所謂萌え袖状態になっていた。

すると、断じてそういうのを狙った訳じゃないぞ、と何処か言い訳するように心の隅が宣った。

どうした、俺。

本当に大丈夫か…?

何だか風邪にやられて頭が可笑しくなったりしてないか?

若干の不安を抱きつつも、腰の辺りからゾクリと登ってきた寒気にふるりと身を震わせた。


『まずい…完っ全に悪化しとる……早いとこ治るよう努めよ。』


そんなどうでも良い呟きを一人零しながら、散らばっていた書類を一纏めに整え、PCの電源も落とし、机の上を片した。

重要な書類はちゃんと引き出しに仕舞ったし、今日提出する分はこんちゃんが取りに来た時に渡せばオーケーだし、体調悪いながらも一応一通りの事はこなせたかな。

最終的、自分の満足のいく結果になった事に一人頷いていたら、突発的に鼻がむずむずしてきてくしゃみを連発した。

あまりにもブシャスするから、慌ててティッシュ箱の元に手を伸ばし、ティッシュで鼻を押さえ込んだ。


『うへぇ……たぶん今スゲェみっともない面してる気がするわ…やだわぁー、女子としてやだわぁー。』


そう零して、一人空しく項垂れた。


―薬研の元へ行った彼が戻ってきた時には、私は寒さで動きたくなくて、冬眠した動物のように活動を停止して部屋の片隅で丸まって蹲っていた。

その様を見た彼は怪訝な顔をして零した。


「おい…さっきよりも明らかに悪化してんじゃねーか。」
『…すみません、ごめんなさい。めっちゃ寒いんです、ごめんなさい…。』
「はあ〜……っ、んな弱ってちゃ説教垂れようにも憚られるわ…。アンタ本当無茶すんの好きな。嫌な慣れだわ、其れ…。無茶すんのに慣れられても困るんだけどなァ…主に世話する俺が。」
『ぅ゙…っ、…返す言葉もございません………っ。』


ガタガタと震えるまでにはいかないものの、明らかに体調不良だと顔色を青くした私は、座布団の上で彼に借りた上着の上から更に膝掛けやら何やらを羽織って縮こまっていた。

心なしか、彼へと返答する声にも力が入ってない気がした。

呆れた面構えをした彼が近寄ってきて、目の前でその身を屈めると顔を覗き込むようにして伺ってきた。


「…顔に赤みが全然ねぇな…。血の気無さ過ぎて死に前みたいになってんぞ。」
『ははは…っ、流石に風邪如きで死にはしないよ…。』
「でも、そんだけ今のアンタ具合悪そうだぜ…。体温もめちゃくちゃ低ぃじゃねーか。」
『うん…たぶん、今普通の人の平均体温無いかも…。下手したら、寝起きの時よりも下がってるかも……。駄目だなぁ…女の人は将来子供産むかもしれないから、平均体温高めにしとかないといけないのに…私ってばつい下回っちゃうから…。』


弱ってしまっているから、そんな事を口走ってしまったんだと思う。

普段なら、頭の片隅ぐらいに留めてる程度の事なのに。

何で今そんな事を漏らしてしまったんだろう。

ひやりとした頬に控えめに触れてきたたぬさんが複雑そうな顔をして言葉を受け取る。

別に深い意味は無いから、そんな重く受け止めなくて良いよ。

そんな思いを込めて、目を瞑り、温かくて心地の好い温度に擦り寄った。

たぬさんも、何時になく低い体温の私を温めようとしてくれているのか、武骨な掌を頬に宛がってくれた。


「…薬研に話したらすぐに薬くれたから、其れ飲んで寝ろ…。」
『うん…。』
「葛根湯らしいから、飲みゃ躰があったまるってよ…。今よかマシになるそうだから、早く飲め。んで寝ろ。…布団は俺が敷いてやっから。」
『うん…。何時も有難う、たぬさん。』


少しでも温度を分けてやるみたいに額を付き合わせてきた彼の柔らかな低音に小さく頷く。

私があんまりにも弱った姿を見せるから、彼も心配になって弱くなったのかもしれない。

大丈夫だから、そんなに心配しなくても良いよと頬に触れる彼の手を握った。

元々彼の体温は他の皆より高めだったが、今は其れが非道く心地好かった。

彼が薬研から貰ってきた薬を受け取って、白湯で流し込む。

「使い終わった湯呑みは後で俺が片付ける。」と言われ、奥の私室兼寝室の部屋へと促され、彼に敷いてもらった布団に身を横たえて目を瞑る。

躰を横たえた事でグッと疲れが寄せてきたんだろう。

僅かに頭の奥が鈍く痛んで眉間に皺を寄せた。

か細く息を吐いた私を気遣ってか、額に彼の手が寄せられて頭を撫でられた。


「…まだ寒ぃか?」
『んっと…ちょっとだけ。でも、たぬさんの上着も着てるし、お布団もあるから大丈夫だと思うよ…。直にあったまってくると思う。…薬研に貰った薬も飲んだしね。』
「…其れでも寒ぃなら、俺があっためてやるから。少しでも体温上げろ。…女は躰冷やしちゃいけねぇんだろ。」
『……っふふふ…、さっきの私が言った事気にしてんの…?そんな深く考えなくても良いよ。…ちょっと昔習った事を思い出しただけだから。』
「…俺は、ただ…アンタに体温を分けてやりたいだけだ。」


そう言って、布団に潜り込んできたたぬさんは私をぎゅっと抱き締めてきた。

小さな隙間までも埋めるように思い切り躰が密着して、嫌でも彼の体温を感じずには居られなかった。

不安にさせてごめんね。

そう口の中で呟いて、寄せられた彼の胸元に顔を寄せる。

心地好い温度に抱かれて、薬の効果もあって眠くなった私は眠りに落ちた。


―目が覚めて起きたら、まだ彼に抱き締められたままだった。

私に寄り添う形で横になっていた彼も、いつの間にか寝てしまっていたようで眉間の皺の取れた表情をして眠っていた。

その気を許したような表情が可愛くて、小さく微笑みを零した。

何よりも、私が眠った後も変わらず抱き締めたままで居てくれた事が嬉しくて、何だか擽ったい気持ちになった。

あんなに冷えていた躰も、今ではすっかりぽかぽかとしていて、元の平常時の体温に戻ったようである。

眠ってしまう前より随分と楽になったし、もう起きてしまおうかとも思ったが…今起きては、せっかく寝ている彼を起こしてしまう事になりそうだ。

ついでに、風邪であんなに弱っていたのだ、自分ももう少しゆっくり休むかと考え直し、起こしかけていた身を元に戻した。

枕に頭を戻して、目の前にある傷のある顔を眺めてみた。

眠っているからか、顔に余計な力が入っていなくて、平時に比べてだいぶ穏やかな表情をしている。

其れは、ただ寝ているから力が抜けているだけなのか、はたまた、私に気を許しているから力が抜けているのか…どちらなのだろうか。

出来れば、後者であれば良いなと願って再び目を瞑る。

強くて優しい真っ黒な刀が愛しいから、もう少しだけと彼に寄り添うようにしてまた眠りに就いた。


―それから少し経って、彼が目を覚ました。

徐にぱちりと目蓋を開いて、その先にまだ眠っている彼女の姿を目にして、小さく安堵する。

彼女の呼吸は規則正しいもので、平常通りと変わらない程に安定している。

薬のお陰か、自分が必死になって温めたお陰か、血色も良くなって元の赤みを取り戻したようだった。

しかし、変わらず肌寒さはあるのか、彼の上着を着たまま彼に擦り寄るように寄って眠っていた。

彼は無言で彼女の頬へと手を伸ばし、触れる。

漸く何時もの温もりに触れられて、彼は無意識に詰めていた息を吐き出し、ホッと安堵に胸を撫で下ろした。


(…無防備過ぎにも程があんな…。餓鬼みてぇな面した寝顔…。)


すよすよと心地好さげに眠る彼女を見つめ、ぽつり、誰にも聞こえない声量で零した。


「………誰にでもんな気ぃ許してたら、いつか食われちまうからな…。こんだけ気ぃ許すのは、せめて俺だけにしとけよ。」


顔に影を作る前髪を避けて、そっと額に口付ける。

直接口にはしないが…誰よりも大事にしてやりたいから、彼女の知らぬところで彼は彼女を愛おしげに触れる。

其処へ、カタリ…ッと小さな音を立てて薬研が部屋へとやって来た。


「よぉ、同田貫の旦那。様子見に来た。大将の具合はどうだ…?」
「…あー、まぁ、そこそこ良くなったんじゃねえのか…?一応血色は元に戻ったみてぇだからな。」
「そうか…。葛根湯の他にも、色々と風邪っ引きの症状にはよく効く効能の薬を混ぜてたのが幸を期したかな。まぁ、何にせよ。大将の具合が快復に向かってるみたいで安心したぜ。」
「世話掛けてすまねぇな、薬研。」
「なぁに。こんくらいの事、どうってこたねぇさ。大将の身が健康であるのが第一だからな。気にすんな。」


彼女の具合の経過を見に来たのだろう、水差しやら検査に必要な器具を持って静かに部屋へと入ってきた。

寝ている彼女を起こさないように小声で言葉を遣り取りする。

彼に言われた事をしっかりちゃんと確認するように彼女の元へと歩み寄った薬研は、顔の赤みを確かめた。


「…うん、この調子なら大した問題は無さそうだな。このまま、あんま躰冷やさねぇようにあったかくしてりゃ、順調に快復してくだろ。元より発熱は無かったみたいだしな。」
「こういう時、薬研が居てくれて助かったと思う…。」
「んな大袈裟だぞ、旦那〜。そんなに潮らしくなるたぁ、どうした?」


珍しく気弱に言葉を漏らす彼が可笑しかったのか、小さく笑って返した薬研は彼を見遣る。

すると、何時になく真剣な声をした彼がぽつりぽつり、と呟いた。


「……“失いたくない”、って思っちまったんだよ…。あんまりにも冷たく冷えちまった此奴の身に触れた時にさ。…出来る得る限り大事にしてやりてぇと、そう思っちまったんだよなァ…。はは…っ、刀が何言ってんだと思うよな…?気でも触れちまったのかと。……でも、そう思っちまうくらいには、もうどうしようもない程に此奴の事愛しく思ってんだよなぁ…。なぁ、此れって人で言うところの何の感情なんだろうな…?刀の俺には、よく解んねぇよ……。」


彼が零したその独白を、薬研は小さく目を見開いて聞いた。

そうして、緩く微笑んでから言った。


「…悪い、戦場育ちの俺っちにはちと難しくて解んねぇや。もっと時間を使って考えてりゃあ、何れその答えに辿り着けるんじゃねぇか?力になれずにすまねぇな。」
「いや…俺の方こそ、変な事訊いて悪かったな。此奴が弱ってたのが影響して、俺も弱気になってたのかもな…悪い、忘れてくれ。」
「まっ、偶にはんな時もあるだろうさ。何せ、俺達は大将からの力を得て顕現してるんだからな。」


そう言って彼女の手に触れ、生きている事を確認する薬研だった。


執筆日:2019.10.06