長雨の続く梅雨の季節の間、総じて夢見の悪い事が多くなるように感じる。
特に今年は梅雨に入るのが例年より早かっただけに長雨の期間が長く、空が重たく暗い鬱々とした日々が続いた。
そんな長雨が長く続く時、人の心に影が落ちるように、その隙間を狙うかの如く邪の者が悪しきものを運んできたり、人へ悪影響を及ぼしてきたりする。
例えば…寝ている人間に悪夢を見せる為忍び寄る黒い影なる
そういった事が切っ掛けで人の心はいとも簡単に壊せる事を彼等は知っているからだ。
夢見の悪い日々が続けば気分を悪くし、よく眠れぬ日々が続けば終いには体調を崩したり等々…一見大した事が無さそうに思えて、実際は結構大事な話だったりする。
まぁ、一番良き眠りは、夢すらも見ずにぐっすり深く寝入る事が出来た時になるが…今回その話はさておきだ。
―ここ最近、長雨の影響か、夢見の悪い事が続いた。
ただの夢なら何とも思わないが、見たのが悪夢だった場合、寝起きは最悪だわ気分は最低だわと起きて早々に嫌な気持ちになってしまう。
悪い夢が続くのには、自分が置かれた状況やストレス等が原因だったりするとも聞くが、単純に夢見が悪いだけでは済まない事もあるので、そういった理由が原因ではないように思えた。
何故なら、私は審神者といった一般の人間よりも高い霊力を持った人間だからだ。
審神者という特殊な立場に居る以上、ただの夢見では済まされないパターンが多い。
夢占いという言葉が存在するように、見た夢の内容によってはその後の運勢が左右されたりするからだ。
あまりに酷い悪夢を見た場合、この先何か良くない事が起こるかもしれない――そういった具合に自分の明日の吉凶が判ったりする。
故に、夢見が悪い日々が続くのは色んな意味で不吉且つよろしくない、という事なのである。
どうしたものかと悩んだ結果、私は一つ思い付いた事を試してみた。
自分が大切に想う刀をイメージ・モチーフとして作られた石のブレスレットを枕元に置いて眠る事だ。
石には様々な種類があり、またそれぞれの意味や力があって、大抵が御守りとして使われている。
そして、石の持つ力や効果を上手く組み合わせれば、持ち主の手助けになる効果が発揮出来たりするとの事らしい。
とにかく夢見の悪さが軽減出来れば何でも良い、と半ば縋る思いで試した思い付きであった。
其れを試した夜、早速効果が現れたのか、夢を見ていた最中、私は不思議な体験をした。
その夢の中で私が何処に居たのかは、凡そ定かではない。
何かをただぼんやり呆然と眺めていた事だけは覚えている。
そこで、私はふと何か言葉を発しようとでもしたのだろうか。
息を吸って薄く口を開きかけたその時、不意に横合いから手が伸びてきて口許を塞がれたのだ。
ハッとして、意識が其方に向いた流れでその手を見下ろすと、見覚えのある黒い手甲を着けた武骨な掌が己の口許を塞いでいた。
その先の延長線上に伸びる腕を辿って掌の主を見遣れば――、見慣れた姿をした自本丸の同田貫が側に寄り添うように佇んでいた。
何故、そこで自本丸の同田貫だと分かったのか…という事については、何となくの感覚であったから割愛させて頂く。
相手が彼だと認識した直後、私は『どうして突然口なんかを塞がれたのだろう…?』と不思議がるような視線を投げかけ、首を傾げて見つめた。
其れに対し、彼は口を閉ざしたままジェスチャーをするように自身の口許に人差し指を立てて“静かにしてろ”と目線で訴えてきた。
その目線に“成程、分かった”と頷き、彼の指示に従うように開きかけていた口を閉じる動きを取ると、案外すんなりと容易く口許を塞いでいた手を下ろしてくれた。
よくは分からぬが、取り敢えず今自分が居るこの場では口を開いては駄目――もしくは、口を利いてはならないのだと理解・解釈し、彼に倣うように口を開かぬよう己自身の手で口許を覆った。
とにかく、今は喋っては駄目なのだろう事だけは理解した。
彼の纏う空気や雰囲気から己の置かれた状況を察し、唇を引き締め、不安になり始める気持ちを誤魔化すように彼の服の袖の端を掴み握って、なるべく彼の側から離れないようにした。
そんな私の意図を察してか、不安がる私を安心させるべく彼は私の頭を一撫でして目線だけで落ち着かせてくれた。
“大丈夫だ、心配すんな。アンタの側には俺が付いてる”とでも言うように、力強い光を宿した目で真っ直ぐと私の目を見つめて。
其れだけで不思議と私の中の不安や恐怖感は薄れていき、自然と大丈夫だと思えてきた。
(たぬさんが側に付いてくれてるんだったら、この先何があっても大丈夫だよね)
絶対的な信頼感すら抱いて、彼の守護下で大人しく付いていった。
その後の事は記憶に無く、知らない…。
――というのも、知らぬ間に深き眠りに落ちていて、気付けば朝になっていて目が覚めた…、という流れだったからだ。
何とも不思議な体験であったが、人が思いを込めて作った物だったが故に彼の加護でも移っていたのかな…、と思う事にしつつ、開いた端末の画面に映る彼に対して“夢の中でも守ってくれてありがとね”と感謝するのだった。
執筆日:2021.07.01