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聞こし召せませ



「―…鬼丸国綱。夢で見たんだ。アンタの元に鬼が来ると……。」


ずっと待ち焦がれていた存在が鍛刀場に降り立ったのを確認して、其れまで張り詰めていた緊張を解いた。

漸く肩の荷が降りたと思うのと同時に酷く安堵して、ついよろり、と鍛刀場の床に手を付いてしゃがみ込んでしまった。

まぁ、彼の天下五剣という事もあり、かなりの神経と霊力を消費したのは確かであったので、其方と勘違いしたらしい近侍が慌てて手を差し伸べてきた。

その優しさに感謝しつつ、素直に近侍の手を取ってゆっくりと立ち上がり、体勢を持ち直す。

来て早々に審神者がよろけたりなんてするから、今しがたこの場に降り立ったばかりの彼からも焦ったように手を伸ばされていた。

無駄な心配を掛けてしまった事に申し訳なく思いつつも、今度こそ彼の手を取って笑みを浮かべる。


『来て早々吃驚させてしまってすみません。まさか諦めかけていたところで鍛刀が成功するとは思っていなくて…っ、つい腰が抜けてしまいました。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。――改めまして、私はこの本丸の審神者を勤める猫丸と申します。ようこそ、我が本丸へ。そして、どうぞ末長く此れから宜しくお願い致しますね。』
「あ、嗚呼…此方こそ、宜しく頼む。…が、本当に大丈夫か?」
『はい。お気遣い、どうも有難うございます。』


彼の大きな掌と挨拶の握手を交わしながら初めの挨拶の口上を述べる。

其れを受けながら、彼も慣れない様子でぎこちないながらも言葉を返してくれた。


―其れから数日、彼が本丸という環境や人の身に慣れるまでの間、近侍に付いてもらって色々な事について学んでもらった。


『何はともあれ…貴方が来てくださって良かったです。資材はまだ余裕があったんですけど、頼みの綱である御札がもう切れかけていたところだったので、かなりギリギリのところでした…!結局、残るは最後の御札となった時点で、今回はもう駄目かと一瞬諦めかけていたんですが…最後の最後で例の時間が回ってくれて、慌てて手伝い札を使ったら貴方が来てくれて……っ、もう本当に感謝でいっぱいですよ。』
「そうだったのか…。しかし、何故其処までして俺の存在を求めていたんだ…?俺は鬼を斬るが、手元に置くには不吉な太刀だぞ。」
『貴方は、鬼という悪しきものを祓ってくれる刀だと窺いました。だから、この本丸に必要だと思ったんです…。よく悪夢を見ては魘され、災厄を持ち込んでしまう私が居たから……きっと、この本丸に降り掛かる災厄の大元は私に原因があるんです。だから、其れを祓ってくれる存在である貴方を待ち望んでいたのです。』
「成程、既に夢にまで見ていたのか…。しかし、俺は鬼を斬る以外に興味は無いぞ。災厄の全てを祓うのは専門外だ。…しかし、悪鬼が原因での事なら、すまない。もっと早くに来れていればそんな思いをさせずに済んだのだろう…。」
『嗚呼…っ、別に良いんです。悪夢を見てしまうのは、最早戒めのようなものだと思っていますから。其れに、仮に災厄の全てを祓える訳ではなくとも、貴方が無事来てくれたという事だけで構わないのです。貴方という存在自体がきっと守護となる筈でしょうから…。此れできっと、この本丸に漂っている淀んだ空気は祓われますね。私の心の中に入り込み潜むであろう災厄を運ぶ悪しき鬼をも祓う事が出来れば、この本丸は安泰です。』
「…分かった。鬼に関わる事ならば、この俺に任せてくれ。此れ以上の災厄が降り掛からぬよう、俺が全ての鬼を斬り祓ってみせよう。」
『有難うございます、鬼丸さん。貴方が来てくださって、本当に良かった。頼りにしてますね。』


心の底から漏れ出た安堵の溜め息を吐き出すと共に、顔を綻ばせて彼を見つめた。

すると、彼の手が此方へと伸びてきて頬を擽った。


『…どう、しましたか…?』
「……いや、俺にもよく分からないのだが…何故か不思議と今アンタに触れたいと思ったんだ。」
『え………っ。』


急な展開に驚きを隠せずに戸惑っていると、彼からも動揺の色を宿した視線をもらった。

こ、こういう時、どうすれば良いのだろうか…。

正解が分からずにただ狼狽える事しか出来ないで居れば、彼から再び声をかけられた。


「アンタさえ良ければだが…今少しの間、こうして触れていても良いだろうか…?」
『ぇっ、あ、あの…っ、えぇと……お、鬼丸さんの好きにしてくだされば良い、と思います………っ。その…い、嫌という訳ではないので……ど、どうぞお好きなようになさってください…。』
「すまない。」
『い、いえ……。』


するり、優しく伸びてくる彼の大きな掌に触れられて、不思議な心地に陥りながらも、決して嫌な気はしない事に更に不思議に思いつつ彼からの触れ合いを受け入れるのであった。


執筆日:2020.08.21