明け方頃、夢を見た。
「ッ――…!」
嫌なタイプの夢だ。
過去のトラウマを模したような内容で、酷く心が乱されたのが分かる。
“脅迫”の二文字が頭に張り付いて離れない。
精神は混乱か…或いはパニック状態に陥っているのか、思考がまともな方向に定まらない。
次第に、涙腺が緩んでか、精神を落ち着かせようとの防御本能か、涙が目蓋の縁に透明な川を作って眦へと流れて枕へと伝う。
目が覚めた。
否が応でも起きざるを得ない目覚め方だったように思える。
しかし、まだ完全に起き上がり活動し始めるには時間が早過ぎる。
だが、眠り直すにも、すぐには眠れる気がしない。
ただポタポタと涙を枕に伝わせて声も無く泣いた。
外はまだ空が薄暗い、明け方頃の話だ。
時間帯が時間帯故に、起きる気はしなかった。
布団を被って寝転んだまま、静かに伝う涙を枕に吸わせていた。
不意に、寝室とを隔てる襖戸がカリカリと音を立てているのが聞こえた。
布団からのそり起き上がり、緩慢な足取りでもって襖に近付き、隙間程引いてやると、なんと其処に小さな白狐が居た。
白山君の通信機として存在しているお供の狐だ。
その白狐が、見下ろした視線の先に佇んでいた。
狐は私の足元をすり抜け、寝室へと入ってくる。
そして、布団の足元際辺りで足を止め、お座りをして此方をジ…ッ、と見上げてきた。
どうやら私の相手をしにやって来てくれたらしい。
送り主は、あの癒し手の彼であろう。
素直に心の中だけで感謝を述べ、白山君のお供を布団の方まで手招きした。
相手ついでに、彼の身を抱いて癒してもらおう。
そしたら、きっとその内眠気が戻ってきて眠れるようになるだろう。
温かく優しい温度を感じつつ、ふわふわとした心地の良い毛並みを撫でて心の落ち着きを取り戻していく内に、泣いた事による疲れか、単なる眠気が戻ってきた事によるせいか、いつの間にか彼を抱いたままコテリ、と眠ってしまっていた。
―気付けば朝になっていて、窓からは夏特有の眩しさを伴った光が射し込んでいた。
「おはようございます、主君!本日の近侍を務めます、前田藤四郎です。朝餉のお時間近くになりましたので、起こしに参りました。お目覚めのお時間ですよ!もし既に起きられておりましたら、お部屋の中へ入っても宜しいでしょうか?」
近侍に指名していた前田君が朝の挨拶と共に丁寧な口調で起こしに来てくれたようで、入室の許可を求められる。
私はのそり起き上がって、許可をする代わりに寝室とを隔てていた襖の戸を引いて姿を見せた。
私が起き上がったのに釣られて起きたのか、白山君のお供も付いてきて足元にひょこりと顔を覗かせる。
「おはよう、前田君。今日も元気やねぇ」
「おはようございます、主君。…おや、白山殿のお供さんとご一緒だったのですか?」
「うん、明け方ちょっと夢見悪くて目ぇ覚めちゃった時にね、この子の方からやって来てくれたの。だから、寝直すついでに癒されようと思って抱いて寝てたんだ」
「そうだったのですか…お加減の方は大丈夫ですか?」
「うん…まぁ、ちょっと気分悪い感じするけど、そんな深刻な程ではないから大丈夫だよ。…あ、お布団の片付けとか、お着替えのお手伝いしに来てくれたんだよね?ちょっと待ってね、私、先トイレと洗顔済ましちゃいたいから…っ」
「あ、はい!どうぞ、お気になさらず!僕はその間にお布団の方を畳ませて頂きますから!」
「ごめんね、すぐに済むから…っ」
そう告げて、そそくさと部屋から出て洗面所へ。
部屋から出るついでに、白山君のお供は
いつまでも私の元に付き合わせておくのは申し訳ない。
寝起きの惨状をいつまでもそのままにしておく訳にもいかないので、ぱぱぱっと手早く適当に髪を梳いて結い上げ、トイレに入る。
さっさと用を足して顔を洗ってしまおう、そう思って寝間着のズボンを下ろし、下着のパンツを下ろした時だった。
「――…あ、」
付けていたおりものナプキンの中央付近に赤い染みが付着していた。
―生理が来てた…。
ナプキンを付けていたお陰で下着は汚れずに済んだようで良かった。
幸い、まだ来たばかりなようで経血の量も少ない。
しかし、夢見が悪かった原因が少なからず分かった気がした。
(生理が来たせいだったのかぁー……っ)
自然と零れ出る溜め息に憚らずとも嘆息が突いて出る。
まぁ、元々もうそろそろ来る頃だろうとは予測していた為、慌てる事も無く焦る事も無く予め用意していた生理用ショーツを出してきて、其れに専用のナプキンを当て、穿く。
トイレを済ませて洗顔も済ませて部屋へと戻れば、頭数が一人、二人と増えていた。
「あれ、何で薬研が居んの?白山君は何となく分かるけど…」
「すみません、僕が呼んだんです。起き上がりすぐの主君の顔色が優れないご様子だったので、万一を考えて一度診てもらえないかと…っ。勝手な事とは承知の上です、出過ぎた真似でしたら申し訳ございません」
「いや、そんな気にしてないから良いよ。寧ろ、私の事気遣ってしてくれた事なんでしょ?有難う。怒ったりなんてしないから、そんな申し訳なさそうにせんでもえいよ」
「前田の方から軽く話は聞かせてもらった。気分が優れねぇのは夢見が悪かっただけか?」
「いんにゃ、どうも生理が来ちゃってたせいみたいやね」
「嗚呼、月のもんか…そいつぁすまねぇ。配慮が足らなかったな」
「あ、や、別に慣れとるからええよ。白山君はアレかな…?お供君から事情は聞いた感じ?」
「はい…私の力が及ばず、申し訳ありませんでした。もう少し癒しの力を…加護の力を主様に掛けていれば、夢見が悪くなる事も無かったでしょうに…」
「白山君のせいじゃないから、そんな落ち込まんで良いよ〜。夢見悪かったっつっても、たぶん生理来たせいやし。偶々見た内容が過去のトラウマみたいな内容やったんも、精神的問題なだけやしさぁ。こればっかりはしょうがないよぉ」
「精神的にダメージ食らう内容の夢だったんなら、尚更キツかったろう?白山が気付いてお供を送ったらしいが、正解だったな」
「少しでも主様の心の傷を癒せたならば良かったです…」
「女性の月のもの問題は、僕達ではどうしようもない事ですからね。月のもののせいで夢見が悪くなりやすいとの事でしたら、夢見に良いものを試してみては如何でしょう?石切丸さんに悪いモノを祓ってもらったり、祈祷してもらうなどお願いしてみては…?」
「そうだなぁ…御守りに俺達の誰かを側に置いて寝る、ってのはどうだい?短刀のほとんどが大抵姫さん方の寝床に置かれてたってんで効果はお墨付きだぜ」
「私の剣もお貸し致しましょう。私の癒す力が働けば、きっと夢見も良い方向へと導けます。どうぞ、今晩にでもお使いください」
「あ、有難う三人共…そう言ってもらえて嬉しい。そうだね、薬研の言う通り、短刀の子の誰かを側に置いて寝るのは効果ありそう。前田君の提案も良さそうね、後でぱっぱにお祓いと祈祷の事頼もうかな。白山君も色々有難う、早速今晩から暫くの間夜寝る時だけ君の本体借りるね。朝になったらちゃんと返すから」
三人共それぞれから心配の声をもらって、擽ったくて、嬉しさから少し笑って返した。
取り敢えず、当初の目的から薬研に体調の具合の診断を受けた後に、朝の身支度を済ませて朝餉を食べに大広間へと向かう。
月のものが来たせいか、毎度の事ながら顔が白けて青っちろい顔色なもんで、お料理処を任された厨組と会った瞬間、滅茶苦茶心配されてしまった。
事情を説明したらすぐに納得してくれたが、本丸一過保護なみっちゃんや歌仙達に薬研が夢見の件も密告(隠すつもりは無かったけど、訊かれないなら何も言うつもりは無かった)されて更に心配をかけてしまった。
一先ず、今日から暫く月のもののせいで体調が優れないので、出陣等は最低限に控えたいとの旨を通しておいた。
皆、話を聞いたのか、朝餉の間だけでもそれぞれから心配の声を頂いて、こんな小娘の夢見が悪かっただけにそんな心配かけてマジ御免と謝った。
ぱっぱからは夢見に効く御札と御守りを貰った上で、お祓いと祈祷までしてもらう事となった。
まさかこんな本丸全体での大事になるとか思わなくて本当申し訳ない…。
メンタル豆腐過ぎてマジでクソやん。
生きてて御免とすら思ってたら、白山君に励まされた。
「主様は、そのままで良いのです。今のまま、変わらずありのままで居てください…。我々は其れを受け入れます。なので、申し訳なく思う必要は無いのです。私達は主様の元から顕現した身…皆、主様の事を慕っているのです。…どうか、ありのままの主様のままで居てくださいませ」
そんなん言われたら感情爆発せん訳ないやん!!
――ってな流れで、勢い余って感情のまま白山君の事をむぎゅって抱き締めてしまった。
…が、
お陰様で、心の底から癒される事が出来ました。
白山君は存在自体が癒しです…。
執筆日:2021.08.10