現世から数日振りに本丸へ帰ってきた主が、風邪を引いていた。
鼻をずびりと啜りながら時折盛大なくしゃみを構す主を、出迎えた奴等が心配の声をかける。
「おかえり〜主!何かくしゃみしてっけど、大丈夫か…?風邪か?」
『ん゙〜、ただいま〜皆。ちょっとした風邪だから、大した事ないよ。ちゃんと薬飲んで治療に専念すればすぐ治る。』
「まぁ、そりゃそうなんだがな。原因は何だ?大将。」
『炬燵に入ったまま寝ちまったのが原因でしょうな…。それも一回だけでなく数回。(ずびり)』
「全く、君という人はだらしがないな…。炬燵でそのまま寝たら風邪を引いてしまう事なんて解り切っているだろうに…。何より、主たる者として雅さに欠ける。」
『あははは…っ、解っちゃあいる事なんですがねぇ、ついやっちゃうんだなぁ〜…。これぞ、便利な利器の恐るべし魔力ってヤツ…?』
「何それっぽい事を言おうとして共感を得ようとしているんです…?貴女はこの本丸の主なんですよ?貴女一人の身体ではないのですから、気を付けてくださいね。」
『うーん、その言い方はちょっと誤解が生まれそうな発言だから頷き難いなー…。』
「お黙りなさい。主なら、しっかりと自己管理くらいしてくださいって言っているのですよ。」
『あは。宗三が何時にも増して辛辣だぁ〜…。』
帰ってくるなりすぐに顔を合わせた獅子王、薬研、歌仙の奴に続き突っかかっていった宗三の奴等にお小言を貰う主。
本人の言う通り大した風邪じゃないんだろう、少し鼻を啜っている程度で後は何時も通りの様子だった。
まぁ、本当の何時もと比べたら、ほんの少し覇気が足りないくらいか。
奴の体調的変化といったら、それぐらいの程度だった。
他は何時も通り、何も変わりはしなかった。
そりゃそうだろう。
ちょっとくらい風邪を引いた程度で、奴がくたばる口じゃねぇ。
だから、そう心配せずとも大丈夫だろ。
俺達が刀として使われていた時代と比べたらそりゃそうなのかもしれないが、今は違う。
簡単な病気程度のものなら、軽くあっという間に治せちまう。
ただ、人間っつーのはちょっとした事で死んじまう程脆いから、俺達みたいなのからしてみたらちょっとばかし過保護になったり心配しがちになっちまっても仕方がねぇ事なんだろうな、とは思う。
主である奴は、其れを解り切った上で対応している。
だから、苦笑を浮かべながらも冷静に奴等に対して言葉を返していた。
まぁ、風邪を引いたのも自分自身が原因なんだから、自業自得というところだな。
俺からしてみれば、何の心配もいらねぇ事だった。
後は、奴が下手に無理をして風邪を悪化させないように見張っておけば良いだけだ。
『ただいま、たぬさん。留守の間、本丸の事任せっきりにしてごめんね。近侍のお務めご苦労様です。』
「おー、おかえり。帰ってきたんなら、早速戦出してくれよな?」
『はいはい。お前さんは何時もそればっかで変わらないねぇ…。』
「当たり前だろ。戦に出て戦う事が、俺達武器の本分なんだからよ。」
『ふふふ…っ、お前のその相変わらずさが何だか安心するよ。まっ、言われた通り、帰ってきたなら溜まってる仕事片付けつつ、ざざっと部隊編成決めて出陣してもらいましょうかね?』
「おう、そうこなくっちゃ楽しくねぇぜ…!」
『相変わらずお盛んな事だねぇ…血の気の事だけど。』
「主…。」
『にっかりさんみたいな言い方だな、って言いたいんだろ?』
「解ってるなら歌仙や宗三の旦那達が居る前ではやめといてやれよ、たーいしょ…?同田貫の旦那の方はどうかは知らんがな。」
「僕の事呼んだかい…?」
『いんにゃ、お呼びでないよー。だから、別ににゅっと出てこなくてもおkですよー。』
「おや、それは残念だね。嗚呼、言うのが遅くなったけど…おかえり、主。」
『うん。ただいま、にっかりさん。』
主が帰ってきたってだけで、ただでさえ賑やかな本丸が更に騒がしくなる。
本丸の奴等に囲まれて変わる代わる声をかけられて鬱陶しくねぇのかと疑問に思ったが、奴の表情を見るからには、風邪を引いたが故に少なからずきつそうにはしていたが、そう邪険にする様子も見られず、反対に少し嬉しげな様子を見せていた。
こんなにうるさい奴等を纏め上げてんだ、そう簡単にくたばるかよと、主が風邪を引いて帰ってきたと聞いて心配性な奴等が不安そうに見ているのを見て、そう思った。
通りすがりに偶々擦れ違った新撰組刀の二人からも同様の反応を貰い、思う。
「主!風邪引いたって本当…?」
『安定に清光も。大丈夫、風邪って言ってもちょっと鼻風邪引いちゃっただけだから。そう深刻そうな顔しないの。』
「でも、薬研から咳も少ししてたって…っ。」
『季節柄、乾燥した空気にやられただけだよ。主に風邪の症状として出てんのは鼻の方だから。心配しなくても大丈夫よ。心配してくれてありがとね、二人共。その気持ちだけでも、私元気になれそう…!』
「本当…?」
『本当だよ。だから、そんな不安げな暗い顔しないで、何時も通り笑ってて…?今の私は、ただ風邪を引いただけで、何も死ぬ訳じゃないんだから。』
「そうだぜ?お二人さん。つーか、こんな大した事ない風邪ぐらいでんな心配する方が逆に不思議だわ。」
「そーいうところが鈍いお前には解んないだろうね…!」
「へっ、どーとでも言ってろ。」
『へっぷし……っ!!あ゙ー…まぁ、二人が何でそんなに心配するのかは解ってるから…喧嘩しないの。下らない言い争いで喧嘩するのは、めっ!解った…?』
「「はぁ〜い…。」」
『解ったのなら宜しい。』
「…アンタって、変なとこで甘いよな…。」
『そう…?』
「そうだよ。」
冷えた廊下に居るままは風邪を引いた身には悪いだろうと奴等と別れ、さっさか部屋の中へと押し込みに行く。
俺の稀な気遣いが擽ったかったのか、奴はクスクスと小さく肩を震わせて笑っていた。
「…何笑ってんだよ。」
『いや…っ、たぬさんも心配してくれたんだなぁって思って。ふふ…っ、ありがとう。』
「ふん…っ、別に俺はそんなつもりで部屋に連れてきた訳じゃねぇよ。ただ、さっさと溜まった仕事片付ける何なりして、早く戦に出して欲しいだけだ…。」
『うん、そうだね。数日留守で空けた分溜まったこの書類を早く片付けて、たぬさんを戦に出してあげなきゃね…!』
「そうと解りゃ、さっさと取り掛かろうぜ。数日にしろ、戦に出てねぇ分身体は鈍ってんだ。早く終わらせて身体動かさねぇと、鈍っちまって仕方ねぇ。」
『はいはい、解りやしたよ旦那。んじゃ、早速其処に避けてある書類の山からの判子押し、宜しく〜。たぶん、私が不在の間に、長谷部が自主的に各部類ごとに書類分けてくれてるだろうから。』
「彼奴、んな事やってたのか何時も…。」
『長谷部は、自分が近侍じゃない時も常に書類分けとか手伝ってくれてるからね〜。めちゃんこ助かってます…。何時もありがとうございます、長谷部様。』
「何のこれしき。主のお役に立てれるのであれば、何だって致しましょう。」
「おわっ!お前居たのかよ…!?つか、どっから湧いてきた!?」
『何故か、名前を口にしたらいつの間にか側に居る長谷部。コレ、ソイツの通常運転だから気にしなくて良いよ。』
「マジかよ。気持ち悪ぃ…っ。」
『そーいう訳だから、別に用があって呼んだ訳ではないよ。故に下がってヨロシ。』
「は…っ。では、また何か用が出来ましたら、何時でも。」
何事も無いように応対して去っていく長谷部の奴の背を見送ったが、少しばかり異常な気がするのは気のせいか…。
本人が気にしていない風だったんで、取り敢えず俺も気にしない事にして作業に集中した。
『たぬさんってさ、何か風邪引くイメージ無いっていうか、実際に風邪引かなさそうな感じだよね…?』
「あ…?何だよ、唐突に。」
『いや、偶々今自分が風邪引いてるから、そっから本丸内で風邪引かなさそうな人誰だろうなぁ〜って考えてて。それで…?』
「何だ、そういう事かよ…。下らねぇ。」
『まぁまぁ。でも、実際の話、今まで一度も風邪引いたとこ見た事無いし。やっぱり、たぬさんって風邪引かないタイプなのかな…?』
「どーいう意味だよ…。」
『ん〜っと、単純に、普段何時も身体鍛えてるから引かなさそうだな、って。』
「…テメェ、馬鹿にしてんのか?」
『いや、別に馬鹿にしてる訳じゃないよ。何となくなイメージの話してるだけだって…!』
「ふん…っ、んなの当たり前に決まってんだろ。んな柔な鍛え方してねぇんだから。」
『うん、そうだよね。たぬさんは強いもんね?ちゃんと知ってるから、この仕事終わり切るまで出陣は我慢してね。』
「チ…ッ、しゃあねーからやってやるよ…。事務仕事は、本来俺の分野じゃねーんだがな。」
ぐちぐちと文句を垂れながらも、近侍であるが故に奴の仕事を手伝い、片付けていく。
集中してやれば、俺みたいな奴でも何とか終わらせてやる事が出来る。
一先ず大方の分が片付いた事で、後は明日に回し、早ければ明日の午後には戦に出してもらえるという事になった。
俺は数日明けの出陣だと浮かれて、その日の夜、何時もより冷え込んでいるにも関わらず、普段の通りで髪も乾かさずに寝ちまった。
そのせいだろうな、翌日起きたら、何か身体が怠くて重かった。
俺自身自覚は無かったが、恐らく熱が出ていて顔が赤くなっていたんだろう。
当然、何時もと様子が可笑しい事に気付いた薬研や周りの奴等に止められて、問答無用に体温を測られた。
強制的に自室に戻され、体温計を口ん中に突っ込まれる。
『熱は…三十八度六分。』
「完全なる風邪だな、こりゃ。」
『よく動けたな、こんだけ熱あって…。私だったらまず動けねぇわ。』
「恐らく、俺達刀剣男士の霊力の根本である大将が不調な為に、少なからず影響を受けたってーところだろうな。」
『マジか…。』
「まぁ、そういう訳だから…今日のところは出陣無しだぜ、同田貫の旦那?」
「げぇ…っ、この程度の事でかよ…。」
『今日は大人しくお布団で寝てようね、たぬさん…?』
「俺っちは薬調合してくっから、大将は旦那が勝手に部屋から抜け出さねぇように見張っといてくれ。」
『ラジャー。何時もすまんね、薬研さんや。』
「何、これくらい大した事じゃねーよ。寧ろ、こういうところでもお役に立てるってのは嬉しいモンだぜ。」
チビの癖に一丁前に男らしい台詞を残して部屋を出ていく薬研。
偶に「彼奴本当に短刀か?」と思うのは、きっと俺だけじゃねーんだろうな。
俺と主の二人だけになると微妙な空気が漂い、気まずい空気が流れ出す。
『風邪引いた原因に心当りは…?』
「………昨日の夕べ、風呂上がった後髪乾かさずに寝た。」
『この阿呆…ッ。ここ最近で一番冷え込んでた晩に髪乾かさずに寝る馬鹿が何処に居る…!』
「此処に居る…。」
『昨日、“俺が風邪なんて引く訳ねぇだろ”みたいな事を言ってたのは、何処の誰だっけ…?』
「…うるせぇー。」
呆れたように溜め息を吐きながらも、布団に横になった俺の側から離れない主は、やっぱり甘い。
使えねぇ奴なんか、さっさと切り捨てて放っておけば良いのに…。
そうしないのが、ウチの主の優しいところだ。
まぁ…単純に、俺が布団から抜け出さねぇよう監視してるだけだろうが。
「…仕事、しなくて良いのかよ?」
『ちょっとくらい遅れても良いの。それに、たぬさんが薬飲んでちゃんと寝てくれるまでは此処で見ときます。』
「…そーかよ…。」
『戦に出るのは、ちゃんと風邪を治してからね…?』
「へいへい、わぁーったからよ。…寝たまんまダンベル持ってトレーニングすんのも駄目か…?」
『駄目に決まってんだろ馬鹿野郎が…!大人しく寝てなさい!!』
「ちぇ…っ、ケチくせぇ奴…。」
『ぁ゙ア゙…?』
「…何でもねぇよ。」
やっぱり、もう少し甘くても良い気がした。
執筆日:2018.12.15