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左様なら世界、私は今日この日を境に命を絶ちます



もう己には生きている価値すら無いのだと思った。

同時に、此れ以上生きるのにも疲れたと思ってしまった。

故に、独り静かに安らかに死ねる場所は無いかと探してみた。

自ら命を絶つ事を選ぶのならば、出来れば誰の迷惑にもならないように死にたい。

今の世の中、ネットを開けば何だって出てくる時代だ。

ネットで検索してみれば、死ぬ方法なんて情報は幾らでも出てきた。

だが自分は既に独自で死ぬ方法を決めていたので、正直其れ等全ての情報はどうでも良かった。

まぁ、一応は参考とばかりに目を通す事だけはしたけれども。

調べる目的は別で、今自分が知りたいのは“人が死ぬ方法”などではなく、“誰にも迷惑にならない死に場所”の方であった。

近場でそういった場所はあるか調べてみたら、意外にも幾つか該当が見付かり、その内の数件は自殺の名所であったり、“そういった話”で有名処な場所であると分かった。

別に自殺の名所を選びたい訳でもないが、死んだ後も安らかに逝きたいと考え抜いた故に、あまり曰く付きの場所へは向かわない事にした。

変な悪霊に取り憑かれたりは御免だからである。

―と言っても、今から死にに行く身であまり関係の無い話な気もしたが、まぁいざ死ぬのならなるべく後腐れなく死にたいものだ。

死した魂が拒絶されない様な土地を選びたい。

そうしてピックアップした場所までの道程も検索し、身辺整理を行って、誰にも打ち明ける事無く静かに…だが着実に準備を整えていった。

当日持っていく物は最低限で良い。

どうせ死ぬのだから、沢山の物を持っていっても単なるお荷物となって邪魔になるだけだ。

“慰安も込めた意味でちょっと羽伸ばしに一人で短い旅行に行ってくる。”

家族達にはそう偽って告げて出るつもりである。

だから、必要最低限の物以外は全て置いていく。

持っていくのは、目的の場所へ行く為の旅費と地図を検索する用のスマホ、そして少しの荷物と死ぬ為に必要な大事な大事な刀一振りのみで十分。

刀と言っても、趣味で購入した、ただ鑑賞する為だけの美術品であり模造刀の“同田貫”の事だ。

元々は、家を守る御守り――護り刀となってくれたら良いなという気持ちを込めて買った物だった。

まさか自ら死ぬ為の道具としてしまう事になるとは、この刀を手にした当初は思いもしなかっただろうし、刀自身も思いはしなかっただろう。

故に、申し訳なく思えて仕方がなかった。

が、決めたものを今更変える気も無いので、本来の使い道とは異なる事に関しては諦めてもらう事にした。

適当に身の周りを纏め上げ、不必要となりそうな分は先に先にと処分していく。

出来る限り残しておく荷物は少ない方が家族にとっても気楽で良いだろう。

死んだ人間の後始末程面倒で厭な仕事は無いのだから…。

一応はと遺書も書いて後々探した時に見付かりやすい場所へと隠す様に残した。

準備は此れぐらいで十分だろう。

決めた日取りに向けて全てを終わらせ、文字通りいざ旅立ちの日となった日――床の間に飾っていた刀を手に取って呟いた。


『―こんな使い方になってしまって御免ね…。だけど、私はお前という刀が好きだから…私が最期となるその時までお供宜しく頼むよ。』


手にした重みを愛しげに思いながら、大事に大事に胸へと抱く。

そうすると、不思議と刀から感じる温もりに触れられる気がしたのだ。

私は、同田貫を刀掛けから外すと、そっと入れ物の袋へと仕舞い、肩へと掛けた。

家を出る前に、仏間に飾られた仏壇へと手を合わせお参りもしてきた。

あの世に居るであろうご先祖様方に、“こんな末路を選択してしまって御免なさい、其れから家族を残して勝手に独り逝く事を許してください、親不孝な娘に育ってしまって御免なさい、私が死した後もどうか家族の行く末を見守りください。”と懺悔と共に告げておく為だ。

本当に身勝手極まりない話であるかもしれないが、この世に未練が残るよりかはマシだろう。

全てを済ませて、私は家を出た。

最寄りの駅へと向かい、目的地まで走る電車を待つ為ホームへ上がる。

もうじき、この生まれた町ともお別れなのだ。

せめて駅に電車が来るまでに、目に映るだけの範囲で自分が今まで生きてきた小さな田舎町の景色を目に焼き付けておこう。

―最期の想い出として記憶に残しておく為に。

時間となって、駅のホームに電車が到着する事を告げる音楽が鳴り響き始める。

この音楽を聴くのも此れが最後となるのだと思うと、やはり寂しさや切なさも一潮にやってきて涙を誘った。

ただでさえ涙脆い性格だった私は、誰にも気付かれない様に静かに頬を伝ったものを拭って電車内へと乗り込む。

あとは、目的地まで静かに音楽を聴きながら車窓からの景色を眺め、揺られるだけだ。

私は少ない荷物と護り刀を胸に抱いて目を閉じた。


――長らく電車に揺られ、途中の駅で別の電車へ乗り換えたりなどして目的地へと辿り着いた。

今日はもう時間が時間であるし、移動だけで疲れてしまったので、予約していた宿に泊まり、温泉に浸かって此れ迄の身を癒し、温かで柔らかいふかふかのお布団で眠った。

翌日の朝、起きて目を覚まし、きちんと身支度を整えてから食事を摂った。

最期の晩餐となる朝食くらいは豪華で美味しい物を食べたいと思ったからだ。

普段であれば出来ない贅沢を味わい、しっかりと噛み締めて腹へと収めた。

食事を済ました後は、少ない荷物を持って宿を後にする。

そして、本当の目的地へ向かう為のバスへと乗り、近場まで移動して、最後はゆっくりのんびり徒歩で向かう事にした。

どうせ時間はたっぷりあったのだし、焦る必要など何処にもなかったので、“ちょっと其処まで出て来よう”という雰囲気だったかもしれない。

そうして辿り着いた先は、何も用が無ければ特別人が寄り付く事も無い様な深い森の在る場所だった。

その森の在る様で無い様な道を進んで、辺りの景色がよく見える開けた場所に出る。

其れ迄鬱蒼としていたのが嘘の様に空気の澄んだ日の当たる処であった。

耳を澄ませば、鳥の囀ずる鳴き声さえも聞こえてくる様な長閑で自然豊かな空気の場所――其処が私にとっての終着点であり、最期の場所――死に場所となる。

私は、程好い場所で腰を下ろし、荷物も置いて寛いだ。

此処まで来る道中で買った水で喉を潤し、息を吐く。

―最後は自然に還るだなんて、素敵な話じゃないか?

そんな風に思えてしまう程、死に場所にしては美しい景色をした場所だった。

こんな場所で死ねるなら、未練なんてものを感じずに終える事が出来そうだ。

私は傍らに下ろした袋から刀を取り出し、改めてじっくりと眺めた。


『君の最後の仕事が“私を看取る事”となってしまって御免よ…。だけど、どうか許して頂戴ね。全部、私の我が儘…人間のエゴなんだ。せめて最後のお供の間くらいは外の景色を見せれたらなぁ、なんて思いつつ此処まで連れてきた訳だけども…如何どうだったかな?少しは心を満たす事が出来たなら幸いだよ。』


真っ黒な飾り気の無い鞘の上を撫でながら語りかける。

最期の場所として世話になる礼だと、私は閑なその場所で好きで何度も口ずさんできた歌を歌った。

特別上手くもない娘の鼻歌など、礼の代わりにもならないかもしれないが、自分の気持ちを整理する意味も込めて口ずさんだ。

どうか、私が死した後、私の想いが報われます様に――そう祈って…。

好きなだけ歌い上げ、最後のフレーズを口ずさみ終える頃には内心も落ち着いてきて、私は凪いだ気持ちが変わらぬ内にと手に持つ刀の濃口を切り、鞘から引き抜いた。

そして、一度その刀身を日に翳してから、美しきその身を目に焼き付けた。


『“同田貫正国”――お前は、まこと美しい刀であったよ。喩え、お前が本物の刀であってもなかったとしても、お前は私の誇りだった。本物の武器であれば幾重もの戦場を駆け抜け振るわれ、そうでなくとも今この時も美術品としてでも人々に愛され大事にされてきた刀…そんなお前に出逢えて、私は幸せだったよ。少なくとも、自分の生を呪う様な人生ではなかったから。ただ…もう生きるのに疲れてしまっただけ、今日という日に私の命が終わるというだけなのだよ。お前は何も心配する事は無いんだ。…ただ、君の持ち主となった娘が“ちょっと気の迷いで自害する”というだけなのだからね。最後、こんな使い方となってしまって本当に申し訳ないのだけれど…どうか許して頂戴ね。』


抜き身の刃にそっと額を押し付け、目を伏せながら呟く。


『―此処まで付いてきてくれて有難う…お前は、私の最期に付き合わせるには勿体無い程の尊い刀だったよ。もし、この先も生きて大事にしていたならば、お前にも付喪が宿ったのかな…?もしそうであったのなら――一度でも良い、お前の声を聞いて話してみたかったなぁ。』


伏せていた視点を上げ、額を離して刀に触れる。

その手付きは、まるで愛しい者に触れるが如くに優しいものだった。


『私が持ったただ一つの刀、同田貫――私はお前の事が好きだったよ。喩え、お前がまことの武器でなくとも、声も持たぬただの物だったとしても、お前は私の生きる誇りだった。私はお前という存在が好きだ…最期の供とするくらいには愛していたと誓うよ。』


本物の刀でない為に“斬る”事は叶わぬが、その代わりに使い様によっては武器にもなる殺傷能力がある点を利用して、彼の刀を構えた。


『お前の美しき身に私なんかの汚ない血を纏わせるのには忍びなく思うが…どうか許してね。』


最期の挨拶も此れくらいにしておこうか。

私は最期の言葉を告げる為にその口を開いた。


『短い間だったけれど、お前と共に在れて嬉しかったよ。今まで有難う、同田貫。今この時を以てしてお前とはさよならだけども、どうか私が死した後――お前だけでも幸せな道を選んでね。』


意を決して、私は手に持つ刀へと力を込めて――自ら己の胸へとその切っ先を突き立てた。

思い切り力を込めた刀で一思いに突けば、容易にも貫かれた私の脆く柔い膚。

痛みで手元が震え、上手く力を込め切れなくなったけれども、何とか力を振り絞って最後まで貫いた。

完全に胴体を貫き切る頃には大量の出血で自分が居る処を中心に辺り一面が真っ赤な血の海に染まってしまったが悔いは無い。

口からも沢山の血を吐き出してしまったが故に、綺麗な死に様とは言えなかったかもしれないが、女の力で本物の刀でもない刀で自身を貫いたのだから凄い事だ。

並大抵では出来ないであろう其れに満足しながら、草地に身を横たえる。

もう意識も朦朧として視界も掠れてしまっていた。

何よりも大切で愛しい存在に身を貫いてもらった事に感謝の念すら抱きながら絶え絶えの息を継ぐ。


―嗚呼…死する時でさえもお前の存在を感じながら逝けるだなんて幸せだなぁ……でも、更なる欲を言えば、最期の瞬間くらいはお前の人を模した姿を見てみたかったな――そう、あの“刀剣男士である同田貫の集合体の同田貫正国”みたいな姿のお前を…。


遠退いていく意識の狭間で、最期に見た景色の中に――掠れゆく視界に朧気にも映った真っ黒の靴を履いた足元に、私は最期の最期に大好きで堪らなかった愛しい存在の彼が逢いに来てくれたんだなぁ…なんて思って、満足げに口許を笑ませながらもう開く事は無い目を堅く閉じた。

最期の瞬間に彼の姿を目に焼き付ける事が叶ったのだから、もう私にこの世に対する未練など無い。

思っていた以上に安らかな死を遂げれて幸せだった。


もう指一本も動かす事は無い――完全に私が事切れた後、その場には私の亡骸と黒き姿をした影がぽつん…っ、と突っ立っていた。

朧気に佇む黒き影は、亡骸に寄り添う様にその場に膝を付くと、徐にその手を血と涙で汚れてしまった私の頬へと伸ばして触れた。

そして、毀れ物を扱う如くそっと優しい手付きで拭い去ると、影はぽつりと口を開いて呟いた。


「―アンタは、決して不幸せなんかじゃなかったさ…。最期に俺を使う事を躊躇う事無く選んでくれた事自体感謝してる。“飾り刀でしかない俺”という存在を慈しんでくれた事も含めて、俺はアンタに出逢えて良かったと思ってる。…だから、アンタが申し訳なく思う必要なんて無かったんだ。」


影はそう呟いて横たわる亡骸を抱き上げると、私の胸を貫く本体を掴んで勢い良く引き抜いた。

そうして楽な体勢で真っ直ぐ横にならせ直して、立ち上がり様刀に付いていた血糊を払って傍らに転がっていた鞘を手に取り収め、腰に帯びる。

改めて腰を落としその場に膝を付いて私の亡骸を抱き上げ立ち上がると、影はそのまま虚空を見上げて再び呟いた。


「…“此処”でのアンタは今しがた死んだかもしれないが、此処ではない場所にアンタの帰りを待つアンタの本当の帰る場所があるんだろう?だったら、ちゃんと其処まで送り届けてやるさ。――手間賃は要らねぇぞ。既に貰い受けたからな。“アンタの魂”は、俺が確かに受け取った。後は然るべき場所まで送り届けてやるだけだ。」


影は亡骸となった私を連れて何処かへと歩き始める。

影はその後も何事かをぶつぶつと小さく呟きながら歩いていった。


「取り敢えず…まずは、その“政府”ってとこの“管狐”を探さなきゃならねーなぁ。魂だけとなった此奴を受け入れてくれるかは定かじゃないにせよ、何時までもこんな場所に置き去りにしとく訳にもいかねぇし…どうしたもんか。」


不意に、辺りの木々がざわめいて影は足を止めた。


「―此奴はお前等にはやれねぇぞ。此奴は俺の物なんでね…。連れ去るつもりだったんだろうが、残念だったな。悪いが他所へ当たってくれねぇか?是が非でも此奴の事を手に入れたいと望むのなら相手してやっても構わねぇけど…今は一分一秒が惜しいんだよなぁ。――だから、今すぐ俺達から手を引いてどっか行ってくれ。然もなくば問答無用に切り裂く。本物の武器でなくとも、俺には人を殺せるくらいの力はあるんだ。お前等ぐらいの程度なら簡単に斬り付せれるが…どうする?」


影に宿る金色の双つ目がギラリと煌めいた。

すると、ざわついていた木々のざわめきは忽ち静まって閑となり、影は小さく嘆息した。


「“物の怪の類いが欲する程には清い魂”ってのも考え物だな…いっそ普通の魂だったら今頃アンタも困っちゃいなかったんだろうが、良くも悪くもアンタは“引き寄せる”質か。――まぁ、だから俺がこうして顕現出来るくらいには力があったとか、付喪が宿るくらいには愛されてたんだろうがな。アンタの住んでた家が古かったのも起因してるんだろうが…まぁ細けぇ事は良いか。」


影は再び何処かへ向かう様に歩き始めた。

行き先が何処かなんて、死んでしまって物も言えない身となってしまった私が問える筈も無いけれど。

不思議と影からは嫌な気はしなくて、まだ亡骸と共に在るであろう私の魂は彼の腕の中に居続けた。

影は時折私へと話しかける様に口を開いた。

そして、此れ迄私が愛を囁いていたのと反対に彼が私へと愛を紡ぐのであった。


「死して尚孤独で在ろうとするアンタを独り切りになんてさせねぇからな。アンタは戦じゃ使えないこんな俺でも愛してくれたんだ…今度は俺が其れを返してやる番さ。死んだアンタの魂は、俺が朽ちる最期その時まで守ると誓う。――今この時も愛しくて手放し難いと思うぜ、璃子。」


影は歩いていく…死んだ私の魂を引き連れて。


執筆日:2020.10.13