或る日突然、主が刀を見てくると言ってきた…。
主が生きる現世の時代で、何故か俺達刀剣が一時的にブームという事で人気を風靡し、流行っているらしい。
審神者であり、普段刀剣の付喪神である俺達と接するが為に純粋に刀そのものに興味を湧いた主も、そんな時代の流行に乗っかってみたい…ってな話だった。
まぁ、刀そのものに興味が湧いたっていう話は本当の事らしくて。
其れで、近々、現世のとある場所で開催される刀の展覧会とやらに行ってくるとの事だった。
何やら、其れに時の政府も一部噛んでるとの話らしく、何というか余念がないというか…変なところで力を入れてくるなぁ、と思った。
万年人手不足を謳う政府のやりそうな事だとは思うが、そういう話を耳にしちまうと、その時代を風靡してるっつー話も忽ち何処か意図的のようなものに聞こえてきて、陳腐な話に聞こえてくるのは…俺の気のせいだろうか。
其れでも、楽しみにしている主の手前、下手な事は言えなかった。
長らく逢えていなかった親しい友人と一緒に行く、との事もあってか。
主は、何時になくはしゃいだ様子で、仕事を片付ける合間の休憩時に、近侍であった俺に語り聞かせた。
前以て出された展覧物の情報に、俺自身も含まれているとの事をその時聞いた。
現世に現存する貴重な刀そのものを見に行くのは初めてな事だと興奮したように語って聞かせた主は、万屋への買い出し道中見かけた童のようにきらきらと目を輝かせていた。
主が楽しんでいるなら、其れだけで良いと思った俺は、特に多くは語らずに相槌を返した。
『展示される刀でウチに居る子は全部見てくる予定で組んでるから、帰ったら土産話いっぱい聞いてね。あと、出掛けたついでに、皆へのお土産もたくさん買ってくるから、楽しみに待っててね…!』
「…別に無理してまで本丸に居る全員分の土産なんか買ってこなくても良いってぇの…。どんだけ人数居ると思ってんだ、ウチに。…アンタがめいっぱい楽しんできてくれりゃ、其れだけで構わねぇって。アンタが向こうで何を見て何をしてきたかの土産話だけでも、俺達にゃ十分なんだからな。」
『…そういうモンなのかね?まぁ、確かに、普段遠出する時よりもちょっと遠方の方に出掛けるから、かなりの出費掛かるしね。普段的で言う、たぬさん達の遠征みたいな感じ…?つって、出掛ける先の時代は同じ時代で変わりゃしないんだけど。』
そう言って笑った主の部屋の片隅には、荷造り中なのだろう荷物を詰め込んだデカイ運べる箱が開けっ放しの状態で転がっていた。
画面越しにそう遣り取りしたのが、数日前…。
今日が、主の楽しみにしていた展覧会当日の日だった。
今頃、主はどうしているだろうか。
慣れないたくさんの刀剣本体達に囲まれた空間で、目移りし過ぎて目を回したりしていないだろうか。
そんな事を思いながら、近侍でありつつも暇をもらったが為に退屈で仕方ない時間を、主の事を考える事で潰していた。
「アンタ、何かすげぇ暇だなぁって感じの顔してるな〜…?」
「…ぶっちゃけ、近侍であっても、仕事無し護衛も無しで遣る事も無きゃ暇だろうがよ…。」
「今時の現世は危険も少ないから護衛は要らないって言ってましたもんね〜、主さん。あと、銃刀法違反…?とかって言ってましたっけ?主さんの出身の時代だから限られるだけな話かもしれませんけど、平和になったモンですよねぇ〜現世も。」
「本当それなぁ〜?おかげで、俺達長物は使えもしないただのお飾りでしかないか、邪魔で仕方ないってんで蔵に仕舞われるかどっちかだもんなぁ〜…っ。槍の身としちゃあ、生き辛くなったモンだよ……。はぁ…早く戦に出たいなぁ。」
「…それは俺も同じだっての。」
暇をして縁側の柱に凭れ掛かかり、ただ主が帰ってくるのを待っていたら、部屋から出てきた御手杵が話しかけてきた。
その横合いから話に混ざってきたずおが、俺の方を見ながらそう続ける。
出てきた話題故か、ずおの言葉に反応した御手杵は項垂れたように溜め息を吐き、外界とを繋ぐ門扉の方を見つめた。
戦以外では何の役にも立たない俺達を、主は側に置いてくれている。
自分じゃ上手く振るえないからと、俺達自身に人の身を与えて戦場へと出陣させてくれる。
其れだけでも感謝は尽きないのに、俺は其れ以上の事を主に対して想い、期待している。
―俺は、主の事を、審神者として思い慕うだけでは飽き足らず…人として、異性の対象として恋慕っていた。
其れは、何時から抱いてしまっていた感情なのかは解らなかった。
ただ、気付いた時には、手遅れな程主の事を女として見ていて、好いてしまっていた。
刀の癖に、物である癖に、人間と同じように感情を抱いて人を恋慕うなど馬鹿げた話だと最初こそは思っていた。
だが、主が俺に対し色々な話を話し聞かせ、表情を見せてくれる度、笑いかけてくれる度に、その想いは大きくなって…。
気付いたら、自分では抑えが効かなくなる程に溢れ返っていた。
そんな話を、偶々酒の席で隣になった三日月の爺さんに相談するように持ちかけたら。
「其れはな…人で言うところの“恋煩い”というヤツだな。」
…と、言われた。
俺は、主の事を想い慕うばかりに、とうとう気に病むまでに好いてしまっていたらしい。
笑いが込み上げてくる程、相当に重症なんだと、その時自覚した。
俺は…主を女として、番の対象として好いている。
出来る事なら、常に主の側に付いていたいと思っているくらいだ。
だが、随分と刀数の増えたこの本丸では、そうもいかなくなってきた。
主がまだ審神者に成り立ての頃は、今みたく刀数は居なくて、本丸も今程賑やかではなくて、近侍の役目も数振りしか居ない皆で交代交替に変わって務めていた。
だから、俺みたいな奴にも順番は回ってきて、主の一番近くの側に居る事が出来た。
今は其れがなかなか叶わなくなってしまった。
刀数の増えた本丸には、よくある事の一つだった。
其れでも、時折主の気紛れで近侍に命じられた時は喜んで受けた。
今回も、その内の命で留守を任せられている。
「……主の奴、早く帰ってこねぇかなぁ…。」
「いや〜、流石にまだそんな早くには帰ってきませんって。」
「えっと…主が出掛けてるのって、かなりの遠方なんだったよな?」
「そうですね。確か、主さんの在住地域からはかなり離れた遠方って言ってましたから…滞在期間についても、軽く一週間近くは滞在してくるって言ってましたし。主さんが帰ってくるのは、早くても週末辺りになるんじゃないですかねぇ〜。」
「まぁ、観光も含めているらしいし、久々に気兼ね無く羽を伸ばせるんだ。偶には主もゆっくりしてきたら良いんじゃないかと、俺は思う…。」
「お…っ、兄弟良い事言うじゃん…!」
「でも、主が帰ってこない限りは戦には出られないって事だからなぁ〜…複雑なところだよ。」
「……………本当になァ…。」
たった一週間。
然れど一週間だ。
長過ぎずも短くはない期間に、俺は早くも主への想いを募らせて気を揉んでいた。
嗚呼、早く主に逢って、その優しげな声を耳にしながら、温かく柔らかな身を腕に抱きたい。
出来る事ならば、この胸に募らせている想いを全てぶちまけて楽になりたい。
主へと溢れる想いを伝えたい。
更に望む事が許されるのならば、番として主の身を抱いて、俺のものだという証を刻み付けてやりたい。
…まぁ、そんな事軽々しく望める訳がないんだが。
堂々巡りの思考に、勝手に腐って頭を抱え項垂れる。
その様子を察したずおとばみに、去り際に肩や背中をポンと叩かれ、余計に惨めな気持ちになってくる。
その流れについでに乗った御手杵に頭を撫でられた時は、流石に堪え切れずに手が出て、腹いせに奴の腹に一発かましてやった。
奴が痛みにデカイ躰をくの字に曲げて悶絶し転がっていても、無視してその場に置き去りにしてやった。
下手に構われるのは好きじゃない。
そうして、一人自室には戻らずに審神者部屋へと立ち入って、主の帰還を待った。
嗚呼…早く主に逢いてぇなァ。
主が本当に生きている時代は、今俺達が存在している二二○五年の時代ではない。
今から二百年程前の時代になる。
審神者なる人ってのは、大方が過去の時代から来ているモンだ。
だから、俺の主も例外ではない。
主からしてみれば、俺達刀剣男士は未来から遣わされた付喪神だ。
元より生きていた時代も違えば、次元も異なっている。
其れでも、俺達の大元となる本体の本霊は主の居る時代にも存在した。
もし、違う歴史であったのなら、俺は今よりもっと近い場所で主の側に居られたんじゃないかと考える事が無いとは言い切れない。
そんな些末な考えは、今でも時折考えてしまう程、内で燻っちまっている。
叶う事なら、俺は主の一番の刀で在りたい…。
主の一番側で主の事を見守り、そしてずっと共に居る事が出来たなら、其れは本望だ。
もし、今すぐにでも主の元へ行けるのなら行きたい。
主が見に行くと言っていた、俺の集合体の内の一振りである本体を介してでも、主の側に行きたい。
俺は、今、全身全霊で主の事を求めていた。
「………こんな苦しくて重たい感情ぶちまけられても、主は困るだけだろうなァ…。」
思わず、掠れた乾いた笑い声が口から漏れた。
だが、もうどうしようもないくらいに、俺は主の事が愛しくて堪らない。
「……早く、早く帰ってきてくれよ………。…でないと、寂し過ぎて、寒くて、辛ぇんだよ…………っ。」
主が側に居ないだけで、どうしてこんなにも手足が冷えるのかが解らない。
どうしてこんなにも辛くて、胸が押し潰されそうになるのかが解らない。
「………なぁ、早く帰ってきて、俺を温めてくれよ…。アンタに触れられたら、きっと、この寒さも痛みも全部嘘みたいに消えっからさ……。」
何時から、俺はこんなに弱くなってしまったんだ。
馬鹿みたいに無様に哭き喚いて、滑稽だ。
そんな刀らしくのなくなってしまった俺は、主を恋しく想い、主が居ない部屋で主が置いてった着物の裾をただ弱々しく縋るように握るのだった。
執筆日:2019.10.10