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午睡の優しい一時



 梅雨の季節が始まる少し前の事だった。

 暑過ぎず涼し過ぎずの程良きぽかぽかとした心地好い陽気の日に、仕事も片付けてしまった後、ゆったりと出来る時間が空いたのだろう。
そのまま執務室に在る端末で短い映画を観たりと、一人の時間を楽しまれていたようだ。
 しかし、仕事で疲れていたせいか、つい眠たくなってしまわれたようで…。
我が主の事だから、きっとこう思われたのだろう。
まぁ、今日の分の日課はもう終えているし、いっか――という風に。
そうして、うとうとと舟を漕いでいたのに身を任せて転た寝してしまわれたのだろう。
野暮用を終えて近侍としての仕事に戻らねば、と主の元へ戻れば、執務机前の定位置で寝ているのを発見した。


「主よ、もしやお眠りですか」


 このところイベント尽くしでお疲れなのだろうか、と一瞬心配に思うも、何とも緩やかで気持ち良さそうな寝顔に、今日は暖かでよく晴れた天気の良い日だからその陽気に誘われたのだろうな…と思い直し、自然と笑みが浮かぶ。
きっと、こうしてゆったりと転た寝に身を任せていられるのも、自分の事を信頼してくれている証なのだろう。
 健やかにすやすやと寝息を立てる主を起こさぬよう側に近寄り、普段なら出来ぬであろう真似だが、今この隙ならば出来るだろうと眠る主の髪に触れた。
さらさらとした柔らかい髪を梳くように撫ぜ、髪越しに伝わる彼女が生きている温かみを愛おしく思った。
 だが其処でハタ、と我に返る。
幾ら暖かくなったと言えども、何も掛けないままで転た寝をしては躰を冷やしてしまうだろうと。
風邪を召されてはいけない。
執務机の傍らに畳まれて置かれていた膝掛けを手に取り、足元に掛けてやる。
 次いで、付けっ放しになっていた映画の存在に気付き、好奇心からちょっとだけ耳から外れかけていた片耳のイヤホンを拝借して音を聴かせて頂いた。
すると、どうだろうか。
何と平和で穏やかな内容なのだろうか、と心が癒されていくのを感じた。
成程、主はこの穏やかで緩やかな内容と心地好い陽気に誘われてついそのまま眠ってしまわれたのかと、自分が席を外してから今に至るまでの経緯を察した。
 そういえば、我が主は無類の動物好きであったし、その中でも特に猫を好いておられたのだったか。
今、画面に流れている映画は、猫を主人公とした物語のようである。
こんな陽気の日に、此れ程平和で穏やかな内容を観ていれば、己とて舟を漕ぎ兼ねないと思った。

 未だ敵との戦乱は続いている最中ではあるが、此処は平和で優しい時間が流れている。
主とて、本来ならば戦の残酷さなど知らぬ方が良い、戦の無い世から来られた純粋で清らかな女人であり、人の子なのだ。
しかし、主は審神者として我々刀剣男士達を率い、戦乱の只中に身を投じておられる。
ならば、今この本丸で共に居られる間だけでも安らかな時間を過ごして欲しい。
 人の子の一生は短い。
出来る限りは、幸せな人生を送って頂きたいものだ。
側に居られる短き間だけでも、その行く末を見守れたら…というのが、己の願いである。

 そっとイヤホンを返した後、暫くは彼女が起きるまでゆるりと見守る事にした。

 
 ―暫くして、不意に転た寝から目覚めたらしい主がふわりと欠伸を零して目を瞬かせる。
次いで、自分の存在に気付いたのだろう、照れくさそうにぽつりと呟かれた。


「…あは、ついうっかりうとうとしちゃって意識飛ばしちゃってたや……っ。駄目だねぇ、こんな陽気の日は、眠くなって仕方ない」
「偶には、ゆるりと転た寝に身を委ねるのも良いと思いますよ」
「はははっ、そうだね。仕事はもう片付けちゃってるし、暇な時間くらいのんびりしてたってばち当たらないよねぇ?」
「えぇ。もし、まだ眠いのでしたら、いっそ軽く横になって休まれては…?座ったままでは首がお辛いでしょう。もし、まだ映画の続きを観られるのでしたら話は別ですが」
「んー…でも、コレ、前に一度見た事あるヤツだから話の展開知ってるんだよねぇ〜。だから、見たいならまた今度見たくなった時にでも見直せば良いや」
「では、お休みになるのですね?でしたら、自分が床を整えてきましょうか」
「いや、そこまでガチ寝する気じゃないから良いよ。このまま軽く畳の上にごろんして座布団枕にタオルケットでも腹に掛けて寝る。せっかくだから、蜻蛉さんも一緒にお休みしちゃう…?蜻蛉さんが良ければ、だけれど」
「ふふっ…素敵なお誘い、有難うございます。では、お言葉に甘えて、自分もご一緒させて頂きますね。主が寝ている間の守護は、この蜻蛉切にお任せください。束の間の休息でも悪夢など見ぬよう、貴女が眠っている間もずっと御守り致します」
「んふっ、有難う蜻蛉さん。頼もしい限りで安心だわ…!」


 まだ寝起きてすぐだからか、少しばかりふわふわとされていたが、そう柔らかに微笑まれて口にされた言葉が自分の事だっただけに、嬉しさが込み上げてきてグッと心の臓を鷲掴みにされたように一瞬言葉に詰まった。
本当にこの御方と来たら…己の刀達には甘いというか、刀剣タラシなところがあっていけない。
自分の強さも誇りも、の刀身に込めて貫き通していれば、其れすらも引っ括めて懐に受け止めてしまうのだから、何れだけ乞おうにも敵うまい。
 しかし、其れでも良いのだ。
おなごの身ながら逞しく己を貫き通し生きるこの御仁の側に在れるのであれば…。

 映画を再生しっ放しであった端末を停止し、あっという間に片してしまった主が、二人分の座布団とタオルケットを並べて手招く。
今だけは彼女の意に従い、甘んじて好意を受け取っておこう。
武人たる者としての矜持や慎みは、少しばかり余所よそに置いて。
そうして、二人(一人と槍一本)仲良く身を並べて午睡に微睡む事にした。


 すやすやと寝てしまった間に、八ツ時の菓子が出来た事の呼びかけしに来ていたのだろう。
その後、厨に顔を覗かせに行けば、歌仙殿と燭台切殿が顔を見合わせて「珍しい組み合わせと和やかな光景だったね」と微笑ましそうににっこりと笑まれてしまった。
極める前なら絶対にしなかっただろう醜態に恥ずべきところを目撃されてしまったな、と内心羞恥に悶えていたら、お二方はこう言葉を続けられたのだった。


「二人揃ってあんまりにも気持ち良さそうに幸せそうに寝てたからさ、“呼びに来たけども、起こすのはまた後にしよっか”って話になっちゃったんだよね」
「君も修行から帰ってきて日が浅いし、少しは主と一緒にゆっくり出来る時間があった方が良いだろうと思ってね。それに、転た寝出来るくらい余裕がある時じゃないと主ものんびり休もうとしないから、丁度良かったんじゃないかい?」
「二人共、少しは羽伸ばせたかな?」


 本丸一世話焼きな二振りふたりに言われてしまっては敵わない。
そんなお二方の気遣いに有難く思いながら、少し照れくさい気持ちのする温かみを感じて感謝の念を伝えた。


「お気遣い、感謝致します…っ。お陰様でゆっくりとした時間を過ごせました。主の方も、きっと十分に休息は取れた事でしょう」
「気にしないでくれたまえ。僕達にとっては、当然の事をしたまでなのだから」
「それよりも…はいっ、主と君の分のお茶とお菓子だよ!仕事も終わってゆったりとした時間が取れるのなら、引き続き休憩の名目で主とお茶しといで!君から言い出せば、きっと主も余分な仕事し始める事も無いと思うから」
「ついでに、主と色々と語らってくると良い。僕達他の者達の事は気にせずにね」
「はははっ…では、その通りに、主へ声をかけてきましょう。お茶とお菓子、有難うございます」
「ごゆっくりね〜!」


 本日の本丸も、誠に平和で、優しい心遣いの沁み渡る温かき空気で、良き日です。


執筆日:2021.07.26