▼▲
暗闇に潜む金



最近、平気で夜中から朝方になるまで起きてる事が増えた。

昼夜逆転した生活といっても良い。

要は、不健康的生活スタイルな夜型になっていたのだ。

理由は至極簡単である。

夢見が悪い日が続き、其れがあまりにもリアル過ぎて、他の夢を見ても見なくても寝た気がしなくなった。

ちゃんと睡眠時間は取ったつもりでも、精神的には休めた気がしなかったのだ。

そして、次第に夜…正に深夜という夜中、丑三つ時の暗い静かな闇時を恐れるようになった。

眠れない、眠気が来ない、寝るのが恐い。

ならば、夜の間は寝ずに、陽が登り始める明るくなるくらいの時間に寝れば良いのではないか。

そう考え、夜は起きていて、朝になったら眠るようになったのである。

よって、今は、夜行性の猫みたいに夕方から夜の頃に起きてきて活動する、完全夜型な生活スタイルであった。

不健康極まりないなとは自覚しているものの、夢見の悪い時の心的恐怖といい、トラウマ感は、容易には拭い去る事が出来ない。

故に、分かっていながらも、悪化の一途を辿っていくのだった。

夜起きてくるという事は、食事は一回だけになってくる。

しかし、其れではあまりに身体に悪いし、何より腹も減るので、一応は夜食(若しくは朝飯)の時間にはなるが何か腹に入れる為に食事をする。

といっても、軽く何かを食べるという感覚なので、ちょっとお腹に溜まるようなパンだったりお菓子なんかを食べたりする。

まぁ、そういう訳で、ネットや読書で時間を潰すように過ごす合間に、水分補給やトイレ、何かをつまむ時間を挟んでいた。

その時だけ部屋を出て、暗い中何処かに移動する為に動くのである。

其れ以外はパソコンの前から動かず、本を読む時も無駄にパソコンを起動させたりして音楽を聴いたりしていた。


或る時、喉が渇いたとマグカップに手を伸ばすと、先程飲んだ時に飲み上げてしまっていたのか、空になっていた。

仕方ないなと思いつつも重い腰を上げ、喉を潤す為に部屋を出た。

夜中という事もあり、他の人は寝ているのと電気節約の為、極力他の部屋の電気は消すか豆電球のみを点けておくようにしていた。

豆電球だけが点いた薄暗い部屋を通り、台所へと向かう。

昔造りの家のせいか、所々床ないし畳が軋んで音を立てる。

ギシリと軋む度に少しだけヒヤリとした。

うるさくないかな、親は起きてこないかな、と…。

何せ、こんな時間まで起きているとバレないよう、親が起きてくる前の時間に寝るようにしていたからだ。

まぁ、そんなこんなで、若干の厨二心でちょっとしたスリルも味わいながら台所へと行く。

冷蔵庫に仕舞っていたペットボトルのお茶を取り出し、マグカップに注ぐ。

喉も渇いていたので、少しだけその場でグビグビと飲む。

すると、ふと台所に付いた窓に、何やら一瞬影みたいな物がシュッと動いたような気がして、咄嗟に其方を見た。

視線を向けてみたが、何にもなく、ただ窓とその向こうの暗がりが映るだけである。

そもそも台所の窓は磨り硝子になっていて、外の物等よく見えないようになっていた。


(何だ…ただの勘違いか。其れもそうか。だって、電気も点けてない真っ暗な中、影を見るなんて出来る訳ないもんな。)


そう思い込ませ、ドッドッと速まった鼓動を落ち着かせるのだった。


また或る時、ふとトイレに行きたくなって席を立ち、部屋を出た。

薄暗がりな廊下を進んで、トイレの在る方へと向かう。

途中、月明かりで外が明るい事を窓から確認し、今夜は天気が良かったんだなと心の内で零した。

トイレから出た後、そういえば自室に取りに行く物があったなと思い、二階への階段を上っていった。

音を立てないよう忍び足で廊下を進み、親の眠る部屋の前を通り過ぎる。

そうして漸く自室に着くぞと思った時、また窓の外に気配を感じて、廊下に面した窓の方を見た。

そしたら、金色の目が双つ、夜の闇の中に浮かんでいた。

一瞬、「ヒィッ!」と悲鳴を上げかけたけど、寸でのところで堪えた。

というか、実際悲鳴を上げようとして、喉に突っかかって声が出てこなかった。

一周回って冷静になり、考える。

此処は二階だし、窓から見えるのは、屋根とベランダに隣近所の家だけだと思った。

ならば、アレは近くに住んでいる野良猫が遊びに来た目だろう。

猫の目は、夜の中動けるよう、暗闇の中で光るようになっている。

たぶん、其れを見てしまったんだと、半ば無理矢理信じ込むように考え、急いで部屋から物を取り、パソコンの部屋へと戻っていった。


また或る時、お腹が減って、何か食べようと部屋を移動した時だった。

台所へ行こうと廊下を歩いていたら、また窓の辺りが気になって、其方を見た。

そしたら、前に見たような暗闇に浮かぶ双つの金色があった。


(またか。ここ最近多いな、こういうの…。)


また野良猫か何かだろと思い、別の窓の外を見遣る。

今日は、夜なのにやけに外が明るいな…?

そして、思い至る。


(嗚呼、そうか。満月だからか…。月が満月になる頃って、確か妖の類も引き寄せられたりするんだっけか。だからなのかな?変な感じがするのは…。)


もしかしたら、自分には霊感だとかそういうのがあって、月の満ち欠けで強く感じたり感じなかったりするのかもしれない。

なんて、有り得るようで有り得なさそうな事を考え、視線を逸らし、頭を振る。

取り敢えず、深く考えるのは止そう。

そう思って、止めていた足を動かし、本来の目的であった台所へと向かった。

適当にパンでも食べるかと、自分専用のパンを引っ掴んで居間へと行き、むしゃむしゃと貪る。


(そういえば、さっきもその前もだけど、私、金色の目と合ってたよね…?)


薄暗くしたままの部屋でそう考えつつ食べていたら、ふと背後に気配を感じて、パンを食わえたまま何となしに後ろを振り返ってみた。

そして、ギョッとした。


『ふぐ…ッ!?』


さっき見たヤツが、後ろに居た。

今度は、悲鳴を上げる事が出来たようだ。


「―ねぇ…何で、君、こんな時間に食べてるの?」


暗闇に浮かぶ双つ目の金色から、そう話しかけられた。


『ふうっ、んんぅ…ッ!!(うわ、喋った…ッ!!)』


口に詰めたままと食わえたままで、何を言っているか分からない。

当たり前に、彼もそう思ったのか、平坦な声で指摘してきた。


「ごめん、何言ってるか全然分かんない。」
『んぐ…ッ!(ゴクンッ!)ッ…、何でお前目ん玉しかないのに喋れんの…!?』
「え…?目ん玉……?嗚呼、君…そんなに力無いのか。なら、目しか見えてなくても当然か。」
『え、待って…。何か普通に返しちゃったけど、コレ、やばいよね…?私、超やばいよね?』


口の中にあった物を飲み込みはしたものの、未だ混乱と恐怖で動けないのか、食わえていたパンは手に持ったまんまだ。


「あ。でも、ちょっと前も僕達逢ってるよ…?だって、君の事見てたら、目合ったもん。」
『私の事を見てた…!?というより、アレ、やっぱりソッチ系だったの…!?やだやだ嘘だと言って!アレは猫だと…っ!!』
「何…最初に目合った時の事、そんな風に考えてたの?まぁ、状況的にそう思われてもしょうがないか…。あの時は外に居たし。」
『なら何故今は家ん中に居る!?』
「…声、少し落としたら?ちょっとうるさいよ。他の人起きちゃうんじゃない…?」
『ハ…ッ!(もごもご…っ。)』


恐怖と驚きでうっかりしていたが、今は深夜だったのだ。

あまり大きな声を出してはならない。

慌てて口許を押さえ、わたわたと様子を見た。

大丈夫、変わらず静かで誰も起きちゃいない。


『良かった…っ、誰も起きてきてない…。』
「良いんだ。僕の存在を認知しちゃったのに?」
『え?』
「良いの?僕と二人きりでも。」
『え…、だって、私にしか見えてないかもしれない存在の事話してもしょうがないでしょ?信じてもらえない可能性の方が高いし。』
「でも、君、恐いんだろう…?」
『そりゃ、恐いけど…意志疎通出来ちゃった時点で、何か少し落ち着いた。だって、話せるって事は、言葉が通じるって事だもん。何かあった時、解決出来るでしょ?』
「君…変わってるね。言葉が通じても、話が通じなきゃ意味ないと思うけど…。」
『あ、そっか。でも、君とは話も通じてるっぽいから良いや。』
「呑気だね…おまけに楽観的だ。いつか痛い目みるよ、君。」
『じゃあ、その時は君を頼ろう。』
「何で…?僕が君に危害を加えるかもしれないのに?」
『あ、その可能性もあったんだった…。』
「君って、本当お馬鹿さんだね…。ま、良いか。」
『あ、良いんですか。』
「うん。だって、僕、君を食べる為に出てきた訳じゃないし。」
『え…じゃあ何の為だったんですか?』
「何故に急に敬語…?」
『何となくです。』
「あ、そう。出てきたのは、ただ君に興味を持ったからなだけだよ。“何でこんな妖寄りの時間に起きているのかな?”ってね。」
『え〜っと…其れは、秘密です…っ。』
「どうして?」
『言うには、ちょっと恥ずかしい理由だからです…っ。』
「恥ずかしいの…?」
『うぃっす…。』
「ふぅん…。」


聞き返してきた彼に対し、もごもごと言葉を濁らせ、口籠る。


(そりゃ、恥ずかしいわ…!良い歳した大人が怖い夢見るのが嫌だから寝ないとか…!!ガキンチョじゃん!!)


心中、一人頭を抱え、悶える。


「まぁ、別に知らなくても良いや。」
『あ、良いんですね…。』
「君に興味があるだけだからね。」
『さいですか…。』
「取り敢えず、食べるなら食べなよ。お腹空いてるんだろう?」
『あ、じゃ…お言葉に甘えて、ちょっと失礼します…。』


そう言って、食べかけだったままのパンをかじる。


「人間は不便だね。何か食べなきゃ生きていけないなんて。」
『君はお腹空いたりしないの…?』
「空かないよ。僕には、食べるという概念自体が無いからね。」
『へぇ…。ってか、そもそも、君は一体何なの?』


もぐもぐと口を動かしながら、思った事を訊いてみた。


「さぁ?何なんだろうね。当ててごらんよ。」
『えぇ…クイズ形式なの?ソコ…。パパッと教えてはくれないのか?』


急におどけられて、答えをはぐらかされた。

途端、不満の声を漏らしたら、きょとんと瞬きをした金色の目。

次の瞬間、その双つの目は弧を描くように細まった。


「知りたいかい…?」


まるで、笑った猫の目みたいだった。

何かを含んだような、そんな悪戯めいた目をしていた。

だから、何だか底知れぬ恐怖を感じ、否を唱えた。

一瞬であれども、身の毛がよだち、背筋に冷たいものが落ちたからだ。


『いいえ、別に知らなくても困る事は無いんで、言わなくても結構です。』
「あれ、そうなの?残念。知りたいのかと思ったから、教えてあげようと思ったのに…。」
『いや…何か知らない方が良いのかなぁ〜なんて思い始めたんで。』
「へぇ…意外と警戒する時はするんだ。」
『何か馬鹿にされた…。』


よく分からない奴に馬鹿にされるとは、何だか凄く複雑である。


『で…、結局、何の為に私の前に現れたんです?』
「其処は気にするんだね。」
『まぁ、何となく。』
「曖昧だなぁ…。」


自分でも、そう言われても仕方ないとは思っている。


「僕にもよく分からないけれど…何でかな。君とお喋りしてみたいな…って、思っただけだよ。だから、姿を現したんだ。普段は妖側の世界に居るから。」
『成る程ー…。そういうモンなんですね、妖怪とかそんな奴って。』
「偶々、興味を惹く人間が居たから現世に降りてきただけなんだよね、僕。」
『え、そんなに興味惹かれたんですか?私に。』
「うん。何となくね。こうして会話出来てる分には、降りてきて良かったと思うよ?」
『おや、それは良かったですね。それじゃ、今度また此方の世界に来た時は、遊びに来てくださいよ。またお喋りしましょう!』
「…君、本当に変わった子だね…。僕みたいな奴と平気で喋って、あまつさえ“また今度”だなんて…。馬鹿にも程があるよ。」
『あ、酷い。また馬鹿にした。』
「君のその頭、どうにかした方が良いと思う。」
『だから、馬鹿にするなぁ…っ!』


その時の事は、何とも不気味で、不思議な体験なのであった。

其れからというもの、満月の頃になると、前触れも無く暗闇の中から金色に耀く双つの目が現れ、話しかけてくるようになったのだった。


執筆日:2018.05.06
加筆修正日:2020.04.03