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節分と歳の数



本丸始まって、初めての節分の季節がやって来た。

ほとんどの者が事の趣旨を何となく理解しているようで、特に此れと言った説明をする事は無かった。

政府主催の豆まき大会、またの名を鬼退治の巻を当本丸でも執り行う事になり、各イベント参加用部隊を編成し、鬼が出るという都へ討伐しに行ってもらう。

数をこなせば、それなりの報酬は出るとの事で、皆やる気に満ち臨んでいた。

やはり、目の前に褒美をぶら下げられていると気持ち的なものが異なるのか、普段の戦時よりも漲っている様子であった。

一部の者達にとっては、桃太郎的気分だったようでもあったが。

画して、鬼退治をする上で政府から配られた大量の炒った豆を各自升や麻袋に入れて渡し回る。


『はーい、皆さん良いですかー?豆は各自行き渡りましたねぇー?はいっ、では、政府催しの豆まき大会を当本丸でも始めたいと思いまぁーす…っ!』
「こ、このお豆を投げれば良いんですよね?主様…?」
『うんっ、そうだよ。掛け声は、“鬼は外、福は内!”ってね。鬼を追い祓う時は本丸の外へ向かって豆を投げて、福を呼び込む時は室内に向かって豆を投げ込むの。』
「節分は、一年を通して大事な行事だからね。神聖なものとしても、昔からある習わしとして謂れがある事をきちんと理解した上で執り行うんだよ?」
「カッカッカ…ッ!然り然り…。炒った豆には邪を祓う力が宿るとされている。ならば、本丸に溜まってしまった穢れや邪気を祓うべく、盛大に豆まきを行わねばなるまいな!主殿…っ!!」
『相、分かっておりますとも、お二方。其れでは、此れから一年を健やかに過ごせます事を祈願して、いきますよぉー…っ!鬼役の方々、スタンバイはオーケーですかぁー?』
「勿論です、主。この長谷部、鬼役であろうと、きちんとこなしてみせますよ。抜かりはありません。」
「ふはははは…っ!小さき刀共よ、この俺を倒し切る事が出来るかな!?」
「何で俺が鬼役なんかしなくちゃなんねぇんだ…。俺ぁ、今流行りの強くて格好良い刀なんだぞ…?」
「大丈夫!鬼の面を被った兼さんも格好良いよっ!」
「堀川…ソレ、全然フォローになってないよ…。」
「つか、兼さんが鬼になったのって、ジャンケンに負けたからじゃない…?」
「清光、ソレ、止め刺してるから…っ。」
「うえ〜、何で天下三名槍の一本な俺が鬼役なのかなぁ…。俺は槍だし、刺す事しか出来ないって〜。」
「テメェもジャンケンに負けた口だろ。諦めて、豆打ち付けられてろ。それか、アレか…?俺達の的になるか?蜂の巣にしてやるぜ…!」
「いや、絶対に嫌だよ…っ!お前等の的とか、穴空くだけじゃ済まねーってぇ!!下手したら死ぬって!?俺は、槍だから機動もそんなに速くないぞ…っ!!」
「何なら俺が代わってやろうか…?御手杵。」
「よしっ、此処は任せた!日本号…!!」
「おい、良いのか?るーるを勝手に捻曲げたりなぞして…っ。後で、一部の者にどやされても知らんぞ?」
「そう堅い事言うなって、蜻蛉切〜!俺よか逃げ足の速い日本号に任せてれば大丈夫だって!っつー訳で、俺も豆投げる側になったぞぉ〜!!へへへ…っ。」
「チ…ッ、せっかく大量の豆貰って用意してたのによ。」
「残念ですねぇ〜。こっそり豆に混じって馬糞も投げようかと画策してたのにぃ〜。」
「鯰尾、おっま…!俺が鬼役してたら馬糞投げる気だったのか!?」
「当然ですよね!!」
『おい、ソコォー、歌仙からの鉄槌という名の拳骨食らいたくなかったら余計な物はポイしなさぁーい。』
「即ポイですね!分かりました!じゃあ、投げる…っ!!」
『こらテメェ何ふざけとるんじゃ!!遠慮は要らねぇ、歌仙ゴーッ!!』
「仕置きが必要なようだな、貴様等…!!」
「ひぃ…ッ!?鬼どころか、本当マジもんの般若来てるんだけどぉ!?誰か助けてーッッッ!!」
「ん…?鬼かい?其れは斬ってしまわなくちゃいけないねぇ。僕の出番かな?」
「あ、兄者…っ、本体は仕舞ってくれ!代わりに豆を投げてくれ兄者ァアアア…ッ!!」
『はーい、何かもうグダグダで先に始めちゃうメンバー出てきちゃったんで開始ぃー…っ!!Hey、おっ始めようぜ〜!!』
「ちょ…っ、主!ソレ、俺の台詞…!?」
「あとついでに言うと、何となくノリが政宗公みたいになってるよ、主…っ!!」
「放っておけ。」
「さあ、驚きの始まりだ…っ!!」
「うわあ!?何かスゲェの来たぁー!?って、鶴爺かよ…ッ!」
「はははっ!驚いただろう?」


そんなこんなで始まった豆まき大会。

一部、豆まき(節分)にはそぐわない格好をした者も居たりするが、皆それぞれに楽しんでいる様子だった。

最早、豆まき大会と言って良いのか分からない、カオスな場が繰り広げられているが…。


「まははははは…っ!よう狙ってぇ、バンッ!!」
「陸奥守テッンメェ、どっからそんな大砲染みたもん用意しやがったァアアアアッッッ!!!!」
「大砲がやない、バズーカ言うもんじゃ。博多にチョチョイと頼み込んで、用意してもらったぜよ…!」
「こんっのクソガキィー!!後で覚えてろォオオオッ!?」
「そのクソガキだったら、今長谷部に集中攻撃してるぞ…?」
「長曽祢ェエエ…ッ!!よくも余所見している余裕があったな?え!?この真作である俺が直々に成敗してくれる…っ!浦島ァ…!!」
「ほいよっ!痛いのは俺も嫌だけど、コレは豆当てるだけだからちょっとだけ我慢してね!長曽祢兄ちゃん…っ!!」
「まさかのタッグを組んだだとぉ…っ!?」
「覚悟しろ…!!せぇいッッッ!!」
「てぇい…っ!!」
「明らかに殺意混ざったぶん投げどうにかしてくれー!!」
彼是アレコレ言いながらも、地味に楽しんでませんか?彼処…。はっちー、口ではボロクソ言っときながらノリノリじゃねーか。』
「そうだな、主。(ズズズ…ッ。)」
「鶯丸様は、豆まきに参加なされないんですか?」
「俺は良いんだ。まぁ、その内気が向いたら、かな…?」
「何を言っているのだ、鶯丸…っ!!ほら、此処に赤鬼が居るのだぞ!?早く投げろ!!」
「早速、大包平が大真面目に馬鹿やっているみたいだな…。すまないが主、代わりに豆を投げておいてやってくれないか?」
『俺がかよ…ッ!?自分も投げなさいよ!!のんびり茶ァシバいてないで…ッ!!』
「はっはっは…っ、よきかなよきかな。」
「おのれ、天下五剣だからと暢気に構えおって…!どうした!?掛かって来んのか!?」
「ふむ…激しい運動は、ちと老体に堪えるのだが…相、分かった。では…参る。それ…っ!」
「升ごと投げる馬鹿があるかァアアアッッッ!!」


見る範囲で、所々でデスマッチな豆まき大会が繰り広げられている。

後で怪我人が続出しそうな流れに、早めの手入れ部屋準備と疲労回復用のお団子準備をしておいた方が良いだろうか。

此れは、恐らく軽くて赤疲労で済むが、最悪重くて重傷手前の中傷者が出るかもしれない。

各々の錬度差等を鑑みて…。


『何か、思った以上にカオスな光景が広がっちゃってるなぁ…。』
「そのようだね。」
『おや、ちょぎ君。君も参加しなくて良いのかい?』
「いや…俺は参加して早々、この本丸での最高錬度者の者が投げた豆の流れ弾に当たってね…。無様にもこの様だよ。」
『わぁ、見事な軽傷…。そうだね、ちょぎ君まだレベル育成中の錬度低い組の面子だし、ウチで最もレベル高い子等は70レベル超えてるもんね。錬度差考えても、60レベル以上差があるから、そりゃ無理だわな…。寧ろ、軽傷で済んでるのが運が良いのか。』
「まぁ、念には念を入れて、刀装を装備したままだったからね。当然だよ。」
『流石はちょぎ君。やるね…!』


なんて和やかに言葉を交わしていると、二人の間に豆とは思えぬ流れ弾が凄まじい勢いで飛んできた。

チュン…ッ!!と真っ直ぐに飛んできた豆らしき物は、そのまま近くの壁にめり込み、小さな風穴を開ける。


『は、ぇ…っ?何、今の……!?』


二人して豆が飛んでいった方向を恐々として見遣った。

すると、少し離れた処から高めの少年声が聞こえてきた。


「あ、ごめんごめ〜ん!主、怪我とかしてない…?」
「ったく、だから力加減しろって言っただろ?蛍〜っ。」
「えへへへへ…っ、ごめんね。つい本気出しちゃった。」


先程の豪速球は、蛍丸が投げた豆だったようだ。

成程、彼が投げた物なら頷ける威力である。

大太刀の怪力、恐るべし…。

その後も、黒田と織田が組んで凄まじいタッグがデスマッチを繰り広げたり、片や穏やかに薙刀勢に群がって豆まきを行う短刀達が何とも周りにそぐわずも本来の正しき豆まきを微笑ましい様子で繰り広げていたりした。

意外の意外で、あの宗三までもが乗り気で参加しているとは思わなかった。

…豆に混じって投石兵の石を長谷部にぶん投げていた辺りは。


「食らいなさい。」
「んな…っ!?投石兵を使うとは、貴様卑怯だぞォッ!!」
「油断している貴方が悪いんですよ。」
「何だと貴様ァアアアアアッッッ!!!?」
「おっ、長谷部の旦那が怒ったぞ。」
「鬼が追っかけて来るぞ!投げろ投げろぉ〜っ!!」


近場で物凄い勢いのデッドオアアライブが開催されていた。


「さぁ、長谷部が稼ぐか、日本号のおいしゃんが稼ぐか…どっちたい?」
「じゃあ、俺、長谷部に百円賭けるーっ!」
「じゃあじゃあ、アタシは〜、日本号に千円賭けよっかなぁ〜!」
「毎度ありぃ…っ!」
『こんな場でも強かに金を集める博多君よ…恐ろしい子。』


色んなベクトルでぶっ飛んでる面子等の様子に、何だか早々と疲れてきて、手入れ部屋等の準備をしてくるという体で奥に引っ込むのだった。


―暫くして、渡されていた豆を使い切った各々が何処かスッキリしたような顔付きで大広間へと戻ってきた。


「ふぅ〜…っ!疲れた疲れた〜。」
「でも楽しかったぁ〜!」
「またやりたいですね…!」
「そうだね。」
「まぁ、良い運動になったでござるな、兄弟!」
「酷い目に遭った…。」
『はぁい、皆さんお疲れ様でーっす!負傷者の方々は、手入れ部屋の用意が整ってますので、順にご利用くださーいっ。疲労だけの方々には、お団子等用意してますんで、其方を召し上がってくださいねー?』
「おっ、大将、気が利くなぁ…!」
『ちなみに、お団子はきな粉餅で作られてます。全てみっただ特製のお団子でーす。節分で余る炒った豆を効率良く再利用した代物ですね。』
「数はいっぱいあるから、遠慮なく食べてね!」
「わぁ〜いっ!お団子お団子…!」
「岩融も、はやくきてください!」


節分の豆の他にもおやつが用意されていると聞いて、喜びはしゃぐ短刀達は素直で可愛らしい。

自分の歳の数の分の豆を数えていると、隣に誰かが寄ってきた。


「お…っ、大将、歳の数数えてんのか?どれどれ…?」


見上げると、その誰かは厚君だった。


『や、厚君。厚君も、お豆食べる…?普通の炒った豆の他にも、落花生とか、甘いお砂糖でコーティングされた五色豆もあるから、好きなの選んで良いよ。』
「そんじゃ、俺も豆食べよっかなぁ〜。大将と同じ大豆にしとこっと…!」
『厚君は食べる豆の数どうする?』
「うーん、其れなんだけど…実際どうなんだろうな?俺が刀として生まれたのは、鎌倉辺りだけど…顕現して人の身を得たのは、大将に鍛刀されてからだし…。そうなると、俺、実質的には顕現してまだ一年も経ってねぇから…零歳じゃね?」
『まさかの零歳児…!ソレ、人間だと赤ちゃんじゃん!!確かに合ってるっちゃあ合ってるけども…っ!つか、そうなったら、ウチの子達皆零歳だよ…っっっ。』


思い至った事実に、何故か笑いが込み上げてきて、一人腹を抱えて爆笑していたら、ふと隣から視線を感じて笑いを止める。


『ん?どした…?』
「いや…大将の食べる数、其れだけなのかなぁと思って…。」
『其れだけなのかって言われても、この数が私の歳の数な訳だし…。あ、一応言っとくけど、サバは読んでないからね?』
「…大将の食べる数って、そんなに少ないんだな…。」


私の掌にある豆の数を見て、何だか複雑な表情を浮かべた彼は、そっと私の掌の上の豆を数え出す。

と言っても、大した数はない。

精々、二十数個だ。

その数の豆を、彼は少しだけ食い入るように見ていた。


『あ、つし君…?』
「………はは…っ、そっか、大将はまだ若いから…食べる数も、そんな少なくなっちまうんだよな…。」
『え…?いや、まぁ…歳の数だけ食べるとそうなるけど。別に、歳の数関係無しに食べるよ?一応、習わしに倣って、最初は歳の数食べとこうとしてるだけで…。』


何だか酷く優しい手付きで触れてくるから、何でそんなに切なそうな顔をしているのかという事にも戸惑って、言葉が尻込みするように自信なさげに口から出ていった。

此れ以上、何て返せば良いのか分からなくて、手元の豆の方に視線を落とす。


「大将って、思った以上に幼かったんだな…。」
『…ソレ、厚君達のものさしで測って言ったよね…?今の。』
「うん。だって、俺が生まれたの、大将が生まれるウンと前の大昔だもん。」
『そりゃ、そうでしょうな。鎌倉時代出身ともなりゃ…。見た目は私よりも小さいけども。』
「俺は、短刀だからな…!成りは小さくても、刀には変わりないから…大将よりずっと長生きだぜ?」


切なげな表情をしたかと思いきや、一変して何時もの快活そうな笑みを浮かべてニカッと笑う。


「だからさ…っ、俺達の為にも、長生きしてくれよな!大将…っ!!」
『……まぁ、当分の間死ぬ気は無いし、今後もその予定は全く無いけど…。』
「そうでなくっちゃな…!大将はまだ若くて、女の人でもあるから…その内、好い人見付けて、結婚したり子供産んだりするんだろうからさ。まだまだ死ねないぜ…!なぁ、大将?」


歳の数を見ただけなのに、どうしてそうも泣きそうな顔をするのか。

疎い私には、てんで分からなかった。


『厚君…?何で、泣いてんの…?』
「え?泣いてねぇよ?」
『いや、でもほら、何か目潤んでるし、目尻んとこ微妙に涙浮かんで…、』
「コレは違ぇよ…っ!ちょっと目が乾き過ぎて、痛くなっただけだって…!」
『ソレはソレで大丈夫か心配になるんだけど…っ。』
「お、お俺の事は良いから…っ、早く歳の数の分の豆食おうぜ!俺も、大将と同じ数食っとくから…!」
『えぇ…っ、もうソレ歳の数って言わなくない…?』


何故だか急に急かすように催促するから、言われた通り、自分の歳の数だけの豆を口の中に放り込む。

ポリポリと固めの炒った豆を噛み砕き、飲み込んでいく。


『…思うんだけどさ、豆歳の分食べるだけでも、この量を地道に食べるの…地味に疲れない?固い豆ガリゴリ噛んで食べるだけだし、味ずっと一緒だし…正直、飽きるよね。』
「まぁ…炒っただけの豆だしな。ソレは言えてる。」
『豆だけに、結構口ん中の水分根こそぎ奪ってくし。喉詰まるな、コレ…。』
「だな…。半分味変えるか?」
『其れは良いけど、その前に茶が飲みたい…。ちょ…誰か、お茶頂戴…っ、誰でも良いから、お茶くれ…ぅぐっ!喉詰まっt…ッ、ゲフゲホ………ッ!!』
「大丈夫か!?大将…っ!!」


喉に詰まりかけた豆を飲み込んでたら、噛み砕いた欠片が喉の奥に張り付いて噎せ込んだ。

慌ててお茶を催促したら、向かいの席に座ってた物吉君が然り気無く良い温度に冷めたくらいのお茶をくれた。

一気に喉へ流し込む横で厚君が背中を擦ってくれる。

優しくも聡い少年の姿の君が、見た目に反して、ずっと歳上であるという事は周知の事だ。


『ごめ……っ、有難う厚君。もう良いよ、大丈夫だから…。』
「ったく、吃驚したじゃねーかよ。」
『すまんすまん…っ、まさか噎せるまでいくとは思わなんだや…。』
「もぉ〜、気ぃ付けろよ大将…?次食う時は、ちゃんと水分取りながら食うんだぞ?」
『はぁい、お兄ちゃん。』
「茶化すなー。俺、真面目に言ってるんだからな…?」
『ごめんて…!ちょっとしたノリで言ってみただけ。お兄ちゃんしてる厚君が頼もしいから、つい…っ。』
「…、っはあぁ〜……しょうがねぇな、大将は…っ!」


徐に盛大な溜め息を吐いたかと思うと、次の瞬間にはくしゃっとした笑みを浮かべて、わしゃわしゃと私の頭を撫でてきた。


『うわ…っ!?ちょと…っ、厚君…!』
「へへへ…っ、ワンコみたいにくしゃくしゃだぜ?」
『わぷっ、や、やめてよぅ…!髪崩れちゃうし、何より、私はワンコより猫派なんだい…っ!!』
「はは…っ、何だよソレ…?」


じゃれ合ってクスクス笑い合う時間が、尊く愛おしい。

眩しい笑みが、どうかこの先も曇りませんように…。


『…とりま、此れからも、元気に健康でやってかなきゃだね?』
「おう…っ!大将は、まだ老い先長いんだ。まだまだ生きててもらわなきゃ困るぜ…?」
『はは…っ、こりゃ相当頑張らねばね…。さて、今晩の夕飯は恵方巻だよ。しっかり恵方の方角向いて、本丸の幸せを祈願しなきゃね…!』
「恵方巻かぁ〜。俺、アレちょっと苦手なんだよな…。デカくて食べづらいっていうか、何と言うか…っ。」
『思春期な男の子の思考かな…?いやぁ〜、厚君も健全たる男の子ですなぁ〜っ。』
「な…っ!?」
『大丈夫大丈夫、審神者そんな事じゃ引いたりしないから。寧ろ、健全たる男の子だと生温かい目で見守ってるから…!安心して!!』
「なっ、何言ってんだよ大将…!!」
『あはは…っ!厚君、顔真っ赤!!』
「大将が変な事言うからだろぉっ!?」
『わぁ〜っ!厚君が怒ったぁ〜!逃げろ…っ!!』
「あっ!?こら、待て大将…っ!!」
『あっはははは…!こっこまでおーいでぇ〜っ!!』
「んにゃろぉ…!舐めやがってぇ!!」


顔から火が出そうな程真っ赤にさせた厚君が、焦ったように後を追って駆けてくる。

私は、其れを、未だ外から帰ってこようとしている面子等の横をすり抜けながら逃げる。

まぁ…相手が短刀だから、直に捕まってしまうのだけど。


「ほぉら、捕まえたぞ、たぁーいしょう…っ!!」
『ぎにゃあ…っ!?ごめんなさい〜っ!』
「…はぁ゙ーっ、はぁ゙ー…っ。大将、意外と足すばしっこいんだな……っ。けど…さっきの言葉、撤回してもらうからなぁ?」
『ひぃーっ、ごめんなさい!もう言いませんからぁ〜…っ!!』


少しだけ息を切らした様子の彼が、顎を伝う汗を拭いながら凄味を効かせて言う。

ほんの冗談のつもりで言ったのだが、其処まで本気で捉えるとは思ってもみなかったのだ。

素直に平謝りして、許しを乞うた。


「あ゙ー…っ、まぁ、別に、そんな怒っちゃいねーって…。ちょっとは怒ったの事実だけど…。」
『うへぁ…っ、本当マジでごめんにゃさいなのです〜…っ。だから、許してぇ…!』
「……うん、すぐに謝ってくれたから…許してやるよ。その代わり…、」


縁側の隅で屈み込んでいた私の側へ、彼が歩み寄る。

そして、掴んだ腕はそのままに引かれ、顔に影が掛かったかと思われた瞬間には、額に何か熱い柔らかなものが触れていた。


『へ……………っ?』


すぐに理解は追い付かなくて、間抜けな呆けた面を晒してしまう。

一方、厚君は、悪戯が成功して喜ぶ子供みたいなようで、其れでいて少し大人な雰囲気を纏ったような笑みで笑っていた。


「…此れで、さっき言った事はチャラな?」


心底、短刀を舐めちゃいかんと身に沁みた一件だった。


執筆日:2019.02.05
加筆修正日:2020.04.09