長かった彼奴の髪が綺麗さっぱりと短くなったから、今まで髪で隠れて見えなかった首の後ろの項が露になってて。
其れで、つい気になって触りたくなって、何の前触れも無しにツゥ…ッ、と触っちまった。
そしたら、彼奴は明らかに分かりやすい程にビクーンッ!!と背を仰け反らせて肩を跳ね上げ、衝動と反射的に伸ばしていた俺の手を叩き払った。
見事と言わんばかりの反射反応だった。
俺の手を払った後も、警戒するみたく肩を怒らせた主は、ズザザザッと壁際に退いて俺から距離を取り、後ろ首を押さえて威嚇する猫みたいに俺を睨め付けた。
まぁ、思っていた以上の反応ではあったが、内心半分ではたぶんこうなるだろう事は分かっていた分、あまり動じずに返す。
「偉い跳ね退き様だったなァ、今の。」
『…たぬさん、分かってていきなり触ったでしょ……っ。頼むからそういうの止めて、マジで止めて、本当止めて、変に勘違いして攻撃しちゃうか飛び退いちゃうから。』
「すまん、今のは完全に俺が悪かったって。だから、んな怒んなよ。」
『……ったく、恋仲になってからっつーもの、油断も隙も無いな…ッ。』
「いや、片想いっつーか…俺が一人で一方的にアンタの事好いてた期間が長過ぎて、その反動がだな…。」
『言い訳かよ。言い訳で言うにしても、もっと他に良い台詞あったでしょうに…。』
「でも、事実だし。俺がつい触りたくなっちまうくらいには、アンタに惚れちまってる訳だしなァ。今更だろ?」
確かに今のは俺の方に原因があったから素直に謝るのと同時に本音を零せば、あからさまに顔を赤く染めてそっぽを向き視線を逸らす。
こういう時にそういう態度を取るのは大抵が照れ隠しだと知ってからは、特に触れずにそのままで居させている。
前の俺だったら、確実に“何で今俺から目を逸らした?”とか“こっち見ろ!”とかって言って無理矢理視線を合わさせてたんだろうが…お互いに想いを通わせ、極めて己自身を強く保つようになってからは気持ちに余裕が生まれたのか、主が取る一挙手一動の意味が手に取るように分かるようになった。
其れからというものは、ある程度の距離を許し感覚を保ちながらも徐々に主を落とす気持ちで攻め寄っている。
“急いても事を仕損じる”とは確かで、こういった事に限って急いてしまえば、向こうが反対に突っぱねてしまうようになる。
其れを学んだ俺は、急がず焦らず、しかし確実に己の物とせんが為に動いていた。
…まぁ、今となっちゃ、主は既に“俺の女”となっちゃいるが。
心の奥底では、何時誰かに取って食われても困ると牽制は忘れない。
特に、また新刃の奴等が増えた今は、其れを如実に行動に表している気もしないでもない。
俺自身、自覚が無い訳でもないし、独占欲が薄い訳でもない。
強いか薄いかで問われれば、たぶん強い方だと思う。
其れ程にまで、俺は主に惚れ込んでいた。
主自身からも俺一筋というくらいに惚れ込まれてる自負があるから、他の奴に負けるなんてこたぁ一切無いがな。
―そんな話は今は置いとくとして…。
反射的に飛び退き俺の手を
すると、丁度というタイミングで主が口を開き、俺に問うてきた。
『もう…あんまりにもいきなりだったから、つい反射的に叩き落とすくらいにはビビっちゃったけど…ッ。何でいきなり首の後ろなんて触ってきたのよ?』
「長かった髪切って短くなったから、其れで普段は隠れてた項が見えるようになったんで、つい衝動的に触りたくなって触った。」
『潔いにも程がある返事だな…。まぁ、確かに気になる気持ちは分からんでもないがねぇー。…けど、いきなりは流石に驚くから、触りたいのなら一言くらい声をかけてくれ…じゃないと、何の心の準備も無しで盛大に驚いちゃうから。うん、頼むから其処んとこ気を付けてね。俺、此れでも精神ひ弱な豆腐メンタルなんで。』
「おう。だから悪かったって言ってるじゃねーか。」
『あんま反省の色が無いから言ったんだがなァ…。俺、マジでSAN値高くないから、止めてね。』
「“SAN値”って何だ?」
『えーっと、まぁ精神的な意味も兼ね備えた体力数値だと思って。』
「はぁ…よく分かんねぇけど分かったわ。」
余程ゾワリとでもしたのか、俺が触った首裏を擦って気を紛らわしている様子に、流石に申し訳なく思って、今度は一度声をかけてから触る事にした。
「なァ、今度は何も言わずに触ったりなんてしねぇからさァ、もう一回アンタの項触っても良いか?」
『えぇ……っ?何も無いけど…まぁ良いよ。』
擦る手を止めて此方が触りやすいように横向きに座り直した主に許可を貰って、早速腕を伸ばして触ってみる。
軽く指先が触れるだけの感覚でさわり、と触れてみたら、擽ったかったのか、僅かに首を竦めた主。
だが、嫌がる素振りは見せない事を確認した上で、今度はしっかりと掌全体で触るように触れた。
すると、擽ったそうに顔を引き攣らせた主が口を開いた。
『ねぇ、ただ俺の項触ってるだけだけど、其れ楽しいの…?』
「楽しいっつーか、何っつーか…俺にもよく分かんねぇ。」
『何じゃそりゃ。』
「けど…何か無性に気になるんだよ。」
『はぁ…?』
疑問符を浮かべて不思議そうに小首を傾げた主に、途端に腑の内側がざわついて、口の中に溜まっていた生唾を飲み込んで、わざと意識するように耳元に口を寄せ問うた。
「アンタが嫌がる素振り見せたら即止めるから…アンタの項に口付けても良いか。」
『へ…っ!?う、項に……っ?』
「嗚呼、アンタが少しでも嫌がれば止めるからさ。…駄目か?」
そう熱を持った吐息混じりに耳元で問えば、忽ちまた顔を赤くして躊躇いがちにコクリと首を縦に頷いた。
其れを了承したとの合図に捉え、先程までの遠慮していた手付きとは異なる手付きでするり、と首筋に手を伸ばし、そのまま生え際から脊椎の尖った部分までを撫でるように触れる。
そして、主が怖がらねぇように髪越しに頭に口付けてから、横合いに躰を滑らせ、主の首裏へと口付ける。
初めは軽く己の唇が肌に触れるだけの程度から、徐々に積極的に触れ合わせるように肌へ重ねながらべろりと舌を這わす。
その感触に身悶えした主が身を小さく震わせ、息を詰まらせた。
その感覚を直に感じながらも、拒絶は見せない態度に良しと見て、行為は止めずに続ける。
吸い付くみたいな白い肌をした項にそそられて、ちうっ、と軽く吸い付いてみる。
途端に、ビクリッ、と肩を跳ねさせた主が小さく声を漏らして、慌てて口を塞いだ。
その反応に気を良くして、もっとその声を聞かせてくれよ、と強く吸い付きながら主の躰を引き寄せる。
すっかり俺の愛撫に力が抜けちまったらしい主は、俺に全てを委ねるようにしてしな垂れ掛かるみたいに凭れ掛かっていた。
たぶん、今のだけで腰が抜けたんだろう。
全く何時になっても初心で愛らしいこって。
俺が何かと触れる度に返ってくるその反応が堪らねぇし、内心満更でもねぇから敢えて指摘する事はしねェーけど。
べろりと舐め上げつつもじゅるり、と強く吸い付き痕を付けたら、丁度首の真後ろの真ん中辺りに赤い華が咲いた。
此れ程に無いという多幸感を抱きながら、熱い息を漏らす。
「―はは…ッ、何時見てもこの様は気分が良いよなァ。まさしく“俺の物になった”って証みたいでよォ。」
『は、え…っ?ちょっ…まさか痕付けたの、たぬさん…ッ!?』
「悪ィ。つい昂っちまってな…。」
『バッカ…!!今、俺髪短いんだから隠せないじゃん…ッ!!』
「だから悪かったって言ってんだろ…?でも、アンタだって悪ィんだからな。こんな無防備に俺に差し出すみたいに項隠しもしてねぇ上に、ひょいひょいと安易に触らすの許可すんだからさ。据え膳食わぬは、ってよく言うだろ?」
『夏で暑いから髪切った人間に其れ言います!?もう、本っ当馬鹿なのアンタは!?幾ら恋仲になったからと言えど、全部が全部許されると思うなよォ…っ!!』
「わぁーってるっつの…ッ。責任は取ってやるから、続きして良いか?」
『まだするのッッッ!?』
「アンタの反応見てたら煽られたんだよ。…その責任は取ってくれるよなァ?」
『ばッ………!!!??ッ〜〜、直球過ぎんのも心臓にも精神衛生上にもクッソ悪いから止めてッッッ!?審神者ダイレクトアタックで死んじゃうからァッ!!』
「へーへー、悪うござんしたァ。けど…、今のだけで死なれたら困るんだよなァ。まだまだ此れからっつーところなんだからよ、っと。」
『ひゃえっっっ!?あの、たぬさん…っ!!?』
如何にもな顔付きで慌てふためくから、押し倒した上でそんな反応返されたら黙ってられないっつーのが男の性で…。
煽りに煽りを受けた俺は其れを衝動に変えて主に口付け、主の口を物理的に塞ぐ。
そうして息も言葉も奪った上に返事を返す余裕も奪えば、すっかり息を乱した主が熱を孕んだ目で色っぽく俺を見つめてくる。
主本人としては“何してくれるんだ”と睨み付けているつもりかもしれねぇが、全くの正反対の意味で受け取られている事に気付かないでいる。
まぁ、俺的にはそのままで居てくれた方が堪らねぇから敢えてそのまま何も言わないでおく。
だって、せっかく無自覚に煽ってくれてんのを指摘するとか、んな勿体無ェ野暮な事はしねェさ。
逆に其れを利用するくらいの気持ちで居なきゃ、この強気な女を手籠めにする事なんざ出来ねぇだろう。
だから、俺はただ初々しい反応を返してくる主を愛しく思い、愛撫するだけだ。
今にも文句を口にしてきそうだった主の口を再び塞いでやってから、主が口にしようとしていた言葉すらも飲み込んでやるくらいに深く深く口付ける。
そうして文字通り言葉を奪ってやって、ついでに主の余裕さえも奪ってやる。
口答え出来ないくらいに落としてから、また主の弱い首筋から項辺りを攻める。
すれば、忽ち抵抗なんて出来ずに悦がるだけしか出来なくなる主は小さく漏れ出る声を必死に抑え込むだけになる。
その必死に声を抑え込む仕草さえも堪らなく愛しく思えるんだから…俺もすっかり重症と言わんばかりの末期だな。
でも、其れでも構わないと思える程好いた女が愛しく思えるんだから、不思議な話だ。
甘やかな感覚に頭がフワフワとしてきて、まるで頭が馬鹿になったみてぇだ。
でも、止められない。
止めたくない。
柔らかな白い肌に赤い華を残しつつ、主の息を乱して俺自身も息を乱してその甘い香りをさせる躰を掻き抱く。
嗚呼…此れじゃあ、まるで毒みてぇだな。
主という女の存在が俺を狂わす毒で、俺はその毒に酔って欲に身を任せる中毒者。
まさしく言い得て妙な
その毒を自ら欲して溺れるんだから、俺の脳味噌は大概ヤられちまってるっつー訳か。
其れでも嫌な気はしないのは、主の魅力に骨抜きにされちまったのか、はたまた心底ぞっこんって程にまで惚れちまったのかは分かんねぇ。
俺は武器で刀だったから、今もただ記憶に在る人の真似事を成しているだけに過ぎないのかもしれない。
―だが、其れに応えてくれる主が居てくれる限りは、変わらぬままで居ようと思う。
俺の全てを受け入れ、何もかもに惚れ込み望んでくれた主の想いに報いる為に。
そんな想いを伝える為に、俺は心底愛しくて堪らないのだと主の唇を掠め取り、息を奪った。
主の吐息すらも含めて全てが愛おしいのだと告げるように。
―話のオチというか、余談だが…この後、主の首の至るところに咲いた赤い華の痕を隠す為に俺の襟巻きを貸してぐるぐる巻きに巻いてやったのは、お笑い草である(主本人からしたら全くの笑い話ではなくとも、少なくとも俺からは滑稽に見えたのでそう表現する)。
ついで、其れが可笑しくてつい鼻で笑うみたいに吹き出して主に一発殴られたのは言うまでもない。
Title by:溺れる覚悟