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から紅に染まる秋の夜に盃を



ガヤガヤと集まる人垣の向こうで行われるものが何かを知っている私は、人集りの隅の方でこっそりと佇み、様子を眺めていた。


「…そろそろ始まる頃ですよ。」


肩に乗っけていた管狐が小さくそう口にした途端、ざわめいていた辺りが突然として静まりを見せた。

奥から控えていたお偉い様方と護衛の者、続いて天皇陛下らしき姿が御目見えする。

私は、緊張に張り詰めていく空気に息を潜める。

静かに座して待機していた今日のお目当ての方が、静かに立ち上がり一礼した。

此れからである。

袴を着た侍風の格好をしたその人が、腰に携える刀の柄と拵えに手を伸ばし、腰を少しだけ落として濃口を切った。

スラリ、と抜かれた刃は綺麗に磨かれていて、日の光を受けた刀身は力強く耀いていた。

―アレが、彼の集合体となった者の大本か。

私は眩しそうに目を細めてその刀を見遣った。

刀を携えた人が真っ直ぐと正面を見据えて、得物を構える。

彼の人が見つめる先に在るは、専用の台の上に据え置かれた赤き兜。

其れにはまだ何の傷も入っていない状態だった。

―いよいよか。

私は固唾を飲んで見守った。

赤き兜を視界に捉える人が、構えた刀を振り上げる。

刹那の一瞬、振り上げられた刀身が力強く煌めき、赤き兜へと吸い寄せられるように真っ直ぐと振り下ろされた。

静寂が辺りを包む中、硬い衝撃音が響き渡る。

見つめる先で振り下ろされた刀は、しっかりと赤き兜を捉えていて、その頭部に見事な刀傷を刻み込んでいた。

成功である。

此れぞ、のちの後世の歴史へと語り継がれる“天覧兜割り”となるのだった。

見事、事を成し遂げた刀は恭しく掲げられ、天皇陛下の御座す方へと一礼と共に捧げられる。

忽ち、静まり返っていた場には拍手喝采の波が届けられた。

私も其れに混じって小さな拍手を送った。

―誇り高き剛刀よ、なんと力強くも美しき事かな。

まさに、戦の為だけに生まれた実戦刀の強さに兼ね備えられた美しさというものをまざまざと見せ付けられたようだった。

掲げられ、日の光を強く照り返し耀くその刀身を、私は眩しげに且つ誇らしげに見つめた。

きっと、この頃から彼は強く美しい存在だったのだ。

肩に乗っかった管狐が声を潜めて耳元へ囁いた。


「ご満足頂けましたか…?」
『…うん。』
「では、次の目的地へと参りましょうか。」


こんのすけに導かれ、次の目的地へと赴く為、その場を後にする。

厳かに執り行われるこの式典とは、おさらばだ。

私は、こっそりその場から離脱し、姿を消した。


―時は、現代に飛ぶ。

人気の無い小道の影よりひょっこり首だけを出して辺りを見渡す。


「―誰にも見られてはいないようですね…行きましょうか。」


今度は肩に乗せるではなく腕へと抱いて移動する。

微動だにせぬままであれば、宛らぬいぐるみのようである。

私は、こんのすけに導かれるまま、とある跡地の前へとやって来た。

辺りは、長閑な自然の風景に囲まれた処だった。

こんのすけが腕から降りて、足元へと付く。


『此処が、“同田貫の鍛冶場跡”か…。』
「はい。その鍛冶場跡の後ろに位置致しますのが、彼の刀工が亡くなられた跡地…お墓となっております。」
『此処で…たぬさんの本霊となる刀が打たれたんだね……。』
「…まぁ、そういう事になりますかね。」


同田貫の名の刀が生まれたとされる土地の前に立って、私はただ静かに石碑を眺め、溢れ来る様々な感情をしみじみと感じた。

跡地を見物しに来たついでに、石碑の奥に在ったお墓の前へと屈み込み、そっと小さく手を合わせお参りしておく。

彼等刀工が居たから、私は彼の刀と出逢う事が出来たのだ。

そんな礼も込めて、感謝を捧げた。

“彼と出逢う切っ掛けをくれて有難う”、と…。

気が済んだところで立ち上がり、傍らに控えていたこんのすけの方を見遣る。


「次の場所へ向かわれますか?」
『…そうだね。行こうか。』


最後に、石碑とその刀工達のお墓へと一つお辞儀をして背を向ける。

もし、次また来れる機会があるのなら、今度は彼を連れて一緒にお参りしに来ようか。

そう考えながら、先へと進み行くこんのすけの後を追った。


―次なる目的地は、とある小さな神社であった。

誰も居ない静かな境内を正面入口の鳥居の目の前より眺め、恐る恐るといった風に足を踏み入れた。


「此処は、彼の刀工――同田貫上野介宗広が打ったとされる神剣が奉納されている場所となります。」
『…へぇ、凄いね。』
「流石に、特別展示会等を催している訳ではないですし、常時展示をされている訳でもありませんから直接見る事は出来ませんが…参拝されて行かれるんです?」
『まぁ、せっかく来たんだしね。来たついでに本丸の安全祈願でも願っとくかな。』


参拝客が自分しか居ない閑静な空間の中、小さな神社の境内を進む。

参拝の為、本殿前へと歩み寄り、お賽銭を投げて鈴を鳴らし柏手を打ちてお参りをする。


『…どうか、此れからも本丸が平穏、安泰でありますように…。』


小さく呟いた。

本殿の奥で眠る彼の刀工が打ちし刀にも届いただろうか。

閉じていた眼を開いて顔を上げる。


「次は何処へ行かれるおつもりなんです…?」
『そうだなぁ…せっかく此処まで足を運んだんなら、あっちも行きたいよなぁ。ほら、“初代・同田貫正国”が打ったとされるって刀が展示されてる処。』
「嗚呼、彼処ですね。――では、ご案内致しますから、付いてきてくださいね。」


次の目的地を掲示し、向かう為、その場を後にする。

次は、刀その物と硝子越しでの対面だ。

其れも一口ではない。

私は少しの緊張に手に汗を滲ませ握り込む。

其れ等を見終えたら、本丸へと帰還する予定だ。

弾み逸る気持ちを抑えて、私はこんのすけの導く後を追った。


―今宵は、念願の明石国行を迎えた宴だと称して、夜の紅葉を眺めながらの宴席が用意された。

ちょっとした観光から帰ってきてすぐ其れを知らされた私は、特に反対するでもなく、逆に賛成の言葉を返して受け入れた。

よって、主の許可も下りた正式な歓迎会基宴会が行われる事となった。

せっかくの宴席という事もあって、普段は苦手として飲まない酒を私も受け取り、口にしていた。

今宵の主役は、ずっと前の頃に来て彼の事を待っていた来派の二人に囲まれ、嬉しそうに笑っていた。

皆にも歓迎されている様子に安堵し、私も小さく笑みを零して酒の肴に舌鼓みを打つ。


「お…っ、アンタが酒飲んでるたぁ珍しいな。どうしたどうした…?」
『おぉ、号さんか。そっちは今日は三名槍揃っての酒飲みかい?』
「まぁな〜。偶には槍同士つるんで飲んだりもするんだぜ?昔の好みもあるしな。」
『そうか、そりゃ結構。仲が宜しい事は良い事さね。』
「しかし、主が酒を嗜まれるとは珍しいですな…。今日は何か良い事でもありましたかな?」
『んふふ…っ、まぁね。私だって一応酒飲める歳なんだし、偶にはいっかな〜って。』


早くも酒の匂いを漂わせた号さんに付いて揃ってきた槍組に話しかけられ、酔いも相俟ってにこやかに応対する。

すると、酒の話題に聞き付けやって来た次郎ちゃんが酔っ払い宜しく乗ってきた。


「良いじゃん良いじゃん〜!今日は美味い酒用意してんだから、ジャンジャン飲みなよぉっ!!」
『つって…私下戸だからあんま飲めないどころか、ちょびっとぐらいしか飲めないけどねぇー。』
「ちょびっとでも良いのさぁ〜。何時も飲まなかったアンタが飲んでるってだけでも、ウチ等は嬉しいんだからさ…!何だか知らないけど、今日はノってるって事でぱあーっとやっちゃおうよぅっ!!」
『はははっ、元気が宜しいこって…。ま、そんなに気にしてたんなら、私も今日だけはちょっと飲んじゃおっかなぁ…?』
「飲むのは構いませんが、程々になさりませ。主は酒の匂いだけで酔う程弱いのですから…悪酔いだけは避けられませ。」
『分かってるよ。大丈夫、自分が何れだけ酒に耐性無いかは知ってるから。自分の飲める範囲で飲むよ。…心配してくれてありがとね、蜻蛉さん。』
「いえ、此れしきの事は礼にも及びません。今宵はせっかくの宴の席ですから、自分も羽目を外さぬ程度に楽しむつもりです。」
「蜻蛉切は真面目だなぁ〜。」
「堅っ苦しくて敵わねぇよなぁ…偶には、アンタも羽目外しちまうくらいが丁度良いんじゃねーか?」
「お前は少し控えた方が良いくらいだぞ、日本号…。」
『ははは…っ、まぁ程々にね。』


彼方此方で談笑が聞こえてくる中、一人ひっそり奥の水辺の縁で盃を傾ける彼の姿が目に入った。

灯りに照らされた夜の紅葉の色彩も相俟って、なかなかに風情があって格好良い様になっていた。

その様に一瞬見惚れかけるも我に返り、一人ひっそりと酒を楽しむ彼の元へと歩み寄っていく。


『や、楽しんでる…?』


酒の肴も持って側まで寄り声をかければ、何時も通りに腑抜けた感じの視線を此方にくれた。


『お隣、空いてるんなら座ってもヨロシ?』
「…別に構わねぇが、アンタが酒飲んでるとは珍しいな。」
『ソレ、さっきも向こうで号さん達に言われたよ。そんなに物珍しいかな…?あ、来たついでにおつまみも持ってきやしたんで、ご一緒にどうぞ。』
「おう…。普段酒の席であっても、アンタ飲まねぇだろ?飲んでも酔わねぇ酒か、短刀達と同じジュースだし。」
『まぁ、雰囲気だけは合わせよっかなぁ〜って、ノンアルかほろ酔い程度のチューハイにしてるよねぇ…何時もは。今日は気分がノってるから偶々?時にはそんな日があっても良いよね…っ!』
「やたらめったらテンション高ぇな…アンタ、既に酔ってんだろ?」
『かもしんない。あははっ、皆強いお酒飲んで盛り上がってるから、微妙に其れが移ったのかも…。ま、偶には酒に酔ってみるのも良いんじゃない?』


ふわふわとしてくる頭から、何でもないのにくふくふと笑いが込み上げてくる。

けれども、不快には思わない。

秋の夜長に灯りに照らされ美しく夜の景色を彩る紅葉を眺めた。

ふむ、此れは此れでなかなかに風情があって良い気がしてくるな。

酒の酔いも相俟って気分が良くなってくるのも仕方がないのかもしれない。

そうか、此れが酔いというものなのか。

普段あまり経験せぬ事だから、この感覚は知らなかった。

内側がぽかぽかとあったかくて、ふわふわする。

つい、小さく「ふふふ…っ、」と楽しげな笑みが零れた。

すると、隣で酒の入った赤い盃を呷っていた彼が、上に羽織っていた戦装束の上着を肩に掛けてくれた。

見遣ると、「夜は外は冷えるから着てろ。」と短く告げられる。

酒の席であっても気遣いを忘れないでいてくれるとは、格好良過ぎやしないか。

先程から、彼への株が上がり過ぎてどうしようもないんだが。

そんな思考は一旦他所に置いておいて…酒の肴に今日の事を語ってみる事にした。


『…今日ね、無理言ってこんのすけに過去の時代まで飛んで連れてってもらってさ…見てきたよ、リアル“天覧兜割り”。』
「……どうだった?」
『純粋に格好良かった…っ。あんなに格好良かったんだな、って改めて知れた気がするよ。見事兜割りを成功した瞬間の刀身、凄く力強く煌めいてて…何かこう、胸の内から込み上げてくるものがあったなぁ…。ウチの本丸にも居る刀なんだもの、感動して当然の事だよね。』


彼は静かに私の話を聞き入った。

私は、手にお猪口を持ったまま、美しい紅葉を映す水面を見つめ、言葉の続きを口にする。


『…でさ、その後にまた時代を飛んで、私の現世の時代の肥後まで連れてってもらってさ。同田貫の鍛冶場跡地とその刀工のお墓、見てきた。あと…同田貫一派の一人が打ったとされる神剣が奉納された神社へもお参りしてきた。…んでもって、旅の最後に“初代・同田貫正国”が打ったとされる刀達を見てきて…凄いなって思った。此れ等が集合体となって、同田貫正国という刀は顕現したんだなぁ…って。それぞれに打った人・打たれた時代は異なったりするんだろうけど、それぞれが各々の力強さを見せてて、全部含めて格好良かった。そんな格好良くて力強い剛刀が私の刀なんだなぁって思うと、何だか感慨深かったし…嬉しかった。――はは…っ、私ってば、どんだけたぬさんに惚れてんだかねぇ〜…?笑っちゃうくらいに可笑しいよね。』
「………ま、そんだけ想われる程惚れられてる身としちゃ、悪くはねぇけどな…。寧ろ、良い気分だ。」
『そんなもんなの…?』
「何度も言うが、俺は武器だぜ…?人に思われ、使われ、振るわれる事で存在出来るってもんさ。誇る強さを買われて、惚れられて、側に置いてもらえるってのは、刀にとって此れ以上の幸せはねぇよ。」


ぐっ、と持っていた盃を呷り、酒を飲み干した彼が、空になった盃を私に向けて差し出す。

次いで、ニッと不敵な笑みに口角を上げ笑った。


「だから…精々アンタは俺に惚れて酔っとけよ。」
『……何、其れ…。』


惚れた弱み故か、そう言う彼が眩い程に格好良く見えて何だか悔しくなった。

何方が先に惚れたかなどは分からないが、要は惚れたら最後負けなのである。

持っていたお猪口を一度置いて、側に置いてあった酒瓶を手に取り彼へとお酌してやる。

悔しさの仕返しに並々と酒を注いでやれば、彼から「注ぎ過ぎだっつの…!」との小言が飛んできた。

知ったこっちゃない。

注いでやっただけ有難く思え。

しかし、物ともしない彼は、その並々注がれた酒をゴクゴクと水を飲むかのように飲み下した。

そういえば、彼も其れなりに酒を飲むし、強かったのだったか。

何時も大体静かに楽しんでいる印象しか無かったので忘れていた。

あまり酒は得意ではないが、今日は何故だか気分がノっていたので、自分もお猪口に注いである酒に口を付けた。

私が飲んでいるのは、彼が飲んでいる物よりずっと低い度数で甘めの、初心者でも飲みやすく口当たりの良いお酒である。

洋酒よりも日本酒の方が口に合ったのは、やはり日本人として生まれた故か。

其れとも、単なる好みによるもの故なのか。

酒に関しては全くの無知だ。

ただ、己の限界度合いは分かっている。

何とも酒の席には向かぬ質の人間である。

そうこうふわふわと思考を飛ばしていると、不意に彼の視線を感じて、彼が此方を見つめてきていた事に気が付いた。


『…何?』
「いや、特に用がある訳じゃねぇが…アンタも酒を飲める口だったんだな、と思っただけだ。」
『えぇ…私、此れでも一応成人した身だから余裕でお酒飲める歳なんですけど…。普段飲まないのは、単純にあんまお酒得意じゃないからと、自分が下戸だって知ってるからなんだけどな。』
「じゃあ、その猪口で一、二杯イケるかどうかぐらいが限度か…。まぁ、アンタなら其れぐらいが丁度良いだろうな。」
『…うん?どういう意味だよ?』
「変に酒強いのも酒好きの奴等に絡まれて面倒だし、飲めたら飲めたで下手に酔っ払われても困るって話だ…。酒に酔っ払っていきなり服脱がれんのだけは避けてぇしな。」
『いや…流石に其処まで酔う程飲まないし、そうなる前に止めろよ。』


彼の中でどんな扱いをされてるんだ私は。

そんな突拍子もなく、後で知って確実に恥ずか死ぬような真似、やらかそうと思う訳無いだろう。

もしかしたら、そういう事を一ミリの欠片程期待している輩も居るのかもしれないが。

残念ながらそんな期待にはお応えし兼ねる。

誰が悲しくてストリップして貧相な躰を見せなければならないのか。

断固お断りさせて頂くわ。

顰めっ面を晒していたのだろう、宥めのつもりかは知らないが、彼が私の頬へと手を伸ばしてきた。

ゆるりと撫でてきた彼の掌は、酒が入っているせいか、常の其れよりも熱かった。

だが、秋の…其れも外の夜風に晒されていれば、少し酒が入っただけの頬は冷えていて心地好い温度だった。

私は、つい気が緩んで猫みたいに擦り寄っていった。

酔いもある事ながらか。

何時になくオープンに彼へ甘えの姿勢を見せてしまったかもしれない。

ともすれば、本物の猫のように擦り寄ってしまったかもしれない。

だからだろうか、彼が硬く固まってしまった気がした。

ぎこちなく動きを止めた彼に、私は首を傾げる。


『…どしたの?』
「……アンタ、やっぱり酔ってるだろ…。だから、んな如何にもな面してやがるんだ。」
『えへへ…っ、かもしんないね。お酒に弱いせいなのもあるんだろうけど…たぬさんと居るからかな?より酔っ払っちゃってんのかも……。ふふふっ、宵に酔いを掛けて宵々、なんつってね…ふははっ。』


こりゃ、もう駄目だ。

ふわふわし過ぎて、自分が今何考えてんだか分かんなくなってきちった。

やばいな。

すっかり酔いが回ってきちゃってるか。

そろそろ酒を飲むのを止めにして水にしようか。

理性が正常に働いている内に屋内へと戻ろうかと思い、お猪口に入っていた分を飲み干して場所を移動しようと腰を上げかけた。

その瞬間、腕を引かれて体勢を崩し、「んにゃはん…っ!?」と訳の分からぬ奇声を上げて隣へ倒れ込んだ。

突然腕を引っ張ってきた彼の膝上で尻餅を付いた状況で、私は目を白黒させながら言葉にならぬ言葉を発しつつ彼の事を見遣った。

下を俯いていた彼が、ふと此方を仰ぎ見てきて固まった。

正しくは、彼の目を見て固まってしまった。

彼が、熱く荒い息と共に言葉を吐き出す。


「―…責任、取れよな。」
『は、え…?何、の……っ、』
「俺を煽るような事言って、俺をその気にさせた責任だ。…勿論、取ってくれるんだよな?」
『ひょぇ………ッ!?』


ギラギラと情欲の色を滲ませた眸が私を捕えて離さない。

明らかに、酒以外の何かによる興奮が混じっているのは確かだった。

危機感を察知して、咄嗟に彼から身を離そうと試みようとするも一歩遅く。

先に動いた彼によってその身ごと捕獲され、拘束された。

次いで、酒に濡れた熱い唇を押し付けられ、荒々しく口付けられる。

強い酒故の辛味か、苦味か。

彼の唾液に混じって口内に流れ込んでくる。

深く深く口付けられて、呼吸が儘ならなくなり、息を求めて口を開く。

すると、更に深く口付けられて、じゅるり、と口端から垂れたどっちのものか分からない唾液を啜られた。

漸く口が離れた時は、互いにはっ、はっ、と肩で荒く息を吐いていた。

すっかりくたり、と力の抜けてしまった身を彼に縋り付く事で何とか保つ。

酒の酔いに加味して、酸素が回らず朦朧とする頭のせいで何を発する事も出来ない。


「……部屋、戻るぞ。酒飲むのはもう終いだ。アンタは部屋戻ってすぐに水飲めよ。良いな…?」


最早答える事も出来ないくらいに陥っていて、コクリ、と頷くのがやっとだった。

そのまま彼に抱え上げられ、室内へと運ばれる。

途中、その様子を見かけて声をかけてきた者達も居たが、全て代わりに彼が答え「酒に酔っちまったみてぇだから、先に部屋に寝かせてくる。」と言って軽くあしらっていた。

離れの自室へと運ばれ、その場に下ろされてから、ご丁寧にも水を飲まされる。

飲み終わって改めて布団の上へと運ばれれば、彼に組み敷かれて、再び口付けられる。

その後は、もう敢えて語らずともお分かりの事だろう。

事に及んで疲れた後は、揃って一つの布団で一緒に眠る。


―そして、朝を迎えて目を覚まし起きれば、隣で彼がまだ眠っていた。

結局、酒に酔っていた事もあって最後まで致す前に私が潰れてしまって申し訳なく思うが…まぁ、しょうがない事だろう。

側には、近侍として置いてある刀掛けにどっしりと重みのある黒い刀が据えられていた。

隙間から射し込む朝日に照らされた其れに、私は愛おしさを込めて撫ぜる。


『………私の元に来てくれて有難うね。私の刀で居てくれて、有難う。…愛しき剛刀よ、どうかこの先もその強さを私に見せてね。』


刀へと呟いたその言葉に返ってきたのは、隣で寝ていた筈の彼からの無言の抱擁なのであった。


【旧暦・霜月/十一月十日…同田貫正国、天覧兜割り記念に捧ぐ。】


執筆日:2019.11.12