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夢の続きは現実で



意識が浮上し目が覚めたばかりの頭は、まだうつらうつらと舟を漕ぐように微睡んでいた。

目が覚めたと言えどすぐに起き上がる気にはなれなくて、もう少しこのふわふわとした感覚に浸っていようと思った。

もぞもぞと小さく身動いで布団の上を転がり、寝返りを打つ。

何だか素敵な夢を見た。

ガッツリぐっすり熟睡爆睡している時は何の夢も見る事無く眠っていた筈なのに。

気付いたら夢に微睡んでいた。

そして、自然と意識が浮上して、目が覚めた。

まだ、さっきまで見ていた夢の余韻が残っている。

ふわふわとした幸せな気分が胸の内を占めて口許に笑みが浮かんできてしまった。

このまま微睡みに身を預けて更に舟を漕いだら、確実に二度寝を決めれそうなくらいには寝惚けていた。

また眠ったらば、夢の続きを見れるだろうか。

見れるものなら見てみたい気もするし、別に見なくてもそのまま気持ち良く眠れるのなら其れは其れで構わない。

もう暫くは、この幸せな余韻に浸っていたい気分だった。

そこへ、隣に在った温度がのそり動いて、太く長い腕を私の躰へ回して体重を掛けてきた。

閨を共にしていた御手杵であった。

寝起きたばかりなのか、背後から大きな躰いっぱいに私を包み込むと、甘えるように首筋辺りへ鼻先を埋めてぐりぐりと擦り寄ってくる。

擽ったくて思わず身を捩ると、そのままの位置から耳元近くで小さく呟かれた。


「あれ…起きてたのか……。おはよう、主ぃ…」
「ん…、おはようぎね…。ちょっとだけ重いよ…」
「御免…けど、起きてすぐアンタの存在が側に在るんだなって思うと、つい…な」
「…ふふふっ、なぁに其れ…?」
「ん…何だろうな…。たぶん、愛しさだとかそんなもんの類いの感情が溢れちまったんだと思う…っ」


寝起きの低い掠れ声で耳元で喋られると、否が応でも反応してしまってしょうがない。

擽ったさのあまりに首を竦めて聞いていると、何とも小さく可愛らしいおねだりが聞こえてくるのだった。


「だからさぁ…嫌じゃなかったら、もう少しだけこのまま居させてくれないか?」
「んふふふっ……可愛いなぁ、もう…。勿論、嫌じゃないから…好きなだけ引っ付いてて良いよ」
「ありがとさん…じゃ、お言葉に甘えさせてもらうなぁ」


まだ寝惚けているのか、互いに何処か間延びした口調でのんびりとした寝起きの会話を交わす。

もしかしたら、何方ともまだ夢の余韻を引き摺っているのかもしれない、そんな風な雰囲気だった。

微睡む意識のまま、甘えたように擦り寄ってくる彼が首筋に顔を埋めて柔らかな口付けを落としてくる。

途端、何とも言えない感覚が甘く躰の神経を痺れさせて、堪らずにくぐもった小さな声が漏れ出る。

どうしても首筋を攻められると弱いのだ。

抑え切れなかった自分の甘やかな声と今の状況が夢の其れと重なって、また胸がキュンと締め付けられる。

故に、感度も良くなってより感じやすくなってしまうのであった。

寝起きたばかりで盛る彼も元気な事である。

ふわふわとした意識のまま、何処か冷静に今の現状をそう分析していると、私の意識が少し余所よそへ外れたところにある事に気が付いたのか、半身だけ身を起こした彼が上から覗き込んできた。


「なぁ、もしかしてさ…何か別の事考えてるか…?」


まだ少し眠気が残っているのだろう。

ぽやん…っ、と蕩けた目をした御手杵がこてんと首を横に傾げて問うてくる。

元々癖っ毛でぴょこぴょこ跳ねた髪型をしている彼だが、寝癖も相俟ってか、物凄く可愛らしいくらいに彼方此方あちこちと髪を跳ねさせていた。

極めて修行より帰ってきてからも、そういったところは全然変わらなくて、何だか無性に愛おしくなってくる。

そんな彼の事をこのまま無言で眺め続けるのも悪くはなかったが、そうすると流石に彼の方も段々と不安になってきてしまうだろうと思えたので、惜しくは思ったが口を開いて彼の問いに答えてあげる事にした。


「んっとね…ちょっとだけ、さっきまで見てた夢の事考えてた」
「夢…?其れってどんなのだ…?」
「んふふ…っ、実はね…今まさにやってる事みたいな夢だったの」
「……うん?」
「つまりはね…ぎねとこうしてる夢を見てたの」


そう告げて、上から見下ろす彼の太い首に腕を絡めると、話を理解したらしい彼が表情を綻ばせて誘いに応じた。


「そっかぁ…俺の夢かぁ……へへへっ、やばいな、何か無性に嬉しくなってきた…っ」


だらしがないくらいに頬を緩ませた顔が近付いてきて、ぷちゅり、頬に口付けが落とされた。

その後も幾つか何ヵ所かに落とされて、最後はやはり唇が終着点とばかりに飛びっきり甘いのが降ってくる。

互いにお互いの唾液で唇を潤わせたところで、少しだけ落ち着きを取り戻したらしい彼がまた口を開いた。


「夢の中にまで出てくるなんて…よっぽど俺の事が好きなんだなぁ、アンタ」
「ふふふっ…そうだね。好きだよ、ぎねの事。其れはもうすっごいくらいに大好き」
「ふへ…っ、やばいソレ……っ、めちゃくちゃクるんだけど………!」
「んふっ、頑張れぎねぇ〜…っ。」
「んぐ…っ、他人事だと思ってアンタなぁ……ッ」


何やら葛藤し始めた様子にクスクスと笑いを零していれば、理性には勝てなかったらしい彼が諦めたように私の躰へと手を這わし始める。

其れに応えるように反応しだした躰が熱を持ち始めて火照って暑くなってくる。

堪らず熱を孕んだ息を吐き出せば、元々寝相で乱れていた寝間着を更に乱すように中に手を差し込まれた。

直接肌へと触れてきた彼の手も熱い。


「あのさぁ、夢の中での俺はアンタにどう触ってた…?」
「え…っと、…ぎねの好きなように動くのがたぶん正解だと思う…」
「…じゃあ、アンタが一番悦ぶように触れば良いんだな」


そう言った彼は、先程と同じく後ろから覆い被さるようになると、再び首筋へと鼻先を埋めて甘く口付けてきた。

次いで、弱いところ弱いところを狙って強弱を付けるように吸い付き、痕を残していく。

時折歯形を付けるみたく甘噛みされれば、がる躰がヒクリと震えて背中を仰け反らせた。

喉からは既に言葉にはならない嬌声染みた甘やかな声が迸っていた。

さっきまでの眠気など、すっかり嘘のように消えてしまっている。

だが、夢で見た余韻は未だに尾を引くみたいにずるずると続いていて、今得ている感覚に結び付いていた。


「…なぁ、教えてくれよ主」


彼もきっともう既に覚醒し切っているのだろう。

だって、あんなにも甘やかで可愛らしかったのがすっかり鳴りを潜めたように目をギラつかせている。

欲情してしまった獣の時の其れだった。


「――さっきの続きはどうしたら良い…?」


さぁ、今度は夢でなく現実で彼と愛し合ってみようか。

互いの愛を確かめ合うみたいに。

夢の続きは現実で。


執筆日:2021.03.02