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平和な営み



運動がてら本丸内をぶらぶらと散歩していると、洗濯物を干しながら鼻歌を歌う光忠の姿を見付けて、ぴたりと足を止めた。

そして、何となく洗濯物を干していく様子を眺めていると、ふと或る事に気付いた。

それは、光忠が歌っている曲だ。

今、光忠が歌っている曲は、先日私が執務中に集中力が切れて何となく口にしていた曲だった。

それも、女性ボーカルのアニソンである。

優しい歌詞が好きで、現世に居る頃よく口にしていた曲だったのだが、此方でも鼻歌で無意識に選曲してしまっていたらしい。

そして、それを私の知らぬ処で聞いていたのだろう。

記憶力の良い彼は覚えてしまって、現在進行形で鼻歌として歌っていた。

恥ずか死ぬばかりだが、今は誰も側に居ないからか、油断し切って鼻歌を歌っている光忠が可愛い。

ちょっと興味本意で近付いてみれば、此方に気付いたのか、「あっ。」と声を漏らして笑顔で手を振ってきた。

本当、この刀は無意識可愛い。


「やぁ、主。こんな処へどうしたの?僕に何か用事?」
『いや、ちょっと運動がてら本丸内を散歩してただけ。偶々、洗濯物干してる光忠見っけたから、何となく見てただけだよ。』
「そうなの…?ところで、何で僕の事見てたの…?」


きょとんとした、不思議そうな表情で問うてくる光忠。

小首を傾げて訊いてくるところがチャーミングで可愛らしいが、手には白い大きなタオルを持ったままだ。


『光忠、さっき鼻歌歌ってたでしょ…?ちょっとだけだけど、聞いてたよ。内番一緒の筈の伽羅ちゃんが側に居ないからって、油断してたでしょ。』
「わぁ、僕の鼻歌聞かれちゃってたの?恥ずかしいなぁ…っ。ちなみに、何時から聞いてたんだい…?」
『ついさっき此処に来たから、大して聞いてないけど…。』
「そっか…それなら良いのだけど。」
「…光忠は俺が居ても居なくても、気分が良ければ鼻歌は歌ってるぞ。」
『あれ、そうなの…?』


追加の洗濯物を取りに行っていたらしい、沢山の洗濯物が入った大きな洗濯籠を抱えて戻ってきた大倶利伽羅。

しれっと会話に混ざるところが、馴れ合うつもりは無い癖に馴れ合っちゃっていて可愛い。

伊達組の政宗組は、何故こうも可愛いのか、審神者疑問なる。


「もうっ、伽羅ちゃん…っ!余計な事バラさないでよ…!!」
「ふ…っ、俺の知った事じゃないな。」
『ほんま仲良いなぁ〜おまいら。羨ましいくらいだぜ。』
「そんな事…っ、僕、此れでも主とだってちゃんと仲良くしてるつもりだよ?」
『うーん…、伽羅ちゃんと接する時とは、何か違うんだよね。…アレかな?やっぱ同郷の者同士だからかな?』
「アンタと俺とじゃ、接し方が違って当然だと思うがな。俺は確かに同郷で伊達に居たがそもそもが男であって、アンタはこの本丸の主であり女だ。一振りの刀と主なら、接し方が違って当然だろ。」
『にゃるほど…。』
「僕自身は、あまり差を付けてた訳ではないのだけど…それで主が気にしてしまっていたのなら、ごめんね?主に対して接する時も、なるべく自然な接し方でいるように気を付けるね。」
『ん〜…、自然も良いのだけど、そのままの光忠でも構わないから良いよ…?寧ろ、光忠には、変に気取らずそのままで居て欲しい。』
「あ、主……っ!」


そう素直に思った事を口にすると、ぶわりと顔を赤くしたと同時に誉桜を舞わせる光忠。

自分の抱える洗濯籠の方まで降ってきたからか、ぺっぺっと花弁を払う大倶利伽羅。

鬱陶しそうに眉間に寄せられた皺が、彼の心情を如実に物語っている。


『あ、そういや気になったんだけど、さっき光忠が歌ってた鼻歌って…ついこの間、私が執務中に歌ってた曲だよね?』
「え……っ?」


洗濯作業に戻りかけていた彼はピタリと固まり、再び顔を赤らめるのだが、その赤さは先のものとは異なり尋常じゃない程赤くなっていた。

つまり、先程の赤さよりも比べ物にならない程に真っ赤という事である。


『…光忠?どしたの?そんな真っ赤になっちゃって…。』
「いや…その、めちゃくちゃ恥ずかしいからさ…っ。お願いだから、今の間だけこっち見ないでくれるかな…?格好悪いから…っ。」


そう言って、干していた真っ白いシーツを引っ張って顔を隠す光忠。

そういう事しちゃう時点で可愛いんだけど、気付いてるんだろうか。


『いつの間に聞かれちゃってたのかは知らないけど、よくあのちょっとの間で覚えたね…?凄い記憶力と音感だよ。』
「えっと…、何となくだよ。偶々、主が口ずさんでた音が耳に残ってて、その音が綺麗で澄んでたから気に入っちゃってね。…その、黙って聞いててごめんよ…?」
『うんにゃ、気にしてないから良いんだけどね。寧ろ、あの曲を光忠が口ずさんでたって事に驚きで。』


この話し中、会話自体には混ざってこないが、ジ…ッ、と彼の方を見つめて話を聞く大倶利伽羅。

めっちゃ馴れ合っとるやん。


「実は…主が好きな曲だったら、僕も覚えたいなぁって思った事がきっかけで…。」
『え。…え?何ソレ。つまりは、アレか…?主の好きなものは僕も好きになりたい的な、恋愛物にはよくあるアレか…!?ちょ…っ、コイツ可愛過ぎかよ!?みっただが純粋過ぎて審神者ツライ…ッ!えぇ〜もうマジ何なのこの子、審神者キラーかよ。萌えるわ。』
「ええ…っ!?」
「放っておけ、光忠…。気にするでもない。」


本丸は、今日も平和でよきかなよきかな。


執筆日:2020.01.09