『……今更花嫁修業、つってもねぇ…。』
現世に居た頃、学生を卒業する前もした後も何かと甘えて面倒くさがって避けてきたツケだと言わんばかりの出来事だった。
現在、私は、本丸にて審神者業をする傍らで花嫁修業なるものをやらされている…。
正直言って面倒…且つ、自分には不向きで柄じゃないように思えてならなかった。
いや、そりゃ成人してるし、とっくに社会人とも呼べる年齢に達してるから、その年齢に相応しい作法や礼儀を身に付けるのは別に悪い事ではないし、寧ろ必要なんだろうとは思っている。
が…、どうにも苦手意識が働いてしまってしょうがない。
もう此れは、私の根本的なところが駄目なんだと思われる。
要は、性根から腐っていて、見た目はとうに大人でも中身は餓鬼っぽく甘えたなんだろうな。
そう考えてしまう時点で、最早何もかも諦めているのが浮き彫りになるのではないだろうか。
事実、自身が今更女を磨いたところで何も変わらないのではないかと思い始めている。
しかし、熱心な教育者がやる気満々に満ちて息を巻いている手前で言い出しづらい。
というか…はっきりと口に出しては言えないだろう。
何せ、私の花嫁修業の先生として名乗りを上げたのは、あの礼儀作法や立ち居振る舞いにうるさい歌仙と、常に見目や成りを気にする光忠だった。
「もう二人が花嫁になれば良いんじゃない?」というくらいに完璧な其れ等を、私に少しでも身に付けさせようと半ば躍起になっている。
上記の私の感想からしてお分かりだろう…。
端から私などに花嫁修業なるものは向かない人間なのだと。
一部の人間からは、既に“アンタ女として終わってるでしょ”のお言葉を頂いている。
だから、彼等からの有難い教えと言葉を半分開き直ってしまっているような感じで受け取ってしまうのだった。
だって…私、もう女として終わってるんでしょう?
なら、今更努力したところで変わらないんじゃなかろうか。
そんな事を、慣れない裁縫や洗濯・料理を作る作業をしながら思った。
まぁ、最低限の家事をこなす事が出来るようにするといった点には頷ける。
とっくに成人してる身として、社会に出ても恥ずかしくないようにする為といった意識は大事だし、其れは何も間違っちゃいない事なんだと思う。
だがしかし、だ。
一人くらい、其れ等を苦手とする人間が居ても良いんじゃないかと思うのだ。
家事をするのが苦手な大人なんて、世の中たくさん居ると思う。
たぶん、私もそんな内の人間の一人に入るのだと思う。
だから、別に結婚する気もない女がわざわざ結婚した後の事を考えての作法やら何やらを覚える必要性は無いんじゃないかと思う…。
もし、此れで結婚するのなら、そういうのを全て理解してくれて其れ等全てをやってくれるという意思を持つパーペキタイプの相手を選ぶだろう。
…もしもの仮定に過ぎない事例だが。
極論過ぎやしないかと言われても構やしない。
私は、そういう質の人間なんだと開き直ってやる。
そんなこんなありながらも、私は言われた通りに教わった事をちまちまのろのろとこなしていた。
(…別に良いだろ、こんなん出来ない女が一人や二人居たって…。其れで困るようなら、困らないような相手見付けて結婚するっての…。)
たぶん、今の私の表情(カオ)は無だろう。
短刀達が怖がってしまう顔付きになっている気がする。
でも、そうでもしない限り、私は今手にある作業を終わらせる事が出来ない気がするのだ。
心を無に…とまではいかないが、穏やかに保ち、取り敢えずは目の前にある作業に集中する。
余計な事は考えない方が良い。
でないと、針の先端がぶすっと指先を突き刺してしまうだろう。
裁縫とは集中力あるのみだ。
今ある集中力が切れたら、恐らく私は一度投げ出してしまう。
そうしたら、歌仙からのお小言を貰い兼ねない。
其れは逆に面倒だ。
この作業を開始して、もう小一時間は経過した事だろうか。
休憩するにしても、あともう少し切りの良いところまで終えてからにした方が良い。
私はそう自分で鼓舞して、切れかかっている集中力を手元の神経に集中させた。
「またやってんのか…。アンタもサボらずちゃんとやってるとか律儀だなァ。」
ひたすらチクチクと縫い物をしていたら、暇をしているのだろうたぬさんが部屋にやって来た。
私は今ある集中力を切らさないよう、適当に空返事で返答を返す。
すると、そんな私の隣に何時もの如く腰を下ろしたたぬさん。
何気なく躰を寄せてきたと思ったら、私の手元を覗き込んできたらしかった。
チクチクと無言で休み無く縫い付けていく私の手元を見つめながら、たぬさんがぽつり言葉を漏らした。
「…だいぶ上手くなってきたんじゃねぇの?アンタ。」
『まぁ…教えてくれるのが、あの歌仙だからね。其れなりの出来にはなってくるんじゃない?』
「…こうして見てっと、アンタって器用な方だよなァ。」
『本当は不器用なんだけどね…。昔は、そう母さんにも言われたわ。』
「昔は…?」
『今はてんで駄目ってなぐらいに不器用なもんで。チビの頃は何かとこういう事にも興味持ってやってたからなぁ…。一時的なもんだったけど。…たぶん、母さんや姉ちゃんが楽しそうにやってるの見て真似したかっただけなんだろうね…。子供の頃にゃよくある事だ。』
同時に二つの事をこなすのは出来ないせいで、糸を縫っていた手元を動かす手の動きが鈍くなる。
若干精度も落ちる気がするが、仕方がない事なので諦める事にする。
だって、今止めたら後が続かない気がする…。
中途半端に終わらすよりか、せめて切りの良いところで止めたい。
無言でやっていた時よりも出来は悪くなってしまうかもしれないが、せっかく話しかけられているところを無視するのも可哀想だ。
そんな風に考えて作業を続けた。
「…アンタ、最初はあんなに嫌々ながらやってた癖に、今じゃだいぶ素直にやってるよな。」
『まぁ…相手があの人達ですからね。無駄口叩くより手を動かせ、な人達ですから。そりゃ、従順にもなりますって。…逆に、相手のお怒り買ってぐちぐち説教垂れ流されるよりはマシかなと。』
「あー…そういう事か…。」
『うん、そう…。』
何が楽しいのか、身を近付けたまま私の手元を覗き込んだままでいるたぬさんは、軽い会話を投げかけてくる。
下手にそう見られるのも居心地が悪いというか、手元が狂いそうで気まずいのだが…。
そう思っている内に手元がぎこちなくなって、一瞬針の先が持ち手と反対の手の指に掠めた。
危うく指先に刺しかけてヒヤッとした。
一瞬だけ手を止めて、安堵の溜め息を吐く。
それから作業を再開して、再びチクチクと糸を縫い付けていく。
私が一瞬手元を狂わせかけたのに気付いたのか、覗き込んでいた頭を上げてくれたたぬさん。
本当、そういう気遣い出来る子に育ってくれて審神者嬉しい。
まぁ、気遣い出来るかどうかの云々は、たぶん彼の元々の気質によるところな気もするが、敢えて口にする事でもないだろう。
そうちょっとだけ意識を別な方向に持っていきかけていると、再び彼が話しかけてきた。
「ところで、アンタ今何縫ってるんだ…?」
『雑巾。』
「は…?雑巾?何でんな物縫ってんだよ…。」
『雑巾は幾らあっても困らないからだってさ。毎日掃除に使う物だし、その分消耗品でもある訳だしね。そりゃ幾らあっても困らないだろうね。…歌仙曰く、度々誰かさんが力の入れ過ぎで破いちゃうかららしいけど。』
「…新刃の奴等の事か…。」
『まぁ…顕現したばっかで力加減が解ってないってなだけだから。その内慣れるでしょ。』
「慣れっつーと…最初の頃よりも、アンタ色々な仕事に慣れてきたよな。今やってる作業も含めて。」
『そりゃ、人間何かしらやり続けてたら其れなりに慣れてきますって。…元々社畜なとこに身を置いてたんだしな。多少ブラックだろうとも気にならなくなっちまうもんだよなぁ…。っはは、慣れって怖いもんだねぇ〜…。』
一瞬脳裏に過ったブラック時代の過去に思いを馳せ、乾いた笑みが飛んだ。
今じゃ皮肉なもんだが、政府も色々とホワイトに変わりつつあるってなだけでも助かりものだ。
そんな薄暗い思考はさっさと切り離して手元に集中するのが賢明だ。
針や布を持つ手が疲れてきたのに気付いて、少しだけ肩に入っていた力を抜く。
隣のたぬさんが、また口を開く。
「……そういや聞いてなかったが…アンタ、何で急に花嫁修業なんかし始めたんだ?」
『え……そりゃ…歌仙達が、私のあまりにも拙い未熟で底辺しかない家事能力を嘆いて目に余るからってな事で始まったからだけど…。』
「其れ…自分で言ってて悲しくなんねぇのか。」
『全然。だって事実だし。寧ろ、開き直ってるとこあるし。…だから歌仙達が手ぇ焼いてんだろうけどな。あっはっは…我ながら最低限しか持ってないよねー、女子力。まぁ、其れも少し前までは其れすらも失いかけてたレベルだったんだけど。にしても、そんなに女って家事出来なきゃ駄目なのかね…?一人くらい家事出来ない奴居ても良くない?って思うんだけど。別に誰も完璧な相手求めてねぇだろ。俺も求めてないし。つーか、逆に完璧過ぎても引くくらいだし。お互い緩い感じあるくらいが丁度良いんじゃない?って思うんだけどなぁ〜。其れじゃ駄目なんですかね?今の世の中って…。』
チクチクと縫っていく手は止めないまま、緩く会話を続ける。
しかし、己の家事能力の皆無さを嘆いて、最早此れは一種の才能なのかと馬鹿な事まで考え始めた始末。
駄目だ…このまま続けても、何か逆に空しくなってくるだけだ。
『はぁ〜……正直言って、俺にはこういうの向いてない気がするんだよね。炊事洗濯掃除にお裁縫て…全部完璧に出来たら誰も苦労しないわ、っての。ぶっちゃけ一人でも生きていけるじゃん、そんな奴…って思っちゃう時点で私は女として終わってるんだろうか…。別に気にしてないし、今更どうこうする気もないんだけど。そんなに必要かなぁ〜家事能力って…ちょっと生活能力ありゃ生きていくのに支障無くないって思うの俺だけなの…?誰かそういうの理解してくれる人居ません?居たら、はぁーい!って手ぇ上げて賛同して欲しいわ、マジで…。』
「…アンタ、実は疲れてきてんだろ。さっきから何か凄ぇ事ぶちまけてんぞ。そろそろ休憩入れたらどうだ。」
『ん゙……今縫ってるこの部分終わったら切り良いから、そしたら一旦休憩挟む。』
「…そういうところがアンタの癖みてぇなところなんだろうな。」
何か会話の最後に言われた気がしたけど、小さな声だったから聞き取れなくて殆ど聞こえなかった。
何て言ったんだんだろ、たぬさん。
一度会話は途切れたから、手元の神経に再び集中して綺麗な縫い目を目指して縫っていく。
二人の間に静かな沈黙が降りる。
すると、小さく溜め息を吐いたたぬさんが此方を見遣る視線を感じて、彼がまた何か言葉を発するのかなと思って待った。
予想通り、彼が口を開いて言葉を漏らした。
だが、その言葉の意味がすぐには理解出来なかった。
「……なぁ、アンタは何でそんな律儀に真面目に花嫁修業なんかやってるんだ?誰か好いてる相手でも居んのか?結婚する予定の奴でも居んのか?」
『………え?』
思わず手元を止めて彼の方を見遣った。
そしたら、何やら真面目な顔付きをした彼が私の事を真っ直ぐに見つめてきていた。
「…アンタはアンタだろ。無理に自分を磨かなくとも、アンタ自身を見てくれる奴が相手な方が良いんじゃねーか?」
『え…っと、たぬさん……?何か勘違いして…、』
「もし、アンタのそういうところ見て引くような奴だったなら、結婚なんか止めとけ。…他に誰もアンタを貰ってくれねぇって不安に思ってんなら、今すぐにでも俺がアンタの事貰って花嫁にしてやるよ。」
『は……………、』
開いた口が塞がらないとはこういう事なのかな、なんて今はどうでも良い事が脳裏の隅に過った。
今、彼は何と言った…?
耳を疑う内容だった気がして、私は鸚鵡返しのように問うた。
『…えぇーっと……ごめん、今自分何て言われたか解んなかったから、ワンモアプリーズしてもヨロシ…?』
「は?…だから、アンタが貰い手居なくて困ってんなら、俺が今すぐにでも貰って花嫁にしてやるって言ったんだよ。」
一字一句聞き漏らされないようにはっきりと口にされた。
こ、此奴、マジか…?
冗談を言っているようには聞こえなくて、余計に驚いてしまった。
驚いた拍子に手元で何をしていたのか忘れてしまったのか。
針を持ったままだった事を忘れて動かしてしまい、反対の手に思い切りぶっすりと刺してしまった。
瞬間、私は情けない声を上げる。
『イッテェ…ッ!!』
「は、おい、大丈夫か…っ!?」
思わず、女子力の欠片も無い太い声で悲鳴を上げてしまった。
が、そんな事は気にせず慌てたたぬさんは怪我した私の手元を覗き込んできた。
見れば、針が刺さった方の人差し指に紅い血がまぁるくぷっくりと浮かび上がっていた。
あーあ…何時かやらかすとは思ってたけど、このタイミングでとはなぁ…。
内心で小さく嘆いて、一旦持っていた針を針山に刺して作業を中断する。
指に針突き刺すと地味に痛いよな、という事を半ば他人事のように考えながら、血玉利の出来た指を眺め、口に含む。
美味しくない自分の血の鉄の味がして、何とも言えない気持ちになった。
だから、私にはこういうちまちました作業は向かないんだって思った直後、変に惨めに思えてきて涙が出そうになった。
(…何で自分こんなに頑張って裁縫なんてしてたんだろ…。今更女らしく女磨いたってどうにもならない事解ってる癖に……言われるままにやってるとか、馬鹿みたいじゃん。)
ただ針を指に突き刺したぐらいで何落ち込んでんだ、って話だった。
針を刺しかけたのなんて、もう何度もあって、針の持ち手とは逆の左手には幾つもの痕が出来ていた。
其れを見遣って、ふと考え込んでしまった。
“何で自分はこんなに必死になって自分を磨いてたんだ?”って…。
誰の為に?
私には、まだ結婚を予定とする相手が居ないどころか、彼氏とする相手すら作った事が無かった。
何故、花嫁修業みたく女磨きなんてしてたんだろう。
急に馬鹿らしくなってきてしまって、どうしようもなくなる。
私は一体何がしたかったんだろう。
こんな事したって、自分が変わる訳でもないのに…。
傷口からまた血が滲んできたから、ぱくりと口に含んで血を舐めた。
そうして針を刺した傷口を仮消毒していると、不意に頭に重みが乗っかってきて、其れがそのまま頭を撫でてきた。
俯けていた顔を上げて見遣れば、たぬさんが私を優しげな眼差しで見つめながら私の頭を撫でていた。
武骨な硬い掌で不器用な手付きで、優しく私を慰めるかのように、そっと励ますかのように。
その金の眼を見つめていたら、ぐるぐると考えていた余計な思考は何処かへと飛んでいってしまった。
代わりに、今度は別の感情が沸き起こってきて、頬が熱を持ったみたいに熱く火照ってくる。
いつの間にか近くなっていた彼との距離に恥じらいの気持ちが出てくる。
自分の置かれた状況に混乱していると、たぬさんが私を見つめながら抑揚の無い低い声で呟いた。
「…無理に他人が言う女らしさになろうとすんなって。アンタはアンタで、アンタの女らしさってのがあるんだからさ。焦る必要もねぇよ…。気にしなくても、俺はアンタのそういうところも含めて好きなんだ。だから、んな泣きそうな顔しなくて良いし、落ち込むなよ。…んな顔されっと、俺もどうすりゃ良いのか解んなくなる。」
そう、言って、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
出かかっていた涙は、すぐに引っ込んだ。
代わりにと言っちゃあ何だが、頬が可笑しいくらいに熱くなってきて、どうしたら良いのか解らなくなってしまった。
頬がめちゃくちゃ火照って熱い。
いや、頬だけじゃなく、顔全体や耳、手まで熱く火照ってきてしまっているように思えた。
不意に、彼が怪我の具合を見る為に触れてきた。
そしたら、今度はその触れられた手首までもが熱くなってきてしまって、いよいよ別の意味で焦り出す。
「傷の具合は…大した事なさそうだな。その内血は止まるだろうが、傷口に雑菌とか入って化膿すんのもアレだわな…。絆創膏、貼っとくか?」
『え?あ…あぁ、うん。そう、するかな…。このまま他のとこに血が付くのも嫌だし。』
「ん。なら、俺が絆創膏取ってきてやっから。その間ティッシュでも巻いて傷口塞いでろ。」
『う、うん…有難う…。』
私が変に赤くなってしまっている事に気付かない振りをするかのように見つめた後、彼はそう言って一旦この場を離れた。
心臓がドクドクと脈打ってうるさい程心拍数が上がっている気がした。
彼の触れた箇所が気になって、彼に触れられていた手首を握る。
何だか自分の手首じゃないくらいに其処は熱くなっていて、頭から湯気が出てきそうだった。
(…もう、自分どうしちゃったのよ急に…。早く元に戻らないかしら?)
変に躰が火照ってきてしまって仕方がない。
程なくして、救急箱のある部屋からたぬさんが戻ってきた。
そして、何事も無かったかのように平然と当然の如く、私の怪我した方の手を取って絆創膏を貼ってくれた。
此処まで流れるように慣れた手付きでこなしたたぬさん。
何ともナチュラル過ぎて何も言う暇が無かった。
「っうし…此れでもう大丈夫だな。」
『あ、有難う…。綺麗に絆創膏貼ってくれて。』
「別に…。んな事より、作業再開すんなら一旦休憩してからにしとけよ。もうずっと作業してたし、疲れたろ。茶も俺が煎れてきてやっから…アンタは休んどけ。」
『あ、はい…そうします…。』
何処までも気遣ってくれるから、其れが慣れなくて貼られたばっかの絆創膏のところをジッとずっと見つめていたら、何か視線を感じて頭を上げる。
そしたら、たぬさんが意味深な視線で私を見遣ったまま口を開いた。
「……俺がさっき言った言葉だが…アレ、本気だからな。」
『ぇ…………?』
「アンタにまだその気が無くても、俺はもうずっと前からその気だ。…アンタにその覚悟が出来たら教えてくれ。そしたら、周りの他の奴等が幾ら反対したって押し切ってアンタを俺の嫁にしてやる。アンタが拒んだって嫌ってくらいに幸せにしてやるからな。」
その台詞を最後に、彼は背を向けて部屋を出ていった。
またもや微妙な沈黙が部屋に広がった。
私は躰を折り曲げて畳に突っ伏した。
『………いや…ちょっと待ってよ……その気て、どんな気の事だよ…。まさか、好きとか結婚とかの意味の方ですか…?マジか。マジなのか?彼奴、本気と書いてマジな方のマジなの…?…いや、ちょい待てよ………待って待って、頭の整理が追い付かない。待って待ってガチで待って。どうすれば良いんですか、私は……?え、コレ、オーケーしちゃった方が良いんです?』
其処まで一人呟いて或る事を思い出す。
アレは…確か、何か昔学生だった時の頃の話だったと思う。
“例えば、自分の好みじゃない男の人に間違ってでも結婚を申し込まれたら、間違ってても良いからハイって返事しちゃいなさい。人生間違いだらけなんだし、若い内に色々経験しとかなきゃ駄目よ。ブレーキ壊れてる内にアクセル踏んどかないと、経験しとかなきゃいけない事だって出来なくなるんだから。何事も若い内にしとくのが一番…!青春するのも若い内じゃないと、歳いってからじゃすぐ冷めるか其処まで発展しなくて結婚なんて出来なくなるんだから!”
『…とかって先生が言ってたっけ…?じゃあ、この場合、私はYesと返事すべきなの?どうなの、解んないよ………ッ!?』
彼氏居ない歴=年齢だった事が裏目に出たのか。
実際当事者になってみた途端、テンパり過ぎて訳わかめな状態だった。
どうしよう、自分どうするべきが最適解なの。
てんで訳解らん。
取り敢えず、「恋人から宜しくお願いします…!」とかで良い訳?
泥沼な回答案を繰り広げている他所で、頭の隅では、「彼と結婚するなら、その時の花嫁衣装は白無垢なのだろうか…?」なんて事を考えていた。
そういう事を普通にナチュラルに考えてしまうって事は、きっと私も彼の事をそういう意味で好いていたのかもしれない。
今更気付いた感情に、私は遅ればせながら恋愛結婚するのだろう未来の岐路に立っていた。
執筆日:2019.10.12