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葉落つる音に心惹かれたり



机に向かって日課の仕事を片付けるべく、端末と睨めっこしながら忙しなくカタカタとキーボードを打っている時だった。

不意に視界の端で何かが動いた気がしたのと同時に、カタン、という小さな物音がしたのを耳が拾った。

ふとした瞬間の事ではあるが、あんなに真剣になって仕事に集中していた筈なのに、何故か不思議と其れに意識を動かされて、音が聞こえてきた方向に視線を傾ける。

すると、音の出所は床の間に飾られていた花だったようで、もうすぐ命を終えてしまうのだろう、萎れて下を向いた花の葉が床の間に落ちていた。

さっきの音は、葉が落ちて床に当たった時の音だったらしい。

少しだけ寂しいような何とも言えない小さな感情が、胸の内に波紋を広げる感覚を覚えた。

きっと、見る者が見たら風流だと言うのだろう。

土に自生する花と違って、摘まれて花瓶に生けられた花の命は短い。

だからこそ、儚げな美しさをより魅力的に見出せるのかもしれない。

そんな思想が何気なく脳裏に浮かんだのは、私も十二分に雅な自称文系男士である刀の思想が移ったのかな、と思った。

花を見ると心が和らぐ。

其れは自然な事であり、人が嘗て昔から感じてきた感情である。

どんなに荒んでいたとしても、自然に溢れる木々や草花を見ると、心が癒される気がするのだ。

自然の摂理とでも言うのだろうか。

よくは分からないが、何となくそう思った。

意識が完全に逸れて集中を欠いたのを合図に、私は一度キーボードを打つ手を止めて伸びをした。

う〜ん…っ、と凝り固まった筋肉を解すようにしてから改めて姿勢を崩すと、其れまでに打ち込んだデータに保存をかけてスリープモードにし、端末を閉じる。

そうして腰を上げ、床の間の前に移動し身を屈ませてから、先程落ちたと見られる葉を拾い上げた。

何となしに摘まんだその葉を持ったまま、私は自室を出て縁側を歩いて進み、とある刀の元へと向かった。

の者が居る部屋を覗き込むと、今は空いた時間を有意義に使っている最中だったのか、雅たらしく歌をしたためているところであった。

何とも彼らしい時間の過ごし方だと思いつつ、外の景色を眺めながら歌を詠む為だろう、開け放たれたままの入口に立ち、控えめに声をかけた。


「歌仙、ちょっと良い…?」
「うん?おや、主じゃないか。これは失礼、歌を詠むのに集中し過ぎて気付かなかったよ」
「うんにゃ、別に気にしてないから良いよ」
「そうかい。なら、僕も気にしない事にするよ。仕事の方はどうだい?順調そうかい?」
「うん。もうだいぶ進んだから、ちょっと集中切れたのを区切りに一休憩でも入れようかなって思って来たところだったの。進捗加減を言ったら、この調子なら午前の内に今日の日課は終わりそうかな」
「其れは何よりだ。では、僕も暇をしていた事だし、僕がお茶を煎れてあげようか」
「有難う。でも、良いの…?せっかく歌を詠んでたところだったろうに…」
「なに、此れは暇を潰すのに丁度良いと思って始めた事さ。主は気にしなくて良い。……ところで、その手に持っているのは葉っぱだと思うのだけれど、どうしたんだい?」


風流なものには目敏く気付く彼だ、自然と目が行ったのだろう。

利き手に持つ葉っぱの存在に気が付いた彼に問われて、先程見た光景をそのまま伝える事にした。


「さっきね、床の間に飾られてた花が葉を落としたみたいで、その音で意識が逸れて集中が途切れたんだ。ずっと端末に集中してたのもあったし、そろそろ一旦目を休めないとなぁ〜とも思ってたから休憩入れる事にしたのよ。この葉は、その時落ちた葉っぱだよ。何となく摘まんで持ってきちゃった」
「そうだったのか。実に風流な事だね。そういえば、主の部屋の花は、前に生けてからだいぶ時が経っていたし、そろそろ花も終わる頃だったか。後で新しい花を生け直しておこう」
「うん、そうしてもらえると有難いかな。歌仙が生ける花は、いつも見事なものだから、見ていて飽きないよ」
「そう言ってもらえれば、僕も生けた甲斐があるというものだし、花達も主に愛でられて喜んでいる事だろうね」


自身が生けた花を褒められた事が嬉しかったのか、分かりやすく顔を綻ばせて微笑んだ歌仙は誉れ桜をちらほらと舞わせた。

私自身も、必要最低限の物しかない部屋に花が在るだけで心なしか華やいで見えるので、似たようなものだ。

そんな他愛ない話をしながら腰を上げた彼に付いていくように後を追って厨の方へ向かう。

時間帯的にそろそろ昼時に近い時間になってくるので、厨組と称される料理番達がお昼を作り出す頃合いだろう。

私はまだ仕事があるので手伝えないが、きっと今日のお昼も美味な物に違いない。

歌仙を含めた厨組の者達が作る御飯はいつも美味しいし、彩りも栄養もバランスの整った献立だから完璧だ。

そうこう考えていたら、あっという間に厨へと着いていて、私はすぐ隣の居間で待っているように言われた。

言われた通り大人しく居間の方へ向かうと、其処には先客が居て、私の存在に気付くや否や軽く手を上げて声をかけてくれた。


「やっほー、主。今から休憩?」
「うん、正解」
「やった、当ったり〜」
「清光達も休憩中?」
「そ。一応まだ内番の途中だけど、一区切り付いたからね〜。一旦戻ってお茶でもしよ、って声かけて戻ってきたの」
「あ、聞いてよ主…!此奴、畑当番になったのが嫌なのかずっと文句言ってきてさぁ、すぐにサボろうと僕に仕事押し付けようとしてくるんだよ!!どう思うっ!?」
「ちょっ…!お前、何主に暴露してくれちゃってんの!?」
「お前が仕事サボろうとするからだろ!?僕は畑仕事するの嫌いじゃないし、お前と違って主に言われた仕事は最後まできちんとするもんねー!」
「はぁ!?ふざっけんな…っ!!俺だって主から任された仕事はちゃんとこなしてるし、何だったら初期刀として近侍の仕事だってこなしてますーっ!!」
「其れは主の前だからカワイコぶってるだけだろ?お前っていっつも主の前でだけ良い子ちゃん気取ってるもんね〜。本当分っかりやす…っ」
「何だとぉーっ!?」
「まぁまぁ、二人の主張は分かったから喧嘩しないの…!ほら、掴み合いの睨み合いなんてしないで仲良くしなさい…っ。せっかく可愛いお顔が不細工になっちゃうよ?」
『其れはやだ!』


ばっちり二人揃って同じ事を言うものだから、端から見ていて可笑しくなる。

言った本人達はタイミングも言葉もハモった事にまたお互いの顔を睨み合って、次の瞬間には突き合わせていた顔を同時に反対方向へ背けて「ふんっ!」とするのだ。

喧嘩する程仲が良いとは、まさにこういう事を指すのだと思われる。

そうこうしていれば、騒がしい声に眉間に皺を作った歌仙が「雅じゃないぞ君達」とお小言を漏らしてやって来た。

手にある盆の上にはしっかり人数分のお茶が注がれてあるのだから、出来た刀である。


「全く…君達は顔を揃える度にいがみ合うね。同じ新撰組刀であり、元主を同じくするのなら、もう少し仲良くしても良いものなんじゃないか?」
「だって、一々此奴が突っ掛かってきてしつこいんだもん…っ!」
「はぁ?突っ掛かってくんのはお前の方だろ?」
「休憩時くらい少しは静かに心穏やかに居られないのかい?主の御前だぞ。場を弁えるくらいは考えるべきだと僕は思うね」


どうしてもいがみ合わずには居られない二人を淡々と諫めてみせた彼に軍配が上がった。

彼を怒らせると後が面倒なのは二人も十二分に分かり切っているからだ。

其れはもう身を以て知っているが為だろう。

すっかり大人しくなった二人の様子に、私は一人くすくすと小さく笑っていたのだった。

この本丸に居る限り、いつも何処かで賑わいが絶えないから楽しい。

唯一の心の拠り所である場所だから、より一層愛しさも増すというもの。

彼等の存在が私の支えであるのだから、彼等なくして私はない…此れは本心から思う事だ。

故に、今私が笑えているのは、彼等のお陰なのである。

その事に感謝は尽きない。

常日頃、心の何処かに留め置いている事だ。

どんな事でも、彼等の賑やかさが私の救いなのだ。

決して口に出して言う事はしないけれども。

彼等がずっと笑っていられるように、私も一層頑張らなくては。

歌仙の煎れてくれたお茶を飲み終えたら、残りの仕事に集中しよう。

そして、ちゃっちゃと終わらせてしまえば、今日の日課の分の仕事は終わりだ。

そうと来れば、お昼の呼び声がかかる前に終わらせてしまおう。

未だ陰の方で小さく言い合っている二人を他所にグビグビとお茶を飲み干してしまうと、席を立って居間の出口へと向かった。

その様子に、今しがた腰を据えたばかりの歌仙が声をかけてきた。


「あれ、もう仕事に戻ってしまうのかい?」
「うん。休憩つっても、ちょっとお茶飲みに来ただけのつもりだったし。仕事残ってるの、あと少しだけだからさ。お昼までに終わらせちゃおうと思って」
「目を休めるのなら、もう少しゆっくり休んでいけば良いのに…」
「あはは、気遣い有難う。でも、今はそんな疲れてる訳でもなかったから大丈夫。じゃ、俺仕事戻るね」
「え、主もう行っちゃうの?」
「うん。だから、二人共また後でね。内番引き続き頑張って!」


去り際に然り気無く鼓舞する台詞を残して行けば、居間を出た後少ししてやる気に満ちたらしい二人の元気な雄叫びが聞こえてきて、思わず「ふはっ、」という笑いが漏れてしまった。

まこと元気が宜しくてこっちも嬉しくなってしまう。

何気無い事で得た元気を糧に、私も精を出して残りの仕事を片付けてしまおう。

意気揚々と足取り軽く離れまで歩いていき、再び自室へと籠った私は、机と向かい合って仕事を再開させるのであった。


執筆日:2021.04.23