年越しから元旦の今日まで連夜徹夜していた私は、年明けには似合わぬ顔付きで朝を迎える事となった。
つまりは…気付いたら朝になっていたパターンである。
勿論の事ながら、日の出を見る間なんて更々無い。
障子の隙間から漏れ差し込んできた朝日に、いつの間にか夜が明けていた事を知らされたような状態であった。
(Oh…朝日が眩しいなぁ…。徹夜明けの目には沁みるぜ…。)
端末前に座り込み、ずっと同じ体勢が続いていた事ですっかり凝り固まってしまった躰をぐーっと伸ばして解す。
ついでに盛大な欠伸も漏らして気分を緩めた。
『はぁ……また今年も初日の出を見る事は叶わなかったなぁ〜…。来年こそは、拝めたら良いなぁ…。』
ぽつり、独り言を漏らして、取り敢えずは一通りの作業を一旦終えたという事で立ち上がり、連日籠り切っていた部屋から出てみた。
すると、朝独特の澄んだ空気と年明け特有の新しい空気感に包まれ、心がしゃんと入れ替わる気がした。
冬の冴えた冷たい空気に包まれると思いきや、今年は暖冬のせいか、例年に比べて暖かい気温をしていた。
お陰で、この連夜徹夜をしていても躰が冷え凍る事は無かったのだが…其れはさておき。
本日は晴天且つ元旦なれば、子供の姿を模して顕現した短刀達は元気にはしゃぐ事だろう。
何せ、正月と言えばお年玉が貰えるからだ。
己はもうすっかり大人な身故に、そんな行事からは卒業したようなものだが…逆を言えば、今度は自分がお年玉を配るような歳になったという事である。
数年前までは己もお年玉を貰えるような歳であったが、いやはや年月が過ぎるのは早いものだ。
そうやって感慨深く思っているのも束の間の事。
賑やかな声と空気を連れてきた、母屋から様子を見に来た年寄り連中の一振りが顔を見せた。
「やぁ、主。起きておったのか。丁度良かった。今、主の処に挨拶回りに行こうと思うとったでな。よきかなよきかな。」
『ふふふ…っ、おはようお爺ちゃん。ここ連夜徹夜してたから、残念ながら寝てはいないよ。お陰で、年明けには似合わぬ隈のある顔付きだがね。いやはや、ここのところ行事が多いからねぇ〜…審神者大忙しだよ。年末前からずっとで、流石に疲れてきて身に堪えるかなぁ…。ははっ、私ももう若くないね。』
「何を言う。主はまだ年若い身ではないか。本当に爺の身である俺と比べたら、まだまだひよっこにも満たぬ歳であろう?宛ら、俺からしてみれば、まだほんの小さな幼い雛鳥だな。」
『おや、なかなかに言うじゃないか。まぁ、事実ではあるがね。まだ二十歳とちょっと其処らを過ぎた程度の若者が何を抜かすか、ってね。』
「はっはっは、御主が幾ら徹夜明けであろうと我等が変わる事はあるまいて…!故に、気負わずゆるりと構えて居れば良い良い。」
くふくふと袖口で口許を隠しながら優美に笑むのは、この本丸で一番のお爺ちゃん刀である三日月宗近だ。
我が本丸では、三日月やお爺ちゃん、またはみかちぃとの愛称で親しまれ、通っている。
平安時代に打たれた刀故に、永き時を生きてきたお爺ちゃん刀だ。
「そういえば…主は初日の出は拝んだか?俺は爺だからな。早くに目が覚めてしまったから、そのまま起きて拝んできたぞ。主は、どうだ?」
『いや…私はずっと部屋に籠って徹夜で作業してたからね。例年の如く、今年も初日の出は拝めませんでした〜。来年に持ち越しだね。』
「そうであったか。其れは残念だったなぁ…。しかし、来年があるのだ。そう気を落とさずとも良かろうて。」
『そうさねぇ…来年こそは拝めるよう頑張ろうかな。』
すっかり高い処にまで昇ってしまった朝日に向かってのびのびと欠伸をした。
「おぉ、そういえば年明けの挨拶を忘れていたな。いかんいかん、せっかくこうして挨拶回りで来たというに、肝心な事を忘れるところであった。歳を取ると忘れっぽくなってしまっていかんなぁ…はっはっは。しかし、しっかりちゃんと思い出したのだから良しとするか。主よ、遅くなってしまったが、明けましておめでとう。今年も宜しく頼む。」
『うん…、此方こそ、明けましておめでとう。今年も宜しくお願い致します。』
お互いに背筋を伸ばし合ってきちんとした姿勢で挨拶を交わし合う。
昨年に比べても、すっかり人数の増えた本丸だ。
賑やかしい声が彼方此方から聞こえてきて楽しい気分にさせてくれる。
徹夜明けだからと沈んではいられまい。
現在進行形で連隊戦が開催中なのだ。
後で部隊編成を組み替えたりなどの作業が待っている。
正月だからと言って、審神者はそうのんびりとは構えて居られないのだ。
『さぁて、一旦顔洗って諸々整えたら、母屋の方に向かいますかね…!お腹も空いたし、挨拶回りもあるけど、お年玉配りもあるからね。初詣の御詣りに行くのは…私の体力がまだ残ってたらにしようかな…?其れまで残ってなかったら明日に回そう。正月は正月で忙しいから、予定が詰まってるんだよねぇ〜…実家にも顔出さなきゃだな。』
「まぁ、其れが良かろうな。母屋に居る皆も、御主が来るのを今か今かと待ち侘びておったからなぁ。早ように顔を見せに行ってやるのが良かろ。」
そう促され、徹夜明けの躰に鞭を入れて、身形を整える事だけはして母屋の方へと向かった。
母屋の方へ顔を出しに行って一番に顔を合わせたのは、この本丸では最古参の初期刀の清光であった。
「あ…っ、おっはよー主。明けましておめでとう。今年も宜しくお願いしまーす!」
『おはよう、清光。んで、明けましておめでとう。今年も宜しくね。』
「ついでにお願いがあるんだけどさ…。加州清光、正月休み入りまーす。…駄目?」
『だぁーめ…っ!残念だけど、清光には連隊戦への出陣というお仕事があるからね〜。一部の面子を除いて、そうのんびりとは出来ないなぁ〜?しっかり御歳魂集めてきてもらわないとね…!』
「ちぇ〜っ。まぁ、分かってたけどさぁ…。」
『このイベント終わったら少しお休み入れてあげるから、其れまで我慢してね。』
「はぁ〜い。」
『後でお年玉もあげるから、其れで勘弁してちょ。』
「え、俺達にもくれんの…?別に良いのにぃ〜。でも、ありがと。」
清光を筆頭に後からわらわらと集まってくる皆。
おもにお年玉狙いの短刀達だが。
「あるじさま、あけましておめでとうございまぁ〜す!みてください!岩融たちからおとしだまもらったんですよ…!えへへっ、うれしいなぁ〜!!」
「主さん主さん!明けましておめでとう!早速だけど、お年玉ちょ〜だい…っ!!」
『はいはい、明けましておめでとう。お年玉は順番にあげるから、ちょっと待ってね〜?』
母屋に来るなりお年玉コールをもらっててんやわんやになりつつも順番に対応する。
徹夜明けにはちょっとしんどかったが、皆の笑顔の為には我慢だ。
「アンタも大変だな…。昨日も徹夜だったんだろう?」
『うん。まぁでも、皆の笑顔が見れるなら其れで良いかなって。はい、まんばちゃんにもお年玉。今年も宜しくね。』
「…!俺にもくれるのか…?あ、有難う。」
一通りの面子にお年玉を配り終えて、漸く厨の方へと顔を出せるとあって、ホッと息を吐く。
『おはようさん、皆。ついで、明けましておめでとう。今年も宜しくね〜。』
「おはよう、主…!明けましておめでとう。徹夜でお仕事お疲れ様。食べるのはお節からが良いかい?それともお雑煮から?」
「明けましておめでとうございます、主。正月早々から酷い顔ですねぇ…。今日は元旦だというのに、もっと晴れやかにいられないんですか?」
『煩いよ。連日忙しかったんだからしょうがないだろ。一言余計なんだよ、宗三は。今年も宜しくだけで良かったんだよ、阿呆。』
「まぁまぁ。こごとはそれぐらいにして。きょうはおしょうがつだ。おいしいものをいっぱいたべて、たのしくすごそう…!あるじがすきなきんとんもたくさんつくっておいたからね。すきなだけおかわりするといい。」
『わぁ〜いっ!金団大好き…!徹夜明けに甘い物は御褒美だよね!!疲れた時に甘いスイーツは格別なり…っ!』
「甘い物も良いけれど…主にはまず主食となる物をしっかり食べてもらおうか。ここ数日まともに御飯を食べていないだろう…?主はただでさえ不健康なんだ。食事くらいはちゃんと摂ってもらわないと困るよ。其れ以上痩せて倒れられては大変だからね。」
『おぅ…っ、歌仙からのお言葉が痛いぜ…っ。』
厨組からお節を乗せた膳とお雑煮の椀を受け取って、皆が出ては入ってを繰り返すドンチャン騒ぎな宴状態の大広間へと足を踏み入れた。
すると、早速酔っ払い連中から声をかけられ、既に顔を真っ赤にさせて酔っているむっちゃんが陽気に笑いかけてきた。
「明けましておめでとう!んふふっ、先にドンチャン始めちゅうぜよ…!」
「よぉ、主…!新年くらい無礼講でいこうぜ?なっ!」
『うん、明けましておめでとぉ〜。御膳持ってて危ないから、其処通してくれる?』
「じゃあ、飲むかぁ…!アンタも一緒に飲むかい?」
『いや、お誘い嬉しいんだけどさ…俺徹夜明けだし、まだ空きっ腹だから後でにするよ…。飯食ってからじゃないと悪酔いしそうだしな。だから、一緒に飲むのは後ででね、号さん。』
「主も飲むんだね…?よぉし…っ!じゃあ、飛びっきりの良いお酒用意しといたげるね!!」
『お、おぅ…気持ちは嬉しいが、出来たら度は低めでお願いしますよ次郎ちゃん…っ。まず酒より先に茶が飲みたいけど。』
「茶が飲みたいのか…!そうか!茶は良いぞ!今日は元旦でめでたい日だからな。とっておきの美味い金粉茶を用意したんだ。是非主も飲むと良い!」
『あ、有難う…っ。じゃあ、其れ貰おうかな…。』
空いた席に持ってきた御膳を置いてうぐからお茶を受け取っていると、側にやって来た堀川。
何やら纏っているオーラがただならぬ空気をしている様だが…どうした。
「明けましておめでとうございます。ところで…主さん、昨日も徹夜だったんですか?目の下、酷い隈になってますよ…?正月と言えど忙しいのは分かりますし、徹夜するのは良いですけど、程々にしてくださいね。」
『明けましておめでとう、堀川。心配してくれてありがとね。今日の午前部の日課と連隊戦こなせたら、一度寝るつもりだよ。後で出陣メンバー書いた紙、張り出しとくね。私がもし寝落ちしても、其れ見て各々編成の組み替え宜しく。』
「分かりました。後で他の皆さんにも伝えときます。お正月に関わらず、現在進行形で連隊戦に加え鍛刀キャンペーンもやってますしね。お屠蘇気分も程々に…、兼さん叱ってきます!」
『あ、うん…っ、程々にね〜…。』
ただならぬオーラはそういう事だったか。
てっきり自分が何かやらかしたのかとばかりに思っていたから、ちょっと安心した。
めちゃくちゃ楽しそうに酔ってるとこ悪いけど…兼さん、後ろに堀川立ってるよ。
素晴らしき笑顔浮かべて仁王立ちした堀川が。
この数秒後、兼さんからの悲鳴が聞こえてきたけど、気にせず御膳のおせちをもぐもぐして食べた。
みっちゃんお手製の伊達巻うんっまい…!
歌仙が作ったのだろう鰊の昆布巻きや甘く煮付けられたお豆も美味だ。
あと、私が以前話した話を覚えていてくれたんだろう。
実家の母が、正月には決まってお煮しめを作ってくれていたという話を。
御膳の小皿に盛られたお煮しめはしっかり煮てあって、里芋や牛蒡などにもちゃんと味が染み込んでいて美味しかった。
うむ、此れは正月太りしたってしょうがないな。
まぁ、私は今より少し肥えたくらいが丁度良いんだろうが。
そんな事を思いつつ、お雑煮のお餅に食らい付いてもぐもぐしていたら、挨拶回りに来たんだろうこんちゃんがお揚げの乗ったお皿を持ってやって来た。
「明けましておめでとうございます、主様…!主様も、今お食事中で?」
『おや、こんちゃん。明けましておめでとう。正月もお仕事お疲れ様やねぇ。今年も変わらず宜しく頼むね?』
「はい…っ!此方こそ、宜しくお願い致します!」
『お揚げうんまい?』
「はいっ!!其れは勿論ですとも!いやはや、鳴狐様と小狐丸様が作られたお揚げは、誠にジューシーで甘くて肉厚且つ大きくて最高ですぅ〜…っ!!」
『良かったねぇ、こんちゃん。なっきーと小狐も良かったね、褒められて。』
「お気に召されたようで何よりだと鳴狐は喜んでおりますぞ…!」
「後でぬしさまの分もお持ち致します故、楽しみにしていてくださいませ。ぬしさまには、とっておきの稲荷寿司をご用意しております。」
『わぁ、そりゃ楽しみだ…!けど、お腹大丈夫かな…?もう結構食べちゃってるけども。』
美味しい御馳走に舌鼓みを打ちつつ、賑やかに騒ぐ皆と交流を励む。
ここ数日部屋に籠り切っていたのもあって、しみじみと皆が居てくれる有り難みを感じた。
ホロリ、と今にも感動に涙が出そうになり、歳を取っては涙脆くなっていけないと慌てて涙を引っ込めさせた。
取り敢えず、食事を終えてお腹いっぱいになったところで、先程お誘いを受けた酒飲み連中の処へお邪魔しに行く。
大広間自体の空間が既に酒の匂いが漂っていたが、彼等が集まる端の方は更に濃い匂いが立ち込めていて、宛ら匂いだけでも酔ってしまいそうだった。
徹夜明けの頭にはちとクラッと来るものである。
『やぁやぁ、楽しんでるかね?飯食ってきたから、ワテも混ぁ〜ぜて…っ!』
「おやおや。主もこの飲みに参加なされるので…?お仕事の方は宜しいのですか?」
『うん。よくよく考えたら、連隊戦こなしてくだけでほぼ日課の任務こなせちゃうんだったなぁ〜って気付いてさ。だから、あとに残る日課の鍛刀も、鍛刀当番の子に任せとけば後は何も心配いらなかったんだよねぇ〜。よって、徹夜続きだった私もそろそろ寝てもオッケーだよね…っ!ってな訳で寝酒がてらお酒を頂きにきましたぁ〜。せっかくのお正月だもの。何時もは飲まない私でも飲みますよ…?』
「其れは其れは、お疲れ様でした…。まだ酒は沢山残っておりますから、好みの物を選んでお飲みください。先程、次郎が貴女の為にと秘蔵の酒を出してきたと言っていましたから、たぶん其処らにあると思います。確か、他の物よりも小振りの洒落た雰囲気の透明の瓶だったかと。」
『ほぉほぉ、もしかして此れかな…?一番ちっちゃくて可愛らしいデザインしたヤツの。若い女の子向けっぽい見た目してるね。お酒なのに可ぁ愛い〜!』
「直に飲むのは、お酒慣れしてない主にはキツいだろうからね。其処に置いてある水や、さいだぁー…?という物だったかな?其れ等で割って飲むと飲みやすいと思うよ。」
『おぉ、アドバイス有難うぱっぱ…!……して、此処に転がってる方は、もしや早々と潰された長谷部かな…?』
「長谷部は主しゃんとおんなじで徹夜しとったけんね…!潰れるんも早かったばい。お陰で酔うんも早かったけん、見とって面白かったんばい!主しゃんも見れとったら良かったとにぃ〜。」
号さんこと日本号のお膝の上でお酒ではなくジュースを飲んでいた博多君が、その場に居なかった私に色々と暴露してくれた。
先程堀川に叱られ連行された兼さんの様子やら、一緒になって騒いでいたむっちゃんも連帯責任という事で叱られショボくれていた話等々、何やら私が居ない処で楽しく面白そうな事が起きていた様だ。
確かに連隊戦やら何やらで忙しくはしているが、せっかくのお正月なのである。
兼さんの言っていた事も一理あって、本日は無礼講な一日と行こうではないか。
『どうせ寝落ちちゃうのは目に見えてるし、強くないからすぐ酔っちゃうけど、今日は私も飲んじゃうぞぉー!悪酔いしない程度にだけどね…!!』
「さあ飲もう飲もう!ジャンジャン飲もお〜っ!!」
「御酌でしたら、自分が致しましょう。ささっ、どうぞ主殿は気楽になさっていてくだされ。」
『有難う、蜻蛉さん。このお酒、次郎ちゃんから貰ったの!注いでくれるなら、此れお願いしても良い?』
「了解しました。では、其方をお注ぎすれば宜しいのですね?少々お待ちくださいますかな?今、瓶を開けてきますので。」
『はぁ〜い、待ってまぁ〜すっ!』
もう既に匂いだけで酔ってしまったのか、早くも陽気な気分になってきた気もするが大丈夫かな…?
この調子だと幾らと飲まない内に潰れそうな気がする。
下手したら、お猪口一杯分も飲み切らない内に寝落ちてしまうかもしれない。
まぁ、そうなったらそうなったで、誰かしらが片付けるなり運んでくれるなりしてくれるだろうと、徹夜明けで回転しない頭は考えた。
そうこう早くもフワフワとした意識で楽しい気分で居ると、何時やって来たのか、大きな赤い漆塗りの盃を片手に持ったたぬさんが側に居た。
「…アンタも酒飲むのか?」
『うん…っ!今日は無礼講だからね。普段は飲まない私もちょこっとだけど飲んじゃうよ!徹夜明けだから、たぶんすぐに酔っちゃって潰れちゃうだろうけどねぇ〜!』
「程々にしとけよ…。まぁ、弱ぇアンタの事だから、そう飲まねぇ内に潰れんのは目に見えてるけどな。」
『あははははぁ〜っ、よくお分かりで…!』
「昨年の正月ん時、御神酒と水間違えて飲んでぶっ倒れてたからなァ…。あの後運んだの俺だからよぉーく覚えてるぜ。…つーか、アンタもう既にちょっと酔っ払ってるだろ?」
『あははっ、かもなぁ〜!まだ一杯も口にしてないのにね!うん、ヤバイな…っ!潰れちゃった時の後の事は宜しく頼んだ…っ!!』
「おぅ、頼まれたァ…。」
そんなこんな会話をしつつ、蜻蛉さんが戻ってきたので御酌をしてもらい、改めて年明けのご挨拶を口にした。
『新年明けましておめでとう〜!今年も無事に新年を迎えられた事を祝して、かんぱぁ〜い…っ!!』
「「「かんぱぁ〜い!!」」」
「やはり、主殿が音頭を取ってくださりますと場の盛り上がりが違いますな…!」
『えぇ〜?そんな事ないよぅ。』
「いや、でもやっぱり主がその場に居るだけで違ってくるもんだよ?ほら、えっと…何て言ったかなぁ?確か、こういうのを“華がある”って言うんだったよね、弟丸?」
「膝丸だ、兄者。」
「正に紅一点で華があるよねぇ〜!」
『確かに、男だらけの場に女一人だから紅一点にはなるけどさぁ…別に俺が居るからって華にはならないよ?ねぇ、いち兄?』
「何を仰いますやら…。主殿は十分に華やかで女性らしい御方ですぞ?今でだって、貴女が此処に居るからこそ場が華やいでいるのです。やはり、女性というものは良いですな…!」
『…なぁ、コレ大丈夫…?いち兄相当酔ってるんじゃね?』
「そうだねぇ…彼、かれこれもう一升分は飲まされてるんじゃなかったかな?ついさっきまで、次郎太刀や日本号なんかの大酒飲みの連中に捕まってたから。」
『一升ってレベルで既にヤバイよ…ッ!!そりゃ酔っ払ってて当然じゃん!!止めてよ…っ!?ほら、いち兄はもうこの場から撤退のお時間だよ!!粟田口部屋へお帰り…っ!!』
「いえ、自分はまだ飲めます…!せっかく主殿がいらっしゃったんですから、もう少しだけでも一緒に…っ!!」
『ああもうこの人ダメになっちゃってるよ…っ!!現世のリーマンの飲み会じゃないんだから、べろんべろんにまるまで無理して飲まないの!!お酒ならまた今度一緒に飲めるから…!やげーんっ!お兄ちゃん回収ぅーっ!!』
「おー、今行くーっ!」
「では、運び役は私が勝手出ましょう。私も彼に飲ませた内の一人ですからね…責任は取りましょう。」
『すまんが、太郎さん宜しく頼んだぁー!!』
知らない内にかなり飲まされていたらしい、いち兄。
言動が怪しいから周りの奴等に訊いてみれば、案の定である。
何か現世のリーマンみたいな事を口走ってたが、大丈夫だろうか…。
一先ず、粟田口の年長組面子に協力してもらって引き取ってもらい事無きを得た。
ゔぅ゙…っ、そんなこんな動いていたら酔いが回ってきたのか、頭がクラリとしてきて、つい足元が覚束ずにフラつく。
その拍子にすぐ側に居たたぬさんにぶつかり、そのまま支えられる形となってしまった。
徹夜明けだったのも影響したんだろう、自分も早に撤退した方が身の為か。
取り敢えず、ぶつかった事の申し訳なさに一言詫びの言葉を告げておいた。
『ごめん、たぬさん…っ、有難う。』
「いや…それよか、アンタも大分酔い回ってきてんだろ?そろそろお開きにした方が良いんでねーの…?」
『うん…、いち兄にはああ言ったけど、自分も徹夜明けだったかんね…。もう酔いが回ってきちゃったみたいでフラフラだわ。あはは…っ、本当俺お酒弱いねぇ〜。』
「なら、部屋戻るんだろ…?俺が付いて行ってやるから、腕貸せ。支えてやるからよ。」
『え…っ、いや良いよ其処までしてもらわなくても…っ。たぬさんまだ飲むでしょ?俺は一人でも部屋戻れるから…。』
「んなフラついた足で離れまでまともに歩いていけるかっての…。俺の事は良いから、行くぞ。」
『いや、せっかくのお正月の宴会なんだから邪魔出来ないって…!俺は壁伝いにでもゆっくり戻るから、心配しないでたぬさんはゆっくりお酒飲んでて……っ、』
「ごちゃごちゃうるせぇなァ…ッ!こーしたら文句言えねェーだろ…!!」
『ぅぎゃあッ!?ちょ…っ、たぬさん!?幾ら何でも此処までしなくたって俺歩けるからね…!?ねぇ聞いてる!?』
いきなり無理矢理抱き抱えられて視点が高くなるやら何やらで驚いていたら、其れを総無視したたぬさんが勝手に事を進めていた。
「主も徹夜明けで早々に酔っ払っちまったみてぇーだから部屋送ってくんなァ。俺ももう大分飲んでっし、主を部屋に送ったらそのまま部屋戻るわ。」
「ええ〜っ?ついさっき混ざってきたばっかだったのに、もうかい…?ざんねぇ〜ん…っ!」
「仕方ねぇだろ、ウチの主は酒強くねぇんだ…。ま、またの機会に一緒に飲めば良いさ。酒は言われて無理矢理飲むもんじゃねーからな。引き取ってやんな。」
「おう…ありがとよ。」
「今更だろ…?礼なんざいらねぇよ。まぁ、一つ借りとすんなら…今度美味い酒奢れよ?」
「分かった。考えとく…っ。」
酒飲み連中のしつこい引き留めを引き受けたんだろう。
意外にもまだ理性的で出来上がっていない号さんが彼等を押さえてる間に行け、という流れが出来ていた。
私は私で彼に抱き抱え直されて、離れの部屋まで連行される事となったのだった。
『…別に此処までせんでも、俺歩けたんだけどね…過保護だなぁ。そんなに私頼り無く見えるかね…?』
「……………。」
運ばれていく道中、何故か彼は静かで一言も喋ろうとしなかった。
且つ、皆母屋に集中して居る為か、離れへ向かっている間は誰とも逢わずにひたすら静かだった。
そんな中一人喋る気にもなれずに、徹夜明けで疲れている事もあって此方も静かに抱き抱えられるだけにいるのだった。
離れの自室に着く頃には、程好い揺れから眠気が来ていてうとうとしていた。
私がうつらうつらとしてきているのを察していたんだろう。
静かに戸を開けて入室したたぬさんは、静かに部屋へと立ち入り、奥の寝室の処まで運んでくれた。
そのままそっと敷きっ放しだった布団へと降ろされ、軽く毛布を掛けられたから、さあもう用は済んだから帰るだろうと思いきや、何故か居座ったまま私の髪を梳き始めたたぬさん。
疑問に思いつつも、徹夜明けの微睡みについ意識を委せかけていると、ぽつり、彼が徐に口を開いて零した。
「……本当は、こういうのは合意の上でやる事なんだとも分かってっし、悪い事なんだとも分かってんだけどよ…。酔ったアンタがあんまりにも無意識に色香振り撒くからさァ…運んでく内に中られちまったんだよなァ。…だからさ、ちょっとだけ味見しちまっても罰は当たんねェよな?」
そう言って、強い酒の匂いのする熱い息を吐き出したたぬさんは、扇情的な色に揺らぐ金色の眸をギラつかせながら私の襟元を緩めに手を付けた。
次いで、緩んだ襟元から覗く白い首筋に喉を鳴らして唇を寄せた彼は、舌を這わせて強く肌に吸い付いた。
私はというと、もう睡魔が限界に達していたのもあって大した反応も返す事が出来ず、一言告げるだけに留まる。
『……徹夜明けでキツいから…、シても良いけど、眠りの妨げになるような事だけはしないでねー…。』
解釈の仕様によっては、“オカズにする、もしくは前戯程度は許すけど、本番まではシないからね”という風にも受け取れる台詞だった気もしないが、既に泥のように眠い意識の中では他人事だった。
帯まで取られた後ではどうしようもなかったかもしれないが、そこら辺理解のある刀である彼なら大丈夫だろう。
故に、私が完全に事切れる寸前の耳元で彼はこう言ってきた。
「…分かってる…。疲れてるアンタに無理させようとは思ってねぇよ。勿論、最後までヤるつもりも無ェさ。最後までヤんのは、アンタに意識がある時だ。…本格的な“姫抱き”は次の機会まで取っておくってな…?」
そういえば、新年早々の交わりにはそういう意味合いもあったのだったかと遅れて気が付いたが…全て後の祭りである。
結果的、送り狼となったたぬさんはそのまま暫く私の部屋から帰ってこなかったそうな。
其れを始めから分かって言い含めていた号さんは、後に私に語って聞かせた。
「俺は最初から気付いてたぜ…?アンタが周りの奴等に囲まれて酒に酔っていく傍ら、ずっとアンタの隣を陣取って離れねぇ上に、俺等が下手に手ぇ出さねぇ様睨み利かせてたからなァ。…まっ、彼奴が自覚あったかどうかは別だけどよ。要は嫉妬してた、って訳だよなぁ〜。可愛いもんだぜ、あの戦しか脳が無さそうだった同田貫がよ。…鈍ちんなアンタは、たぶん気付いちゃいなかったろうがな?」
何処までも大人でダンディーなおいしゃんな号さんだった。
執筆日:2020.01.09