私は、彼が泣くというところを一度たりとも見た事が無かった。
仲間が一振り、二振りと折れたとしても、彼が泣く事は無かった。
私は、反対に、自分の大切にしていた刀が折れてしまった事が悲しくて悲しくて暫く涙が止まらない程泣き腫らしたというのに。
一滴も溢す事無く、彼は常と変わらず在った。
だから、私は一度だけ訊いた事があった。
「同田貫は、どんなに悲しい事があっても泣いたりしないね。」…と。
そしたら、彼は平然として返してきたのだ。
「逆に、何で人って奴は悲しい事がある
そう質問に質問で返されて、その時の私は複雑な顔をして言葉を返したと思う。
『何でって…そりゃあ私にもよく分かんないけども、人はとても悲しくなったりすると、何故か涙が出てくる様な仕組みになってるんだよ。泣くという事も人で言うとこの感情の一つだからね。まぁ、必ずしも誰しも皆が泣くとは限らないけど…。泣く泣かないってのは、感情の揺れ動き方によって左右されると思うから。故に、あまり感情が揺れ動かないタイプの人はあんま泣かないかも。逆に、感情豊かなタイプの人は涙脆い人が多いから、私みたいにすぐ泣いちゃったりするかな。』
「ふぅん…俺にはよく分かんねぇな。俺達は武器なんだから、戦に出てりゃ傷付くのは当たり前だし、刀が摩耗して折れるなんて当然の話だろ?そもそも、戦に使われる武器が折れた程度で一々悲しんだり涙を流したりする事自体が理解出来ねぇ。ただ武器の一つや二つが折れちまっただけだろ。何を悲しむ必要があるんだ?」
『え…っ、でも…とっても大切にしてきた物が壊れたら悲しくなるものでしょう?其れと同じだと私は思うんだけど…。』
「武器だって物で、俺達も元を辿れば物だ。見た目が人と同じ姿を模してるってだけのな。だから、物が使ってりゃ何時か壊れちまう様に、俺達も何時かは折れちまうもんだ。至って必然的な話だろ。其れを悲しんで泣くのは、俺にはやっぱり理解出来ねぇ話だな。」
『…確かに、そうなのかもしれないけども……其れだけで割り切るのは、ちょっと寂しい様な哀しい気がするよ…。少なくとも、私にはそんな簡単に割り切れないや。…だからきっと、この先また誰かが折れれば、私は泣いちゃうと思う…。例え、私が泣いてしまう事を相手が望んでいなかったとしても。泣く事で私の気持ちが落ち着くのなら…気持ちを切り替えて前に向ける様になれるのなら、やっぱり泣くと思うな。そうでなくとも、私は泣き虫だから…勝手に涙の方が溢れて出てきちゃうだろうね。』
「…そういうもんかねぇ。」
彼の反応から、彼は“泣かない”のではなく、“泣けない”のでないかと思った。
刀として、武器として、男としてなどの矜持とかが邪魔して。
もしくは、元よりそんな感情さえ持たずに顕現したからなのかと。
そんな風に思っていたのに…。
―或る日の事。
戦争が激化して、その火の粉がとうとう私達の本丸へと襲った。
戦争をしているのだから、誰かが傷付くのは当然で、誰かが死ぬなんて事も当たり前の話だった。
故に、審神者という霊力を持っただけのただの人間が脅威に負け、呆気なく死んでしまうのも道理であった。
つまり、何を言いたいのかというと…その日、私は時間遡行軍の襲撃を受けて死んだのだ。
死ぬ瞬間はあっという間だった。
悲しむ暇など与えて貰えず、一瞬の内に敵の刃の贄とされてしまった。
人は死ねば物言わぬものとなる。
“死人に口無し”とは、正にこの事だ。
しかし、私が死んだ事は最早過ぎた話なのだ。
問題は、残された刀達であった。
彼等を顕現させた審神者が死んだ場合、残された刀は他本丸の元へと譲渡されるか、刀解され資材へと溶かされ、本丸は解体される。
死した世に憂いや未練はあるかと問われたら、少なからずあると答える者は多かろう。
何せ、戦争の最中に死んだのだ。
未練が無いと言えば嘘になる。
死んだ私にとっての憂いとは、彼の事であった。
量産刀だったが故に数多の人の元へと渡った経緯で誰よりも人間の近くに居て、付喪神として顕現してからも不器用ではあったがとても人間らしい刀であった彼――同田貫の事が。
死んであの世に行く前の魂だけの姿で、私はすっかり荒れ果ててしまった後の本丸に漂っていた。
其処で、私は見てしまった。
あの一度たりとも涙を流した事の無かった彼が、泣いているところを…。
彼は、私の亡骸が納められた棺の元で膝を付いて泣いていた。
まるで、今まで一度と泣いた事の無かった分泣いてしまう様に。
棺に縋り付く様にして、その場に泣き崩れる様にわんわんと盛大に泣き叫んでいた。
私は夢か幻でも見ているのかと思った。
其れ程にまで驚く光景だった。
あの彼が、私の死に対して酷く悲しみ、涙している…。
純粋な驚きであった。
私は、目には見えない魂だけの存在で、彼の傍らに佇んだ。
彼は気付かないまま、私の亡骸に向かって何事かを呟きながらずっとずっと泣いていた。
誰かが声をかけに来ても、様子を見に側へ寄り添いにやって来ても、一切見向きもせずに声が嗄れるまで泣き続けた。
その時の私は不思議な感覚であった。
どうして今まで泣きもしなかった彼が、私が死んだ事で泣いているのだろうと。
戦争をしているのだから、誰かが死ぬのは当たり前ではなかったのか。
結局、彼は政府の者が本丸へとやって来るまでずっと泣き続けた。
迷子になった子供が母親を求めて泣き喚く様に…。
そして、彼はそのまま刀解される事を望み、資材へと溶かされた。
あんなに大きく厚みのあった刀の姿は、今や小さく物言わぬ
彼であった欠片は、私の亡骸と共に棺に入れられ葬られた。
彼は、どんな気持ちで刀としての死を望んだのだろうか。
物言わぬ魂だけの存在となってしまった今、其れを問う事は叶わない。
Title by:彼女の為に泣いた