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恒常的副作用



ウチの主は、眠る時、よく頭まですっぽり布団を被って寝る御人だ。

寝やすいように眩しさから明かりを避ける為か、端に寝顔を見られるのが恥ずかしいからなのか。

直接理由を訊いてみた事がないから定かではないが、きっと何方も当て嵌まるのではないかという気がする。

頭まですっぽり引っ被ってしまうから、勿論顔はすっかり布団の下へと隠れてしまう。

どうしてそんな寝方をするのだろう。

夏場の暑い季節だけは、流石にされていないようだけれども。

嗚呼、でも、結局冷房をよく効かせた部屋の中ならば、やはり同じ事をしていたのだったか。

息苦しくはないのか。

確か、誰かがいつぞやに似たような事を思って問いかけた事が一度あった。

その時の主はこう述べていた。


いや…?昔からそうやって寝てきたから、別に何とも思わないけれども。逆に、うつ伏せで寝る人の方が息苦しくないのかとか、寝づらくないかな〜…っては思うねぇ」


至極淡々と述べた主は、そんなに不思議か、もしくは変な寝方に見えるかと、そうも零していた。

俺からしたら、何かで顔を覆って寝る様は、まるで死に臥した人の其れのように思えてならない。

だから、そのようにして眠る姿を初めて見た時は、此度の我が主は変わった御人だと思ったのだ。

ウチの主は、眠る時は大抵いつも頭まですっぽりと布団で覆い隠して寝ている。

故に、端から見たら死人が床に臥しているかのように見えるのだ。

人は眠ると、途端にそれまでの賑やかさや生活感全て鳴りを潜めた如く静かになる。

眠るのだから当然の事なのだが、ただ呼吸をしたり、時折身動いだりして寝返りを打つ以外、物音を立てず大人しく横たわったまま動かなくなるから不安になる。

ひょっとして、自分の気付かぬ内に死んではいまいかと、心配になって、こっそり顔の上にある布団を退かして呼吸があるか確かめてしまう。

別にそこまでしなくたって、胸が上下していれば、布団の下に埋もれていても生きていると見るだけで分かる筈なのに。

けれど、どうしても不安に駆られて心を巣食う暗い感情に押し潰されそうになるから、ついぞ確かめて、自分を安心させるように主の口元へ掌を翳すなり耳を近付けるなりして生きていると理解させ、漸く落ち着くのだ。

決して、主の寝方を咎めたい訳ではない。

ただ、何となくふと襲いかかってくる不安から、そうしてしまうのだ。


―或る時、夜半の刻にまたそういった不安から主の部屋を訪ねると、偶々浅い眠りだったのか、俺が立てた僅かな物音に目を覚ましてその身を持ち上げた。

俺は咄嗟に其れを制止して、起こしかけた身はそのままで居て欲しいと口にした。

其れに素直に従った主は、俺の夜遅くの訪問に怒る事も無く、静かに端的にその理由のみを問うてこられた。

何かあったのかと、俺を慮っての事だろう。

なんとお優しい御人か。

心から忠義を尽くすには十分な理由を与えてくれる主に、俺は今までひた隠しにしてきた胸の内の不安を打ち明けた。

きっと、幻滅してしまうかもしれない。

それでも、主が俺の知らぬところで逝ってしまわれるよりかはマシだと思って、赤裸々に告げた。

眠りを妨げてしまった罰なら幾らでも受けましょう。

貴女が死んでしまう事などに比べれば軽く、また容易い事だ。

主は、俺が静かに吐露している間、大人しく布団に身を横たえたまま耳を傾けてくださった。

時折、小さく相槌すら打って。

全てを打ち明けた後、最後に主はこう言った。


「……なら、私が眠る時、お前も側で共に寝るかい…?すぐ側に居れば、きっとそんな不安も何処かへ行ってしまうだろうからさ…」


其れは、眠気を孕んでか、小さく掠れた声であったが、確かに俺を安堵させるには十二分な音が乗せられた言葉であった。


「…し、しかし…っ、そんな事をしては、主の眠りの妨げになってしまうのでは……。そもそも、女人の身である主と床を共にするなど、臣下の身としてあるまじき行為です…っ。他の者に示しが付きません…」
「私は別に気にしないよ…。変な不安を抱いたまま眠れぬ夜を過ごされる方が、私は心配だ…。明日も早いんだから…響くと良くない、早く横になってお眠り」
「え…っ、や、でも…主と一緒の布団でだなんてそんな、お、恐れ多いです………!」
「今更な話だろう…?ほら、そんな格好のままいつまでも居ないで、入っておいで。躰を冷やしてしまうよ…」


寝ていた布団の横の空いたスペースを指し示して促す。

これ以上の押し問答は確かに時間の無駄であるし、何よりこれ以上主の睡眠を妨げる事は憚られた。

仕方なく、主の言う通りに導かれるよう主の布団の中へと身を収める。

俺がきちんと身を横たえるまで待ってくれた主は、俺が眠れる体勢になったのを見届けると、そっと上から布団を掛けてくださった。

布団の中は、不思議なくらいにとても温かかった。

夜の空気と直に畳に座って冷えていた素足も、あっという間に温度を取り戻していく。

何よりも、すぐ側の近くに主がいらっしゃった。

いつもは布団で見えなくなる筈のお顔も、今は薄暗闇の中でもはっきりと見える。


「これなら…不安なんて絶対感じる事も無いでしょう?」
「………はい、そうですね…」


眠気に蕩けた主がふにゃりと微笑んで笑って言う。

その言葉は、いつまでも俺の胸に余韻を残していった。


「おやすみぃ、長谷部…」
「…はい、おやすみなさい、主…。良い夢を」


そう眠る前の挨拶を告げた後、主は静かに目蓋を閉じられた。

そして、程なくすぐに穏やかな寝息を立てて寝入られる。

寝顔は隠されていない。

曝されたその穏やかな寝顔を見入りながら、そっと手を伸ばし頬に触れる。

柔らかで滑らかな肌は素肌を曝す手には温かく、血の通った温もりを感じた。

大丈夫、ちゃんと生きている。

触れた感触の擽ったさに、眠る主の睫毛が震えた。

これ以上は、ただ主の眠りの妨げになるだけだろう。

俺は頬に添えていた手を引っ込めて、少しだけ緊張する思いを抱えながら、目を閉じた。

耳を澄ませれば、すぐ近くから主の息衝く音が聴こえる。

その音に漸く安堵して、俺は主に寄り添うように眠った。


―翌朝、起きた時は、いつも以上に快調で、とても気持ちの良い気分だった。

俺は、後から起きてきた主へと礼を述べた。


「有難うございます、主。お陰ですっきりと目覚める事が出来ました…!」
「そう、それは良かったねぇ」
「はい…っ!本当に有難うございます!……あの、それで、これからの事なのですが…、」
「ん…?嗚呼…うん、勿論構わないよ。あんな事で長谷部の不安が無くなるのなら、お安い御用さ。私の方も、長谷部と一緒の方が不思議とよく眠れた気がするからね」
「へ…っ?……あ、そ、そうだったのならば、恐悦至極です…!」
「ふふふっ…相変わらず慇懃くさいねぇ。もっと柔らかでも良いのに」
「いえ…っ、主を相手にそんな失礼な真似出来ませんから…!」
「んふふっ…いつもの長谷部らしいや。――…あっ、そういやすっかり言い忘れちゃってたな…」


ふと、そう零した主に首を傾げて見遣る。

すると、主は寝起きの顔を蕩けさせてふにゃりと笑んで言ったのだった。


「―おはよう、長谷部。今日も一日頑張ろうね」


嗚呼、また貴女と共に新しい一日を迎える事が出来たのか。

俺はその幸福を噛み締めながら、言うのが遅くなってしまった朝の挨拶を今更ながらに告げた。


「…えぇ、おはようございます、主」


執筆日:2021.03.11
Title by:乱痴気