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餌付け



それは、明日までには政府へと提出しなければならない書類を作成している時だった。

少し席を外していた、本日の近侍の大倶利伽羅が戻ってきて、おもむろに斜め後ろへと座した。

作業を始めてからの時間を考慮するからに、恐らく、休憩でも入れろと進言する為にお茶を持ってきたのだろうと推測を付ける。

しかし、今の段階上、作業への区切りは付けづらいところなのであった。

よって、彼の方を振り返らぬまま、画面と手元に集中した。


「…おい、そろそろ休憩したらどうなんだ…?」


予想通りの言葉がかかり、彼女は用意していた答えを返す。


『今、丁度区切り悪いから、区切りの良いとこまで終わったら入れるよ。』


平然と述べた璃子に、彼は小さく舌打ちしたが、彼女は聞こえていないフリをして作業に没頭した。

暫くの間、互いに無言の空間が続いた。

だが、それを破ったのは、意外にも大倶利伽羅の方だった。


「ん。」
『わ…っ、吃驚した…。』


突然、目の前に伸びてきた褐色の腕に、思わず驚き、作業の手が止まる。


『な、何…?いきなり…っ。』
「…ん。」
『え…?くれんの?コレ…。』
「………。」


目の前に突き出された物は、今日のおやつだろうか。

一本のポッキーだった。

それも、パーティーパック用の細いヤツ。

ただ目の前に突き付けられるようにしてあるソレを指し問えば、無言の肯定と言わんばかりに、緩く揺らされるポッキー。

いや、無言じゃなくて喋れよ…。

と、思うものの、普段馴れ合ってくれない彼からしてみれば、かなり譲歩した態度なので、許してしまうのである。


『まぁ…くれるんなら、貰うわ…。』


そう言って己の手で掴もうとすれば、スッと遠ざけられるポッキー。


『おい、くれるんじゃないのかよ。』
「…ん。」
『は…?このまま食えって事…?』
「…そうだ。」


遠ざけられたと思えば、口許に突き付けられたポッキー。

要は、自分が持ったままの状態で食えって事だった訳ね…。

一瞬躊躇い、眉間に皺を寄せてしまったが…作業を中断されるよりマシかと思い直し、仕方なく、そのまま頂く事にした璃子。

「あ。」と開けた口に押し込まれる先端。

もうちょい優しさをくださいと横目で見るが、何を考えているか解らない表情で見つめ返された為、無言で咀嚼し、作業に戻る。

もぐもぐと噛めば、疲れた身にチョコレートの甘みが染み渡った。

作業をしつつ、口の中の一本を食べ上げると、頃合いを見計らったように差し出されたもう一本。

またしても、そのまま噛み付けと突き付けられる。

何かもう恥じらいの云々を考える気も失せて、差し出されるがまま食らい付いた。

そして、先程と同じように咀嚼し、飲み込む。

すると、またさっきと同じく用意されたもう一本のポッキー。


(何なんだ、この流れ作業…。)


少しだけ疑問に思いつつ、はむりとポッキーを食わえるとポリポリとかじっていく。

そんな感じで数本食べ上げ、口の中が甘ったるくなると、喉を潤したくなって、ひょいっと手を伸ばすと…。

無言で手渡されたMy湯呑み。

…何で解ったんだ…。

まだ何も言ってないのにとちろり、視線を向けると、彼もお茶を飲んでいるところだった。


「…何だ?」
『…いや…、別に…。』
「そうか。」


短い会話が終了した。

彼は、食べ上げたポッキーの袋をゴミ箱にポイッと投げ捨て、新たなお菓子を取り出すべく、ガサゴソと箱を開けているようだった。


まだお菓子持ってきてたのか…。

そんなに休憩したかったのか?

いまいちよく解らない彼の行動に、作業の手を止めぬまま首を傾げた。

あともう少しで、この書類は出来上がるだろう。

それまでは頑張るか、と、小さく息を漏らし、カタカタとキーボードを打ち続けた。

時折、茶に手を伸ばせば、すかさず寄越してくれる湯呑み。

次第に、この心の連携プレイも気にならなくなり、作業は効率良く進んだ。

ここまで来れば、ラストスパートだ。

そう思った辺りで、再び、目の前に伸びてきた褐色の腕。

握られているのは、薄緑色をした太めのポッキーだった。

箱物の抹茶味かな?と思い、迷わず口を開けた。

パクリ、一口かじってみれば。

なんと、ずんだ味がした…!

しかも美味い…!

期間限定物かどうかは、後で聞く事にして、さっさと書類を片してしまうべく、小さな花を飛ばしながら頑張った。


『ふぁー…っ!やっと終わったぁー…っ。』
「…お疲れさん。」
『ふぅ…。後は、これをこんちゃんに預けたら、今日の仕事は終わりやぁ〜。』


凝り固まった筋肉を解すように、思い切り伸びをして、こんちゃんことこんのすけを召喚する。


「お呼びですか?主様。」
『これ、明日までの提出期限の書類ね。チェックした後、上に宜しくー。』
「畏まりました。すぐにチェック致しますね。特に問題が無ければ、そのまま僕の方から提出しておきます。」
『おーぅ。頼んだぁ〜…。』
「では、失礼致します。」


来た時同様にポフンッと煙に溶けて消えたこんのすけ。

いやはや、しっかりしていて助かるものだ…。

うんうん、と頷いて、「うにゃー!」と盛大に寝転んだ璃子は、畳のゴミが付くのも気にせず、気伸びした。


『ふわぁ〜…。ちかれたぁ〜…。』
「お疲れなアンタには、コレをやる。」
『お…っ?まだ残ってたん?やった。』
「気に入ったのか…。」
『うん、だって美味いもん。ねぇ、コレって期間限定の何かでしょ…?それもずんだ味!仙台限定物かな?コレ…。』
「知らん…。聞くなら光忠に聞け。買ってきたのは光忠だからな。」
『あ〜…。なぁ〜る。みっただなら、こういうの買いそうだし、頷けるわー…。』


ポリポリと寝転んだままかじり、ずんだの美味さに顔を緩める璃子。

ふと、もう一本差し出してきたので、躊躇わずにあぐりと食らい付く。

ウマウマと油断しきっていると、ふいに、顔に影が落ちた。

大倶利伽羅が、彼女の上に覆い被さったのだ。

え…、何事…?

珍しい出来事に、ピシリと固まっていると、くわっと開いた彼の口。

開いた口の先が食らい付いたのは、彼女が食わえるソレ。

何が起きている…?

馴れ合いを嫌いとする彼からのアプローチに、ただ戸惑うしかない彼女は、思考停止していた。

その間も、近付く彼との距離。

正確に言えば、彼の顔との距離。

固まっている内に、彼は食べ進め、最終的に、彼女の唇とゼロ距離になった。

仕上げにペロリと唇を舐められ、顔を離される。


「…ん、悪くない味だった。ご馳走様。」


ひょいっと身を起こしたかと思えば、さっさと部屋を出て行ってしまう大倶利伽羅。

一人、部屋に残された璃子は、予想だにしなかった出来事に追い付かない脳内の処理に、顔を全面的に覆い隠して打ち震えたのだった。

誰だ、彼奴にポッキーゲーム教えたの。

夕餉時に、ずんだ味のポッキーについて聞くついでに、光忠に聞いてみると、犯人は光忠だった。


「僕は、ただ…現世ではそういった面白いゲームがあるみたいだよって、教えただけだったんだけどな…っ。思わぬ収穫だったね…!」
『喜ぶんじゃない…!このオカンが…ッ!!』
「えぇ…?僕としては、伽羅ちゃんが積極的になってくれて、嬉しいけど?」
『黙らっしゃい。』


伊達刀には、今後気を付けようと思う。

そうでないと、心臓がもたん…。


執筆日:2017.11.01