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留めたいなら名前を呼んでよ



この世から消え去りたいと思った。

何度も何度も、思った。

其れは、繰り返し厭な事がある度に、自己の存在を否定される度に、己の存在価値など有りはしないのだと思う度に。

その感情は私を襲った。

頭の神経、心の奥底までをも侵し蝕み尽くす、その醜い感情に、私は成す術無くのたうち回った。

嗚呼、今すぐに楽になりたい。

死にたい。

私なんて居なくなってしまえば良い。

そしたらきっと周りの人間達は助かる上に楽になるだろう。

いっそ喜んでくれるかもしれない。

どうせ誰にも必要とされない。

居ても居なくたっても変わらない存在。

そんな私なんかが息をして存在している意味なんか無い。

ならば、死んでしまおう。

この世からおさらばしてしまおう。

そしたらきっと楽になるだろうか。

私を苦しめる辛い何もかもから、解放されるだろうか。

そう思って、私はナイフを手にした。

試しに手首へと宛がってみたが、度胸も無い腰抜け精神ではすぐにビビってしまって出来なかった。

別の日に、今度は腹に向かってナイフを突き立てる動作をしてみた。

やっぱり恐くて、痛いのは嫌で、止めてしまった。

後から刺そうとした腹がズキリと痛んで悲しくなった。

私は惨めにもめそめそと泣き、己を呪った。

もう、何もかもに嫌気が差したんだ。

早く死なせておくれよ。

楽にさせておくれよ。

背負らされた重荷を下ろさせておくれよ。

何処までも己を縛る鎖から外れさせておくれよ。

そう何度も心の内で乞うた。

だが、現実はそうはさせてくれなかった。

意気地無しの弱い心さえも邪魔して、死なせてはくれなかった。

何を間違った、何が悪かった。

何も分からない、正解も分からない。

どうすれば良かったんだ。

問うても答えは無かった。

応えてくれる相手さえ居なかった。

ただ悲しかった。

ただ淋しかった。

ただ苦しかった。

ただ辛いだけだった。

だから、そんな毎日はもう要らないと思った。

故に自ら死を選択した。

そしたらば、遠くで誰かの声がした。

遠くで私を止める声がした。

馬鹿な事は止めろ、こっちへ戻ってこい…、と。

遠くの方で声が聞こえた。

私を止めようとする声が。

遠くの方で声がした。

悲痛に叫ぶ彼の声だった。

必死に叫ぶ彼の声が私の意識を引き寄せた。

遠く深く真っ暗な処へ堕ちようとしていた意識を。

彼が私を引き留めた。

だけど、まだ私の意思は其れに逆らっている。

だから、私は歪んだ表情かおで呟いた。


『引き留めたいのなら呼んでよ、貴方しか知らない私の名前を…。』


もう涙で視界はぐちゃぐちゃだった。

遠くで彼の声がする。

ひたすらに私の名前を叫ぶ彼の声が。

消えそうになっている私の存在を引き留めるかのように。

彼は私の名前を呼んだ。

だから、仕方なく、私は死ぬ事を止めた。

どうせ碌でもない事だったのだ。

ならば、止めて正解だったのだろうか。

彼が私を呼ぶ。

彼の呼び声によって、私はこの世に縫い止められた。

彼のお陰で、私はまだ息をしている。

彼のお陰で、私はまだ生きていられる。


執筆日:2020.04.25
Title by:ユリ柩