本丸に居る
最近はイベント尽くしで休みが無く、部屋に籠り切りだったのもあって、久し振りの外出だと浮かれ気味に
気が付いた時には、一緒に来た筈の皆とはぐれて私一人ぽつんと街道の真ん中に突っ立っていた。
良い歳した女がたかが久々の買い物くらいで浮き足立ってしまうとは…本丸の主として、皆を導く大将の位を預かる身として、あまりに恥ずかしく情けない。
ついでに言うと、この歳で迷子とか本当に洒落にならない。
取り敢えず、一刻も早く皆と合流しないと無駄な心配をかけてしまう。
急いで皆の元へ戻らねばと辺りを見回して自本丸の刀達の存在を探した。
近くを通り過ぎていった刀は同じ顔だったが、惜しくも他所本丸の刀だったので、危うく声をかけそうになった口を引き結ぶ。
人違いならぬ刀違いは失礼過ぎる。
流石の自分とこの刀と他所の子を間違える程馬鹿ではないし、感じる気配というか霊力みたいなものが異なっているから見分けは付く。
そんなこんなきょろきょろと辺りを見回して自分の連れだった刀剣達は居ないか探していたら、不意に誰かに声をかけられて其方を向いた。
「何やら頻りに辺りを見回しておいでですが…どうかしたんですか?誰かお探しです?」
きっと気の良い人なのだろう。
女の身で供も連れず一人きょろきょろと辺りを見渡していたから、何か困っているんだろうと声をかけてくれたようだ。
たぶん、偶々近くを通りかかったに過ぎない人である。
困っている人に対して優しく声かけが出来るなんて悪い人ではないと思うのだけれど、何故かその時は異様な程の警戒心を抱いてしまって何も口を開けなかった。
黙り込んだまま困惑したように固まっていれば、相手の男の人は人の良さげな笑みを浮かべて再び声をかけてきた。
「きっと誰かお連れの方が居らしたんですよね。宜しければ、私も一緒に探して差し上げましょうか?女性が一人街中を歩くのは危険ですから」
「……いえ、大丈夫ですから…お気持ちだけ頂いておきます……っ。お気遣い、感謝致します…………っ」
其れだけをやっと絞り出すように口にすれば、男は否を唱えるように食い下がってきた。
「嗚呼、もしかして、突然異性の者が声をかけてきたから警戒してしまってるんですかね。安心してください。私は貴女に何もする気はありませんから…!ささ、女性お一人の身では何かと危険です。お連れの方が見付かるまでの間だけ私がお供致しましょうっ」
やけに人の良さげな笑みを浮かべる人だな…と思ったところで、妙な違和感に気が付いた。
この男から感じる気配が、僅かに
まるで人の皮を被った何かのようだと…。
そう思い至った瞬間、抱いていた不信感は明らかな疑惑へと変じて一気に警戒心を高めさせた。
私はその直感的感覚を信じて身を任せるように一歩、二歩、と怪しい男から身を退かせて距離を取った。
其処まで来ると、私が明らかに不信感を抱いている事に気が付いたのか、男はより人の良さげな笑みを貼り付けて言い募ってきた。
「あの、本当に何もしたりしませんよ?だから、そんな警戒するみたく態度や視線で威嚇しないでください…!私はただ、困っていそうだった貴女を助けたいと思っただけで…!」
どうしてこうも執拗に絡んでくるのか。
普通、赤の他人が何か困っていたとしても、本人があからさまに“助けは結構です”と断れば“はぁ、そうですか”とさっさと去るものだろうに。
何せ、相手は赤の他人だ。
面倒事に巻き込まれるなど御免被るだろう。
仮に本当に心底良い人だったとしても、相手が拒絶を見せれば身を引いて関わろうとはしてこない筈だ。
よって、目の前のこの男はあまりに怪し過ぎる。
何か悪巧みをしているに違いない。
そんな如何にも怪しげな男に関わるなんて碌な事が無い。
適当に追っ払って早く皆の元へ合流しよう。
きっと今頃私がはぐれてしまっている事に気が付いて心配している。
早く「私は大丈夫、何ともないよ」って安心させてあげなくちゃ。
そもそもが勝手に一人ふらふらと見て回ったりなんかしてはぐれたのがいけないんだ。
合流したら、まず心配をかけた事も含めて謝らなくちゃな。
取り敢えず、目の前の面倒な男を何処かへ追いやる為に、誰でも良いから近くの人に声をかけようと辺りを見回そうとした。
其処で、ふとさっきまでの賑わいが嘘みたいに閑散として静まり返っている事に気が付いた。
慌てて辺りを見渡すが、私達以外の存在は誰も居なくなってしまっている。
可笑しい。
さっきまであんなに人で溢れていた筈なのに。
いよいよ以て此れは危険だと脳内が警鐘を鳴らす。
動揺を押し隠して男が居る方向を振り返り見れば、其処に人の姿は無く、代わりに人為らざる者の姿へと変貌した奴が居た。
時間遡行軍の打刀――つまりは、歴史を変えるべく存在する我々の敵であった。
やはり、人の皮を被った何かという直感は間違っていなかったのだ。
何故こんな戦場でもないところに時間遡行軍が、と思ったが、今は其れどころではない。
一秒でも早く敵前から逃げなくては。
しかし、どうやって…?
相手は武器を持っているし、そもそもがそう簡単に逃がしてくれるような相手だろうか。
奴等は人ではない、言ってしまえば化け物だ。
本丸に居る彼等刀剣男士達とは異なる存在である。
ならば、どうする?
皆に見付けてもらえるまで戦って凌ぐのか?
否、まともに凶器の一つ扱った事の無い人間が異形の者を相手に渡り合える訳がない。
そもそも、普段奴等と直接対峙して戦っているのは私ではなく、刀剣男士達だ。
私はただ安全な本丸から指示を出しているだけに過ぎない。
そんな人間が、武器無しの丸腰で戦える訳がなかろう。
せめて誰か
―詰みか。
じりじりと近寄ってくる敵の魔の手からゆっくりと後退しながら、嫌な汗を額から顎へと伝わせる。
どうする。
このままだと何も出来ずに文字通り終わってしまう事になるぞ。
こんな事なら、陰陽道に通じてる人に師事してもらったり何なりして式や術の一つでも身に付けておくんだった…!
今更悔いても遅いし、そんな知り合い私の連絡先には誰一人として居ないぞ。
交友関係の狭い人見知り激しい人間にそんな凄い人が知り合いに居たらば、とっくの昔に頼ってるわいと自ら己の思考を罵った。
目の前の敵が厭らしく下卑た笑みを浮かべて刃を振り翳してくる。
こうなったら、一か八か避けてみるしかない。
だが、こういう時に限って足は地に張り付いたように固まって動かなかった。
恐怖で身が固まって言う事を聞かないのだ。
今は頼りになる自分の刀は
万事休すか――。
そう思って死ぬ覚悟を決めて強く目を瞑り、痛みの衝撃に耐えようと身を固めた時だった。
「―伏せろ、主…っ!」
何処からともなく聞こえてきた聞き慣れた味方の声に弾かれたように躰の神経が動いて、咄嗟にその場に頭を庇うようにしてしゃがみ込んだ。
その瞬間、背後から何かが頭上を飛び越える音がして、次の瞬間には目の前の敵が怯んだような呻きを漏らして数歩後退した。
投石で相手の注意を逸らしてくれたのだ。
チャンスだと思って、急いで立ち上がり、すぐにでもその場から動けるように体勢を立て直そうとした。
しかし、今のですっかり腰が抜けてしまったのか、上手く立ち上がり切れずによろけて転けそうになった。
其処へ彼の逞しい腕が伸びてきて、私の躰を力強く支え受け止めてくれた。
其れに対し、私は安堵から震える息を吐き出し、小さく言葉を述べた。
「御免、たぬさん……っ。お陰で助かった………」
「ギリギリ間に合って良かった。アンタが側に居ねぇ事に気が付いてからすぐ辺りを探してみたが、アンタの気配が変にパッタリと感じれなくなってたからな。妙だと思って慌てて索敵してみたら案の定で焦ったぜ…」
「いや、本っ当に御免…勝手にはぐれてしまった上に敵に襲われそうになってた事は誠に申し訳ない……ッ」
「説教は此奴を片付けた後だ。アンタは黙って俺の背に下がってろ。絶対ェ護り切ってやるからよ」
頼もしい限りの言葉に、私はただただ安堵に頷く事しか出来なくて、彼が敵から庇うように目の前に立ちはだかった途端、もう勝利を確信していた。
彼が来てくれたからには、もう大丈夫だ。
そう思えるくらいには彼への信頼は厚く、また彼は強かった。
すぐに片を付けた彼が刃を払って納刀していれば、遅れて駆け付けてきてくれたらしいお小夜が心配した様子で駆け寄ってきた。
「主…ッ、大丈夫…!?怪我はない!?」
「お小夜ぉ……っ!うぅっ、怖かったよぅ〜………っ!!」
「良かった…。同田貫さん、無事間に合ったんだね」
「おう。主に傷一つ付けさせる間も無く斬り伏せてやったぜ」
「主が居なくなった時はどうなる事かと思ったけども……同田貫さんが一緒に居てくれて良かった。…だって、貴女が居なくなったと一番に気付いたのは同田貫さんだったし、貴女の居る方角を掴めたのも同田貫さんだったから。本当は、僕の方が短刀だから偵察力も索敵力も高い筈なんだけどね…。不思議な事に、同田貫さんが真っ先に見付ける事が出来たんだよ。此れって凄い事だよね……?」
思わぬ言葉をもらって、私は彼の方へと視線を遣った。
すると、当然とばかりに私を見つめ返した彼はあっけらかんとして言葉を返してきた。
「そりゃまぁ…俺は主の刀だからな。んでもって、
なんて爆弾発言ぶちかましてくれるんだと思ったが、事実ではあるし、そのお陰もあって今回助かったし命拾いしたのだから文句は言うまい。
恥ずかしさからちょっと言い返したい気持ちにはなったけれども。
情けない事に、私が皆とはぐれたりしなければこんな事にはならなかったのかもしれないのだから、反省するしかない。
一先ず、今は改めて助けてくれた礼を述べておこう。
「えっと…取り敢えず、助けてくれてありがとね、たぬさん……っ。本当危ない時だったから、マジ助かった………」
「アンタが無事だったなら他に言う事は何もねぇよ。まぁ、俺からは無くとも、帰ったら他の奴等からの説教はあるだろうがな」
「うえぇ…っ、今回は本当にすんませんでしたぁ……!もう二度と皆とはぐれたりしないようにするね…!」
「とにかく、無事で良かった…」
心の底から安堵したような溜め息を
良い歳した女が恥ずかしいし情けない限りだったけれども、どうか今ばかりは大目に見て欲しい。
泣き付かれた側としては大変迷惑だったかもしんないけどもね…!
思い切り泣いて落ち着いた事で、敵と遭遇した時の状況を話すと、彼等も眉間に皺を寄せて唸った。
「まさか、こんな処で敵の襲撃に遭うとは思いもしなかったよ……っ」
「其れも、わざわざ人間に化けてまでやって来るとはな…向こうもただ歴史を変えるだけが目的じゃねぇみてーだなァ」
「うん…主が一人になった瞬間を狙ったところを鑑みても、計画的犯行な気がするね…」
「嗚呼…相手が審神者だと分かった上での襲撃なら特にな。…一先ず、帰ったら逐一政府の方に報告だなァ…。普通じゃ考えられねぇ襲撃だしよ。今回はたったの一体だけだったから何とかなったかもしれねぇが、複数で掛かってこられてたら流石の主も無傷じゃ居られなかった筈だ。…そもそも、この万屋街だって政府の管轄なら、結界の一つや二つ張ってる筈だろ?其れなのに時間遡行軍の奴等に入り込まれてるってのはどういうこったァ?」
「…その点に関しては、一旦こんちゃんに訊いてみないと分かんないっす…。本丸に帰ったら即引っ捕まえて聞き出してみるわ」
話も一段落した事で本丸へと帰還するべく、いつの間にか座り込んでしまっていた体勢をお小夜の手を借りて立ち上がらせてもらおうと力を入れて踏ん張ってみたら、何と言う事だ。
すっかり力が抜けてしまって立ち上がれなくなっているではないか。
嘘だろ、俺の足腰よ。
最早生まれたての小鹿以前の問題なんだが。
そんな感じで焦って冷や汗を垂れ流していたら、様子を察したらしいお小夜が彼の方へ視線を投げ、その視線に気付いた彼が溜め息を
「アンタ、力抜けちまって立てねぇんだろ…?立てねぇなら立てねぇって素直に言やあ良いのによォ」
「う…っ、や、まぁ、その……えと…っ、ハイ、ソウデスネ……。御免なさい、あまりに情けなくって………」
「別に謝んなくっても良いっつの…いきなり不意突くみたいに襲われりゃ、誰だって怖くて当然だし。アンタが悪ィ訳じゃねぇよ」
「でも…私がはぐれたりなんかしなければ、こんな事態引き起こさなかったかもしれないんだし…、」
「一々たられば言い出したってキリねぇだろうが。其れ以上余計な事言い募るつもりなら俺も怒るからな」
其処まで言われてしまえば、此れ以上の口は開けまい。
非常に申し訳なく思いながらも一つ頷けば、彼の武骨な大きな掌がぽふり、と頭に乗せられた。
私を安堵させるべくしたみたいな其れに、止まった筈の涙腺が再び緩んできそうになって俯く。
流石に此れ以上に情けない姿を曝すのは憚られる。
必死に涙を引っ込めようとしていたら、ふと背中に別の温かみを感じて後ろを振り返って見れば…。
優しく労るような手付きで私の背を擦ってくれるお小夜の掌が在った。
嗚呼、もう、そんな風に接せられたら、せっかく堪えてた涙がまた決壊するじゃないか。
何だか無性に悔しくて、唇を噛み締めて嗚咽を圧し殺していれば、たぬさんに頭を引き寄せられて、肩に押し付けるように優しく抱き締められた。
うん、其れは流石に卑怯だし、無理だわ。
呆気なく決壊した涙腺に再び私はぼろぼろと涙を溢すしかなくて、縋り付くように彼の肩に泣き顔を押し付けて隠した。
今更隠したって、不細工な面は既に見られてしまった後だけれども。
そうして抱き付いている私をそのまま子供みたく抱き上げて抱えてくれた彼がお小夜に声をかけて歩き出す。
自分だけの力では歩けなくなっていた為助かるが、やはり恥ずかしさが勝ってどうしようもない。
お小夜の方も特に何も言わずに後を付いてくるように歩き出したようで、彼の後ろからトテトテと小さな足音が続いた。
私とはぐれたと気付いた地点で待機していたらしいみっちゃんとぎね達に合流して、再び心配の声をかけられて、涙ながらその言葉に応じて返す。
その間もずっと彼に抱えられたままだったのはしょうがないけれども。
今回の件を踏まえて、審神者としても、もっと強くならなくちゃなぁ…。
取り敢えず、目下の目標は、誰ぞ師事を仰げる人を探す事からだ。
そんな人、身近に居れば良いけどなぁ。
新たに出来た悩みに深く溜め息を
「別に…今回の事で無理に強くなろうだなんて考えなくて良いからな。アンタはアンタでしっかりやってきてんだし、今回のは予想外に起きた出来事だろ…?警備に関しての責は政府の方にあんだし、ぶっちゃけアンタから目を離してなきゃアンタが俺達とはぐれる事もなかった。…護衛も兼ねて供してた筈の俺達の落ち度、失態だよ。アンタが気にする事じゃねぇ」
「…たぬさん……」
「アンタは人間なんだ。いきなり襲われて怖くて泣いちまっても当然だ。特に、アンタは女の身だしな…怪我が無かっただけでもマシだよ」
そう小さく零した彼の声があまりに優しさを孕んだものだったから、止まりかけていた涙に余計に拍車をかけられて、堪らず照れ隠しするみたく彼の身を叩いた。
大して力も込めていなかった其れはきっと痛くも痒くもなかっただろうけれども、より一層強く大事そうに私を自身に押し付けるから、もう何も言えなかった。
今、口を開こうものなら、情けない嗚咽が漏れてしまいそうだったから。
代わりに、さっきよりも強く彼へしがみ付くように首元へと腕を回せば、顔を隠しやすいように頭を引き寄せてくれたし、長い長い襟巻きの一部を私の頭に被せて他の皆には容易に顔が見えないようにしてくれた。
本当に彼が居てくれて良かったと心から思った。
彼の上着の肩口は、私の涙のせいですっかり濃く色を塗り替えてしまっていたけれども、其れを怒る訳でも意に介する訳でもなく、ただひたすらに私の無事を安堵してくれる彼に、今暫くずっと寄り添っていてもらおう。
お互いの存在を再確認するみたいにぎゅっと抱き合った状態で。
Title by:またね