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連れ戻してねその腕で



夜中に突然目が覚めた。

怖い夢を見たからだ。

正確には、自身が恐れる存在を夢に見たからである。

突発的な夢であった。

思考の全てが恐怖に染められているのが分かる。

だって、怖くて怖くて堪らなかったから。

私は、恐怖から目覚めて乱れた呼吸を必死に落ち着けようとひたすら荒い呼吸を繰り返す。

心なしか、恐怖が躰に染み付いて震えている気がした。

私は譫言の様に心の支えである彼の名を呼んだ。


『たっ、たぬさんたぬさんたぬさん…っ!』
「どうした、また変な夢でも見たか…?」
『こ、怖い夢…っ、み、見た……!たぬさんお願い、側に来て…!』
「分かった、分かったから…ちっと落ち着け。大丈夫だ、俺は何時もアンタの側に居る。特別何か無ェ限り俺はアンタの元から離れたりなんてしねぇから、安心しろ。」
『あうぅ…っ。御免、御免ね、たぬさん。御免ね…っ。』
「…謝んなくて良いから、呼吸落ち着かせる方に集中しろ。」


同じ部屋で寝起きしてたたぬさんが躰を起こして私のすぐ側へとやって来てくれる。

夢に魘されるなんてのはしょっちゅうだったから、対応の仕方にも慣れていた。

そうこうしていると、怖い物を夢に見た不安もあるけれど、同時に恐怖心から冷え切った躰が寒さを訴えてくる。

だから、私は咄嗟にたぬさんへと手を伸ばして訴えた。


『た、たぬさん…っ、手…。』
「何だ、寒ぃのか?」
『うん…っ、だから、手握ってて…っ。手握ってると、その内安心出来ると思うから…。』
「おう、好きなだけ握っててやっから…アンタは自分が落ち着く方に集中しろよ。俺の事には構わなくて良いから。」
『うん、うん…っ、有難うたぬさん、凄く助かる……っ。』
「他には…?何かして欲しい事とかねぇのか?」
『あ…、か、躰寒くて堪んないから…出来れば温かくして欲しい……っ。』
「分かった。んじゃ、手っ取り早くアンタの布団入ってアンタの事抱き締めとくが…其れで良いか?」
『うん…、たぶん其れが一番落ち着くと思うから、お願いします…。』


今はとにかく早く脳裏に染み付いた恐怖を消し去りたかった。

其れを一刻も早く塗り替えれるという事であるのならば何だってする。

羞恥なんて二の次だ。

というか、今はそんな事を考えれる程の余裕は無い。

たぬさんの逞しく厚みのある胸に抱き寄せられて、其処で彼の匂いを肺一杯に吸い込んで、“自分は今一人じゃない”と言い聞かせる事で漸く乱れた呼吸と精神を落ち着かせる事に成功した。

怖い夢を見た時の対処法は、何時もたぬさんが側に居てこそ成り立つものであった。

たぬさんが呼んだらすぐに来てくれるから、私は何があったとしてもすぐに落ち着ける。

彼の存在が心の最も底を支えてくれるから。

だから、彼が居なくなった時の事は考え付かない。

でも、きっと彼の事だから、この戦が終わってただの刀――物言わぬ物に戻ってしまったとしても、霊体とか目に見えない形で私の側に居てくれるんじゃないかって思ってる。

彼の存在が私の要。

彼を失えば、私は無い。


「…落ち着いたか?」
『……うん。でも、暫くはずっとこのままで居させて…。』
「別に、俺はこのままでも普通に寝れっから全然構わねぇよ。まだ不安っつーなら、朝まで抱いといてやるし、何なら交わって躰重ねて頭ん中俺で塗り替えてやっても良いし?…アンタが望むなら、俺は何だって叶えてやるさ。だから、んな顔すんな…。俺を起こしたのが申し訳ねぇとかも思わなくて良いから。俺はアンタの刀だ。アンタが求める限りを尽くすのが俺の望むところ…アンタの平穏無事さえ叶ってりゃ何も心配要らねぇんだよ。――分かったらさっさと寝付いちまえ。夜明けまでにはまだ早過ぎる。眠れる内に眠っとけ。朝餉の時間になっても起きねぇ時はその時で、俺から歌仙達に言っとくし。逆に、朝は普通通り起きて、寝不足分を補う為に昼間寝るでも構わねぇから。とにかく寝ろ。」
『…うん、有難うたぬさん。たぬさんが居るから…私が私で居られるよ。たぬさんは私の要――存在意義だから…勝手に居なくなったりしないでね。』
「アンタが俺をどっかにやらねぇ限りは離れたりなんざしねぇから…寝ろ。俺は何時でもアンタの側に居るから。」


そう言って、彼は私の首筋に頭を埋めて私の身を抱き締めた。

安心する体勢に、私も漸く眠気が戻ってきて息を吐く。

程無くして、私は再び夢の世界へと落ちた。

今度は何も夢は見なかった。

未だ意識の端では怖い夢の存在があったから助かった。


―翌日、目が覚めたら彼は先に起きていて布団には居なかった。

代わりに、寝間着に使っていた内番着の下の服と本体が私の腕に抱かれていて、ちょっと面白かった。

危ないから、取り敢えず本体は枕元の刀掛けに掛けて置き、寝間着はそのままに腕に抱いたまま布団に戻った。

朝の冷えた空気が肌寒かったからだ。

起きるにしても、もう少し布団の中で温もってからにしようかなとか寝起きの頭で考えていた。

すると、私の部屋の外で話していたのだろう彼等の声が聞こえてきた。


「主はまた夢見が悪かったのかい…?」
「今回は夜中の話だったけどな。朝方の事じゃなかった分マシって話だろ。」
「其れは寝起きの気分についての話だろう?全く…彼女の夢見の悪さは今に始まった事じゃあないが、今回はどんな夢だったって?」
「さあなァ。詳しく話す余裕も無いくらい取り乱してたからな、今回は。普段はもうちょい落ち着いてる方なんだが…昨日はギリ泣くまではいかなかったものの涙目ではあったし、精神的なダメージが大きかったのか気持ち落ち着くまでに時間が掛かってたみたいでよ。何回か謝られた。…別にんなぐらいで謝んなくて良いって言ってんだけどなァ。」
「そうか…。じゃあ、一先ず君達の食事は何時も通り用意しておくが、何かあれば伝えてくれ。その通りにするよう他の者にも伝えておくから。」
「おう。俺の方も一旦部屋戻って様子見てくるわ。其れで起きれそうなら広間に連れてく。無理そうならまた後で言いに行くわ。」


会話が途切れて、二人分の足音が二方向に別れて聞こえる。

此方に近付いてくるのは彼で、母屋の方に遠ざかっていくのは歌仙のものだろう。

程無くして、寝室の襖が開かれ、彼が顔を覗かせた。


「お、目ぇ覚めてたのか。おはようさん。」
『ん…おはよう、たぬさん。』
「無事起きれたとこ見ると、まぁ大丈夫そうだな。こんまま起きて飯食うか?其れとも二度寝すっか…?」
『いや、このまま起きるよ。一応、充分な睡眠は取れたしね。』
「なら、服着替えて顔洗ってこい。俺は隣の部屋で待っててやるから。」
『うん。有難うたぬさん。すぐに身支度整えてくるね。』


彼の代わりに抱き締めていた寝間着を手からスルリと抜き取られ、代わりに彼自身からめいっぱい抱き締められる。

朝のルーティーンではないけども、最近寝起きによくやる事であった。

肌寒くなった季節に互いを温め合うようにハグしてくっ付き合うのだ。

所謂充電みたいなもの。

仲良しの証――恋仲の私達だからこその朝だった。


執筆日:2020.11.15
Title by:ユダ