いつの間にそんな風に想うようになったのか、俺には解らなかった。
まだ人の身を得て一年程しか経っていないせいなのか。
人の身を得た事により生じる様々な感情を上手く理解出来ていなかった。
だけど、俺は粟田口の兄弟達の中でもお兄ちゃんの立場だったから、比較的本丸での顕現も早かった事もあって、弟達の面倒を見たり、まだまだひよっこで頼りない大将の世話を焼いていた。
俺は、比較的早い内に顕現したから、大将の手伝いをする事も多かったし、弟達を可愛がってよく構いたがる大将だったから、其れを横から眺めて一緒に笑っている事も多かった。
そんな感じで、兄弟達の中じゃ年長組に当たったから、初鍛刀で来たっていう乱の次かその次くらいには頼りにされた。
故に、大将の側に付く事も多くて、気付けば知らない内にとある感情が俺の内側で大きくなっていたという事に気付かなかった。
或る時だ。
大将が近侍と一緒に槍レシピやレア短刀のレシピを鍛刀すると、「00:30:00」とする時間が回った。
俗に言う、レア短刀が来やすいと言われる時間だった。
打ち上がるのを待ってその刀を受け取りに行くと、顕現したのは粟田口派短刀の厚藤四郎…俺だった。
その後も何度か同じような事が続いて、鍛刀で「00:30:00」が回ると俺が来るようになった。
俺が鍛刀当番になった時も同じ事が起きて、「00:30:00」が回って受け取りに行くと、何振り目かになる俺だった。
他の奴が当番になっても同じようで、「00:30:00」が回った時は大抵俺が来るようになるのだった。
俺は訳が解らなくて、取り敢えず大将に謝った。
「す、すまねぇ、大将…っ。何でか解んねぇけど、最近俺ばっか来てて…。大将も、もっと他の奴等が来てくれた方が嬉しいよな?」
『いや、まぁ…別に厚君が被ったとしても、乱舞に回せるから良いんだけどね。お陰で、厚君の乱舞レベルだいぶ上がってきたし。あともう少しでMAXになるね。』
「うーん…でも、こんなにダブるのもちょっと可笑しいよなぁ〜…。」
『ん〜…元々確率的なものだと思うのだけど、確かにここ最近頻繁に厚君来ちゃうもんね?同じ“00:30:00”でも、平野君の鍛刀時間でもあるから…偶には平野君が来ても良いとは思うんだけど…。何か原因でもあるのかな…?』
大将と一緒になって首を傾げる。
二人一緒に考えてみても、似たような答えしか思い浮かばず、解決には導かれない。
其処でふと思い付いた事を大将がぽつり、と口にした。
『…あ、そうだ。この際、彼奴に訊いてみれば良いんだわ。ウチの妹なら、私より先に審神者やってて経験上は先輩なんだし。ちょっと妹に訊いてくれば何か解るかもしんない…っ。』
その手があったか、と俺は頷いて納得した。
早速、大将は同じく審神者である妹さんの処に連絡を取って相談に乗ってもらう事にしたようだ。
妹さんの方も、特に断る用事は無かったのか、すんなりと用件を受け入れてくれて。
せっかくなら此方の本丸の様子も見ながら相談を受けようという事になり、俺達の本丸で直接逢って話すという事に決まった。
―二日後。
約束していた時間の頃になって、大将の妹さんが近侍の刀も連れてやって来た。
大将の妹さんとは、此れまでも何度か顔を合わせた事があったが…やはり、纏っている空気とか雰囲気・霊力的な感じは姉妹だからって事で似てると思ったけど、顔や見た目の印象は何処となく大将とは違って似ていなかった。
大将からは、こう…何というか、ふわふわと花が舞ってる柔らかい印象がするんだけど…。
大将の妹さんからは、何っつーか…何処となく近寄り難いチクチクと痛いような鋭い印象を受けて、ちょっと苦手だった。
たぶん、其れは大将の妹さんの目付きが鋭くて目力あるタイプだったから、そういう風に思っちまっただけなんだと思う。
大将の妹さんだし、大将と同じ女の人で直接言ったら失礼だと思ったから、あんまりそういうのは悟られないよう表に出さないように気を付けてたけど。
大将の妹さんが連れてきた近侍刀は、薬研だった。
偶々の事だと思うけど、向こうの刀もウチに居る気心知れた刀だと解って、少しだけ肩の力が抜ける。
そう思ってる時、向こうの薬研と目が合って、ニッと不敵に口角を上げた笑みを見せ付けられた。
な、何だろう…パッと見、ウチの本丸の薬研と大して変わらない筈なのに、下手したら、練度的に言えばウチの薬研の方が強いんじゃないかと思うくらいだったのに…。
何でかな、向こうの薬研の方が、ウチの薬研よりも遥かに威厳があって自信に満ちてる気がした。
内心、何かが俺とは違う感じがして負けたような気がして、何だか悔しくなった。
俺だって、早い内から本丸に顕現して大将の側で役に立ってきてるんだぞ。
たくさん武功も立てて、本丸の運営に貢献してるんだからな。
そんな風に考えちまった俺は、子供っぽく張り合って、向こうの薬研に対して威張るみたいに胸を張った。
其れを見た向こうの薬研は一瞬驚いたように目を丸めたが、すぐに元の空気に戻ってフ…ッ、と気障ったらしく笑った。
此奴…っ、何かムカつく…!
大将達を他所に、俺達は下らない威勢の張り合いをする。
そんな俺達に気付かず、大将は妹さんに今回相談を持ちかけた用件を率直に伝えていた。
『アンタだって忙しいところだっただろうに、呼んじゃって悪いね。早速だけど、電話で言ってた相談の件…話しても良い?』
「どうぞ〜。」
『それで、今回アンタに相談したい件ってのがさ、最近の鍛刀での事なんだけどね…。』
外部の客人が来た時の接待用の客間に通して、出されたお茶に口を付けながら妹さんが促した。
身内の本丸であって、もう何度か訪問してきてて気心知れた感じなのか。
妹さんは落ち着いた雰囲気で大将の話を聞いていた。
隣で静かに妹さんの警護に付く向こうの薬研も、ゆったり胡座をかいてお茶を啜っていた。
…ちょっとオッサンくさい。
『……って事なんだけど…何か私変なとこある…?何時も通り、普通に鍛刀してるだけなんだけども…。』
「ふぅむ…成程ね。まぁ、ウチも似たような事は何度か経験してるよ。初心者審神者の内はよくある…というか、大体の初期の頃の本丸ではよく起こり得る出来事なんだよね、其れ。鍛刀でも泥でも、来る子は皆確率的な問題で来たりするし。よく来る子は来る。各位その本丸の空気とか、審神者の霊力に惹かれてやって来るもんだと俺は思ってるからね。」
『…ん〜、私も始めはそんな風に考えてたんだけどねぇ…?何となく違うような…何か別な事が原因なんじゃないかと。』
大将が腕を組んで俯き、ウンウンと唸り始める。
その様子を、一応心配で大将に付いてきた初期刀のまんばが心配そうに見つめていた。
この話の当事者である俺も、ちょっとばかし居心地が悪くなって、気まずげに大将から視線を逸らした。
そんな俺達の一通りの様子を見遣ってから、妹さんは静かに湯呑みを置いて口を開いた。
「ふむ…。じゃあ、一つ例としてこの話を挙げよう。ウチも初期の頃は、何度も同じ刀がダブって来る事があった。その内の一つとして一番印象に残っているのが、宗三乱舞だ。此れは、命名の通り、めちゃくちゃ宗三が連続して来まくってた時の事な。んな傾国様ばっか来られてもお前だけを揃える気も侍る気もねぇよ、と返して連結に回してた。」
『あ〜…そういう件なら、ウチにもあったわ。初期刀のまんばちゃんがあんまりにも可愛くて可愛がってたら、すんっごいまんばちゃんが連続してくるようになった事が…。アレは、審神者成り立ての時期だったかなぁ?…あ、聚楽第攻略中や長義君迎えたばっかの頃もそうだったかも。最早、ウチの本丸じゃ恒例行事みたくなってるわ。』
「その件で言うと、ウチも文久やってる時、やたらむっちゃんばっか来た事あったよ。嬉しかったから良いけど。」
『じゃあ…今回もそんな感じで来てたって事なのかな?』
「……はたまた、もう一つの例として挙げる話が、今回の要因になってるのかもしれないね。」
そう、意味深に零した妹さんが、猫みたいに目を細めて件の相手である俺を見つめてきた。
俺はちょっぴり動揺して、身を引くように少しだけその背を仰け反らせ見返す。
すると、小さく微笑んだ後に、妹さんは俺から大将の方へと視線を戻してくれた。
今の、俺に対して小さく笑った意味は、どういう意味だったんだろう…?
首を傾げつつ、妹さんが続ける話に耳を傾けていた。
端から、その様子を眺めていた向こうの薬研が面白そうにしていたとは気付かない。
「もう一つの例としての話だが…此方はまたさっきとはちょっと違う感じでな。此れも鍛刀に纏わる事で、ウチの本丸での或る時期の頃の話なんだが…或る一定の頃から、とある刀ばかりが連続してウチに来るようになるんだ。実はその刀ってのが、たぬさんだったんだが…どうしてそうなったか、その理由を知りたいかい?」
『うん…っ!知りたい知りたい!是非とも教えてください、先輩様…っ!!』
「…うん。では、その理由ってのを教えよう。…実は、此れはどちらかの意思が働いて起きた現象、という事なのだよ。」
『………え?どういう事?』
「その本丸に既に顕現済みの既存の子、もしくは、その本丸の主である審神者の意思が、何かしらのきっかけで働いてしまっている事で起きる現象…だとウチの本丸では分析しているよ。」
「え…?そ、其れは、つまり……、」
呆然と話を聞く俺達当事者に代わって、初期刀のまんばが言葉を返す。
俺は、変にドクドクと心臓が鳴ってきて焦っていた。
額から頬にかけて、冷や汗みたいな変な汗が伝い落ちる。
まさかだけど…もしかして、その言葉の先の答えは……っ。
妹さんが、一拍間を置いて口を開き、言葉を口にした。
「要はね…どちらかが寄せる好意だとかが、鍛刀の儀式の際に影響してるみたいなんだ。刀剣男士達は皆、審神者の霊力を持ってして顕現するだろう…?何度も重ねて同じ刀が来る場合のケースとして、そういう事が原因となっているというのは、先駆者である俺よりもウンと大先輩である先輩審神者さん等が残してくれた研究結果を纏めた文献に書いてあったよ。…俺の処の場合は、最初はたぬさんの方の意思が…後半は両方の意思が共鳴し合って、ってところかな…。」
そう言って笑った妹さんは、気恥ずかしそうに肩を竦めてみせた。
隣の向こうの薬研は、解り切っていたのか、其れをやれやれといった風に笑って妹さんの肩を叩いていた。
和やかな反応を見せている妹さん達とは反対に、俺は内心盛大に焦り出したと同時に躰の熱が顔に集中してきているのを感じた。
…え、いや、待ってくれ…俺のはそんなんじゃなくて、もっとこう……違った感じのもので…っ。
狼狽えた思考が言い訳するみたいに、そう頭の中で訴えてきた。
俺は混乱して、言葉にならない声を呻きみたいに発してその身を退かせる。
大将から返ってくる反応が怖くて、下手に口を開けない。
俺は、緊張しながらも、大将と妹さんとを交互に見つめた。
混乱してるんだろう俺を見兼ねて気遣ったらしい妹さんが、口調を和らげて言ってきた。
「たぶんだけどね、お前の処の厚君は…お前の事を好いてるんじゃないかな?」
『え………っ?』
大将が驚いたように、ゆっくりと俺の方を振り向く。
引かれてしまうかも、嫌われてしまうかも…って怖くなって、だけど、足は地面に縫い付けられちまったみたいに動かなくて、その場から動けなくなっちまった。
俺は、情けなくも眉を下げて、後ろに後退しかけたまま中途半端な体勢で固まった。
大将も驚いてたけど、次第に表情を緩めて俺の方を見て言ってくれた。
『…大丈夫、この事で厚君の事嫌ったりなんてしないから。怯えなくても良いよ。』
俺を安心させるような柔らかい笑みだった。
俺は、たったその一言に救われて、肩の力を抜いた。
其処で、妹さんが気遣わしげに言葉を付け足してきた。
「まぁ、好意というのにも幾つか種類があるからね。彼のは恐らく…憧れ、というものが強いのかもしれないよ。単なる直感的なものでしかないけどね。…だから、そう身構えずとも良いんじゃないかな、厚藤四郎君?」
「ッ…!!……な、何で解って…、」
「君の反応を見ていれば解るよ。…今、俺が解答に導くように話していた流れの中でね。敢えて業と勿体振るように話していたのは、同時に君の反応を伺っていたから…。試すような事して悪かったね。ごめん…。でも、君と此奴との此れからの事を思ったら、と考えて勝手にやっただけなんだ。出来たら、恨まないでいてくれると嬉しいな。」
『え…や、恨むってそんな……っ。』
「可能性は無きにしも非ず。…彼等は刀であり付喪神、短刀という身で幼き姿をしていようと、実質神様には変わりないんだから…そういう事も想定した上で言葉を音とし交わすのは、何も間違った事じゃあないんだよ。まぁ、“ちょっとしたお勉強にはなったかな…?”程度に頭に留めといてもらえると、話した身の此方としては助かるかな。」
そうやって息を吐くように溜め息を吐いた妹さんは、大将の方を見た。
「…そ、っか………此れは、この感情は、人で言うところの“憧れ”ってヤツだったのか…。」
思っていた事を言葉にして発した事で、漸く内側に抱いていた感情の名前と意味がはっきりと解り、どういう感情だったのかを自覚していくのを感じた。
成程、確かにその名前の方がしっくりくる感じがして、波立っていた気持ちが凪いで段々と落ち着いていった。
無意識に俯き呟いていた俺を、向こうの薬研が呼びかける。
俺は其れに顔を上げて、何時もの笑みを浮かべて返した。
「ありがとな、妹さん!俺にも解らなかった事教えてくれて。お陰で、ずっと抱いていたもやもやが晴れた気がするよ…!」
「…少しでもそっちの力になれたんなら、良かったよ。」
「大将も、すまなかったな…!変なとこで迷惑かけちまって…。」
『え…?いや、ううんっ、迷惑だなんて事は全然……っ。でも、鍛刀で厚君ばかり来てた理由がそういう事だった、って解って…私嬉しかった。こんな駄目駄目でひよっこな主である私に、憧れを抱いてくれてるんだって知れてさ…。私、本当まだまだ頼りないからさ、色々と不安だったんだ。皆にどう思われてるんだろうなぁ〜…って事を主に。』
「大将は駄目駄目なんかじゃないぞ…!確かに、まだひよっこで他の審神者と比べちゃ頼りないかもしんねぇけど。大将には大将の良さがあって、大将らしい主足る者って感じの魅力があるんだからさっ。そんな風に言ってやるなって…!俺は、大将も立派に審神者を勤めてると思う!だから、此れからも皆と一緒に頑張っていこうぜ…!!」
『あ、厚君……っ!』
そう力強く拳を突き出して言ってやると、大将の奴、感極まっちまったのか、口許を押さえて目を潤ませてきた。
全く、此れくらいで泣きそうになっちまうとか、此れから大丈夫かよ…?
俺はそんな意図も含めて呆れた笑みを浮かべて笑ってやった。
「ったく…こんくらいの事でしっかりしてくれよなぁ〜?やっぱり、大将はまだまだひよっこだな…!」
『うぅ…っ!だって、厚君があんまりにも逞しい事言うから…っ。歳を重ねる度に年々緩くなっていく涙腺が緩んじゃったじゃないのよ〜…!ふえぇ…っ。』
「…まっ、此れで万事解決ってとこかね…?お互いの信頼感とか絆の強さとかも解って良かったんじゃん…?」
「だな。」
「あの…その、今回もウチの主が世話になった…。度々助言を貰えて助かっている。有難う…。」
「いんにゃ。礼には及ばないよ。俺は其処まで大した事してないしね。まぁ、ちっとでも役に立てたってんだったら万々歳だわ。…此れからも、ウチの姉の事、宜しく頼んだよ。」
「嗚呼…解っているさ。初期刀として、この本丸を支える最古参者として、変わらず主に尽くしその身を守ると誓おう。」
俺が大将と言葉を交わしてる横で、初期刀のまんばは妹さんと何やら真剣な表情をして話していた。
俺には解らない事かもしれない。
又は、その話の役目は俺ではなかったのかもしれない。
でも…其れでも良いんだ。
俺には俺の、まんばにはまんばの初期刀らしき役目がある。
俺達は、それぞれにその身に相応しい役目を担い、大将を支えていく。
何時か大将みたく兄弟達に振る舞える事が憧れだけど、俺は俺で、俺らしく成長していけば良いんだ。
向こうの薬研が此方を見てきたから、今度は何も気負う事無く真っ直ぐと見返した。
そしたら、向こうの薬研も納得したように一つ頷いて、俺の方へと拳を突き出してきた。
「ま…っ、お互い自分の役目を果たしながら、大将達を支えていこうぜ。“兄弟”…?」
「おう…っ!お互い頑張っていこうな!」
グッと拳を交わし合って、にかっと笑い合う。
後から聞いた話だけど…どうやら向こうの薬研は初泥刀として顕現したらしく、本丸を支えていく要の存在として妹さんの処にいるって事を知った。
そりゃ、ウチのと比べて威厳やら何やらが違ったのは当たり前だわ…と思った。
俺が実は一人勝手にそんな事思っていたってとかは、ウチの薬研には内緒だけどな。
執筆日:2019.10.16