神無月、十月のとある日…。
粟田口の面々と今剣は、ある部屋の前に集まっていた。
部屋の中で彼等を待つように一人立つ光坊は、華麗に決め込んでいた。
そこに、虎柄の衣服に身を包んだ五虎退が、一歩前へと踏み出てきた。
「しょっ、燭台切さん…っ。」
顔を赤らめながらも、一生懸命に喋ろうとする五虎退は、力む。
粟田口一同と今剣は、皆一度顔を見合わせると、コクリと頷き合い、言った。
「trick or treat!!」
揃って外国の秋の収穫祭に告げる、お化けに化けた子供等が大人達へと口にする言葉。
この時を待っていたとばかりにタメを作ると、光坊は、ばさりっと大きなマントを翻させた。
「ん〜っ、待たせねぇ皆っ!さぁ、どうぞ!光忠特製スペシャルハロウィンだ…!!」
「わぁ〜っ!」
「すげぇ数だ…っ!!」
「お菓子がいっぱいです…っ!!」
「キラキラしてて、どれも美味しそう…っ!」
「好きなだけ持ってって良いよ?」
「「「わあーいっっっ!!」」」
ハロウィンにちなんで、飛びっきりのお菓子を山程用意。
ただでさえ甘い日なのに、これ以上ゲロ甘にしてどうする気だ?的な量だ。
見ているだけで胸焼けを起こしそうだぜ…。
料理が得意な光坊は、何時になく短刀等(+α)に群がられて、モテモテ大人気だった。
其処へ、彼の愛しの彼女とも言える奴が現れ、今俺が見ている光景と同じものを見ていた。
彼女の格好も、皆と同じようにハロウィンにちなんだ衣装に身を包んでおり、己に憑きし猫神に似た黒猫の格好だった。
驚く程の違和感無しで、抜群なチョイスだぜ…!
しかし、楽し気な雰囲気とは逸して、彼女の表情はどこか浮かなく、つまらなそうな表情をしていた。
「ん…?何だ、君…妬いてるのか?」
思わず、ニヤニヤとした笑みでちょっかいを出してみる。
『いえ、違いまーす。』
「何だ、つまらないなぁ君。」
『言ってろ…。』
からかいがいのない反応にむくれていると、興味を無くした彼女はクルリと方向転換し、伽羅坊の方へ駆けていった。
甘いものが好きな伽羅坊は、今日のような日は別物らしく、積極的に馴れ合…、ゲフンゲフンッ!参加していた。
ちなみに、伽羅坊の格好は、狼男だ。
もふもふアニマル好きな主にとっちゃあ、最高の対象だった。
『伽羅ちゃーんっ。トリックオアトリートォー!』
「ん…。アンタの事だから、来るだろうと思ってた。そら、受け取れよ。」
『わぁ〜いっ!伽羅ちゃん大好きぃ〜っ!!』
「あ…っ、今のはマズイだろうなぁ…。光坊が妬ちまう…、」
ちろん、と彼の方を見遣れば、案の定ジトォ…ッ、とした目で二人を見ていた。
あーあ…。
こりゃ、怒っちまったな。
短刀等に向き直った彼は、変わらず笑顔だが…背負っているオーラが、明らかに先程と違って怖いものになっていた。
触らぬ神に祟りなしだぜ。
とにかく、今の光坊に近寄るのは止めておくとしよう。
馬に蹴られたくはないしな。
くわばらくわばら…っ。
そそくさとその場を退散し、悪戯が出来なかった代わりに、彼等二人の様子を遠目から見物する事にした鶴は、こそこそと光忠の後を付けていくのだった。
彼女が人気の無い所で一人になったのが、タイミングだった。
早足で彼女に近付いた彼は、おもむろに彼女の腕を取ると、壁際まで追いやり、所謂壁ドンというヤツを構した。
状況を理解していない彼女は、勿論困惑顔だ。
『え…?な、何…?いきなり…。』
「んー?解んないかなぁ…。今日が何の日か解ってるなら、僕がこうした理由、解るよね…?」
『へ…っ?あ、ああ…っ!ハロウィンか…!な、何だよ。脅かすなよ…。要は、トリックオアトリートしたかったって事ね?』
「うん、そういう事だよ。だから、君からも頂戴…?僕、まだ君からは貰ってないから。」
『い、言ってくれれば、ちゃんとあげるのに…っ。』
慣れない距離感からか、はたまた彼に気があるからか。
どちらとも取れる現状に、彼女は顔を赤らめながら、視線を彷徨わせていた。
「ふふふ…っ。ダメだなぁ、君…。璃子ちゃんから直接言ってもらえるの、待ってたんだけどな、僕。」
『え…。』
「それなのに、僕のところには来ず、伽羅ちゃんのところには行っちゃうんだもんなぁ〜…。もしかして、お菓子作りで構ってあげられなかった僕への当て付けかな…?」
『はぁ…!?ち、ちが…ッ!!ふぐッ。』
半分当たっていて、半分外れているだろう言葉を言われて、いきり立ちかける彼女の言葉は、光坊の人差し指によって遮られた。
「と、いう訳だから、僕もトリックオアトリート!僕にもお菓子頂戴?」
素敵なくらいの笑みを浮かべて口にする光坊は、いっその事眩しい。
ある意味、恐ろしいが。
『あー…っと、短刀等に全部あげて今手元に無いから、部屋まで取りに行けばあるよ…?』
彼と同じく、皆に人気な彼女は、勿論の事、短刀等に群がられていた為、当然の結果だった。
しかし、そんな事では諦めないのが、この男の恐いところである。
「だぁーめ。今此処で頂戴?」
『え゙…っ。』
「十数えるまでに何かくれなきゃ、悪戯するからね?」
『卑怯だ…!』
よって、無理難題を吹っ掛け、お構い無しに数え始める光坊に、「意地悪だ!!」と宣う彼女。
だが、彼は、気にせず数え進め、あっという間に十となった。
「はい、タイムアウト!時間切れだよ?さぁ、覚悟を決めてもらおうかな…?」
不敵な笑みを浮かべた光坊は、戦時なら格好良く頼りになるが、今は妖艶に笑む恐ろしい悪魔の如くに感じて嫌だ。
恐らく、彼女も同じ事を思っているのだろう。
引き攣った笑みを浮かべて、後ろ手に壁にしがみついた。
ぎゅっと目を閉じ、身を固くして、これからされるだろう悪戯に身構えた。
そんな可愛らしい反応に、内心反則だと思ったのだろう光坊。
暫し己と葛藤するように顔を俯かせ、いざ実行に移す。
無言でわしゃわしゃと髪の毛を崩される彼女。
終わり?と顔を上げたら、「これで良し。」と呟いた光坊。
何と、彼からの悪戯は、彼と同じ髪型にされるというものだったのだ。
え、何それ。可愛か。
と、油断しきっていると。
「仕上げは、まぁ…これで良いかな。」
ん?仕上げ?
一人言のように呟かれた言葉に疑問符を浮かべていれば、ふいに近付いていった彼の端正な顔。
『え。』
驚く暇なく、ちゅっと鳴った可愛らしいリップ音。
『え。』
本日二度目の反応。
「僕からの悪戯はこれで終わりだよ。もしかして…この先も期待しちゃったかな…?璃子ちゃんさえ良ければ、続きをするけど…どうする?」
『イイエ、遠慮シテオキマス。』
「そう構えなくても、君が思ってるような事はしないよ?」
『何の事かな?』
「ふふっ、解ってる癖に…っ。まぁ、今の僕は吸血鬼だから、それらしく振る舞ってあげても良いんだよ?」
『これ以上は勘弁してください、お願いします。』
「そこまで全力で拒否するかい?」
Oh…、こいつぁ驚いたぜ…っ。
思わず顔の筋肉が引き攣るのを感じた。
今日この日をもって、光坊を彼女の事で怒らせるのだけは止めておこうと思った鶴であった。
執筆日:2017.10.29