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吐く息は真白



今年初となる初雪が例年に比べて最も遅く観測された頃。

一段と寒さ強まる日和に本丸の皆に頼まれ買い出しへと出ていた私達。

何故こんな寒い日に二人きりで外へ買い出しなのかの文句は、敢えて口に出すべからずといった空気だった。

仕方なく、真白の息を吐き出しながら、互いに寒さに手を擦り合わせつつも道中穏やかに言葉を交わしながら進む。

他愛ない世間話のような事から本丸での日常話と、大して中身は詰まっていない会話であったが、二人して満更でもない様子で言葉を交わしていた。

そんな折だ。

彼が不意にぽつりと此方を見遣りながら呟いたのは。


「…なぁ、」
『何?』
「アンタは以前、俺の事を好きだと言ったが…其れは、今も変わらねぇのか?」
『……うん、まぁ、その気持ちに変わりはないねぇ〜。』
「其れってつまりよォ…俺の事を異性の対象として好き慕ってくれてる、って事で合ってんだよなァ…?」
『う〜ん…たぶん、そうなんだと思う。自分でもよく分かんないや。でも、きっとたぬさんの事は嫌ってないんだろうな、って事だけは分かるよ。』
「…ならさァ、アンタが拒まねぇなら、今この時から俺の女になる気はねェか?」


ふわふわと白く小さな粒を降らす灰色の空の下、真白の息を吐きつつ、そう真剣な眼差しで見つめてきた彼。

雪降る寒さ故に鼻頭や耳元が赤く染まっていたが、向けられるその表情は至って真剣そのものだった。

肩に担ぐようにして差していた赤い番傘をくるり、一つ回しておどけたように返した。


『あははっ、残念だけど…俺に口説き文句垂れられても何も出ないよ?御免ね。』
「…俺は口説き文句のつもりで言ったんじゃねえ。アンタを本気で口説き落とすつもりで言ったんだ。」
『ふふふ…っ、うん、分かってる…っ。けど、幾ら口説き落とされようとも、俺は頷く事はしないからね?申し訳ないけれども…。にしても、たぬさんから口説き文句染みた台詞を聞く羽目になるとは思わなんだや…!此れぞ驚きだぁ!!…なんつってね、ははははは…っ。』


おどけたような調子は崩さずに受け答える。

敢えて笑ってはぐらかし誤魔化した事は、内心気付かれているかもしれないが構わない。

お互い深く干渉し過ぎない事がこの先を万全に期す為には得策であるのだ。

しかし、少し前より多くの感情をぶつけるように持て余すように、好意的な感情を私へ寄せるような行動・発言が増えた彼は、互いの間に在る垣根を越えてこようと誠直接的に想いを伝えてくるようになった。

其れは其れで困るものがあるというもの。

何せ、ウチは既に大所帯の刀剣達を収めし本丸である。

個々単体の一振りの刀を選ぶ訳にはいかなくなっていたのであった。

だがしかし、尚も譲る様子の無い彼も、今回ばかりは頑として譲らず目の前に立ちはだかって更に言葉を連ねた。


「なぁ、主…何でアンタはそんなにも意固地になったみてぇに俺を拒もうとするんだ?」
『ん〜…拒んでるつもりはないんだよ?お誘い自体は凄く嬉しいと思ってる。其れでも…俺は本丸の皆の主、審神者で居なきゃいけないから。だから、一つの刀に固執する訳にはいかないのさ。』
「…別に気にしなくても良いと思うけどな、そういう細けぇ事…。」
『お前が気にしなくても、俺は気にするのー。』


軽い感じで言葉を返し、彼に背を向け先に歩き出す。

すぐ後から側へ追い付いてきた彼がぴったりと離れないようにくっ付いてくる。

赤の蛇の目が雪を被りながら横一列に並ぶ。


「…まぁ、アンタに踏み込む気が無くとも、俺は気にせず踏み込んでいくつもりだからそのつもりで構えてろよ。絶対移り気起こす前に俺のもんにしてみせるからさァ。」


そう言った彼の言葉を聞き届けた直後、赤の蛇の目の傘は隣の傘に折り重なるように隙間を埋めて近寄ったのであった。


執筆日:2020.03.05