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目は口程に物を言う



執務を終えた休憩の間に、読みかけだった本を読んでいたら、ふと、私の部屋へと訪れた大倶利伽羅。

無言で入ってくると、私のすぐ側に腰を下ろし、ジ…ッ、と私の方を見つめてきた。

「うん…?」と首を傾げて、一寸瞬きを繰り返す。

組んで伸ばしていた足を崩し、真っ直ぐにする。

手元に視線を落とし、本を読んでいた手を退けて、宙に浮かせてみる。

そうして、再び彼の方へ視線を合わせ、口を開く。


『…これで良いの…?』
「ん…。」


短く問えば、小さく一言だけ返事が返ってきた。

そして、そのまま身を固めていたら、途端にごろりと横になった大倶利伽羅は、私の膝を枕代わりにして猫のような金色の目を閉じた。

どうやら、お昼寝をしにきたらしい。

私は、体の良いクッションか枕の扱いのようだ。

さらりと柔らかい茶色の猫毛な髪の毛が、首筋から滑り落ちた。

窓から射し込む、暖かい午後の日差しを受けて、ふわふわと柔らかい髪が輝く。

まるで、手入れの行き届いた猫の毛並みみたいだ。

本を読んでいた傍ら、ふそそ…っ、と撫でてみる。

彼の体温だろうか、温かくて、本当に猫を撫でているような気分になる。

心なしか…彼も気持ちが良さそうで、無意識なのか、すり…っ、と擦り寄せてきていた。

何だ、この可愛い生き物。

片手には本を、もう片手では彼の頭を撫でながら本を読み進めていくのだった。


また或る時の事だった。

おやつの時間、皆と仲良くお菓子を食べていたら、朝早くから遠征に出掛けていた大倶利伽羅を含めた部隊が帰ってきた。

ほとんどの者が帰ってすぐに、一度自室へと着替えたりする為に戻るのだが…。

何故か、彼だけはそのまま私の元へと歩いてきた。


『おかえり…。部屋、行かないの…?』
「………。」


疑問に思い、問うてみたが、返ってきたのは無言だった。

寡黙で無口な彼には、よくある事だった。

ただ、何も言わないまま、ジ…ッ、と視線だけを向けてくる。

コテン、と首を傾げる。


『……いる?コレ…。』
「…嗚呼。」
『じゃ、はい、コレ。あげる。』


またもや、無言が返ってくる。

どうやら、これだけでは駄目なようだ。

一寸、空っぽになっている頭を捻ってみる。

そして、浮かんだ答えに閃き、「うむ。」と一人頷いた。


『んじゃ、ちょいこっち来て、屈んで…?』


こくり、と縦に首を振った彼が、私の目の前に来て、少しだけ腰を屈める。

手に持ったお菓子を開けて差し出せば、あ、と口を開けて待つ大倶利伽羅。

成る程、そういう事だったのか。

一人内心で合点がいっていると、今の様子を見ていたのか、部屋の奥に居た光忠から声が上がった。


「ああ…っ!伽羅ちゃん、遠征から帰ってきて、まだうがい手洗いしてないでしょ…っ!?駄目だよ!外から帰ってきたなら、ちゃんとうがい手洗いしなきゃ…!!主も、伽羅ちゃんに餌付けしないで…っ!!」
『私、別に餌付けしてるつもりないんだけど…。』


何故か、私も怒られてしまったが、その怒られた張本人は、お菓子を口に咥えて咀嚼した後、すぐに其の場を離れて行ってしまった。

要は、逃亡である。

彼が居なくなった後、指先を見遣れば、彼にあーんしてあげた際に付いたお菓子の粉が付いていた。

特に何も考えずに、其の指先をぺろりと舐める。

彼が私の手ずから食べた時、指に彼の口先が触れた気がしなくもなかったが…。

まぁ、良いだろうと思って、次のお菓子へ手を伸ばすのだった。


また或る時は、内番を手伝い終え、畳の上で伸びている時の事だった。

ふと、頭の方が暗くなった気がして、目を開けた。

そしたら、頭を向けた廊下側、部屋の出入り口付近に彼が立っていた。


『んー…?』


「何か用か?」という感じで声をかけてみたのだが、彼は、無言のまま立ち尽くし、ただ此方を見下ろしてくるのだった。

何も用は無いのか…、と心の内で完結させると、また目を閉じた。

閉じた視界の向こうで、彼が僅かに身動いだのが解る。


「アンタ…そのまま寝るのか。」
『……ぅんー…?』


微睡む思考に、うっすら片目だけ開くと、相変わらずジ…ッ、と見てくるだけの視線と合う。

緩慢な動きでゆるりと瞬きをする。

恐らく、何も掛けないまま寝ると風邪を引くぞ、と言いたいんだろう。

そう勝手に解釈した私は、眠いながらも腕を動かし、自分の隣をペシペシと叩いた。

そして、もう寝るとばかりに完全に目を閉じた。

其れを見た大倶利伽羅は、「はぁ…っ。」と一つだけ溜め息を零した。

面倒くさそうに動いた彼は、先程私が叩いた場所に寝転がると、おもむろに私を抱き寄せる。

彼の温度に更に眠りの世界へと誘われていたら、ぱさりと何か布らしき物を掛けられるのを感じた。

温かい…彼がいつも腰に巻いていた腰布だろうか。

其の後は、彼と仲良くおやすみタイムとなった。


また或る時の事だった。

夕餉を食べ終え、各々好きな時間を過ごしていた時であった。

私も、「今日も美味しい御飯でしたぁ〜…っ!」と満足そうに身体の重心を後ろに傾け、後ろ手に手を付いて何をするという事もせず、ただ身体をゆらゆらと揺らしていた。

すると、ふと側にやって来た大倶利伽羅が、無言で見つめてくる。

いつもの如く、第一リアクションとして、首を傾げた。

猫のように細められた金色の目が、私を射抜く。


『…此処、座る…?』
「…座る。」


ウチの本丸は、食事時、特に席を指定していないので、各自好きな席に座って食事をする。

私が座っていた席に座りたかったようなので、少し腰を浮かし、横にずれた。


『はい、どうぞ。』
「………。」


無言のまま、譲った席へと座った彼。

しかし、まだ何かあるのか、不意に此方の方を見てきた。


『ん…?何…?』


見つめ返してみたが、反対に視線を返されるだけだった。

一寸、思考に頭を傾ける。

何となく辿り着いた答えに、「今日の伽羅ちゃんは甘えたちゃんかな…?」と勝手に結論付ける。

取り敢えず、一度腰を上げると、彼の開いた股の間に移動する。


『ちょいと失礼しや〜す…っ。』


間伸びした言葉でそう言いながら、そのまま腰を下ろす。

軽く足を折り畳み、ゆるい体育座りの形を取ると、後ろから伸びてきた褐色の手が脇の下から腹へと回された。

両側から回された手は、一度自身の方へと私を引き寄せたかと思うと、もふりともたげられた彼の頭が肩に乗った。


『どした…?』
「…特に理由は無い…。ただ、こうしたいと思ったからしたまでだ。」
『…さいでっか。』


すりすり、もふもふ…。

今の私の状況を表すなら、正にそんな感じであった。


「ちょいちょい思ってたけど…主って、伽羅ちゃんが何も言わなくても通じてるよね…?まぁ、多少の事なら、同郷の僕達も解るけどさ…。何で?」
『さぁ…?何となくの感覚だし…何で?と言われてもね。』
「君は、少し伽羅坊に甘いところがあるからなぁ…。」
『え…?そうかなぁ…?』
「そうだよ。主ったら、何も言わずに理解しちゃうから…伽羅ちゃん、喋らなくても済むとか思ってると思うよ?」
『あれま。』
「事実、今しがたの様子もそうだったしな…。おかげで、普段はつれない癖に、めちゃくちゃ馴れ合ってるじゃないか。」
「うんうん…っ。良い事といえば、良い事なんだけど…ちょっと妬けちゃうかな…?」


絶賛馴れ合いまくりな彼の好きにさせていたら、他の伊達組の二人にそう言われた。

そんなに甘やかしているだろうか。

確かに、おやつ時にお菓子を口に入れてやったりは、よくあるが…。

今までの己の行動を振り返ってみていると、ぎゅむり、と抱き締められる力が強まった。

重くなっていた肩が軽くなったので、ふと後ろを振り向いて見れば、やはり、彼が此方を見ていた。


『ん…?何?』


向けられる無言の視線。

ポンポンッ、と腹に回された手を優しく叩いてやれば、再び肩に顔を埋めてきた彼。

ポフポフと頭も撫でてやれば、忽ち視界に舞い出す誉桜。

成る程…構ってくれと同時に、頭を撫でてくれとの事だったのかと理解する。

解った事が嬉しくて、わしゃわしゃと撫でくり回していたら、グリグリと頭を肩に押し付けられた。

うん、大きな猫にしか思えないな。

そのまま癒されつつ、撫で続けていたら、二人の方から呆れの視線をもらった。


「君は、可愛い物や動物が本当に好きだなぁ…。」
「特に猫が好きだよねー…。」
『うん…?其れが、どうかした…?』
「「いや、別に。」」


二人して何で呆れた視線を寄越してくるのかが解らず、疑問符を浮かべていると、肩にあった頭がもぞりと動く。


「…俺が、アンタの猫になるなら…其れも悪くない。」
『え…っ?伽羅ちゃん、今何て言った?』


何か呟かれた気がしたのだが、彼はまた頭を元の位置に落ち着けたようだ。

つまり、二度言う気は無いと…。

其の事に少しヘコんでいたら、すぐ側にやって来た光忠が言う。


「へぇ〜…。主の猫になるだなんて、よく言ったもんだねぇ…。伽羅ちゃんが猫なら、随分と大きな猫になっちゃうね?それも、主以外にはなかなか懐いてくれない、雄猫だ。」
「………。」


光忠の言葉には、微動だにしない彼。


「猫だったなら、僕だって少しくらい触ったって良いよね…?」
「…断る。アンタに撫でられるなんて御免だ…。」
「そう…っ。随分とつれない猫君だね。じゃあ、仕方ないや、諦めよう。其の代わり…、僕も主に甘えよっかなぁ〜…?」


光忠がそう言い、彼とは反対側の肩にしなだれかかり、片側の腕に抱き付いてきた瞬間。

静かに顔を上げた大倶利伽羅が、反対側にある顔を睨み付けた。

其れに即気付いた光忠も、好戦的な視線を返して笑う。


「何だい…?僕が彼女に触れるのが不満かい…?」


尚も、無言で鋭く睨み返してくる彼。

ぶっちゃけ、間に挟まれた私は、どうしたら良い…。

さしずめ、今の現状は、大きな猫に挟まれた飼い主という図だろう。


『…私のにゃんこなんだったら、喧嘩せず、仲良くしなさい…っ。』
「ゔ…っ!」
「………。」


それぞれの肩側にある頭をポフリッ、と叩けば、光忠の方からはくぐもった声が聞こえてきた。


「私のにゃんこって…僕も、君の猫という扱いなのかい…?」
『だって、そうだろう?揃って引っ付いてくるんだから…。まぁ、対称的な猫達だ事。』
「……………。」


心なしか、私が凭れていた筈が、いつの間にか、彼に凭れかかられているのだった。

重い…っ。


執筆日:2018.05.02