「俺達の存在は…アンタにとって重荷だったか。審神者で居る事は辛かったか」
「…ううん。全然辛くはなかったよ。そして、重荷でもなかった…。だって、皆が居たから、私は生きて此処まで来れたんだ。最初から最後までずっと支えてもらったよ。――有難う、こんな私の事を支え続けてくれて。…きっと、その事の方が、貴方達の重荷になったんじゃないかなと思うよ」
「其れこそお門違いさ。俺達は好きでアンタを支えてた…少しでもアンタの役に立ちたくて。決して苦なんかじゃなかったよ」
「…そっか。其れなら、良かったや」
お別れの時が近付いている。
大切にしてきた彼等と言葉を交わすのも、此れが最後だろう。
泣いては駄目だ。
最後の時くらい、飛びっきりの笑顔でお別れしたいから。
彼の胸に飛び込みたいのを堪えて握っていた手を離すと、彼の方が名残惜しそうに儚げに微笑んで此方を見つめた。
どうか、そんな顔をしないで。
別れるのが辛くて寂しくて情けなくも引き留めたくなってしまうから。
別れの時くらい、すっぱりと後腐れ無くさよならしたいよ。
そんな意を込めて、私は彼から一歩距離を取って、最後のお別れの挨拶を告げた。
「もう逢う事なんて無いのかもしれないけども…もし、また何処かで何かしらの形で出逢う事があるのなら、その時まで暫しのお別れだね。…今まで沢山お世話になりました。沢山の想い出をくれて、有難う。この本丸で築いたもの、全て私の此れからの為に繋いでいくね…。此れからは、また新たな歴史を紡いでいくよ。皆が守ってくれた歴史のその先へ進んでいく為に」
「……おう。色々ごちゃごちゃ言うのは性に合わねぇから一言だけ言っとくぜ。――達者にやれよ、主」
時間が来たのだろう。
大好きだった皆の姿が光の粒子に溶けて元の刀の姿へと戻っていき、その本体である刀の存在も同じく光の粒子に溶けて消え去ってしまった。
さて、私は此処から本丸から去らねば。
全ての審神者は、現時点を以て全ての任を解かれてただ人と戻る。
記憶は消される事なきまま残り、形として残らぬ代わりの勲章となった。
記憶というものは、敢えて消さずとも、その内時間の経過次第で知らぬ間に忘れ去ってしまうからだ。
後の生活に支障をきたさない為でもあるのだろう。
ただ人と戻ったからと言って、何が変わる訳でもなかったが。
其れは其れ、此れは此れと割り切るしかない。
そろそろ動き出さねば。
いつまでもこんな場所に立ち尽くしていてもしょうがあるまい。
私は新たな歴史を紡ぐ為の一歩を踏み出した。
此れからは、また自分の人生を歩んでいくだけだ。
私は面を上げて、前へと進み始めた。
―歴史を守る戦いを終えて、審神者の任を全うして、全ての
私は審神者を勤めていた経験を活かして、勤め先を役所に定めて働いていた。
やる事は、嘗てこなしていた事と大して変わらない。
毎日決まったルーティーンをこなしながら己に課せられた仕事を片付け、帰路へと着いていた。
そんな或る日、仕事帰りのスーパーで、嘗て一つ屋根の下で生活を共にした者と瓜二つの顔をした人と擦れ違った。
疲れたあまりの幻覚か何かの間違いだろうとその時一瞬は思考を切り替えて、何事も無かったかのように装いその場を去った。
だが、翌日もその翌々日も同じ彼の存在を目にして、流石の私も幻覚でも見間違いでもない事に気が付き、内心頭を抱えた。
何の因果だと思いつつ遠くから様子を眺めていたら、向こうが此方の視線に気付いてしまった。
慌てて逸らそうとする前に、何故か離れた場所に居たにも関わらずあっという間に距離を詰められて目の前で対峙する。
他人の空似なだけの赤の他人だと思い込みたかったのに、目の前に大股でやって来た彼はその思考をものの見事打ち破ってくれた。
「―よォ、久方振りだなぁアンタ。達者にやってたみたいで安心したわ」
「…何で普通に現世に居んの、お前……」
「いやぁ、ただの刀に戻るのも悪かなかったが…やっぱ一遍人の身の良さを知っちまうとさァ?――ってな訳で、晴れてめでたく人の身に転生叶ったっつー訳だな…!」
「…いやいや、あの時の私の感動返せよ」
何ナチュラルに現世に馴染んでんだ此奴。
つーか、何でこんなとこ居んのお前?
そんな疑問が顔に出ていたのか、彼は此方が直接問う前に答えてくれた。
「今何やって食って行ってんのか、っつーたら…配達業だな。実は俺、この近くに在る運送会社で働いてんだ。まぁ、このナリだしよ。こういう生業でしか働き口見付からなかったんだよなァ。…で、此処には荷物卸しに来てたって訳だ」
「マジかよ……嘘みたいにクソ現世に馴染みまくってんじゃねーかよ、お前ェ…ッ」
「へへ…っ、ありがとサンクス!」
「褒めてねぇよ」
其れまで変に緊張していたのが馬鹿みたいに一気に脱力してしまって、クソデカ溜め息を
すると、今度は彼の方から今の私の事を問われた。
「アンタの方は、今何やってんだ?」
「…お役所勤めですけど…其れが何か」
「じゃあ、審神者やってた時とそう変わんねぇんだな。安定した職に就いてんだったら心配いらなそうで安心したぜ」
なんて事を軽々しくも以前のように目を細めて笑って言うから、思わずグッと言葉に詰まってしまった。
そしたらば、彼は嘗ての其れと同じように触れて接してきたのだった。
「アンタの元が離れ難いから、またこうして戻ってきたんだよ…」
「……何で、全部憶えたまま転生するかな…、この馬鹿…ッ。あの時の感動と涙を返せよ、
「忘れちまってたら、アンタの元に戻れなくなるじゃねェーか阿呆が。…ったく、素直に喜べねぇのかよアンタは?本っ当何も変わってねぇなァ、あの頃と」
愛しげに呟く彼に抱き締められて、堪らずあの時我慢した分の涙を流して泣いた。
いつまでも何処までもずっと一緒に居たいと願ったのは、果たして何方だったのかは分からない。
けれども、今はとにかくただひたすらに再会出来た喜びを噛み締める事にしよう。
「ところで、つかぬ事を訊くけども…たぬさんが現世に人として転生したならさぁ、本体だった刀はどうなったの?すんごい素朴な疑問」
「嗚呼、其れならちゃんと在るぜ。俺の地元の熊本の方に本霊の方がな」
「あ、やっぱそこはちゃんと存在してるんだね。え、じゃあ何?今のたぬさんはたぬさんであって、たぬさんじゃなくなってるって事かよ…?は?そしたら今普通に今まで通り“たぬさん”って呼んじゃってたけど、違うって事になるのでは??」
「おう。まぁ、別に俺はアンタにどう呼ばれようが気にしねぇけどな。でもま、一応言っとくと、今は人間らしく姓も名前もあって“藤原正国”ってーんだ。改めて宜しくな、主――いや、璃子“サン”…?」
意味有りげにそう私の名前を口にした彼に、私は一瞬ポカン…ッ、としつつもちょっと外れたリアクションを返すのだった。
「あ…下の名前んとこは変わってないんだね。そして苗字の方も何か納得の苗字だわ〜…。……ってか、あれ、私たぬさんに真名って名乗ってたっけ?」
「さぁ、どうだろうな…?」
「あー…ま、この際どっちだって良いかぁ。取り敢えず、呼び方どうしよっか…?今までは巷で“たぬき”の愛称で呼ばれてたのと刀帳時の紹介に記されてた“どうたぬき”呼びから“たぬさん”呼びしてた訳だけど……」
「普通に下の名前で呼びゃあ良いんでねーのか?」
「え…いきなりハードル高くないっすか、パイセン…?」
「逆にアンタに上の苗字で呼ばれんのは慣れなさ過ぎて違和感あるっつーか、端的に言って気持ち悪ィから止めて欲しい」
「えぇ〜…っ、名前で呼ぶの…?今まで通りの愛称じゃ駄目なの?」
「仮に、いざ其れを赤の他人に問われた時、アンタどう答えるつもりだよ?」
「え?其れはぁ……“とある刀と名前そっくりだし雰囲気とか諸々も含めてそれっぽいから、その刀への愛称から取った”…とか?」
「だいぶ無理あんだろ…」
「ですよねー。はぁ、名前呼びかぁ…っ。何か無性に恥ずかしくなってきたな……何でだろ、変に緊張してきたわ」
真名云々の件についてはサラッと流して呼び方について吟味していると、彼から名前呼びの方を希望された。
うん、まぁ納得の理屈なんですけど。
急にそう現状を飲み込めないというか何というか…。
妙な気恥ずかしさが襲いかかってきて言葉がしどろもどろになる。
そこを彼の無言の圧力に押されて何とか口を開いた。
「え…っと、……じゃあ、“まささん”呼びで…その、勘弁してくださいお願いします。いきなりの呼び捨ては私にはハードルが高過ぎて無理無理の無理っしたァ………ッ」
「ん。上出来だな。まぁ、まずまずといった感じの及第点ってとこか」
「うえぇ…っ、慣れなさ過ぎてクッソ恥ずかしい……!」
「その内慣れら。おら、いつまでもこんなとこ突っ立ってねぇで帰んぞ」
そう言った彼が、ごくごく自然体で私の手を取り引っ張って行こうとするので、慌てて付け足すように問うた。
「え…っ、ちょ、ちょっと待ってよ…!帰るって何処へ!?」
「あ?んなもん家に決まってんだろ」
「いや、誰の家によ!?」
「俺の。もう仕事は終わったし、今日はこのまま直帰だったから丁度良いや。トラックの助手席で悪ィけど乗ってけよ」
「あの…っ、どっからどう突っ込んで良いのか分からんし、この状況マジで可笑しいんだが…とりま何でまささんの家に私も帰る事になってんのかなぁ??」
「だって、アンタ…どうせ来るだろ?俺ん家。遅かれ早かれ来るんだったら、めでたく再会した今日この時だって良いじゃねェーか」
何だその自信たっぷりな言い方は。
確かに、今日じゃなくとも日を置いたどっかでお邪魔する気ではあったけれどもよ。
そんな自信満々に言い切られちゃあ、行かない訳にもいかなくなってしまったではないか。
全く、相変わらず彼には敵わないなぁ。
何方から惚れてしまったかなんて事今更分からないけれども、一度惚れてしまったからにはもう勝てっこないのである。
彼の手に引かれるまま、いつもとは違う形、違う方向で帰路に着き、またとなく出逢えた事を喜び抱き締め合うのだった。
もう二度と側を離れてなんてやらないと言う風に、固くキツく強い力で。
執筆日:2021.03.02