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鶴と桜



本丸から然して離れていない処に咲いていた桜が満開になったという事で、せっかくだからと花見をする事になった彼女。

花見をするなら、お弁当とお酒、そして、何か軽く摘める物をと三色団子と季節に合わせた桜餅を持っていく事に。

ちなみに、その何れも全てが光忠の手作りである。

花見へ行くのは、伊達組と主である璃子を含めた四人だった。

何故この面子なのか、と言うと…そもそものこの花見を言い出したのが、驚き大好き吃驚爺の鶴丸だったからである。


―遡るは午前の執務中、政府提出用の書類に取り組んでいたところ。

いきなり執務室である審神者部屋へ乱入してきた鶴丸が、


「主!あっという驚きを見付けたんだ…っ!!執務なんかやってる場合じゃないぜ!!」


と言うなり何なり、筆を置く間も無く部屋から連れ出され(その一瞬後、筆は鶴丸により近侍だった山姥切に託された)、嵐の如く彼女を拐っていったのだ。

その時の山姥切の顔といったら、正しくポカーン…ッであり、酷く驚き呆然とした様子で彼女が拐われていった先を見ていたと言う…。

しかも、片手には墨の付いた筆を持たされたまま。
(後日談、通りすがりの秋田より報告。)

半ば強制的に連行された彼女は、そのまま何処へ連れて行かれるのかと思えば、何の事はない厨で、こんな処に何の用があるのか問うように彼の方を見つめれば。

彼は至って何時も通りにテンション高々な声音で、昼餉の下準備をしていた燭台切に「光坊!これから花見に行くぞ!弁当を用意してくれ!!」と言った。

当然、突然来るなりいきなりそんな事を言われた彼も驚き、執務中の筈である彼女を連れている事にも更に驚きつつ、何がどうなってそうなったのかの説明を求めた。

しかし、鶴丸は…。


「言っちゃあ何の面白みも驚きもなくなっちまうだろう?だから、とにかく、今俺が言った物を急ぎ作って持ってきて欲しいんだ!」


と詳しくは話さず、結局のところどうしてそんな話になったかは教えてはくれなかったのだった。

勿論、主である彼女が訊いても同じ事で、二人して首を傾げる。

そうして互いに疑問符を浮かべて見つめ合っていたら、急に何かを思い出したかのように。


「おっと、こうしちゃいられないな。せっかくの花見だ、伽羅坊も誘うとするかっ!」


そう言うなり彼女を俵担ぎにすると、素早い動きで走り出した鶴丸はその勢いのまま厨を出ていくのであった。

一人取り残された燭台切は唖然としながらも下準備途中だった手を止め、近くに居た歌仙を呼び、事情を話して後の事を頼む事にし、彼より注文を受けた物を急ぎ作り上げる為に準備に取り掛かるのだった。

一方、名前を挙げられた大倶利伽羅は…。


「伽羅坊ーっ!!これから花見に行くぜ!君も一緒に来いっ!!」


と、いきなり部屋へ押し掛けられても、何時ものように、


「馴れ合うつもりはない。」


と口にして相手にするつもりはないとの態度を返した。

が、そう返されると分かっていた鶴丸によって強制的にかっ拐われ、何処に行くとも知らされずに脇に抱えられ連れて行かれるのだった。

勿論、連行中に彼へと罵詈雑言が飛ばされ、酷く暴れられたのは言うまでもない。

その様は、懐かない猫を無理矢理抱っこして思い切り引っ掻かれているようだったと言う。
(※後日談、通りすがりの薬研より。)

して、何も知らされず鶴に連れて来られたのは、本丸から然程離れていない場所にある丘で、これでもかと言う程花を付けた桜の木々が満々開で出迎えたのである。


『ふわぁあ〜っ!桜だぁ〜っ!!』
「これは凄いね…っ。此処まで綺麗に満開なの、初めて見たよ…。」
「俺もだ…。」
「どうだっ!驚いたか?」
『うん、驚いた…っ。』
「僕も純粋に驚いたよ…。まさか、ここまでとはねぇ…。」
「花見なんて言うから何かと思えば…アンタはこの状態を俺達に一番に見せたかったっていう事か。」
「まっ、早い話そういうこったな…!」
「それならそうと言ってくれれば良いのに。」
『そうだよ〜…っ。何も連れ去るように連れてこなくても良かったじゃん…っ!』
「いやぁ〜っ、君達をあっと驚かせたかったからなぁ!この桜に免じて許してくれな…っ?」
「もう…っ、仕方がないなぁ鶴さんは…!」
「…別に、最初からアンタを怒る気なんて更々無い。」
「ははは…っ!流石は、伊達男だぜ!」
『私なんて執務中に連れてこられたから、着替えもしてないんだけど…。』
「あ、そう言えばそうだね、主…。』
「どうせ、俺と同じく部屋に来るなりいきなり連れ出されたんだろう…?」
『よく分かったな!』
「道中同じように担がれてりゃな…。」
「つーるーさん…?」


その会話に、意味深な視線を向けてきた燭台切だったが、大して意に介してない様子の彼は笑って過ごすのであった。


『こんな処に来るなら、私、内番用のジャージに着替えたのに…。仕事着のまんまだから動きづらいや。』
「まぁ、どうせ君の事だ。こんなに綺麗に満開な桜なら、他の奴等にも見せてやりたいと言って、次の休み辺りにでも皆を花見に誘うつもりだろう…?」
『あはは…っ、まぁね。こんな綺麗なの、私達だけで独占するよか皆と眺めて楽しみたいからね!それに、そうした方がこの本丸での皆との想い出も増えるしね…っ!』


桜を背ににっこりとはにかみ笑う彼女の姿は、それはそれは美しく、そして眩しかったと後に語る彼等だった。

花見と称して来た彼等は、早速程好く桜を眺められる場所に持ってきたレジャーシートを敷き、お弁当の類いを広げた。


「どうだい?この桜の木の下で食う食事は…!最高に美味いと思わないか?」
『うんっ、すっごく美味しいよ…!』
「だろう!?」
「さっきからテンション高いね、鶴さん。」
「そりゃ高くもなるに決まってるだろうっ!これだけ美しく咲いてる桜がめちゃくちゃ満開なんだぜ…?興奮するなって言う方が可笑しいだろう!」
「分かったから…さっさと飯を食え。そして、その口を塞げ。」
「伽羅ちゃん…っ。まぁ、少し早いお昼になっちゃうけど、お弁当食べちゃおっか!」
『うっははぁ〜いっ!!みっちゃん特製の花見弁当だぁ〜っ!!』
「何となくこのメンバーで行く事になるんじゃないかと思って、それぞれの好きな物を作ってきたよ!食後のデザートに三色団子と桜餅も持ってきたから、後で皆で食べようね!」
『まさかのデザートも準備してきたとか…みっただ、女子力高めか…っ!!』
「此奴は、元々アンタよりも女子力高かっただろう。」
『うん、そうだったね。』
「おいおい、君、それ認めちゃって良いのかい…?」
『え、今更じゃない?』
「まぁまぁ…っ、女子力云々は置いておいて…!さ、食べよう?」


この面子が揃えば、何時だって最終的に彼等を纏めるのは燭台切だ。

「主である彼女の立場は良いのか…?」と言いたいところだが、この際気にしないでおく。

ひらり、ひらり、と柔らかに吹く風に舞う花弁。

それを眺めれば、「嗚呼、春が来たのだな」と思わざるを得ない気持ちにさせてくれる。

同時に、季節の巡りを感じ、春の暖かみを感じるのである。

ふわり、舞い落ちた一枚の花弁が、鶴丸の赤き盃の中に浮かんだ。


「お…っ、見ろよ。此れぞ花見酒だぜ?風情があるだろう?」
『あはっ、本当だ…!綺麗だね!』
「美しい薄紅色に、透明なお酒と赤い色の盃…うん、とても風流で雅な光景だよね。今の鶴さん、凄く絵になるよ。」
『見る人が見たら絶対描きたくなるレベルに絵になってるよ、今の鶴さん!』
「アンタも絵は描けたんじゃなかったのか…?」
『あー…いやぁ、確かに私も絵は描けるけども…専ら文の方が専門だし、美術的絵は専門外なんだ…!スケッチするのとかが苦手で…っ。本格的美術は駄目なんだよぉ〜。』
「そうだったのか?」
「へぇ…僕、初めて知ったよ。」
『苦手ついでに言うと…実は、デザートに用意されてる桜餅、アレも駄目なんです……っ。』
「え…っ!?そうだったの!?」
『うん…っ、道明寺粉の味が何か苦手で…っ。』
「ごめんっ!僕、知らなかったから、花見のイメージで勝手に作ってきちゃった…っ!」
『いや、良いんすよ。春と言ったら桜や桜餅のイメージだからね。みっちゃんは悪くないんやで。だから気にしないで私の分まで食べちゃって?』
「じゃあ、その代わりに僕の分の三色団子一本あげるね?」
『えっ、良いよ。そしたらみっちゃんの分減っちゃうでしょ?』
「大丈夫だよ。君へ一本あげる代わりに僕は鶴さんの分の一本を貰うから!」
「おい、ちょっと待ってくれ。何、君サラッと本人の許可も取らずに言ってるんだ…!?」
「鶴さんは仕事中の主を無理矢理連れてきたんでしょう?だから、罰としてお団子一本無しね。」
「そんなぁ…っ!聞いてないぞ、光坊…っ!!」
「そもそも言ってないからな。」


まさかの返しに嘆き悲しむ鶴丸に、彼の手作りである出汁巻き玉子を口にしながら言う倶利伽羅であった。


『でも、流石にそれじゃあ鶴さんが可哀想だから、私の分のお団子一本半分こしよう!それなら、みっちゃんも文句無いよね?』
「全く…、主は甘いよ…っ。」
「おぉ…っ、流石懐の深い主だ!!感謝するぜ!!」
「もぉ〜…っ、主に感謝しなよね、鶴さん?」
「嗚呼!勿論さ!!ありがとな、主!!これで俺達との仲もより深まるって訳だ…!!」
『調子の良い事言っちゃって…!』
「はははは…っ!!」


桜舞う景色の中、賑やかな声が響き渡っていた。


『それにしても…本当に綺麗だね、桜…。風に舞ってひらひら舞う姿が凄く綺麗…。』
「ふふっ、そうだね…。でも、主も、この桜に負けないくらい綺麗だよ?」
「アンタなぁ…っ。」


如何にも彼が言いそうな台詞を口にした途端、呆れたような目を向けた大倶利伽羅。

しかし、言われた本人の彼女は笑って茶化した。


『やだ、みっちゃん…!もう酔っぱらっちゃったの?ちょっと鶴さん、みっちゃんにどんだけ飲ました訳?』
「うん?俺は光坊には少ししか注いでないぜ?」
『あれ?でも、既にちょっと酔っ払っちゃってるよ…?』
「いや…此奴はまだ素面だぞ。少しほろ酔いぐらいはしているが。」
『えっ。』
「酒に乗じてのアピールというヤツか…やるな、光坊。」
『え?』
「はぁ〜い、鶴さんと伽羅ちゃんは少し黙ってようねぇ〜っ!」
『みっちゃん、顔ちょっぴり赤いよ?やっぱ酔ってるんじゃない…?もうお茶にしとく…?』
「う、うん…っ、違うんだけど…まぁ、お茶にしとこうかな……っ。」


そう言って初めからお茶だった彼女から赤面しながらもお茶を受け取る光忠であった。

其処へ、ふと強めの風が吹いて、ぶわりと桜の木々が揺れた。

すると、それに釣られて舞った花弁が、木の下に居た彼等を襲う。


『わぷ…っ!凄い風…!』
「花弁も凄いな…。」
「うぅ…っ、せっかく格好良くセットして来たのに…髪、ぐちゃぐちゃになっちゃったなぁ…。格好悪い…っ!」
「お前は女子か…。」


大倶利伽羅のツッコミもさながら、各々に反応を見せていると、一人だけ静かに眺めたままの者が居た。

鶴丸である。


『どうしたの?鶴さん…急に静かになって。』
「いや、何…ただ美しく散りゆく桜を眺めていただけさ。」


ふ…っ、と目を伏せ小さく笑った彼。

何故か、そんな彼が何時になく儚げで今にも消えてしまいそうな存在に見えた。

故に、彼女は口にした。


『桜って、儚いよね…。』
「…嗚呼。咲いて、少しもすれば、風に吹かれて散ってしまう…。今はこうして満開だが、あと数日も経てば、この桜は全部散っちまって、後は緑の葉っぱだけになっちまう。季節を巡る上で、次の夏に備えて植物も移り変わっていく様を見るのは見ていて面白いが…だからこそ、桜ってのは儚く思えるんだろうなぁ…。こんなに綺麗な花を咲かせていても、明日には全部散ってしまっているかもしれないんだからな!」


ひらり、ひらり、舞う花弁を眺めつつ静かに盃を煽る鶴丸。

ふわり、また風が吹いて、桜の花弁が彼へと舞い散る。

ひたと見つめながら、彼女は静かに口を開いた。


『何だか…今の鶴丸、桜みたいだね。』
「俺がかい…?」


敢えて“鶴丸”と呼ばれた事には触れず、言われた事の意味を問う。


『だって…今の鶴丸、ただでさえ儚げな雰囲気が何時にも増してて、桜の花吹雪の中に紛れて消えていきそうな風に見えたもん…。』
「だから桜みたいだ、と…。」
『うん……っ。』


そう言った瞬間、彼女は少しだけ哀しそうな表情をした。

ほんの一瞬の事だったが、彼女の変化に目敏い彼は、それを見逃さなかった。

連れ去ってきた時のように、何も言う事無く彼女の身をひょいと抱き上げる。

突然抱き抱えられた璃子は小さく「わ…っ!?」と悲鳴を上げて驚いた。

そして、鶴丸は己が凭れ掛かっていた桜の幹から伸びる太い枝に彼女を連れて飛び乗り、幹に背を預けて胡座をかくとその上に彼女を乗せた。

彼の起こした行動の意図が分からず、彼の方を振り向き見れば、何の前触れも無しにぽんっと頭の上へ置かれた手。

その手は、優しい手付きで璃子の頭を撫でた。


「…大丈夫だよ、主。俺は、何も言わずに君の前から消えたりなんてしないさ。決してな。だから、そんな顔はしなくて良いぜ。」
『………どんな顔だよ、それ…っ。』
「そうさなぁ…っ。光坊が作った取って置きの菓子を誰かに取って食われた時みたいな哀しそうな顔か?」
『ちょ…っ!?その例えは無いでしょ!?もっと他に例え無かったのかよ…っ!!』
「はははは…っ!思い付いたのが偶々コレだったんだ!良いじゃないか、今のでも…!!君が笑っていてくれるのなら、な。」


ふ…っ、とまた小さく笑った鶴だったが、今度の笑みは儚いものではなく、長年を生きてきた者としての笑みだった。


「それに…俺は桜というより、鶴だからな!桜の花弁が上手い具合に白色を淡く染めて、なかなかに趣があるとは思わないかい?戦場で赤く染まるのとはまた違った雰囲気が味わえるだろう?」
『確かに…淡い桜の色が白い装束に映えて美しいね。』
「ふふん…っ、だろう?だから、俺は桜の精なんかではなく、鶴がお似合いなのさ…!どちらかというと、桜が本当の意味で似合うのは君の方だな。光坊みたく口説いてる訳じゃないが。」
『え、さっきのアレって口説き文句のとこだったの?』
「まさか本気で気付いてなかったのかい…?」
『うん、ぜーんぜん。』
「Oh…。」


彼女のあっさりとした反応に、鶴は心の内で彼の者に励ましの言葉を送るのだった。

そうこうしていると、食後のデザート用の箱を開けたのか、下からお呼びの声がかけられた。


「主も鶴さんも、降りてきて一緒にデザート食べようよぉーっ!!」
「おー!今行くぅーっ!!」


「よっ、」と登ってきた時のように彼女を抱えたまま身軽に飛び降りると、大倶利伽羅に小さく「まるで猫みたいだな…。」と呟かれた。


「さぁ…っ!花見の続きをしようぜ!!」


真っ白な鶴に、淡いピンク色の花弁が飾られていて、まさに桜鶴のようであったのだった。


執筆日:2020.05.13