季節も年の瀬、師走の終わりに近付いてくる頃、璃子は短刀達に囲まれ迫られていた。
「主さん…!この連休が明けた翌日が何の日か、分かるよね?」
『え…?えっと、連休最後の日がイブだから、クリスマス当日の日…だよね?』
「そうですよ!クリスマスですよ、主君…!」
「サンタっていうおいしゃんが何でん好きなプレゼントばくれる、冬ん季節ん中でも一大イベントに入るイベントばい!」
「そう!なのに、ウチの本丸には電飾やお部屋の飾り付けとかはあれど、肝心なツリーが無い…っ!!」
『あ、嗚呼〜、そういう…?』
「何でそんな薄い反応なのさぁ…!!もっと盛り上がってくれても良いんじゃない!?」
『いや〜…クリスマス如きで盛り上がれるような歳でもないし…。クリスマスで盛り上がれるのって、小さい子持ちの親とか恋人持ちの人限定じゃなぁい?正直、ただリア充共の為だけに存在してるイベントじゃないかって思うんだよねぇ〜…。ぶっちゃけ、彼氏持ちでもないただの寂しい独り身のヲタクにとっちゃ、特に変わり映えの無い平日と一緒だし。会社で働いてたりすると普通に仕事あるしねー。まぁ、ノリには乗るけどさ、一応。』
「主さんってば枯れ過ぎ…っ!!冷めてる!!もうちょっと夢見ようよ…!?」
「そうだぜ、主さん!!せっかくの祭なんだぜ!?」
『いやぁ〜、熾烈な現代社会に揉まれて生きてっと、クリスマス如きではそんな夢見れないんだよねぇ〜…。もうそんな純粋な子供心というものは失ってしまったのさ…って、うん?祭…?いや、祭というか……まぁ、祭みたいなもんなのか?キリストの聖誕祭的なものではあるし…合ってるのか。』
寄って集って迫られるから何かと思えば、クリスマスを過ごすには欠かせないクリスマスツリーなる物をご所望との事であった。
しかし、本丸運営を始めて丸一年と経たない本丸では、季節毎のイベントに割ける程資金に余裕は無い。
おまけに、現在進行形で年末から年明け過ぎに掛かって行われる政府催し行事の連隊戦期間中である。
本丸の資金は、主に政府が催すイベント事に割かれるのが定石だ。
其れは、弊本丸でも例外ではなく、リアル事情で節約しつつ本丸運営に徹していた。
故に、クリスマスという如何にも短刀達が喜びそうなイベントがあると言えども、そう易々とは資金を割けなかったのである。
悲しきかな…此れが、何処の本丸でも存在する節約タイプの本丸に有りがちな情景であった。
本丸を運営する要の指揮者である審神者の彼女がツリーを用意する事に渋りを見せるのには、他にも理由があった。
そんな大きな木を何処からどうやって持ってくる気なのか、そして何処に設置するというのか。
生憎、そんな大きな木を持ち入れられる程大きな本丸ではない。
確実に天井につっかえる上に、後処理に困る。
代わりの物として、電飾付きの置物のモミの木なんかを置いていたりする家庭もあるが、クリスマスだけでしか使用しない物を購入するというのも何だか気が引ける。
何より、節約を前提とした運営を始めたばかりの本丸としては、出来る限り出費せずに済ませたい。
此処まで前述するのは、年末という事もあり、本丸資金を管理する長谷部と博多より口酸っぱく節制に努めるよう言われたからである。
補足するなら、既にクリスマス予算を利用して必要最低限の物は取り揃えているのだ。
後は、これ以上の贅沢三昧言う奴等を抑え付けなければいけないという体だ。
短刀達も実情は分かっているのであろうが、やはり其処は子供の身を得た身…どうしても我が儘を言ってしまいたくなる時もあるようである。
そして、そんな短刀達の可愛さに負けて、つい甘やかしてしまいたくなる気持ちに脳内の天秤が傾きかけてしまうのが審神者の煩悩故だが…。
しかし、其処は心を鬼にして律しなければならないのだ。
此れがなかなか良心に響くものなのである。
『う〜ん、確かに、クリスマス定番の物として欲しい気持ちは分かるんだけどねぇ…。でも、現世の家庭的に言っても、あんまり大きなツリーを置いてる所ってのも無かったと思うし、せいぜい置いてあってもお店とか商店街の広場とかだったしなぁ…。』
「う…っ、た、確かに、あまりお金を掛けちゃ駄目だって長谷部さんも仰ってました…。でも、主様から頂いた絵本や乱兄さんが読んでいた雑誌という本に書いてあったんです。ちゃんと良い子にしていたら、クリスマスの日、サンタさんが枕元にプレゼントを置いていってくれるとか…欲しい物を書いたお手紙を用意していると、クリスマスの朝ツリーの下にプレゼントが置いてあるとか…!」
『ん…?前半は分かるんだけど、後半何かが混じってない?アレ…?実際どうだったっけ…。駄目だ、クリスマスを純粋に心から楽しんでたのなんてかなり昔の頃な話だから、今のクリスマスがどうあるかなんて分かんなくなっちゃったや。ヤベェな、歳かな…?でも、ウチの家庭じゃ前半のが正解だったような…。』
「こぉーら。お前達、あんまり大将を困らせるんじゃないぞ…?」
「薬研兄さん…!」
「あんまり我が儘言ってっと、サンタさんが悪い子だと思ってプレゼントくれなくなっちゃうかもしれないぞ?」
「厚兄さん…っ!そ、それは嫌です!僕、ちゃんと良い子にしてますから…!!」
「じゃあ、大将の言う事、ちゃあんと聞けるよな?チビ達…?」
「は、はい…っ。ごめんなさい、後藤兄さん。」
「分かったんなら良し。ほら、何時までも大将に寄って集ってないで、散った散った…!内番サボらずちゃんとこなしてないと、其れこそサンタが来てくれなくなっちまうぜ?」
「そっ、それは大変です…!皆さん、各自持ち場に戻りましょう!!」
短刀達の中でも年長組である粟田口大将組が弟達を諭し、持ち場に戻らせる。
年長組でも言い出しっぺなのであろう乱と信濃はなかなか言う事を聞かなかったが、厚が「あんまり大将を困らせるようなら、サンタさんにお前等にはプレゼントをあげないでくださいってお願いするぞ。良いのか?」とそう強く口にすると渋々離れていった。
小さい子達とはいえ、たくさんの子達に一度に一気に迫られた為、其れが離れた事にホッと息を吐いた璃子。
『はぁ…ありがとう、粟田口のお兄ちゃん達。』
「いや。大将こそ、大丈夫か…?」
『うん、大丈夫。有難う薬研。』
「悪いな、大将…。ウチはただでさえ小さい奴等が多いから。」
「チビな分、どうしても我が儘言っちまったりする事があるんだよな。でも、彼奴等ちゃんと良い子だからさ、嫌わないでやってくれな?」
『その点についても大丈夫だから、心配しないで。皆良い子だって事はちゃんと分かってるから。ただ、今は連隊戦をメインに動いてる分、あまりそっちに時間やお金を割けれないのも事実だから…あの子達の少ない希望を叶えてあげれないのが心苦しいってのはあるよ。ゔぅ…っ、審神者として未熟ながら本丸運営も拙くて、皆の希望を満足に叶えてあげる事も出来なくてごめんねぇ…!』
「そう落ち込まないでください。大丈夫です、主様のお気持ちは皆さんに十二分にも伝わってますから…!」
『毛利君……貴方、何時から其処に居たの?』
「最初から居ましたよ?小さい子達は可愛いですからね!」
『あ、そう…。』
ニコニコと満面の笑みで背後に立つ彼の存在感は異様を放っていたと
ちなみに、彼のショタコンは通常運転だと分かっている彼女は一切触れずにスルーするのであった。
―だが、どうにかして短刀達の希望を叶えてあげられないかと考えた璃子は、ある一つの考えに到達する。
その思惑を頭に、とある人物の元へと向かう。
向かった部屋は無用組の部屋だ。
『ぎねー、居る?』
「んあ…?おー居るけど、何だ?」
『単刀直入にお願いしたいんだけど、クリスマス前日のイブの日、一日だけお前の事借りて良い?』
「え?ど、どういう事だ…?」
『短刀の子達にクリスマスツリー欲しいってせがまれたんだけど、生憎用意出来る程の余裕が無くてね。代わりに、身長も高くて丁度見た目がクリスマスカラーなぎねにツリー役をお願いしようかと思って…!』
「はぁ!?ツリー役って何だよ!ていうか、見た目がクリスマスカラーってどういう事だよ…!?」
『お前の装いが緑と赤色だからだよ。緑と赤と言やぁ、クリスマスだろ?』
「知るかよ、んな事…っ!!おい、たぬきも何か言ってくれよぉ…!」
「俺は狸じゃねえ、同田貫だ。其れに関しちゃ、別にええんじゃねーの…?」
「な…っ!アンタ、他人事だと思ってぇ!」
『っつー訳で、一日ツリー役宜しく…!!』
「くっそぉー…!後でちゃんとその分の褒美上乗せしといてくれよ!?」
『ハイハイ。サンタさんにお願いしといてやっから、明日一日宜しくね?』
「うわ…しかも、明日かよ。うへぇ〜気乗りしねぇなぁ……。」
そんなこんなで迎えた翌日のクリスマスイブな日、彼女は御手杵を連れて粟田口部屋へ。
目的は、クリスマスツリーを飾り付ける為である。
「なぁ、主〜…これからツリー役するってのは分かったんだけど、具体的に俺は何をすれば良いんだ…?あと、今コレ、俺何処に連れてかれてんの?」
『ん…?ぎねは、これから粟田口部屋へ行くのです。そんで、其処でお小夜やいまつるちゃん、不動君含む短刀の子達によって、ツリーよろしく飾り付けされてもらいま〜す!』
「うえ〜…マジかよ…。本当に今日俺一日ツリーにされるのかぁ…気が重いなぁ〜。」
『まぁまぁ、短刀の子達の夢を叶えてやると思ってさ?此処は一つご協力お願いしますよ、御手杵さぁん…っ!ご褒美に、私に出来る限りで何でも一つ言う事聞いてあげるから!!ね…っ?だから、お願〜い…!』
「はぁ……まぁ、主直々にお願いされちゃあしょうがないよなぁ…。けど、俺は刺す以外能が無いから、どうなったとしても文句言うなよ?」
『其処んトコは大丈夫…!とにかく、ぎねにはツリーの代わりになってもらえれば其れだけで良いので!!』
「へいへい…。んじゃ、いっちょ一働きしてくっかぁ…!」
して、粟田口部屋へ到着後、今回の催しの説明をして早速開始される御手杵ツリーの飾り付け大会。
幼い見た目の彼等の好きなように弄られまくった彼は、一瞬にしてもみくちゃにされた。
数十分後、見事色々と飾り付けられてキラキラと光る彼は、げんなりとした様子で部屋から出てきた。
その後ろに付いてきた乱と信濃に博多等が彼の背を押し、クリスマス前日であろうと年末によって詰め込まれた仕事があると言って退避した彼女に完成形態を見せに行こうと審神者部屋へと向かう。
途中、流れに便乗したカメラマン担当の陸奥守と囃し立てに来た野次馬の獅子王が合流した。
審神者部屋に辿り着き、部屋の外から元気で楽しげな声が彼女へ呼びかける。
程なくして、入室の許可を了承する声が聞こえてきた。
いまいち入る事を渋る御手杵を後ろから無理矢理押し込んで部屋へと入った一行は賑やかな声を上げた。
「じゃっじゃぁ〜ん!!粟田口スペシャル可愛さてんこ盛りの御手杵ツリーの完成だよ、主さん!」
『おおーっ!!何か思ってたよりも凄い事になってんね〜…!ある意味(笑)。』
「このキラキラしたシャラシャラのヤツ、俺が飾り付けたんだよ!どう…?格好良く決まってると思わない?」
『良いんじゃない?如何にもツリーらしくてさ!』
「全部こん間の残りモンから出しとーけん、格安で済んどーばい…?やけん、お金ん心配はしぇんで良かけんね、主!」
『流石、黒田の経理部…!逞しい子!!』
「見せに来るついでに記念に写真撮影するき!主も一旦仕事は置いて、ちっくと其処に並んどーせ!」
「俺もそのノリに付いてきたんで、入れてくれよな!」
「俺の意思は無視かよ…トホホ…ッ。」
合図の後に数回鳴らされたシャッター音とたかれたフラッシュ。
その後、ツリー状態をお披露目という事でその格好のまま本丸中を回らされた彼。
今日一日が終わる頃の夜には、ぐったりとした様子で疲れ果て、畳に伸びていた。
『今日はありがとねぇ、ぎね。アンドお疲れ様ぁ〜…!』
「おー…、めちゃくちゃ疲れたぞぉ〜…。もう無駄に動きたくねぇ……。」
『声に覇気が無い。余程お疲れなのね…今日は一日お疲れ様でした、ぎね。おかげで助かったよ。本当に有難う。』
「おぉー…。取り敢えず、今後同じ事は二度とやらないからなぁ〜…。」
『うん。その件に関しては、本当にごめんね?来年は、こんな事にならないように前以って予算多めに組んどくよ。後で、来年度の予算についての話を長谷部に伝えとこうかな…。うーん、年末は遣らなきゃいけない事多くて忙しいなぁ……。あ゙ーっ、政府に提出しなきゃいけない書類もあるわ、年賀状も書かなきゃいけないわ、連隊戦もあるわ大掃除もあるわで脳内てんてこ舞いだな、おい。何から何までスケジュール詰め詰めで組み込んでるから、休む暇無いよ〜…!頼むから、大晦日と正月、三が日とちょっとくらいお休みくれないかなぁ〜、時の政府…?流石に、正月の間くらい休暇ねぇと仕事ストライキして予定バックレるぞ。』
「…何か色々と大変そうだなぁ、アンタ…。」
『そりゃまぁ、審神者ですから…?此処の主やってますから?』
「はは…っ、やっぱ主はスゲェわ…。」
『………はい?』
畳の上に伸びた彼の横で、今後の予定を頭の中で色々と立てていく璃子。
難しそうに顔を顰めた後、頭を抱えて「うがーっ!!」と唸った彼女の様子を伸びたまま眺めて乾いた笑みを浮かべた彼はそう零した。
どういう意味でそう言われたのか分からない璃子は、緩く首を傾げる。
「俺は槍で武器だし、刺す事しか能が無いけど…そんな俺も含めた、個性豊かな色んな奴等を纏め上げて指揮出来る主は、純粋に凄いなって思ったんだよ。今回の事も然り、常に皆の事を考えながら動くってそう易々とは出来ない事だろ…?そう思ったら、やっぱり主ってのはスゲェんだな、って思ってさ。」
『嗚呼、そういう事か…。別に、ぎねは刺す事以外も出来るって思ってるよ?事実、日々日常で色々とお世話になってるし。主に身長的意味でかもしれないけど、ぎねが手伝ってくれる事で助かってる事なんて山程あるよ…?今日だって、ぎねが協力してくれなかったら短刀の子達の夢を叶えてやる事も出来なかっただろうし、ぎねが何気無く手伝ってくれたり笑っていてくれたりするだけで周りが助かってる事なんてたくさんあるんだから。』
「そうなのかなぁ…?」
『そうだよ!だからさ、“刺す以外能が無い”なんて自分を卑下しないで、もっと自信持って胸張りなよ。お前は、三名槍が一つの御手杵なんだろ…?私の自慢の立派な槍なんだから、もっと自分に自信持ちな。…と、まぁ…常に自分に自信の無い私が言えた口じゃないんだがな!あっはっは…!』
「…そっか。俺、主の中で自慢の槍だって思ってもらえてるんだなぁ…。」
『勿論、当たり前でしょ?お前はウチに来た槍で一番最初の槍だし、槍レシピを初めて鍛刀して一発で来た槍なんだもん。そういう意味としては結構思い入れあるし、大事にしたいと思ってるよ?何たって、三名槍の一つだもんね!まぁ、ウチの子は皆大事だし自慢の子だけども。』
「そうだったのか?そんなの、俺初めて聞いたかも…。」
『皆それぞれ違って、違う分良さもそれぞれで、最終的には皆違って皆良いに落ち着くってもんよ。…なぁ〜んて言ったら、親馬鹿だって笑われちゃうかしら?ふふ…っ、でも、其れも良きかな、なんてね。』
「へぇ、そんな風に俺達の事思ってくれてたのか…何か嬉しいなぁ〜。親馬鹿みたいに思ってもらえてるんだったら、これからも頑張らなくちゃいけないな…!主に戦で…!!」
『ははは…っ、その意気だぞ、ぎね!男は真っ直ぐ前見て育て…!偶に、後ろを振り返る事も有りだけどね?』
疲れも相俟って落ち込んでいたのも、すっかり復活したのか、腹筋を使って勢い良く起きた彼は、ニカッと笑って何時もの陽気な笑みを浮かべる。
そして、「疲れたから癒してくれぇ〜!」と甘え、小さな子供のように正面から抱き付いてきた。
全く雰囲気そのものは人懐こい犬のようで可愛らしいが、図体は彼女の一回りも二回り以上も大きな成人男性な為、端から見たら全く可愛らしくもない上に、抱き付かれる側としては重くて潰れそうなのであった。
しかし、懐かれる分には嬉しいので、苦笑しながらもわしゃわしゃと犬を可愛がるように頭を撫でてしまう璃子なのである。
そうして暫く撫でていると、ふと何かを思い出したように頭を上げた彼が彼女の方を見た。
其れまで正にワンコの如く甘えて抱き付いきていたのが、突然ガバリッ!と上体を起こし見つめられて驚く璃子。
パチクリと目を瞬かせた後、呆然と彼の事を見つめ返した。
『どうした?急に…。』
「いや、褒美の事思い出してさ。コレって何でも良いんだったよな…?」
『お、おぅ…俺に出来る範囲での事なら、だけど…。というか、別に今じゃなくても良いんだよ?期限とか特に設けてる訳じゃないから、何時だって構わないし。』
「う〜ん………やっぱ、今で良いや。いや、今が良いわ。」
『はあ……まぁ、お前が其れで良いんなら良いけど…。そのご褒美のご希望は何なの…?今の反応からして、何かは決まってるんだろうなってのは分かるが。』
「何でも良いんだよな?」
『う、うん…。私に出来る範囲の事ならな?』
何故か同じ事を二度訊かれ、疑問符を浮かべながらも再度頷く。
御手杵は、何やら決意を固めたような表情で彼女の両肩を掴み、言った。
「俺…ご褒美に、アンタとちゅーってヤツしてみたい。」
『は?』
「口が駄目って言うなら、頬っぺたでも良いし、何なら額とかでも良い。とにかく、アンタに口付けしてみたいんだ。」
『…………………は?』
聞き間違いか、それとも酷い空耳か何かと思い聞き返すも答えは変わらなかった。
彼のご所望は、璃子とのキスらしい。
突然な展開と立ってしまったフラグの数々に頭を真っ白にさせた璃子は、当然の如くフリーズする。
盛大な冷や汗が滝のように全身から流れていく。
「なぁ、駄目か…?」
ダラダラと冷や汗を垂れ流し必死に脳内回路を駆け回り焦る片や、仔犬のように無邪気な好奇心に輝かせた目を向ける彼が追撃の一言を投げかけてきた。
しかも、無自覚なのか、確信犯なのか、コテンと小首を傾げてくるという可愛らしいモーション付きで、である。
免疫の無い彼女に対しては効果抜群、不落の分厚い壁も無残に崩れ落ちていっている。
徐々に顔を赤くさせていく彼女は、プルプルと微かに打ち震えながら何とか絞り出した言葉を口にした。
『…な、何で、俺とキスしたいだなんて思ったのか、訊いても……?』
「え?そりゃ…俺が主の事好きだからだけど。」
『ッ……!!(ゴフ…ッ!!)〜〜〜ッ!…ン゙ッ、ン゙ン゙ん゙…ッ!!あ゙、あ゙ー……すまん、ちょっと喉が可笑しく…っ。』
「大丈夫か?」
『うん、大丈夫じゃないね。主に精神の方が。』
思わぬ爆弾発言に不意打ちを食らった璃子は、精神面の方へ大ダメージを受け、思わず内心で吐血した。
天然なのか、態となのか、更に追い込もうとする御手杵は彼女に詰め寄る。
「なぁ…駄目じゃないなら、良いだろ?」
『えっ!?や、駄目ではないかもしれないけど…えっと、その…っ、そ、そーいうのは好き合う者同士がやる事なんじゃにゃいのかなぁ〜と、思うのですけどぉ……?』
「嗚呼。なら、何の問題も無いんじゃないか?だって…主も俺の事好きだろ?」
『(ごっふぁッッッ!!)……………あれ、何か視界が霞んできたな…。疲れてるのかな?俺……。こりゃ早いトコ寝た方が良いな、うん。今日はもう寝よう。うん、そうしよう。だから御手杵さん、離してくだせぇ。』
「嫌だ。まだアンタからご褒美貰ってねぇもん。」
『うん、だから其れは明日にしよう。な?今日はお前も疲れたろ?つー訳で、今日のところは一先ずお開きに、という事で。ガチで離しやがれください…っ!!』
「逃げるなよ。まだ褒美貰ってねぇだろ?褒美くれるまで離さねぇからな。」
『うおっ、此奴マジで面倒くせぇタイプだ…っ!?頼むから、今日のところは勘弁してって…近い!!顔!近い!!近い…ッ!!!!』
「ちゅーさせてくれるまで離れないからな?」
『うえぇぇ〜っ!?そんにゃあ………ッ!!』
ただでさえデカイ体格差な上に、強い力で両肩を捕まえられている為、逃げられない。
審神者はピンチだ…!
更に、何時になく強情で強引な彼は、普段装備していない謎の色気を纏って迫ってくる。
故に、逃げ場を絶たれている璃子は逃げられない。
審神者は絶体絶命、大ピンチだ…!!
視線を巡らせ周囲を窺うも、近くには他に誰も居ないようだ。
救世主は居ない、逃走経路は完全に絶たれた…!
審神者、本気の本気でピンチだ…!!
脳内で必死に選択肢を探るも、結果は同じである。
彼女の道に逃げ場は無い。
羞恥が天限突破しかけた時、不意に目の前の彼が切なげな顔をした。
「もしかして…主は、俺とちゅーするの嫌…?」
『え………?』
「主は、俺の事嫌いか…?だから、ちゅーするの嫌がるのか?」
『ぇ……っ、や、そういうんじゃなくて…!ただ、少し恥ずかしいだけ、というか……っ。』
唐突にシュン…ッ、と悄気られて必死に取り繕う。
すると、次の瞬間、御手杵は安堵したような笑みを浮かべて笑った。
「なぁんだ、俺の事が嫌いな訳じゃないんだな。良かったぁ〜…っ!アンタに嫌われてなくて、安心した。恥ずかしいって事は…つまり、俺の事好きっていう事だもんな…?」
『え、っと…?』
「それなら、俺がアンタにチューしても大丈夫だっていう事だよな?」
『あ、うえ、なん……っ、』
一度肯定的な返事を返せば、より顔を間近に寄せてきた御手杵。
その近さは、距離にして僅か数センチの至近距離な距離だった。
今にも鼻先が触れ合いそうな距離感に、璃子は思わずギュッと目を瞑って顔を逸らした。
その時、右頬に触れた柔らかな感触に、ビクリと肩が揺れる。
恐る恐るそっと瞼を開けば、近過ぎる距離にある彼の顔。
見れば、彼は至極嬉しそうにはにかんでいた。
「へへへ…っ、主の頬っぺたにちゅーしたぞ!思ってた通り、アンタの頬っぺたは柔らかくてもちもちしてるな。」
『な、ん………………ッ。』
「ん〜…何かまだ足りない気がするなぁ…。なぁ、もう一回ちゅーしちゃ駄目か…?今度は、額の方にしてみてぇんだけど。」
さわさわと触れられる頬の手に意識せずとも上がる体温に、そろそろ頭がクラクラとしてきただろう彼女にとっては限界であろう。
フシュウ〜ッ、と音の出そうな程顔を真っ赤に染めた璃子は、ずるりと身体の力を抜かせて彼の胸に凭れ掛かった。
『……もう、好きにしてくれ……………ッ。』
蚊の鳴くようなか細い小さな声で口にした言葉だったが、彼の耳に届いたのだろう、ふにゃりと情けなく表情を崩した笑みで笑った。
「じゃあ、好きなだけアンタにちゅーさせてもらうな…!」
そう言って軽いリップ音を鳴らして額に口付けるのだった。
ほんのご褒美をあげるつもりが、まさかの告白を貰って付き合う事になったクリスマスイブの日の事。
其れは、恥ずかし過ぎて忘れ去りたいものになったのだけども、どうしても忘れ切る事の出来なくなった想い出となるのであった。
―クリスマスの時期、クリスマスツリーを目にする度に脳裏に過るは、君のイメージカラー。
加筆修正日:2020.04.09