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秋の夜長に触れ合う



またとなく巡る季節に、やって来たこの日を愛おしく思う。


『今日は、霜月の十日――天覧兜割りが行われた日…お前がその名を世に最も轟かせ誉を戴いた日だよ。この日がまたとなく巡ってくるのを楽しみに待ってた。』


慈しみを湛えた瞳を俺に向けてくる彼女が、己の事の様に喜び、嬉しそうに笑んでいた。

俺を手にしてから毎年この季節、この日がやって来ると、俺がこの世に付喪神として顕現に至るにあたった逸話を持ち出しては飽きずに語ってみせた。

この日ばかりは俺自身も気分が高揚するというか、何時もよりも断然と調子が良いというか、とにかくそんな感じであった。

周りの奴等曰く、この日の俺は逸話に引っ張られてか、何やらきらきらとした煌めきみたいなものが散っていて、目がチカチカする程目映く見えるらしい。

俺自身にその自覚は無いし、よく分からなかったけども。

その日一日は、何故か必ず近侍に据えられて、俺を打った刀工“同田貫”の没日となる日まで暫くずっと肌身離さないとばかりに側に置かれる。

そうして、一年のこの月に記念日みたいなものを勝手に決めて祝っているのだ。

まぁ、俺も大事にしている、誇りにしている逸話を誉め称えられるのは満更でもない。

特に心底惚れて好き慕っている相手からそうやって求められるのは嬉しい限りだ。

俺の逸話に相応しい紅葉落つる景趣の庭を、彼女の手を取ってゆるやかに練り歩いていく。

仕事の合間を縫って休憩を挟んだ折に、四季の秋らしい様を直接間近で眺めたいと言ってきた彼女の意思に沿っての事である。

ひらり、はらりと風を受けて舞い落ちる紅葉を掌で受け止め、子供の様な笑みさえ浮かべて俺に見せてきた。


『見て見て…っ!綺麗に染まった真っ赤な紅葉だよ!ふふ…っ、きれ〜い。』
「嗚呼、そうだな…。」
『この赤、たぬさんにぴったりの色だよ。ほら、こうして見たらすっごく素敵…!』
「髪に添えるなら、アンタの方が似合う色合いだろう?」
『えぇ…っ、たぬさんの方が映えるでしょう?』
「俺は武器なんだから、着飾んのには向かねぇんだよ。着飾るのは、女であるアンタの方が相応しい。」
『ん〜、そんな事ないと思うのになぁ…。』


掌に掬った一片ひとひらの紅葉を俺に宛がい、綺麗だの似合うだのと宣って一人愉しげに笑っていた。

そんな彼女の頭に降ってきた紅葉の一片を取ってやると、気付かなかったらしい彼女が擽ったそうにはにかんで礼を述べてきた。

秋独特の少し冷えた空気が辺りを包む。

途端、ぶわりと少しばかり強い風が巻き起こって赤く色付いた木々を揺さぶっていった。

ついでに、俺や彼女の髪も巻き上げて悪戯に乱していった。

其れに、彼女が自身の髪の毛を押さえてぼやく。


『みゃあ〜っ、髪がぐしゃぐしゃじゃあ〜…っ!』
「まぁ、この季節は少し強めの風が吹くからなァ…外に出てりゃしょうがねぇこったろ。」
『うへぁ…あんま強い風吹かれんのも困るっす…わて、ドライアイなんで、地味に辛くなるっすよー…。』
「なら、そろそろ中に戻るか。あんま長時間外に居ても、アンタの躰が冷えちまうだけだかんな。そん前に…おら、ちっと大人しくしてろ。俺が髪整えてやっから。」
『んえ…?今此処で整えても、どうせ戻る内にまた崩れるのでは?』
「そしたら、また俺が部屋に戻った時に梳いてやるよ。そうすりゃ、アンタの髪に触れる口実も増えるしな。」
『嗚呼…、そういう事かいな。……っふふ。』


大人しく髪を整えられる彼女が、また嬉しそうな笑みを浮かべて笑った。

その如何にも漏れ出たみたいな微笑みが擽ったくて、俺は顔を顰めて変な顔を作った。

其れを見て、また可笑しそうに彼女が笑う。

平凡且つ穏やかな日常にある一幕だった。


―この季節ともなると、夜は肌寒く長くなる。

俺と主は慣れた様に一つの布団で一緒に横になり、躰をくっ付け合った。


「…髪、また随分と伸びて長くなったなァ。」
『あはは…っ、そうね。半分鬱陶しいというか邪魔になるくらいには伸びたね。』
「夏に切るっつって、結局そのまま伸ばしっ放しになっちまってそのままかァ…。切らねぇのか?」
『うーん、この長さにまでなっちまいやしたからねぇ…。いっその事もう少し伸ばして、ヘアパーツになるくらいの長さになってから切って寄付しようかなって考えてるかなぁ〜。どっちみち、今切っちゃうとタイミング的にこの先寒くなっちゃうから、逆効果になっちゃうんだよねぇ…っ。其れを考えると、今切んのは得策じゃない。故に、手入れとか面倒だけど、切るのは春まで持ち越しになるかな?』
「ふぅん…よく分かんねぇが、まだ暫くはこのまんまなんだなって事は分かったよ。」


寝る前に綺麗に梳かして整えた髪は、今や寝るのに邪魔にならない様にと一つに緩めに結わえられていた。

その艶やかな黒髪が、円窓から射し込んでくる月明かりに照らされてきらきらと美しく耀きを放って俺を誘惑する。

其れに、俺は寝転んでいた身を起こして彼女の髪紐に触れ、一思いにするりと抜き去った。

途端、結わえられていた髪はふわりと広がって枕元に散らばった。


『ちょっと…、何してるのたぬさん?髪バラけちゃったじゃん。せっかく綺麗に纏めてたのが台無しでしょ…?』


俺の唐突に起こした気まぐれな行為に、小さく口を尖らせて抗議するも、その顔は全く不満げではない。


「今宵は全て俺に預けてくれるんだろう…?」
『あら、何…もしかしてその気になっちゃったの?』
「そうだ、と言ったら…どうする?」
『ふふふ…っ、何時たぬさんのスイッチが入ったのかは知らないけど…――良いよ、好きにして。私の全部、たぬさんにあげる。』


とっくに貰っているものを、再びくれると謳う唇を柔く塞いで覆い被さる。

―今宵に限らずとも、俺は常に彼女の身を委ねられていた。

日々積もり募っていく愛しき慕情をたいで表す様に彼女を慈しむ。

長く黒い髪が布団の上に散らばる様が美しくも芳しかった。

その光景に惹かれるまま彼女の身に口付けを落として、夜の交わりへと営む。

きっと、来年のこの日も俺は彼女に祝われ、慈しまれるのだろう。

その愛しき日々を変わらず続けていけたなら、此れ以上の幸福は無いさ。


【旧暦・霜月/十一月十日…同田貫正国、天覧兜割り記念に捧ぐ。】


執筆日:2020.11.10