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Kill automata.



戦場に居る間の彼は、まこと機械みたいに敵だけを目に映して戦っているように見えた。

でも、元より彼は刀であるから、人でないものに見えて当然であった。

彼は人ではなく刀であり、神の末席の位を戴く者だった。

そんな彼の戦場で刀を振るい、修羅の如く舞う姿が好きだった。

決して他人には言えぬ事であったが、雄々しくも猛々しく敵に向かっていく様が格好良く映った私の目は盲目と化したのだ。

故に、血味泥に塗れた姿を直に目にする事になっても怯えはせず、心配の言葉が口を出て滑っていった。

戦場に出ると、彼はまるで機械のように敵だけを見据え、敵陣へと真っ直ぐに突っ込んでいく。

敵影を視界の端に捉えたら、途端、喜色満面に獣の如く目をギラ付かせて、獲物の喉笛をかっ斬らんとするばかりに牙を見せ獰猛に笑う。

そんな姿に恐れを抱くと同時に、其れ以上の何かを抱いて仕方がないのだ。

興奮というものに近い感情である。

本丸に帰れば、戦場で見せていた姿はまるで嘘のように成りを潜め、大人しく腑抜けた様子に変わる。

出陣先で昂った欲も置き去ったみたいに大人しくなる。

別に、ちょっとくらい昂りを残したまま帰ってきても構わないのに…。

此れを言うと、ちょっと変態臭く聞こえるから口に出しては言わないが、実のところ…私は内心密かに彼に斬られてみたいという欲を抱いている。

此れは、別にマゾだから、という理由ではない。

というか、私は決してマゾ体質ではない。

ただ純粋なる好奇心から抱く戯れ事だ。

ちょっとだけで良い、一度くらい、彼の本体で傷を付けられてみたいだなんて思ってみたり。

実際、そんな狂った頼み事なんかする訳もないけれど。

ほんのちょっぴりの好奇心が顔を覗かせて疼くのだ。

あの素晴らしき豪胆な刃に肌を押し当てたらどうなるのか。

軽く押し当てただけで柔い膚は切れてしまうのか。

其れとも、彼が拒んだ意思が働いて、我が肉は切れぬのか。

試してみたいという気持ちがむくり、と起き上がる。

戦場から帰ってきた血の匂いを纏わせた彼を出迎えて思う。


『今回もド派手に暴れ回ってたねぇ〜。お陰で、こりゃまた派手に血飛沫被っちゃってドロドロだねぇ。』
「おう…まぁなー。そーいう訳なもんで、風呂行ってすぐ流してくっから、あんま近寄んな。…せっかく綺麗にしてる服が汚れちまうから。」
『どうせ後で汚れるんだから気にしなくても良いのに…律儀だねぇ、たぬさんは。』
「アンタには血の匂いを移したくねぇからな…。当然のこったろ。」
『当然の事、ねぇ…。本当、たぬさんはお優しいこって。』


淡々とした口調でそう言って去っていった彼の背を目で追いながら、遅れがちにその背へと声をかける。


『怪我したならちゃんと後で手入れ部屋に来るんだぞーっ。軽傷に満たない掠り傷だって立派な怪我なんだからなぁーっ、放置しないでちゃんと治療させるんだぞー…!』


血味泥に塗れた彼が、廊下を汚しながら、後ろ背に手を緩く振って気怠げに「おー…っ。」と返事をする。

其れに、私は溜め息を吐いて、手入れ部屋の準備をするべく腕捲りをしてその場を移動する。

血を見る事に、初めこそ怖じ気づいていたものの、今やすっかり慣れたものである。

元より、私は女として生まれたが故、血には耐性がある。

古来より、女性が血に強いと言われてきたのには、月のものがあるからという理由もあるし、子を産むという機能が備わっているが故の事もある。

だから、私は多少のスプラッターな場面を見ようと表情を変える事は無い。

流石にエグくグロ過ぎる絵面を目撃してしまったら、そりゃ顔を歪めるなり目を逸らすなりの反応はするが。

要は、その程度なのである。

どんなに彼が血に塗れていようとも、平気な顔をして笑って過ごせるくらいには、私も変わってしまった身だ。

何せ、戦禍渦巻く乱世な場に身を置いてしまっているから。

審神者とて、彼等と変わらぬ、戦に身を投じる者。

ならば、時として機械のように己の私情には蓋をして敵を屠るべく采配を行う。

どんなにその時代の人間が死んでしまおうとも…其れが過去の正しき歴史ならば、我等は黙って見つめるに徹するのみである。

故に、私も彼と同じようなものか。

機械のように、御上から命令された事をこなすだけの操り人形。

其れが例え殺人という罪深き事であれど…上からの命令ならば、私は黙って付き従う他無い。

正しき歴史を守る為ならば、過去に生きた人間をも殺せる冷たい人間なのだ。

其れが、審神者という者であり、本丸の将を勤める私なのだ。


執筆日:2020.04.25
Title by:ユリ柩