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姫と其れを守る小さな従者



執務の合間の休憩時に、部屋へ遊びに来た乱ちゃんに髪を弄られた。

私の髪が偶々長くて(乱ちゃん程ではないが胸元まである)、夏の暑さに負けてもうすぐ切ってしまうというのを聞いて名残惜しんだのか、せっかくならば短くなってしまう前に少しだけ好きに弄らせて欲しいと言われたのだ。

そういう事ならと後ろ背に髪を預け、好きに遊ぶと良いと受け入れた。

そうして弄られる事、数分。

大人しく待っていると、気に入る髪型に結い終わったのか、後ろ背に上機嫌で声を弾ませた様子の彼に声をかけられ、声に応じると共に振り向くと、同時に手鏡を渡されて自身の姿を確認するよう促される。

促されるまま手鏡を覗き込めば、何時に無い雰囲気で髪を結われた自身の姿が映り込んでいた。

こんなにお洒落に髪を結ってもらうのは、学生時の卒業式や成人式など何か祝い事があった時の行事の時以来だろうか。

女と生まれたからには、やはり女の子らしくお洒落を決め込んだ暁には気分も上がってしまうというもの。

普段が簡単で楽なお団子や一つ結びしかしていなかった分、久し振りの感覚だった。

見るからに嬉しはにかみの様子で“有難う”の礼を述べると、向こうも嬉しそうに口角を上げて「どういたしまして!」と返事が返ってきた。

ついでに。


「そのまま一時しててね!崩しちゃ駄目だよ!」


と念を押されるみたいに言い付けられて、すぐに崩しちゃうのも勿体なかったから、言われるままそのままにしておく事にした。

満足げな彼が「短くするまではまた弄らせてね!」と言って道具を片付け、部屋を出ていく。

まぁ、可愛く髪を結ってもらえるのは満更でもないから断る事はしない。

其れだけで彼等の退屈が凌げるというのなら、幾らでも好きに遊ばせてあげよう。

半ばそんな思いで寛大に受け入れ、残りの休憩時間をまったりとしていると、部屋の前を通りかかった清光に「おっ、その髪型可愛いじゃん。似合ってるよ。」と褒められた。

何だか得した気分。


『乱ちゃんがやってくれたんだよ。』


と素直に私が返せば、納得したように頷いて。


「彼奴、主が髪切っちゃう予定なの聞いて凄ぇ残念がってたもんなぁ〜。あ、でも、俺は髪の短い主も好きだよ?どっちも可愛いし。どんな髪型してたって、俺の自慢の主には変わりないしね。…ふふっ。」


そう言い逃げするみたいに去っていった。

…そんな風に言われると何だか無性に恥ずかしくなってくるんだが。

全く、ウチの初期刀様は極めてからというもの、此方が恥ずかしくなるような台詞を衒いも無く口にするから照れる。

気持ち的には断然嬉しいから良いのだけど。

彼等の素直な気持ちが聞けるのは良い事だから。

そうこうしていると、今度は糖分補給にとお茶菓子を持ってきてくれた篭手切君が部屋へとやって来た。

ウチの本丸は、執務中でも自由に審神者部屋に立ち入れるように許可しているので、誰かしら立ち替わり入れ替わりやって来るのである。

別に、仕事の邪魔をする訳でなければ全然構わない。

部屋へやって来るなり、私の髪型に目を留めた様子の彼が、破顔して口を開いた。


「あ、素敵な髪型ですね…!そうやって髪を上げている姿も、より女性らしく見えて良いと思います!」
『ふふふっ、有難う篭手切君。コレ、乱ちゃんがやってくれたんだよ。』
「嗚呼、彼ならばその手腕も頷けますね。…うーん、どうせその髪型なら、今の服装よりも別の服装の方が合いそうですね…。少々、衣装箪笥の方失礼しますね。」
『へ?あ、うん、どうぞ。』


何やら思案し始めた様子の彼よりお盆とその上のお茶菓子を受け取る。

今日の糖分補給用のお菓子は、小さな金平糖だった。

小振りの透明な器に入った小さなカラフルな粒がきらきらと輝いていて可愛らしかった。

見た目からも癒し効果抜群とは、流石歌仙、厨番長と称されるだけの事はある(一部の者が勝手にそう呼んでいるだけだが)。

そんな事を思っている他所で、ふと今着ている物とは別の服を出してきた彼が合わせるように其れを私に見せてきた。


「ほら、やっぱり此方の服の方が断然よく見えます。せっかくですから、髪型に合わせてお着替えしましょう。お洒落をするなら、“全身こーで”した方が決まって見えますよ…!」
『え、でも、今日何処にもお出掛けする予定無いけど…、』
「別にお出掛けせずとも、お洒落をしても良いのでは…?」


彼がそう言うならばと渡された衣服を受け取り、着替える事に。

渡された物が夏の着物だったので、まぁエアコンのよく効いた部屋なら良いかと思いつつ、着付けを手伝ってもらう。

着替え終わる頃には、先程までのいまいち冴えないラフな感じではなく、控えめにもきらびやかでちょっとしたお姫様気分な雰囲気に仕上がっていた。


『えっと、どうでしょう…?』
「はい…っ!よくお似合いです!やはり、此方の方がばっちり合っていて素敵ですね!!」


満足したらしく、最後に「引き続きお仕事頑張ってください!」と激励の言葉を告げると、さっさか部屋を後にしていった。

仕事の邪魔にならないようにとの配慮だろう。

一先ず、そういう事にして、休憩を終え、仕事に戻る事にした。

きっちりかっちりとした装い故に、ちょっと仕事しづらかったけども、まぁその内慣れるかと思って執務机へと向き合う。

幸い、座椅子に腰掛けての作業だったので、背凭れしても崩れにくい結び方で帯を結んでもらった分、あまり帯への心配はしなくて良いし、姿勢さえ気を付ければそんな着崩れもしにくいだろう。

時折、金平糖を一つか三つ口に含んで舌の上で転がしながら仕事に集中していれば、畑のお手伝いに出ていた近侍の秋田君が戻ってきた。


「只今戻りましたーっ!主君!」
『おかえりなさい、秋田君。畑のお手伝いお疲れ様でした。暑い中大変だったでしょ…?さっき秋田君の分まで麦茶貰ったから、飲みな。夏は水分補給が大事だからね。冷たくて美味しいよ。』
「有難うございます!早速頂きます…っ!」
『糖分補給用に貰った金平糖もあるから、好きなだけ食べて良いよ。数は沢山あるからね。ほら、透明な器いっぱいに盛られてるから。』
「わぁ…っ、色とりどりの小さな金平糖が沢山入っててきらきらしてます!綺麗だなぁ〜…っ!」
『八ツ時以外で出される此れを食べれるのは、近侍の特権だからね。何時もの事だけど、他の子達には内緒にね?』
「はいっ、何時もの…ですね?分かりました…!皆には内緒にしておきます…っ!」


私がこっそり秘密を打ち明けるみたいに声を潜めたからか、受け答える彼も小声で返してくれた。

私の仕事の合間に出される糖分補給用のお菓子は、近侍に就いた子達の密かな楽しみであり、審神者である私と彼等の小さな可愛い秘め事である。

此れは、一応厨番の歌仙達にも話は通してあるし、短刀の子等には甘い私が彼等にも分け与える性分なのを分かって何時も多めに用意してくれている。

最早、暗黙のルールみたいになっていて、ちょっとだけ面白い。

近侍の仕事をしていた傍らで呼ばれた彼は、私の仕事のお手伝いを途中に畑のお手伝いの方に出てもらっていたのだ。

汗と土で汚れたから、此方へ戻ってくる前に急いで汗を流して服を着替えてきたのだろう。

所々ヨレっている服や襟元を直してやりつつ、まだ少し濡れている髪に近場に置いてあった未使用の手拭いを手に取って拭いてあげる。

されるがままに受け入れる彼は擽ったそうに笑って大人しく頭を拭かれていた。


『はい、まだ少し濡れたままだったから拭いてあげたよ。』
「えへへ…っ、有難うございます、主君!」
『どういたしまして。急いで慌てて戻ってきてくれたんだろう事は分かるけども、別に私はちょっと戻りが遅くなった程度で怒ったりなんかしないんだから、ちゃんと髪拭いてきて良かったのよ?夏だからって油断して風邪引かれたりした方が大変だもの。』
「すみません…っ、早く主君の元に戻りたいなって思ってたら、つい…っ。」


そう言って申し訳なさそうに、だけども何処か嬉しそうに笑む彼に、仕方がないなとばかりに微笑み返せば。

其処でふと何かに気付いた様子の彼の動きが、ハタ、と止まる。

どうしたのかと疑問に思っている最中にも徐々にぱぁあ…っ!と顔を明るくさせる彼に、思い至った事が一つ。

嗚呼、もしかして、今のこの服装の事だろうか。

彼が見ていたのは、着替える前の服装だったので、着替えた後の姿を見るのは今が初めてである。


「主君、お着替えされたんですね!何だかお姫様みたいで綺麗です…っ!!」
『ふふふ…っ、有難う。コレね、ちょっと前に着替えたばっかなのよ?髪は、仕事の合間の休憩時に乱ちゃんが来てやってくれてね。服は、お茶菓子持ってきてくれた篭手切君が髪型を見て合わせてくれたの。お洒落するなら、結った髪に合わせて全身コーデした方が良いからって。…どうかな?』
「流石お二人ですね…!乱兄さんも篭手切さんも、主君の良さを分かってくださっているのが凄く滲み出てる気がします!とってもお似合いですよっ!!」
『ふふふっ、そう言ってもらえると、何でもないのに着飾った甲斐があって嬉しくなっちゃうなぁ…!』
「何時か見た事のあるお姫様みたいで、僕も嬉しいです…っ!お姫様みたいな主君をお守りするのは、今近侍である僕のお役目ですね!頑張ります!!」
『ふふ…っ、その調子でお仕事のお手伝いの続きも宜しくね?』
「はい…っ!任せてください!!」


改めて気合いとやる気に漲った様子の彼に微笑ましく思いながら、再び執務机へと向き合う。

ふと思い出して、机の傍らに置いていた小さな蓋付きの竹細工の小物入れに手を伸ばし、中から一つの個包装された飴玉を取り出す。

そして、忘れぬ内にと彼に声をかけ、手を出すように促した。

素直な彼は、すぐに言われた通りに両の掌を天に向けて差し出す。

其処へ、ころり、と転がす一つの飴玉。

きょとりとした彼は首を傾げて手の中に落とされた其れを見つめた。


『塩飴だよ。』
「僕にくれるんですか…?」
『うん。暑い中外で作業頑張ってきたからね。いっぱい汗かいただろうし、その為の塩分補給にどうぞ。慣れないと塩辛く思うけど、其れは甘めのタイプでレモン味だから美味しいよ。』
「わぁっ、わざわざ有難うございます…!じゃあ、早速頂きますね!」


ペリリッ、と小さな包みを破いて中に入っていたまあるい飴玉を口の中に含む彼。

其れから暫くコロコロと口の中で飴玉を転がす音がした。

表情が明るくにこにこしている様子から、どうやら気に入ったのだろう事を察して此方も微笑む。

端から見たら、今の私達は、何処かの屋敷にでも居るお姫様とその姫に仕える小さな従者と言ったところだろうか。

“審神者とその臣下である刀剣男士”という意味では、あまり大差無いだろうが。

どちらにしても、何だか擽ったい気分であった。


「梅雨が明けてからは、本当に暑い日が続いてますよね〜。大丈夫ですか、主君?気分悪くなったりとか、具合悪くなったりとかしたら、すぐに仰ってくださいね。僕、急いで薬研兄さんを呼びに行きますから!」
『うん、今のところは大丈夫よ。エアコンをよく効かせてあるからね。秋田君こそ、暑くなったり寒くなったりしたら遠慮無く言ってね?風向きとか風量調整するから。』
「はいっ、僕も今のところは大丈夫ですので、お構い無く…!」


気持ちの良い冷たい風を受けながら、暑い中でも涼しく快適に過ごしている。

この調子なら、今日の執務も滞りなく捗り終える事が出来るだろう。

思わぬ出来事で衣装チェンジなんてしてみたが、偶には何でもなしにお洒落するのも悪くはないかもしれない。


「…っふふ、お姫様な主君に仕えるのってどんな感じなのかなって思ってたので、ちょっとした夢が叶っちゃいました…っ!」
『そっかぁ〜。じゃあ、今の秋田君は、宛らお姫様を守る小さな騎士ナイトだね?』
「“ナイト”っていうのは、確か、外つ国の絵本やお伽噺に出てくる従者の事ですよね…!其れが、今の僕ですか?何だか照れちゃいます…っ。」
『ふふふ…っ、格好良いよ秋田君。』


極めてからより凛々しくなって帰ってきた彼は、正に姫を守るに相応しい小さな騎士だった。


執筆日:2020.08.05