アンタは何時も、誰も知らない処で独り静かに息を殺して泣くんだ。
昨日の晩も、そうだった。
歌仙の奴に言い付けられた言伝を伝えようと、寝る前の刻に主の部屋へと訪ねに行こうとした時だった。
耳を澄ませてみたら、部屋で独り静かに泣いている声がしたのだ。
様子が気になって、部屋の戸を隙間程開けてこっそりと中を窺ってみれば、主は部屋の奥隅の薄暗い影ではらはらと涙を溢していた。
何を言う訳でも無く、片目だけで器用に泣く姿を見た。
結局、俺は声をかけるにかけられなくなって、静かにその場を後にする。
何時もそうだった。
俺は、主が泣いているのをただ見ている事しか出来ない。
かける言葉が見付からないのだ。
代わりに側へ寄り添ってやれば良いのかもしれないが…俺なんて奴が側に居ても泣きづらいだけだろう。
今朝、起こしに行った時も、何も言ってやれなかった。
確実に泣いた痕を残す顔だったのに。
アンタは何も言わずに何時も通りの顔を装って挨拶を告げる。
その言葉に、俺は何時もの如くぶっきらぼうに返すだけだった。
何がアンタを其れ程にまで苦しめるのか、俺は知る術を持たない。
翌日の朝も、主は独り静かに泣いていた。
俺は、其れを黙って部屋の外で壁に凭れて佇み、泣き終えるのを待つ。
…そうやって、アンタはまた声を殺して泣くんだ。
誰にも頼る事無く、己の中に自身の寂しさや何もかもを押し殺して。
そして、起き抜けに泣いてしまった後も、そうやって独り対処して、何事も無かったかのように起きてくるんだ。
赤みは抜いたであろうも…唯一の証拠、腫れぼったく目蓋を腫らして。
どうして、アンタは独りで何もかもを背負おうとするんだ。
少しでも良いから、俺にでも、他の奴にでも分けてくれたら楽になるだろうに。
其れは決してしようとはしないんだ。
俺は、こんな時、何て言葉をかけてやれば良いのかが分からない。
だから、気付いた時には、そっと離れた処から見守る事しか出来ないでいる。
慰めが必要なら言ってくれ。
寄り添いが必要なら言ってくれ。
俺の躰はアンタがくれたものだから、出来る事ならアンタの為に使いたい。
何でも良いさ。
俺の持ち主であるアンタに使ってもらえるならば。
何の役にも立てない事こそ終わってしまう気がするから。
だから、独りで抱え込もうとしないでくれよ。
俺で良いなら、何だって聞いてやるから話してくれ。
側に居る事を許してくれるなら、幾らだって寄り添っていてやるから。
どうか、俺にもアンタの重荷を背負わせちゃくれないか。
…そう胸の奥底では思いつつも、其れを言葉にして口に出す事を躊躇ったまま、俺は今の距離感を保っている。
執筆日:2020.07.18