※Log肆収録の『海は死の匂いがする』の続編。
※単体でも読めます。
――“海が見たい”。
いつぞやに主が零しちょった言葉じゃ。
わしも土佐に居ったもんやき、海は好きじゃし、懐かしゅうて…いっその事、主を土佐に連れてって桂浜の浜辺を案内しちゃりたいくらいじゃった。
けんど、そうなると、海が在る場所まで主を連れて行かにゃならんし、何より一時的とは言え本丸を空けるっちゅー事になる。
まだまだ戦が厳しい最中じゃあ出来ん事じゃった。
主自身も其れを理解しちょるんか、口だけで後は何も言わんかった。
自分は本丸の大将を務める要、そう易々と気安く本丸を離れられん身ぃなんはようよう分かっちょったにかぁらん。
其れも、ちっくと堅苦しい程に。
まぁ、一番の理由は…主が生きたいようで半分死んじょるような御人やったきに。
そんな御人を連れて海らぁて処にゃ来れんゆう話ぜよ。
ちっくと目を離した隙にでも海に向こうて身を
主は、わしの主であると同時に何よりも大事で絶対に守らにゃならん御人じゃきねぇ。
けんども、そがな思いをぐるぐるさせちょる時じゃった。
「もうすっかり夏だねぇ〜」
「ほうじゃのう〜」
「こんなに暑いと…海、行きたくなるねぇ……。つって、私泳げないから、ちょっと海ん中(浅瀬にでも)浸かって漂ってるか、浜辺の日陰で見るだけなんだけど」
丁度、テレビっちゅー絡繰りで海の特集が流れてきちょったきにやち思う。
主がこっとりそう呟きを零しよった。
わしは一瞬内心でドクリ、と心の臓が強張ったように思えた。
急にドクドクと脈を速め始めた胸の鼓動に焦りも感じて、知らず知らずの内に背中にゃ冷や汗がドッと流れる。
わしのそがな様子には気付かん主が、わしの方を見て言う。
「ねぇ、むっちゃん――海、見に行こ?最近、仕事でずっと部屋に缶詰めやったしさぁ。気分転換するの、付き合うてよ」
純粋な気持ちからの頼みに、わしは断れんかった。
ほいで、とうとう連れて来てしもうた…本丸からも遠く見える、近場に在る海。
本丸が在る場所からはそう離れちょらん位置に在る海じゃ。
此処は、基本人が居らんっちゅうんか、自然のまま在る場所らしゅうて、所謂穴場にかぁらん処じゃった。
「ぅわあ〜っ、キレーイ…!!」
「ほうじゃろほうじゃろ〜!本丸からでもちっくとは遠くから見えゆう場所じゃけんど、やっぱし間地かで見るんは違うのぉ〜っ!」
「うん、此れは開放的でまさに気分転換するにゃ打ってつけやわ〜…っ!」
素直な感想を漏らして喜ぶ主の様子に、ひょっとしてわしの思い違いかとも思った。
けんど、心配なんは変わらんし、いつ何を仕出かすかも分からんかったきに、側から離れられんかった。
一先ずは、主の気が済むまで付き合うてやる事にした。
「気分転換ついでに、ちくと浜辺散歩してみらんか?綺麗な貝殻探しとかしてみても楽しいぜよ!」
「おぉ、そりゃ良いね!じゃあ、案内お願いしようかな?」
「わしに任せとうせ…!砂に足取られるき、足元気を付けぇよ。転んだら危ないき、手ぇ繋いどこぉや」
そう言って、主がわしから離れんように手ぇを握って、暫くは海岸沿いに沿って海を眺めながら浜辺を散歩した。
主の手を引きながら歩く浜辺は静かじゃった。
けんど、波の音は心地好うて、あろうど揺らいじょった気持ちも段々と落ち着いてくるのを感じた。
「ほれ、主、蟹さんが居るぞ」
「ほんまじゃ!ちっちゃくて可愛いねぇ〜」
「ヤドカリも居るにゃあ」
「ヤドカリ…とか言うたら、学生時代を思い出したわ。貝殻っち先生に渡されて中からヤドカリがこんにちはしてきて処理に困った時の話…」
「おぉの、主の学生時代にゃそがな事もあったんか〜」
「うん…元の場所に返すという名のその場でリリースしようとしてたら無理矢理持って帰らされて、育てる環境も無いからどうしようってなって、最終的に水槽持ってた友人にぶん投げる形で助けてもらう事になったな…。本当、あの時の友人すまんやで……結局ヤドカリは何も食わんまんま死んだらしいし。ヤドカリ言うても小さな命なんは変わらんのやし、人間様の勝手な考えで弄ぶような事したらアカンのよ。だから、あの時の先生マジ許さん。友人にも迷惑かける羽目になったし」
「主は偉いのう〜、子供の頃からちゃあんと命の事考えられて」
主のこっとりなエピソード話っちゅうもんには驚かされたけんど、そん後、砂浜で貝殻(中身はチェック済み)を拾うてみたり、波打ち際でちくっと足濡らしたり水掛け合うたりして遊んでみたりした。
そん内、軽い遊びにゃたれたんか、「船かボートで浅瀬よりちょっと沖寄りの方に行ってみたい」と言い出した。
どういたもんかと一瞬迷うたが、ぼっちりちかに小舟が停まっちゅうのを発見してしもうたのもあって、主の望む通りにしちゃる事にした。
漕ぐのはわしで、ゆっくりとしたスピードでちっとずつ沖寄りの方へ出てみる。
天気もえいせいか、水面がきらきらとお
時折、小魚が海面まで上がってきてぴょこんっち跳ねるんも面白いにかぁらんで、主も楽しそうに笑っちょった。
今、こうして笑えるんも、本丸に来てからゆう話じゃき、わしは内心でとっと心配じゃった。
海らぁて場所に連れて来て、ほんまに大丈夫じゃったんやろうか、と…。
わしのそがな思いが顔に出ちょったんじゃろう、わしの方を見て苦笑いを浮かべた主が口を開いた。
「そんな顔せんとも大丈夫やで、むっちゃん〜」
「わし、今どがな顔しちゅう…?」
「うーん…何か暗いっち言うんか、何処か深刻そうな顔しちょるねぇ」
「ほうか…」
「どしたん…?何か気になる事あるんやったら話聞くで?今は二人っきりなんやし。他では話せん事、話してみんしゃい」
そう主に言われて、わしはずっと不安視しちょった事も含め、胸の内を打ち明けてみた。
これまでとっと抱え込んじょった思いを真面目な態度で主にちゃんと伝わるように真摯に伝えたら、「そんな心配する程心配かけちょったんやなぁ」と苦笑すると共に、「心配してくれて有難うな」と返された。
主は、続けてこうも返してくれた。
「確かにまだ自殺願望はあるけれども、少し前の時よりかはある程度自分の中で自分の気持ちと折り合い付いたからさ…たぶん、今は大丈夫やと思うよ。其れでも心配や、不安やって思うんやったらさ…ずっと私の事見ててよ。側に居って支えてよ。前よりももっともっと強くなったむっちゃんが側に付いててくれたらさぁ、ちっちゃな不安もきっと抱く事無く先へ歩んで行けると思うんだ…」
ちくと遠くを眺めながらそう言うた主は、言葉尻最後にわしの方を見つめて笑う。
今、言われた言葉に嘘偽りは無い。
主の本心から返された言葉じゃと分かった。
儚げに笑うた主は、直後ゆるりと立ち上がって移動し始める。
「主…?何しゆうが、下手に動くと舟が揺れてバランス崩して落ちたりするぜよ」
そう注意を促すように告げるも、主は何も言わんで舟の先っぽ…船首の方まで移動して、その端っこの方に立ってわしの方を振り向いた。
そんで、ふと笑うたかと思うた瞬間、後ろ向きでそのまま海へ飛び込みよった。
「主…ッ!!」
わしは慌ててオールを投げて、船首の方へ駆け寄り、主が沈んでしまわん前にと服を掴んで引き上げようとした。
けんど、その腕を逆に引っ張られて、結局一緒に海にボチャンさせられた。
何がしたいんかてんで分からんくて、わしは勢い余って物凄くづいてしもうた。
「おまんは泳げんっち言うに何を考えゆうが!?」
波は比較的穏やかな海やち言うても、泳げん上に足も付かんような場所でなして飛び込むらぁて真似するんかと、おんしゃあ死ぬ気かとこじゃんち剣幕で言い募れば。
「むっちゃんの心配事が少しでも減るようにと思って、出来心で飛び込んでみただけだから…そないに怒らんくても大丈夫よ」
――と、返され、さっきの話の直後やったのもあって心配せん訳あるか、本気で寿命縮むかと思うたやないか、と更にづいてしもうた。
けんど、そんなわしの怒りも心配も嬉しいんか、主は緩んだ笑みを浮かべて笑うて言う。
「でも…今だってむっちゃんのお陰で足場無くても溺れず浮いてられるよ。私が沈まんようにて、確りと掴んで離さんもんね?」
主の指摘した通りに、わしは自分が濡れるんも構わず飛び込んだ主を追って、結局自分も海に飛び込んで、主が溺れんようにて掴んじょる。
波の飛沫が掛かってびしょ濡れになりながら主は続けた。
「どうか、この先もこうやって私の事支えてて。んで、また一緒に海に来ようよ。今度は本丸の皆も連れてさ」
そう笑うて言う主の代わりにわしは泣いて、海の中なんも構わず主の事を抱き締めた。
そいで落ち着いた後、舟に戻って陸に引き返して、風邪引く前にと急いで本丸にもんた。
二人一緒に雨でもないんにずぶ濡れでもんてきて大層驚かれたけんども、わし等二人笑っちょったもんやき、皆して仕方ないなぁち笑うて風呂場へと突っ込まれた。
「はしゃぐのは構わないが、風邪を引いては元も子もないだろう?今後は気を付けるようにね」
風呂から上がって別の服に着替えた後、歌仙からのお叱りもしっかり受けた。
けんども、どういて二人してずぶ濡れになったかの真相は二人だけの秘密やき、皆には内緒やっちこっそり笑い合うた。
そん頃には、もうこれまで抱いちょった不安も心配も無くなっちょった。
お陰で、今は何処かすっきりした心地で主と過ごせるようになったぜよ。
―後日、夏の連隊戦開催の時期がやって来て、新しい景趣も発表された。
そん景趣は、今回の連隊戦での報酬にもなっちょって、なんと海辺の景色が間近で見れるようになっちょるらしい。
つい先日、海を見に行った先で色々あったのもあって、わし等は二人して顔を見合わせて驚いた。
「とうとう本丸に海そのものが来ちゃったよ」
「おん。わし等、こないだ行ってきたばっかしじゃににゃあ」
「でもさぁ、これでわざわざこっちから赴かずとも皆で海見れるし、遊べるようになるって事だね!」
「ほんまに政府は凄い事考えるよにゃあ〜…」
真っ先に考えるんが本丸に居るわし等の事いうんが主らしゅうて、わしは思わず吹き出してしもうた。
わしの大好きな海がすぐ側で見られるんは、そりゃ嬉しいもんやき。
けんども、一番嬉しいんは…其れを主と一緒に純粋に楽しめるようになった、ちいう事じゃにゃあ。
執筆日:2021.08.07