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薫る秋の瀬に噎せ返る



『さっむい………ッ!!』


朝起きて開口一番、そう宣った。

すっかり秋らしい気候となっていたのが、唐突として、冬の始まりをチラつかせる温度を運んできたらしい。

暦としては十月、神無月の暮れであったが、季節で言ったらまだ秋の真中であった。

しかし、この寒さと早朝帯の冷え込み様…。

まだ寝ていたい時刻ではあったが、我慢ならずに跳ね起き、寝起き宛らの掠れ声でそう叫んだのである。

こんなに肌寒ければ、もう薄手の毛布一枚と肌布団一枚では足りないだろう。

こうなる事を予想して前以て干していた厚手の毛布や羽毛布団は、部屋の隅に綺麗に畳まれ保管してある為、使おうと思えば何時でも使える状態にあった。

だがしかし、今はそうではないのだ。

つまり、単純な話…人肌が恋しかった。

ので、彼女は起き抜けの寝間着という薄着姿に簡単な上着としてカーディガン一枚を羽織って部屋を飛び出した。

そうして向かうは、彼…御手杵の部屋である。

付き合い始めてすぐに同棲し始めてからも、一応プライベートスペースは分けようという事から各部屋は別々に分けていた。

その為、夜寝る時、互いが寂しかったり睦事に勤しむ用が無い時以外は、大抵それぞれ自分達の部屋で寝ていたのだ。

けれども、つい跳ね起きてしまうくらいには冷え込んでしまっている今の気温を考えると、そうも言っていられない。

とにかく人肌の温もりが欲しい。

あわよくば、その人肌に包まれ温めて欲しかった。

本当、季節とはよく出来たものだよな、と切に思う。

画して、早朝帯の時間から彼の部屋へと突撃しに行った訳だが…。

思えばこの時間帯、彼はまだ寝ている頃だった。

のんびり屋の彼は、休日の朝は大抵遅くまで寝ていて、起きてもお腹が空いた時か昼近い頃となるだろう。

そして、今日はその休日の日であった。


『ぎねぇ〜…っ!』
「んぅ〜………ん゙が……っ!?」


だが、そんなのはお構い無しと寝ている彼のベッドの中へと潜り込み、うつ伏せで枕を抱き締めて眠る彼の脇元へ抱き付きに行った。

当然、いきなり襲撃を受けた形の彼は驚いて、夢見心地だったところを起こされる。

次いで突撃された衝撃で地味に痛む脇腹の方を、うつ伏せたまま抱き締めていた枕元から見遣る。

すれば、脇腹の位置辺りの布が不自然に盛り上がり丸い膨らみを見せていた。

その正体が何なのかを察した彼は、寝惚け眼ながら声を発した。


「ん゙〜…こんな朝っぱらから何だよぉ〜……っ。まだそんな遅い時間でもないだろぉ〜…?…っていうか、今日は休みだった筈だよな…早起きしなくても良かった日だと思うんだけど……?」
『……………。』


眠たげに目を擦りつつ言う彼だが、その言葉に返ってくる筈の彼女からの返答は無い。

ただの無言だ。

返答が無かった事に眉根を寄せた彼は、少しだけ上体を起こして布団を捲り、脇にある存在を見遣った。

其処には、言わずもがな寝間着の上に一枚の上着を着ただけの彼女が丸まった姿で居た。

眠っている訳ではなかった為、彼女の目はぱっちりと開かれている。

そんな彼女に、御手杵は寝起きの半寝惚け且つ半眼状態で視線を投げ、口にした。


「…どうしたぁ〜…?何か怖い夢でも嫌な事でもあったかぁ〜……?」
『………ん〜ん…、そんなんじゃないよ。ただ…寒さで起きて、起き上がったらめっちゃ肌寒かったから、人肌恋しくなって来ただけ…。起こしてごめん。』
「ん〜…まぁ、そういう事だったんなら良いけど……本当に何も無いのかぁ…?」
『……ん。ぎねが心配するような事は何も無いから、大丈夫。安心して良いよ…。』
「…そっか。なら、良いんだけどさぁ〜…。………ところで、今何時だ…?」
『うん…?さぁ、何時だったかな…。時計よく見てこなかったから解んないや。』


寝起きの緩い声質で短い会話を交わすと、ふと気になったのか、現在の時刻を確認する為問うてきた御手杵。

しかし、部屋を出て来る際、時間などよく見てこなかった彼女は彼の布団の上に横になったまま緩く首を傾げた。

ついでに言うと、自身の携帯端末は部屋の寝床のベッドに置き去りのまま出て来ていた。

つまりは、彼女へ回答を求めても当てにならない。

よって、自身で確認する事にした彼は、枕元に置いていた自身の携帯へと手を伸ばす。

そして、寝起きすぐには明るくて眩しい画面の光に目を細めながら、画面上に表示された今の時刻を確認する。

画面に表示された現在の時刻は、午前六時半過ぎ。

まだ早朝と言える時間帯を指していた。

その事実にあからさまに「うげぇ…。」と顔を顰めた彼は、小さく小言を漏らした。


「…まだ六時半過ぎたばっかじゃん……俺、まだ余裕で寝てて良かった時間だったんじゃん………っ。」
『……ごめんて。あんまりにも急に冷え込んで寒かったから、ぎねに温めて貰おうかな…と思って来たの。…気持ち良く寝てるとこ起こしてごめんね。』
「ゔ〜ん…そんなに今日寒いかぁ…?」
『…さっき部屋の温度計見たら、一桁近く下がってたよ。』
「うえぇ……っ、マジか…。…つか、お前何か鼻声じゃね…?風邪でも引いたか?」
『え……っ、本当?全然自覚無かったや…。』
「本当本当。だから、そんなに寒く感じるんじゃないか…?俺、起こされて初めて気付いたけど…ちょっと肌寒いなぁ〜ってくらいにしか感じねぇもん。」
『マジか…。確かに、ちょっと寒気する感じかもしんない……。やだな、風邪引くとか…季節の変わり目は何時も弱いけどさ。…風邪移さないように離れてた方が良い?』


一方的に突撃してきた割りにはあっさり身を引こうとした璃子は、のそりと躰を動かし、部屋から出て行こうとその身を起こした。

しかし、其れを遮った彼によってその身を拘束され、再び彼のベッドの上で躰を横にする形となる。

大柄な彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった彼女は、ぱちくりと目を瞬かせた。

次いで、そのままに首を上向け、後ろ背に抱き締める彼の事を見遣った。


『……ぎね?』
「…別に気にしなくて良いから…。」
『え………でも、もし風邪引いてたら、移しちゃ悪い……っ、』
「移っちまった時は移っちまった時で良いからさ。……んな、寂しい事言うなよな…。其れに、寒かったから俺んとこ来たんだろ…?だったら、お望み通りあっためてやるからさ…一時此処に居ろよ。お前の事、俺がすっぽり覆っといてやるから…俺であったまっとけって。」
『………うん。じゃあ…暫くはこのままで居る…。有難う、ぎね。』
「良いって良いって…。こういう季節になってきたからこそ、出来る事な訳なんだし…彼氏であるからこそ出来る特権ってヤツ?存分に行使すんのも、偶には良いんじゃないか?」
『……っふふ、何其れ…っ。』


彼の温もりに包まれた中で、小さな笑いが漏れた。

彼自身も可笑しかったのか、小さく一緒に笑っているのが、後ろ背にある胸が振動した事で解った。

そのままの体勢で抱き締められていても良かったが、より彼の事を感じていたくなって、身動ぎをした彼女は彼の腕の中で寝返りを打った。

其れに対し、彼も少しだけ腕の力を緩め、彼女が自身の方へ向き直るのを待つ。

璃子が彼の方へ向き直り終えた途端、改めて腕の中へと閉じ込め直した御手杵は、彼女の旋毛へと口付けを落とした。

反応を返す代わりに、璃子は彼の厚い胸板へと擦り寄る。

その様が愛おしくて、御手杵は彼女の頬へ手を伸ばすと、甲でやわりと撫ぜ、微笑んだ。


「…そうしてると、何だか猫みたいだよなぁ〜…。」
『…嫌?』
「いんにゃ…寧ろ、逆。可愛過ぎて、その内起ちそう。」
『……阿っ呆。空気台無しだっての…。』


何故、こうも甘い空気が流れ出した時になって下の発言を飛び出させるのか。

全くもって呆れてしまう。

まぁ、変な時に空気を読めない発言をするのが、彼の欠点であり難点でもあるのは既に承知の上だ。

だが…そんな緩い空気感を持った彼だからこそ惹かれた訳であるが。

そうこう不満げに拗ねた顔でそっぽを向いて考えていれば、するり、と顎下を伝って首元を触れられた。

その何かを予感させる手の感触に意識を戻して上を見遣れば、僅かに熱の込もった視線を投げる彼の目と合う。

ぱちり、瞬きをして熱い視線と合わせると、彼が徐に口を開いた。


「なぁ…キス、しても良いか?」
『え……や、今私寝起きだし…、其れはちょっと………っ、』
「其れ言ったら、俺も一緒で寝起きなんだけど……しかも、まだ寝てたかったとこお前に起こされた…。」
『ぅ゙…、其れは…その、ごめんて……っ。でも、ほら、私風邪引いてるかもだし…移すと悪いからさ………!』
「…お前から移される風邪なら、幾ら引いたって良いぞ。」
『いや…其れ、絶対後から後悔するヤツだから……っ!』
「何でも良いからさぁ…キス、させて。…ついでに、俺の睡眠妨げた仕返し、な?」


そう甘ったるい空気を纏わせて言ってきた御手杵は、突っ撥ねようとしていた彼女の唇を強引に奪った。

そして、己が望むまま、何度も角度を変えて啄むように軽く唇を重ねる。

時に柔く食むようにして口付けてやると、堪らず声を漏らした彼女が艶を含んだ声で「んんぅ……っ。」と零した。

其れに煽られるように目を細めて彼女の事を見つめれば、彼から与えられる快感に必死に堪えようと目を瞑ってふるふると目蓋を震わせる彼女の姿が映った。

其れがまた扇情的で堪らないから、つい欲が出て、彼女の腰へと手が伸びる。

其処で、いざ服の下へと手を差し入れようとしたが、残念。

今、彼女は寝間着の上に一枚だが上着を身に纏っていて、下の寝間着もチュニック丈となっており、きっちりと着込んでいる状態であった。

途端に行為を止めた御手杵は、不満げを顔全体に出した表情で彼女の事を見遣った。


「……あのさぁ、何でこういう時に限ってきちんと上着着てんの…。」
『え…?だって、寒かったから……って、この話さっきもした筈じゃぁ…?』
「…邪魔だから脱がして良い?」
『いや、今寒いって言ったばっかだよね…っ!?』
「良いじゃん、此れからあったまる事するんだからさぁ…。汗かく程動けば、寒いのもすぐにあったまるんじゃね?」
『馬っ鹿か、お前…!!風邪引いてたら悪化するっつの…ッ!!』
「悪化した時は俺が責任持って看病するから…ちょっとだけ付き合ってくれよ。」
『悪化云々前に移ってたら其れも出来ないって……ッ!!』
「うん、解ってる。…けど、ごめん。もう無理。我慢出来ない。」
『なn……ッ!?ンぅむ………ッ、』


結局、彼女の制止も聞かず、また強引に彼女の唇を奪った御手杵は、言葉を封じ込んだ上で彼女の着衣を乱していく。

無理矢理口を塞がれた璃子は、驚きつつも抵抗して彼の手を掴む。

しかし、そんな柔な抵抗など歯牙にも欠けない様子で着実に彼女の着衣を乱し、上着をひん剥いて寝間着の第一、第二ボタンを続け様に外して胸元を開かせていく。

ついでに、その最中、暴れる彼女の身を押さえ付ける為、彼女の股の間に自身の下肢を挟み込み、動きを封じる。

最終的には彼女の身を自身の下へと組み敷いて、彼女の首筋から鎖骨へと舌を這わせた。

其処までに至る頃には、諸々のせいで息を荒げていた璃子は、遂に音を上げて諦めの声を上げる。


『あ゙ー、もう…っ!好きにすれば!?…その代わり、後でどうなったって知らないからね………ッ!!』
「うん…っ!その台詞を待ってたぜ…!!」


彼女から正式に許可を得る事が出来た御手杵は、喜びを露にして破顔し、嬉々として彼女の身を抱くのだった。


―結果、やはりというか…二人仲良く風邪を引いて寝込む事となり、看病は彼の友人で幼馴染である日本号と蜻蛉切二人に見舞われるついででしてもらう流れとなったのであった。


「…お前等馬鹿だろ。」
『……私は始めから反対したし、止めた方が良いって言ってたからね…。其れを押し切って事に及んだの、ぎねの方だからな…ケホッ。』
「だってぇ…あん時のお前、むちゃくちゃ可愛かったしむちゃくちゃ煽ってきたんだもん……っ。我慢しろっていう方が無理な話だろぉ〜…!」
「だってもくそも無いぞ、御手杵…。其れで共倒れしていては意味が無いではないか…全くっ。少しは反省しろ…!」
「ゔへぇ〜………っ。」
『そうだぞ、蜻蛉さん…っ、もっと言ってやってくれ…!ぎねのせいで私結局風邪引いてたの悪化したし、ぎねより私の方が重症化して寝込む羽目になったんだから…!!ゲッホ、ゲホゲホ……ッ!』
「嗚呼、ほらお前さんも具合悪ぃのにんな大声張るなって…っ。安静にしときな。」
『ゲホ…ッ、くっそ……地味に咳出て喉辛いし…っ。全部ぎねのせいだかんね…!ゲホッ、…今回寝込む事になったの、絶対許さないから………っ!』
「うええぇ〜…っ、本当ごめんってぇ〜……っ!」
「自業自得だ…。精々恨み言を吐かれるのをただ受け止め、胸の内に留めておくんだな。今後同じような事をして捨てられんように…。」
「俺、璃子に捨てられるのかぁ…っ!?其れだけは絶対に嫌だァ〜ッッッ!!」
「オイ、こらテメェ…っ!他人がせっかく看病してやってるっつーのに大人しやがれ…ッ!!」
「あだぁ…っ!?ぼ、暴力反対だぞ…!!あと俺、仮にも病人なんだからな!?丁重に扱ってくれよ…っ!!」
「なら、璃子さんのように少しは大人しく横になっていろ…っ。お前は物の例えも解らんのか……。そんなんでは、何時か呆れられて嫌われてしまうぞ…?」
『……ぎねは、阿呆で天然ぶちかますくらいの馬鹿だからね。風邪引けたのが奇跡だよ…ケホッ。』
「うえぇ〜…璃子が酷ぇ上に辛辣で哀しい………っ。」


症状は軽く高熱で寝込む程度だったが、其れよりも重症化し咳き込む程にまで悪化した彼女から恨まれ愚痴を吐かれ、終いには冷たくされてしまい、涙ながらに落ち込む御手杵であった。


執筆日:2019.10.31